第二百四十話 劣勢の報告
毛利先生の一言はこの部屋に緊張感を生む。
今までも同じような事があったが、一体何が違うというのだろうか?
「・・どういうことだ?」
毛利先生の発言を聞いて皇太子様が尋ねる。
「今までの敵はクトゥルフの神々の力を”使役”という形で使用してきました。
ですが実朝は肉体を持たない悪霊。魂は現世に残っているとはいえ式神契約の印を結べない。
奴はシュド=メルと呼ばれる神と一体になっていましたが、式神契約が出来ない以上
神融和を行う事は出来ません。」
肉体が無ければ式神契約を結ぶことなどできない。毛利先生の言う通り神融和などもってのほかだ。
であれば何故奴はシュド=メルの力を使えたのだろうか。
当然浮かび上がる疑問の答えを毛利先生は答えるために続けて口を開く。
「今から言う事は仮説の域を出ません。ですが・・・限りなく真実に近いと我々は思っています。
何故実朝がシュド=メルの力を扱えたのか。それは・・・魂の融合を行い、
クトゥルフの神々の力で実体を作り上げたのだと思われます。」
魂の融合。業が導き出した答えを聞いてこの場にいるほとんどが不可思議な表情を浮かべるが
俺と桃子、そして竜次先生は奴が力を手にした技術に覚えがあった。
「・・アレ、ですか。」
「ええ。そうとしか考えられません。」
楓の命を救った魂魄融合。その技術は元々千仞によって研究されていた。
兼兄の手によって研究所が破壊されたはずだが、
何かしらの方法で賀茂忠行の手に渡っていた様だ。
「限られた人間にだけ分かる情報があるのはいただけないな。
こうした集まったんだ。出来る限り共有してほしい。」
皇太子様はそう言うが、魂魄融合を説明するには白の過去について話さなければならない。
それは流石に酷だろうと毛利先生と竜次先生の様子を伺う。
公にできないことがある、アレを指す技術だけでいいのであれば教える事が出来ると
毛利先生が言うと、皇太子様は少し悩んだ後、了承した。
「では・・・。」
毛利先生から語られた魂魄融合の詳細を聞いた全員はさらに不可思議な表情を浮かべるが、
実朝がシュド=メルの力を扱えた事実とあまりにも合致した技術であるため
語られた内容を受け入れていく。
「魂魄融合であれば実朝の力も納得いく。
それを証拠に開放された弁財天の魂には抜けている部分がありました。
実朝、弁財天、そしてシュド=メル。この三体の魂を融合させ、我々を襲ったのです。」
「それは分かりました。ですが、それが何故日ノ本を滅ぼすことに繋がるんですか?」
話しを受け入れた定兄が口を開く。
今の内容だけでは脅威には感じられないかもしれないが、実朝が実体化した事実は
非常事態だと言えるだろう。
「・・亡くなった人を蘇させられるのはマズイですね。」
「その通り。彼らは過去の偉人達を率いる事が出来る事が証明されたのです。
武人として名を馳せていなかった実朝を使った事を察するに何かしらの条件があるはずですが・・・奴らは強力な軍隊を率い、日ノ本中を大混乱に陥れることも可能なのですよ。」
毛利先生の話しは少し盛られている様にも聞こえるが現実に起きていた。
それはあの時桃子達が戦った配下達がそれを物語っている。
ここまで語られた現実を受け、酷く重苦しい雰囲気がこの場にいる全員を
押し付けていたが、雰囲気を変えてのは皇太子様。
「で、あればだ。やはり早急に事を進めなければならないな。」
これだけの事を言われても、前を向き続けられるのは流石だ。
将来日ノ本を率いるための長としての器を持っている。
「敵方の日ノ本侵攻の準備は整いつつある。今まで我々が後手に回っていたからだ。
それは奴らが闇の中に姿を隠していたからだが、徐々に姿を現しつつある今であれば
反撃に転じる事が出来る。」
「それは確かにそうですが・・・一体どうやって?」
千仞が表に姿を現しつつあることは確かだが、それに対抗する策なんて簡単には思いつかない。
これまで日ノ本の闇に潜んできた奴らは俺達が動き出したことを察し、
また闇に引っ込んでしまうだろう。
「反撃に必要なのは二つの策。先ほど君にお願いしたいと言ったのはこのことだ。
一つは千仞の幹部クラスの戦力を削ぐための策。もう一つは・・・三道省に新たに蔓延った
若き千仞達を一網打尽にする策だ。」
「そんな都合の良い策・・・。」
果たしてあるのだろうか。そう言いかけた俺の言葉を遮るように皇太子様は続ける。
「この策は二つで一つ。片方が失敗すればもう片方は意味をなさない。
リスクもあるが、成功すれば我々が置かれている状況を大きく好転させられるだろう。」
弱音は決して許さないと強い決意を持った瞳で俺を見つめてきた。
