第二百四十四話 木下の劣等感
出場する選手に向けて声援を来るために織田が離れていく。
その様子を見ながら純恋に近づく。
「・・本当に良かったのか?」
あんな賭けごとに乗って負けたらどうするんだというと
負けへんやろとそっけない返事が返ってくる。
「出ている奴らは粒ぞろいや。アンタを含めてな。」
「それは向こうも同じだろ?初戦の相手は木下の双子の”姉”だ。
しかも・・・今まで一回も勝てなかったって言ってたぞ。」
この交流試合があると全体に伝えた後、出場予定である木下からとある打診を受けた。
それは京都校にいる姉と試合がしたいという内容であったが
向こうがどの試合で出してくるか事前に把握できない決まりであり
流石にそれは難しいと伝えようとしたが、木下の瞳に秘められた強い決意を見て
何とかしてやりたいと純恋に頼んだ結果、織田に連絡を入れてくれた。
「だからこそやろ?今まであいつに指導をしてやった龍穂が信じてやらないでどうするんや。」
「それは・・そうだけど・・・。」
あの時の判断をどうしても後悔してしまうが純恋に言う通り、
木下が負けなければ何も問題ない。
それに・・・鍛錬を重ねたあいつは勝ちを得るにふさわしいほどに実力をつけている。
「・・確かに木下を東京校に追いやったのは綾香や。
織田家に仕える木下家が双子のどちらかを選ぶことになり、
当主になる予定の陽菜は綾香を選んだ。
その時の状況はよく分からんけど・・・それほどまでに実力差が開いていたんやろうな。」
「でも・・・追いやられてたと言え、東京校に入ることが出来た。
家柄だけで入れるような甘い場所じゃない。あいつ自身の才能で東京校の門を開いた。」
「そう言う事や。現時点ではどうかわからんけど、勝てる可能性は十分にあると思ってとるで。」
勢い任せではなく、分がある賭けをしたと純恋は言い放つ。
だがそれでも心配を隠せずにいると、相対した両者が口を開き始めた。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
頭を後ろで手を組み、木下を見つめる木下姉。その表情には余裕が満ち溢れており、
目の前の木下を敵として認識していないように見える。
相対する木下は顎を引いて睨みつけており、二人の立ち姿は対照的だった。
「そんなに睨みつけないでよ。少しは話しを————————————」
「うるさい。」
明らかな敵意。いや、もはや殺気と言っていいだろう。
血のつながった姉弟に向けられるべきではない視線は二人の関係性を物語っている。
「もう・・・お父さんに言われたでしょ?例え競う合う立場になったとしても
姉弟である事は変わりないって。血の繋がりがある限り、私達は仲間だって。」
「陽菜さんに指名されたあの日から、俺達は姉弟じゃ無くなったんだよ。
競い合う敵、血の繋がりなんて関係ない。」
会話からして木下は長期連休の際に一度も実家に帰っていない所か
前回の交流試合でも一切顔を合わせていないらしい。
それほどまでに木下は姉に対して想い感情を抱いている様だ。
「両者。向かい合って。」
そんな二人を見ながら出てきた竜次先生は声をかける。
「・・だいぶ鍛えたみたいだね。見違えたよ。」
両者同じ得物、槍を構えて相対している中でも姉の方は木下と話したい様だが
決して答える気はないと口を開かない。
せっかく久しぶりに顔を合わせた弟と話しがしたいのだろうが、木下としては
自らの実力を示したい相手がいる絶好の場であることから無駄な話は不要と思っているのだろう。
「用意・・・始め!!」
結局まともに会話をしないまま開戦の一振りが降ろされると共に、
周りから大きな声援が飛び交う。
延期が発表され、待ちに待った交流試合が始まったと観客達は興奮を隠せない。
「ふっ・・・・!!!」
初めに動いたのは木下。戦いに不要な感情を持ち込んでいる姉を仕留めるために槍を突き放つ。
不意を打たれた形だが、ほんの少しだけ体を逸らして簡単に避けた。
僅かだが体勢を崩したことを見て一歩、また一歩と踏み込んで逃がさまいと
連続の突きを浴びせ始める。
「ちょっ・・・!?」
不意打ちに近い形の連撃を受けた姉は先ほどとは違い体を大きく逸らすが
時には槍の柄を地面に突くなどしてなんとか避けていく。
綱秀がしていた棒術を含めた攻防。綱秀同様にかなりセンスを感じる立ち振る舞いに
確かに木下が置いて行かれてしまうのも分かってしまうが、
