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第二百四十三話 失った相棒達

若き才能あふれる者達が己の実力をぶつけ合う会場を見下ろしている二人。


「・・・・・・・・・。」


同じ様にこの場に立ったことを思い出しているのか。

それとも何年も共に歩んで来た親友を思い出しているのか。

去年の襲撃によってさらに強固に修繕されたガラス張りから見下ろす老人と

一歩引いた位置で見下ろす青年。


「・・何か言う事はないか?」


共に入ってきたにも関わらず、ここまで会話が流れる事がなかったが

アナウンスが入り、試合が始まる直前になって老人が口を開いた。


「・・・・・・・・・・・。」


主君に尋ねられてにも関わず、沈黙を貫く。

まるでそれが答えだという様に、唇が動くことはない。


「お前のような男が何てザマだ。よほど・・・奴を失ったことが効いたようだな。」


男の体には数々の包帯が巻かれている。

所々血が滲んでおり、生傷が激しい戦いを終えてきたことを示していた。


「・・・・・ええ。」


「去年の事だ。奴にここで忠告をした。変な気は起こすなよと。

お前達が何かを企んでいる時、酷く静かで・・・息苦しい空気を醸し出す。

全く・・・日ノ本を背負っていくはずの両翼が欠けてどうする。

片翼では空へ羽ばたけんというのに・・・。」


老人の言葉を聞いた男は申し訳ございませんと小さく呟く。

去年の交流試合。老人の隣には別の男が立っており、日ノ本の未来のために

長にならないかと進言していた。


「終わった事じゃ。いくら振り返ろうと今更何も起きんことは分かっている。

だが・・・失ったものが大きすぎて小言が止まらんわい。」


「・・俺達が出来る事は犠牲になった方々が残した意志を繋ぐ事だけ。

そしてその成果は・・・顕著に表れています。」


出場する生徒を見守る龍穂の姿を見ながら男は呟く。

彼らの犠牲を糧にしてここまで生き残ってきた龍穂の姿は去年とは比べ物にならないほどに

大きく、そして存在感を放っていた。


「お前さん達にそそのかされて孫娘を託したが・・・まんまとはめられたわい。

自分の事だけを考えられないほどに未熟であったが、ああやって他人を尊重し

身を引けるほどに精神が成熟しておる。」


「それも龍穂と共に歩んだ結果です。

ですが・・・それほどの成長をしたとしても、この先生き残れるかは分からない。

それほどまでに賀茂忠行は強力であり、従える千仞は厄介な存在となっています。」


「ふむ・・・。」


「あそこにおられる皇太子様が色々とやっておられるようですが・・・

そのことについて皇はご存じなのですか?」


「影定を通じて耳に入れておる。危険なことは当然承知の上だ。

だがあやつは後々日ノ本の頂点に立たねばならん事を理解しておる。

先の事を考え、日ノ本を支えていく若者の前に立っているのだろう。

止める理由はない。ここで引っ込んでおるようなら後を継ぐことを考えねばならん。」


「・・そうですか。」


全て承知の上だと語る老人の言葉を聞いて、小さくため息をつく青年。

それが安堵からきたものなのか、それとも心労からくるものなのか。

表情を崩さない青年からは何も掴めない。


「それよりだ。泰国の後を追うなんて考えるなよ。

貴様にはまだやってもらわなければならんことが多くある。

八海の一件しかり、業の仕事もそうだ。決して死んではならん。

これ以上・・・わしを悲しませんでくれ・・・。」


老人の口から出たのは紛れもない本音。

大切な友人から、信頼を寄せていた部下など多くの人材を失ったからこその言葉だ。

忠実な部下であれば、不安を取り除くためにすぐにでも頷くだろうが

それを聞いた男は首を動かすことも、口を開くことも無く

たった今始まろうとしている試合を眺めていた。


———————————————————————————————————————————————————————————————————————————


先鋒として指名した木下を後姿を腕を組みながら眺める。

そんじょそこらの奴なら簡単に倒してしまうと思えるほどに実力をつけた木下だが

今回の場合、少々相手が悪い。


「大丈夫やろうか・・・。」


心配そうに眺める桃子の肩に手を置き安心しろと伝える。

自己紹介の時に見た対戦相手は見るからに強敵。

だがそれ以上に、木下が抱えている感情が試合の流れを渡さないかと心配の様だ。


「・・こんなところにいたのか。」


後ろから聞き慣れない声が聞こえてくるが、隣に立つ純恋が嫌そうな顔を浮かべだす。


「私はアンタに用はないで。」


「そんなつまらんことを言うな。久々に会ったのだ。積もる話しもあるだろう?」


振り返るとそこには背の高い女子生徒が歩いてきている。

京都校の代表である織田陽菜おだひな姿があった。


「無い。アンタは敵や。どっかいって。」


元は同じ学校にいた同級生だが純恋は塩対応を崩さない。

京都校の生徒にしてはあまり畏まっておらず、口調からして自由奔放な印象を受けた織田からは

純恋が苦手な規律を重んじるような感じはしない。

一体何が気に食わないというのだろうか?


