第二百四十八話 不満を持つ課長達
竜次先生が腕を振り下ろし、開戦の合図が辺り響いた瞬間。
大阪校の生徒達が後ろに跳ねて距離を取る。
「ずいぶんと弱気なんだな。」
明らかに接近戦を拒む動きを見た綱秀はつまらないと呟くが
先程の木下を鍛えた綱秀相手に端から接近戦を挑むのは愚策だと言えるだろう。
「初めからそんな冒険はしませんよ。」
煽られた大阪校の二人だが、冷静に受け流すと大きな斧を片腕で肩に乗せた柴田は
懐から一枚の札を取り出す。
「鬼童丸!!」
そして札を胸に張り付けると、体が光に包まれる。
接近戦が得意と言わんばかりの図体をしていたのにも関わらず、一度退いたのは
これからの戦いで優位を勝ち取るために安全な位置で神融和を試みるためだ。
「行きます。」
そして丹波は一本の矢を取り出すと真っ青な空に向けて撃つ放つ。
魔力が込められた矢を見て、俺は転校初日に綱秀と戦った時の事を思い出した。
「村時雨。」
異なる技術ではあるが、あの時俺に放った時の様に大量の水の矢が綱秀達に向かって降り注ぐ。
様子見にしてはかなり大掛かりに見えるが、歴戦の三年達だからこその光景だ。
「ふーん・・・・。」
初っ端からかなり攻められている綱秀だが焦る様子を見せずに横にいる涼音に視線を送る。
涼音の焦り一つなく、小さく首を縦に振ると杖の柄で地面を軽く叩くと
辺りが白く霞んでいった。
「白銀結界。」
霞の正体は涼音が放った冷気。あまりに温度差に辺りに霧が現れ飛び込んで来た矢を瞬く間に
凍らせていく。
そして綱秀が手に持った槍を辺りに振るうと、刺さるはずだった矢を一瞬で
割りつくしてしまった。
「鬼か・・・。なかなか手ごわそうだな。涼音、やってみるか?」
「いいけど・・・後で怒るでしょ?」
綱秀の冗談を軽く躱した涼音の返答が予想外だったのか、綱秀はそうだなと嬉しそうに呟く。
「ゴズ、やってみるか?」
札の中にいる五頭龍は神力を放つことで答えると札を無造作に握り神融和を行う。
槍の雨が大した戦果を挙げられなかったことを見て、鬼の姿になった柴田が斧を振り上げながら
縮地で突っ込むが、綱秀は一歩だけ踏み出し涼音の前に立っただけでそれ以上何も
仕掛ける様子を見せない。
「フン!!!!」
勢いそのままに振り下ろされた斧は大きな音を立てながら止まってしまう。
五頭龍との神融和を行った綱秀はなんと片腕だけで槍を持っているのにも関わず
涼しい顔をしながら受け止めてしまった。
「歯ごたえ・・・ねぇな!!!!」
そのまま切り払い、踏み込んで回し蹴りを叩きこむと柴田は鬼と一体になったにも関わらず
軽く吹き飛ばされてしまう。
大阪校の二人の仕掛けを全て軽く躱した二人は援護するために柴田の元へ縮地で駆け寄った
丹波に向けてこんなものなのかと冷たい視線を二人に向けた。
「・・勝。」
「分かっている。だが・・・」
厳しい戦いになる。あの二人もそれは分かっていたはず。
だが・・・指で弾かれたと言っていいほどに軽くあしらわれた二人は持ってきていた策を
練りなさなければならないほどに実力差を思い知らされている様だ。
(これなら・・・安心して見ていられるな。)
木下の姉が二位の位置づけにいるとすればあの二人は最高でも三位の位置づけ。
数字が全てではないが、木下に圧倒できる二人であれば負ける確率は低いだろう。
『龍穂君。少々よろしいですか?』
綱秀達の戦いを見守っていると、観客席にいる千夏さんから声をかけられる。
『・・何かありましたか?』
『厄介ごとではないのですが・・・出来ればお顔を借りしたいのです。』
厄介ごとではないと言っているので戦闘が起きてしまったとかではないようだが
あの千夏さんが顔を借りたいと言っているという事は、
何かいちゃもんをつけられたのかもしれない。
しかも俺を指名してきたという事は・・・俺が賀茂家の血を引いているという事実を
知っている人が絡んでいるという事なのだろう。
「・・行ってきいや。」
だがここから離れることもできないのでどうするか悩んでいると、
俺の顔から察した純恋が声をかけてきた。
「呼ばれとるんやろ。綱秀はあの調子や。例え多少こけたとしても涼音が上手くカバーする。
負ける事はほぼないんやから大丈夫や。」
隣に立つ桃子も大丈夫だと頷いてくれている。
俺が思っている事があっているのなら星雲のメンバーを増やせるまたとない機会なので
逃したくはない。
「・・ありがとう。お言葉に甘える事にするよ。」
