第二百四十七話 勝敗がもたらす意味
「・・・しょうがないな。」
決まってしまったものはしょうがない。木下の努力は届かなかったが、
勝利への執念を見せた姿は俺達の士気を確実に上げてくれた。
歓声を浴びながら戻ってくる両者はお互いの肩を支えながらよろよろとこちらに向かってきており
戦いの激しさを物語ってる。
だが勝利を掴んだ姉は歓声に応えるために顔を上げているが、敗北を叩きつけられた木下は
地面を見つめ続け顔を上げる事は無かった。
「お疲れさん。」
木下の敗北を見ていた火嶽は戻ってきた姉から木下を受け取りタオルを頭にかぶせる。
「・・良かったぞ。」
どんな言葉をかけたとしても、今の木の下を立ち直らせることはできないと短い言葉をかけたが
小さく頷くだけで控室へと戻っていく。
「ありゃ、立ち直るには時間がかかるな。」
次の試合を控えた綱秀が俺の隣で呟く。
今回の敗北は木下に精神的なダメージを負わせたのは事実だ。
「そうか?あいつなら・・・すぐに立ち直ると思うけどな。」
だが今まで木下と鍛錬を続けてきてあいつの諦めの悪さは身に染みている。
実力を示したい相手に負けた事実は大きいが、この戦いで木下が見せた実力というのは
周りの見る目を大きく変えるだろう。
「・・先輩の意地の見せどころが来たな。」
とはいえ敗北したのは事実。これで東京校に一敗が付いてしまった。
「ここでお前も負ければ流れは完全に向こう側だ。
そんで・・・木下が残した一敗が”意味を持ってしまう”。」
責任感が強い木下の事だ。もし、二勝三敗でこちらが負け越して終わったとなれば
あいつは自らが付けた一敗を大きく自責するだろう。
「そりゃ・・・負けるわけにはいかねぇな。」
綱秀が負けるなど夢にも思っていない。それはここにいる全員がそうだ。
だからこそ、この流れで負けてしまえば木下はさらに自分を責めてしまう。
自分が使っていた得物を譲るくらいには気に入っている後輩にそんな思いをさせて
良いわけがないと、隣にいる涼音の背中を軽く叩きながら綱秀はつぶやいた。
「全員。一度集まれ。」
大樹が生やされたため、戦場を元に戻すための空き時間を待っていると
一勝を勝ち取った大阪校のメンバーが織田の元に集まっている姿が見える。
五回ある試合の内、先に一勝を勝ち取ったにしては盛り上がっている様子は無く、
むしろあまりに静かすぎた。
「この事実・・・分かるか?」
隣でベンチに腰を掛け、木下と同じようにタオルを被りながら俯いている姉に向けて
指を差す織田。
「わが校の二番が・・・一年を除いた東京校の一番下にあれだけ追い込まれた。
決して運が絡んだわけではなく、あの者の実力でだ。」
大阪校の番付を目に通しておらず、木下の姉がまさか二番あったなんて知らなかった。
そんな人物相手にあれだけ善戦できたのなら十分な働きだ。
「しかも私が渡した武具まで使いおって・・・。
何とか勝ちを掴み取ったがこの事実は負けに等しい。しかと反省しろ。」
織田からしてみれば純恋の申し出を受けた瞬間、勝ちを確信したのだろう。
それだけ二人の間には差があり、その差を俺達や味方に見せる事で流れを大きく引き寄せる所までが織田の想定した流れだった様だ。
「良いか。先ほども言ったが・・・これは勝利ではない。
先程の試合は大阪校が東京校に劣っている事を示した。綾香は大阪校の面汚しだ。」
だが勝利をもぎ取ってきた者に対してかけていい言葉では決してない。
強く責め立てられる姿を見た大阪校の生徒達はおびえているが、
中には蔑むような視線を浴びせる者もいる。
「そこまで言わなくてもいいんじゃない?」
そのような中、声を上げたのはしっかりとした様に見える眼鏡をかけた女子生徒。
比較的背の高い声を上げた瞬間、怯えていた生徒達は待ってましたと言わんばかりの表情で
織田に向けて足を進める生徒を見つめる。
「お菊。お主も分かっているだろう?綾香のしたことの意味を。」
「それは分かってる。でもね?綾香は大阪校に勝利を持ってきてくれたんだよ?