「ひどいな。純恋の願いを叶えてやったというのに・・・。」


顔を見ようともしない純恋を見てにやついた織田は、突然俺の肩に手を回してくる。


「では・・・こっちを借るとしよう。」


「・・・!!」


親し気に体に寄せた織田にびっくりするがすぐに平常心を取り戻す。

空気の探知で得物を隠し持っていない事には気付いていたが、千仞であることは否定できない。


「寮長同士、語り合うのも悪くないなぁ・・・。」


まるで舐め回すようにゆっくりと全身を凝視される。

これ以上は護衛に付いている純恋達に負担がかかると手で払おうとするが

近くにいた桃子が得物の柄に手をかける。


「おっと・・・お気に入りだったか・・・。

そっちに行ってからだいぶ変わったみたいだな、桃子。」


「・・陽菜は変わらんな。でも、アンタのために警告してやってるんやで?」


桃子が持つ得物よりも鋭い殺気が織田に向けられており、

肩を組まれている俺にも当然突き刺さっている。


「ほう。純恋もお気に入りだったか。なかなかのモテ男だな。」


前に純恋が言っていた友達というのはこの織田なのだろう。

二人は嫌々ながら話している様に見えるが、決して拒んでいるわけではなく

織田の態度に合わせて対等に接している。

纏う風格はかなりの大物であり、後に控えている生徒達がそれを証明している。

それに何より・・・自己紹介の代わり様があまりにも顕著だったことが

織田が与える影響力を俺達にまざまざと見せつけていた。


「・・人望があるみたいだな。」


これ以上純恋を怒らせるのはマズイと肩に置かれた手を払い、声をかける。


「人望などではない。人心掌握だ。

あの堅苦しい空間が嫌で嫌でしょうがなかったからな。

二年もかかってしまったが・・・私好みに変えてやったよ。」


この態度のまま自己紹介をしてきたのだから驚いたが、

何より引率の先生方も何も言わずに眺めていただけだったことに驚愕した。

後ろから無名先生の咳払いが聞こえてきたが、全く意に返しておらず

京都校は織田によって征服されていた。


「これから純恋も気にいると思っていたんだが・・・帰ってくる気はないか?」


「アンタが支配している時点で堅苦しいに決まってるやん。私はな、自由が欲しいだけや。」


織田は純恋が自分と同じ考えを持っていると思っていたようだが、

自分の都合通りに動かせる環境と自由は全くの別物だ。

そんな所に純恋が行きたいなんて思うわけなく、きっぱりと断りを入れる。


「ふむ・・・。だが、その力は惜しい。ぜひ私の元へ置いておきたい。」


だがそれでも純恋の事を手に入れたいと呟く織田は再び肩に手を回してくる。


「・・賭けをしないか?」


そして耳元でささやかれたのは賭け事の提案。

流れからして純恋を賭けて勝負を申し込まれているが、星空の作戦の事もあり

これ以上厄介ごとを持ち込まれるのはいただけない。

無理だと返答するが、話しを聞かずに口を動かし続ける。


「試合数の勝ち負けで競い、勝ち星が多い方が純恋をもらう。それでどうだ?」


「どうだもくそもない。勝手に純恋を賭けるなよ。」


「なんだ、臆病なやつだな。仲間達を信じられないのか?」


「そうじゃない。お前な、学校の行事で勝手に賭け事を提案すること自体が馬鹿げているぞ。

それにその景品を同級生にするなんて・・・。」


あまりにも勝手な織田の提案を跳ねのけようとするが、こちらを見つめる

純恋は予想外の声を上げる。


「別にええよ。」


織田の無茶苦茶な提案を受け入れた純恋。俺はすぐさま訂正させようと口を開くが

口元を手で覆われ、力づくで黙らせられる。


「よく言った!!それでこそ二条の女だ!!!」


純恋の返答を聞いた織田は俺から離れ、純恋を後ろから抱く。


「分かったから抱き着くな。そんで・・・龍穂から離れろや。」


「そんなにあの男を気に入っているのか!それは・・・欲しくなるな・・・。」


こいつ・・・一体何をしようとしているんだ?

まるで東京校から自分が欲しい人材を引き抜きに来ている様だ。


「第一試合、先鋒戦。東京校二年、木下拓郎。」


強引に決められてしまった賭け。その勝敗で純恋が京都校に戻ってしまう。


「大阪校二年、”木下綾香きのしたあやか。」


両選手の名前が毛利先生によって紹介されたが、

相手の苗字は同じ木下と呼ばれていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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