頭から無いと決めつけてきた俺をその瞳でしかりつけている様だった。
「この二つの策の核は当然龍穂、君達になる。
今までになかった事でも決して弱気にならず、前を向いてほしい。」
「・・分かりました。」
「では、さっそくだ。二つのお願い事を聞いてもらいたい。
一つ目だが大阪校との交流試合を行おうと思っている。
そこで出来る限り怪しい人物を見つけてもらいたい。」
本来夏と冬に行われる大阪校との交流試合。
東京校の校長を担っている皇太子様は時季外れの交流試合を行うと宣言する。
「これは無名先生から提案をいただいてな。生徒の番付制度を導入したはいいが
生徒の実力を正当に判断で来ていない状況に不満を持つ生徒がいると。
龍穂達の様に実習以外の実績を多く持つ生徒は実力を判断できるが、
それ以外の生徒は交流試合のような数少ない実践の場での結果を踏まえ、
改めて判断するのはどうかとな。
卒業を控えた三年生が出場を控える冬の交流試合が中止になってしまった。
夏の交流試合の襲撃を受け、危険だと生徒のためを思い中止の決断を下したが
俺の浅はかな考えは彼らの不満を生むきっかけとなってしまっている。」
確かに俺や純恋など、賀茂忠行との戦いに身を投じている仲間達は
その実績から番付をつけやすいが、実績がほぼない木下や火嶽、真田や武田の実力が
正確に測れず一年達が二年ではなく俺に対して指南を求めてしまっていた。
「これらを解消するために、時季外れではあるが交流試合を行い彼らの不満を解消。
そしてこの交流試合で千仞と思われる職員達や高官達を捕えようと思っている。」
「それは素晴らしい判断だと思いますが・・・怪しい人物を見つけるなんて
一体どうすれば・・・。」
「あまり難しく考えるな。言葉通り、怪しい人物を見つけてくれればいい。
例えばだ。龍穂はここに来るまでいくつかの不自然な視線を向けられなかったか?」
不自然な視界と言われたら・・・確かにあった。神道省内では向けられるはずの無い
わずかな殺気。事件を解決したのに一向に顔を見せない俺に対して職員の方々が
苛立ちを覚えているのかと思っていたが、別の事情があった様だ。
「・・・はい。ありました。」
「土御門泰国の一件は三道省に大きなを与えてな。
奴の行動が何を思わせたか分からないが・・・職員達の異動が多く行われた。
これは本人達の意志で行われたものが大半であり、この神道省にも
新たな職員が多く入ってきたんだ。」
泰兄が起こした騒動は三道省の力関係を大きく変えるほどの大事件。
その影響を受けて神道省に疑いを持つ職員や、揺らいでいる所で成り上がってやろうと
職員の出入りが多く行われた。
「龍穂の考えている通り、新たに入ってきた職員の中には魔道省の職員も多くいる。
恐らく、服部の息がかかった奴らもいるだろう。」
「それで殺気を・・・。」
「奴らの狙いは当然君の首。それを持ち替える事で高官へ進めてやると言われているはずだ。
服部も我々に疑われている事は承知の上。私達の前で怪しい行動をとる者など
相当なバカでなければ出てこない。」
「そこで交流試合ですか・・・。」
「そうだ。未来ある若者達の実力を見るために高官達は試合を見に来る。
首を狙う奴の実力を把握するために奴らも君を見に来るはずだ。
戦いを終え、疲れた所で首を狙ってくる可能性も十分に考えられる。
その視線は君と仲間達しか判断できないだろう。怪しい視線や行動、殺気を向けている者を
見つけ次第我々に報告してもらい、奴の勢いを削ぐ。これが一つ目の策だ。」
交流試合を生徒の不満と千仞の勢いを削ぐ一石二鳥の策に仕立て上げた皇太子様。
これが成功したら確かに最高なのだが、どうしても引っかかってしまう。
「二つ目の策は・・・一つ目である交流試合後の行うが、
その存在を先に仄めかせておくことで交流試合での動きをより活発化させる。
そしてその策は既に動き始めているんだ。」
引っかかったのは一つ目の策を語る皇太子様が理想を語っており
三道省の職員がその通りの動くかと疑問だったからだ。
それを払しょくするような発言に次の言葉を待つが、皇太子様の表情が若干だが曇っていく。
「二つ目のお願い。それは君にとって辛いかもしれないが・・・受け止めてほしい。
もし成功時、千仞にダメージを与えるだけではなく、君の成長の必ず繋がる。」
明らかに意味深な言葉。一体何を言う気なのかと身構えてしまう。
「二つ目の策・・・。それは”八海の捜索”。そして”八海上杉家の捜査”だ。」
耳に入ってきたのは八海とうちの捜索。
何故そんなことが起きるのか、俺には理解できなかった。
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