その過程がどうであれ、まずはその結果を褒める事こそが大将の役目だと思うな。」
それは後でやろうと・・・と小さく呟いた織田に対してさらに距離を詰めていく。
あれだけ横暴な態度を取っていた織田が大阪校をまとめ上げられているのは
あの人のおかげなのだろうとこのわずかな一幕で感じ取れる。
「恐怖で支配するのはやめようって何度も言っているよね?
みんなの前で言われてたくない気持ちも分かっているけどこれじゃこの後戦う子達が
皆委縮して本来の実力を出せなくなってもいいのかな?」
織田の気持ちを汲みながら叱っていく姿はまさしく姉。
作り上げた笑顔からにじみ出る怒りを察した織田は諦めたように小さく呟いた。
「・・やり過ぎた。先ほどの勝利、見事だったぞ。」
そう言うと織田は俯いている姉に向かって拳を突き出す。
勝利したとはいえ、浮ついていれば勝利は掴み取れないぞと生徒達に伝えたかったのだろうが
それにしてはやり過ぎたと謝罪を入れ、勝利を称えた。
その心情を察していたのか分からないが、姉はほんの少しだけ顔を上げると
傷ついた手で拳を合わせた。
「よくできました。とはいえ陽菜ちゃんの言う通り。
舐めちゃいけない相手だってことはみんな分かったよね。」
行き過ぎた織田に変わり、全体を引き締めにかかる。
「しかも次の子は向こうの大将、木星の部隊に加わっている子達だ。
次に戦う私達も・・・それなりの覚悟を決めなくちゃならない。」
そして大柄の男子生徒に視線を送ると集まっていた生徒達が動き出し、
割れて出来た道を歩いていく。
「お菊!!勝!!」
背を向け、戦場に向かう二人に対して声をかける織田。
自ら引き留め、その上で戦場に向かう意味を織田はしっかりと理解している。
「・・大阪校に泥を塗ることは許さぬぞ。」
織田らしい声援を受け取った女子生徒はわずかに後ろを向いて口角を上げ、
大柄の男子生徒は軽く手を上げて応えて見せた。
「ずいぶんと評価されているみたいだな。」
その光景を見ていた綱秀は修復された戦場に目を向けながら呟く。
正当な評価だ、胸を張っていいと返すと綱秀は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「・・今の数字が不満なら、負けてくればいいんちゃう?
そうすれば私と桃子はいなくなるで。」
自分より数字が上の俺に言われたことに対して不満をあらわにした綱秀に対して
煽りを入れる純恋だがこれは綱秀の性格を知った上での発言であり、
近くにいた桃子もツッコミを入れる様子はない。
「そんな逃げるような事はしねぇよ。
俺は・・・俺達は自分の実力で欲しいもんを手に入れる。」
今の現状に不満を持っているのは後輩達だけじゃない。
勝利を手にしてお前達の上に立ってやると宣言した綱秀は涼音と共に
歓声が上がっている戦場に歩いていった。
「両者。前へ。」
補修が終わった戦場の真ん中に立つ竜次先生。二対二で行われる次鋒戦に出場する選手達の名前を毛利先生が読み上げていく。
「東京校。北条綱秀、京極涼音。京都校。
丹波白菊、柴田勝。」
いつも通りの衛門である槍と杖を構える二人に対して京都校の二人は弓と斧。
大柄の男子生徒が持つ斧はノエルさんが持っている様な大きな斧を構えており、
かなりの剛腕の持ち主だということが見て取れる。
そして・・・銃という近、中、遠距離全てをこなせる武器があるにも関わらず、
あえて弓を使っている白菊は綱秀の様な特殊な技法を持ち得ている事は容易に予想できる。
「両者、学校の代表として恥じない戦いを期待しているぞ。」
この場にいるのは最上級生のみ。見守る後輩達の手本になるような戦いを見せてくれと
あえて竜次先生は言葉を加えた。
先ほどの様に因縁もない両者は竜次先生の言葉を聞いても余裕ある表情を崩さない。
厳しい日々と実習をこなしてきた歴戦の余裕は先輩としての背中を後輩達に見せつけている。
「用意・・・始め!!」
そんな四人を見ながら、竜次先生は手を振り下ろすと先ほどより強い歓声が鳴り響く。
決して負けられない次鋒戦が今始まった。
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