この場を純恋に任せる判断をし、少し離れていた所で試合を見ていた沖田の元へ歩く。
「何でしょう。」
「少し席を外す。できれば純恋達の護衛を頼みたい。」
こういった時、信頼して護衛を任せられる沖田の存在は非常に重宝している。
めんどくさそうな表情を浮かべたものの、貸しですよと呟いた沖田は得物を腰に差しながら
純恋達の元へ行ってくれた。
「よし・・・。」
準備は整ったと控室を後にするが、奥の方で小さく会話をする声が聞こえてくる。
恐らく大阪校の生徒達なのだろう。先ほどの一幕で勝利を確信したのかといちゃもんをつけているのだろうが織田の大きな咳払いの後、静寂に包まれる。
「ふん・・・。」
ほんの少しだけ大阪校の方を見ると、織田が横目で俺を睨んできている。
早とちりは戦っている選手達に対して失礼なのは百も承知だが、俺には俺のやるべきことがある。
「・・純恋!後は頼んだぞ!!」
純恋に対して声をかけておけば何かしらの事情があると察してくれると思い、
いつもより大きめの声で純恋に伝える。
それを聞いた織田はゆっくりと純恋の方へ歩み出したのを確認した後、
控室から後にした。
————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————
「こちらです。」
途中で俺を待っていてくれた楓と合流し、応接室に通される。
「・・・・・・・・・・・・。」
そこには不機嫌そうに腕と足を組みながら座っている伊達様。
そして静かに佇んでいる真田様の姿があり、二人を何とかなだめようとしている
校長先生が入ってきた俺を見つけると、急いでこちらにやってきた。
「よく来てくれた。ちょっとこちらに来てくれ。」
俺の予想通り、影から支援してくれた二人に俺達の行動がバレてしまった様だ。
「・・お疲れ様です。」
奥には千夏さん、そして腕を組んで項垂れている伊達さんの姿があり、
どうやら俺が碌に連絡を取らないせいでとばっちりを喰らってしまったらしい。
後で謝らないといけない。
「おう。よく来たね。」
明らかにイラついている表情で俺を睨む真田様。組んだ足を高級そうなテーブルに乗せて
不機嫌であることを押し付けてくる。
「真田さん。相手は高校生ですよ?そこまでしなくても・・・・。」
校長先生は二人を宥めようとしているが、やってしまったことは仕方がない。
仲間外れにされてイラついているのかもしれないが、内密にしなければならなかった以上
簡単にばらせなかった。
それに・・・この作戦は皇太子である校長先生が立案したものだ。
この先、この日ノ本の頂点に立つお方が未来を考えて立案してくれた作戦に対して
文句を垂れること自体が不遜であると堂々とした態度で返答をする。
「我々の行動が気に入らないのですか?」
「・・そうだよ。色々手を回してやったのに・・・肝心な所で声をかけないなんて
失礼な事だと思わないのかい?」
俺の態度が意外だったのか、少し間を置いた真田様だったが強気な態度を変えずに
俺に対して文句を言い放つ。
「今動いているのはここにいらっしゃる皇太子様のご指示。
しかも簡単に公にできない内容なのです。
お二人には俺のために色々と動いてもらって感謝はしています。ですが・・・神道省の上に立つ
お二人だからこそ言えないこともある。それだけ極秘な作戦だという事もご理解いただきたい。」
皇太子様のせいで言えなかったといった風に聞こえるかもしれないが、
決してこの二人を裏切るような事はしていなかった。
だからこそ、この人には堂々としてもらわなければならないとあえて強調させてもらった。
俺の話しを聞いた伊達様は皇太子様を睨みつけるが、
俺からの視線も受け取り察したのか、堂々と態度に改めて何か問題がありますかと尋ねる。
「・・伊達。今回に関してはお前が悪い。気持ちは分かるが、ここは大人しく収めろ。」
真田様の言葉に伊達様が口声をしようとするが、
陰陽師試験の時のように言い争いにはならず、鋭い睨みだけで伊達様の言葉を引っ込めさせる。
「皇太子様。無礼な態度、申し訳なかった。そして・・・改めてお願い申したい。
半ば強引ではあるが、そこにいる伊達の息子から大体の事は聞いております。
我々もその星雲の一員として彼らの手助けをさせていただきたいのです。」
真田様は俺達に支援を申し出たいと言ってくれるが、皇太子様はあまり良い顔をしない。
「・・その申し出は大変ありがたい。ですが・・・出来れば完全な協力関係を