綱秀との立ち合いで木下も会得している技術の一つだ。その対応策も当然知っている。
柄を突き、両足を離して避けた瞬間を見逃さなかった木下は狙いを変え、
体を支えている柄を棒術の要領で払う。
短い得物であればもう一度地面を刺して立て直すことができるだろうが、
背丈より長い槍を一瞬で地面に突くのは至難の技。出来たとしても
完全な無防備になってしまう。どう転んだとしても、有効な一撃が入る。
今までの経験を生かした立ち回りを見て、成長したなと思いつつ木下の努力の結果が
どうなるか眺めているが、俺の想像を超える結果が目に映った。
「ほっ!」
木下が放った槍を、なんと姉は細い柄で受け止めてしまった。
だがその方法、そして姿勢があまりにも予想外で・・・華麗。
体勢を崩している中でも木下から目を離すことなく細い柄で穂先を捕えた。
だが足を地面に突いていない状況であるためそのまま押し切られてしまうが
なんと百八十度に開かれた足が地面に突かれており、槍、そして突かれた片足と
その場で二つの足を作り上げ、なんと木下の一撃を受け止めてしまった。
「ふふ~ん♪」
通常では受け止められない体勢だったが、木下は決して手心を加えたわけじゃない。
勝負を決めようと踏み出した一歩は地面に沈んでおり、全力で放ったことが見て取れる。
それをあの無理な体勢から、しかも槍を片足の身で受け止めてしまう
姉の体幹の強さは相当なものだ。
「やるね?」
完全に優位な状況を切り抜けられてしまった衝撃は木下の体を硬直させる。
それを見た姉は体をしならせるように軽やかに足を降ろすと、
槍を両手で回しながら仕切り直しだと木下と相対する。
「・・まだ—————————」
「足りなくないよ?軽く不意を打たれたとはいえ、ここまで追い込まれたのは久しぶり。
見ないうちにかなり差を詰められたのが実感できたよ。」
飄々としている様に思えるがその言動は木下の成長を称えており、
先ほどまでの視線はどこに行ったのか鋭く、そしてしっかりと木下を捕えている。
以前の戦いは分からないが、全力を出すには程遠い実力差があったのだろう。
そして・・・現在の実力を認め、本気を出せる相手と認識したようだ。
「なかなかやるな。」
星空の一員として、出場までは辺りの警戒をしてくれている綱秀が声をかけてくる。
「俺が木下の教えてきた槍が剛の槍だとしたら・・・あれは柔の槍。
しかもかなり柔に比率を置いた槍だな。」
俺との立ち合いを経験した綱秀だが、あの時見せた柔の立ち合いを受け
立ち回りを変えたもののそれさえを力で押すための技術に振り切っていた。
「・・お前でも厳しいか?」
「馬鹿野郎。俺ならあの一撃で吹き飛ばして終わりだ。
だが・・・俺にはおよばないが、木下の力もかなりのもの。
それをあのしなやかな体使いで受け止めたとなると・・・相当鍛えこまれているぞ。」
空中で足を延ばせるほどの対応力と、しなやかさを生かせるほどの柔軟性。
女性ならではの立ち回りと言えるが、体の作りからして男の方が力が強いにも関わらず
それを受け止められる力強さは綱秀の言う通りかなり鍛えている証拠だ。
「・・試合が気になるのは分かるが、一応耳に入れておくぞ。
隠れてお前を襲おうとしていた奴らを何人か捕まえている。
影に入って守っていた楓や雫さん、定明さん達が対処してくれているぞ。」
星空の作戦はかなり順調であり、千仞のメンバーと思われる人物達の捕獲に成功している。
順調なのは良いことだが・・・このような場でも何かを仕掛けようとしていると考えると
かなりの職員が千仞に取り込まれている証拠であり、心情としてはあまりいいものではない。
「龍穂に影響を与えないように立ち回ってくれている。
気にするなとは言わないが・・・お前が前に立って東京校の勝利を掴むことで
変わることもあるだろう。頑張ってくれている人達を思うのなら、目の前に集中するこったな。」
そういうと俺の肩を叩き、隣に居た涼音と共に去っていった。
様々なことが巻き起こっているこの会場の中心は間違いなく俺。
俺、そして東京校の勝利が全てを握っている。はっきり言って穏やかな心情ではないが、
ここで俺がなよなよすれば全てが台無しになってしまう。
「まだまだこれからだぞ!!!」
寮長として、そして星空のメンバーとして。
東京校を引っ張るために木下を鼓舞する声を上げた。
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