築くのはあまり得策ではないと思っています。」
「その理由を・・・聞かせていただけませんか?」
皇太子様の口から出た理由。それは大きな対立を生んでしまう事を恐れているという内容だった。
賀茂忠行に勝利した後、三道省は今まで以上に大きく揺れ動くと皇太子様は予想しているという。
「じゃあなおさらだよ。信頼できる仲間を見つける事で少しでも
再建の基盤を作ることが———————————」
「それがいずれ歪を生んでしまう。そう俺は考えているのですよ。」
皇太子様は俺が神道省長官になることを望んでくれている。
その道を舗装するのも確かに自分の役目だと言ってくれるが、俺は未だ学生の身分。
立場的にも神道省に深く関われない状況で高官達と手を組んでしまうと
長の立場では把握しきれない下の職員達に、千仞の残党が紛れてしまう事を恐れている。
「これは俺の早とちりかもしれません。ですが・・・千何百年とこの日ノ本に蔓延る闇は
我々の想像以上に深い。大きくずれる事が分かっている日ノ本を龍穂に立て直してもらうには
最低限の援助が最高の援助であることだと思っています。」
密接な援助は返って俺達を苦しめてしまうと言い放った皇太子様。
じゃあ一体どうすればいいのさと不満そうにつぶやく伊達様の言葉に反応した皇太子様は
項垂れている伊達さんの方に視線を向ける。
「・・あの子達がいるではありませんか。」
一歳というわずかな歳の差しか離れていない伊達さんなら国學館の先輩後輩として
交友関係があったとしてもおかしくない。
それに伊達さんもまだ学生だ。将来母を継ぐために神道省に入る事はほぼ確実なので
千仞との絡みを気にすることなく接することができる。
「なるほど・・・未来に賭けろということですね?」
「そうです。まだ老い先長いと言っても、残された時間に限りがある。
そんな時間制限がある中で日ノ本を立て直す事を目指すよりも、残された時間が長い
彼らに託す方がよっぽどいい。だからこそ、神道省副長官や公安課、そして業の長も
姿を潜めてその息子や部下達に役目を託しているのです。
ですが・・・伊達様の言う事も分かる。だからこそ、我々が活動している事を知りながら
今までの様に裏で支援することで基盤を整える。そして彼らに託すのです。日ノ本の未来を。」
全ては俺達のためだと皇太子様は二人に向けて説得をする。
伊達様も、俺達への支援が出来なかったからこその怒りであり
その先にあるのは日ノ本の未来を案じている気持ちだ。
「・・・分かったよ。」
皇太子様の説得により二人は俺達が置かれている状況、
そして星空への所属を拒んだ理由を理解してくれる。
「だけど一つだけ飲んでほしいことがある。
神道省の課長として援助はしないけど、一個人として援助はしていいんだね?」
「一個人の枠組みを超えないのであれば、了承しましょう。」
「分かった。龍穂、連絡先を教えな。
元はと言えばお前さんが私達に言っていれば解決していた問題なんだよ。」
それは・・・確かにそうだ。それが出来なかったから伊達さんが怒られてしまった。
これを拒んだところで伊達さんを通じて俺に連絡が来るだけ。
これ以上迷惑をかけないためにも二人と連絡先を交換する。
「これ以上席を外せば部下が怪しむ。我々はここらへんで失礼しよう。」
理解を示してくれた二人に対して感謝を述べると、両社から娘を頼むと声をかけられる。
二年の真田、そして一年の壱は伊達さんの娘さんだ。
なるべく巻き込みたくないが・・・真田に関しては間接的とはいえ俺達に関わっており、
何があっても守らなければならない。
「・・分かっています。」
二人を安堵させるために決意の言葉を返し、
試合最中なので持ち場に戻ろうと校長先生が指示をくれる。
伊達さんに謝罪し、千夏さんも含めて後はお願いしますと声をかけて部屋を出ると
離れているにもかかわらず、観客の歓声が聞こえてきた。
急いで控室に戻り、純恋の隣へ立つと竜次先生が勝敗を判決をつけている姿が目に映る。
「勝者、北条綱秀!京極涼音!」
手を上げていたのはやはり綱秀と涼音。
体に傷一つなく佇む二人は余裕の試合内容で終えた証であり、
床に伏せている大阪校の二人は多くの傷を負っている。
その対照的な光景は綱秀達の評価を上げるには十分であり、送られる歓声を浴びるには
相応しい勝者の姿だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!