第二百三十一話 不可解な策の意味
立ち止まった綱秀達を見て油断した実朝を襲った青い炎。
ほんの一瞬緩んだ隙を見逃さず撃ち込まれた炎を撃ちつけられた実朝は
謙太郎が持つ特殊な陰の力とその光度に固い皮膚が焼ける感覚に襲われていた。
「!?」
いくら配下達を焼き尽くしていたとはいえ、それより硬い自らの皮膚。
火傷など負わないと高を括っており、隙を突かれたことも相まって完全な
不意打ちとなっていた。
「ははっ!効くもんだな!!」
大雨、そして弱体化としているとはいえ弁財天の護国の力が働いているにの関わらず
固い皮膚を焼き尽くすことができる炎の魔術の使い手は、この日ノ本でも指折り。
「・・・!!!」
自らにダメージを与えられる人物が少なくとも五人いる事実を前にした実朝は
囲まれてしまう事を恐れ、狙っている綱秀達ではなく近くに身を潜めていた謙太郎に向かって
動き出す。
「ヤバッ・・・!!」
まさかこっちに来ると思ってもいなかったのか、謙太郎は驚きの声を上げているが
そのわきから飛び出してきた何かが謙太郎に倒す。
「馬鹿野郎・・・!さっさと逃げるぞ・・・!!」
木々の中に押し倒されている謙太郎に向かって触手を払う。
強く根を張った木はあまりの威力に簡単に倒れる。
まともに喰らえば体の骨は砕け、下手をすれば体が真っ二つになってしまうだろう。
砂煙が立った景色を実朝は見つめるが、触手から得た感触は決して骨が砕け肉が裂けた
好感触ではなく、ただ固い木を砕け散った期待外れの感触。
大雨に寄って砂埃が地面に落ちると、そこには木片が散らばるばかりで人の影一つなかった。
「・・・・・・。」
どうやって逃げたのか。その手掛かりは奴がいたであろう地点に残るかすかな陰の力のみ。
恐らく何かの術式によって逃げ出したのだけは分かる。
シュド=メルの力を得た実朝の弱点。それは北条家に長く取りついていたため、
北条家が使う技術以外に疎い事だ。
(あの特訓で使った技か・・・?)
長野の特訓を綱秀が受けている所を見ていたが、魔術という未来の技術について
実朝は全く理解できず、何が起きているのか理解できない光景をただ眺めていたのみであり、
少しでも理解できていればと悔やむが、すぐに立て直す。
「理解できないのであれば・・・力でねじ伏せるのみ・・・・!!!」
今は出来ないことを悔やむ時間ではない。
ある物で十分に戦えると、再び綱秀達に向かっていく。
「来たよ~。」
「分かってる。」
綱秀達は未だに得物を構えて実朝を待ち構えている。
このまま向かってもよかったが、再び奴らが物陰に現れ不意打ちを喰らうかもしれないと
触手を伸ばし、辺りの木々を倒しながら綱秀達の元へ向かっていく。
こうすれば奴らは物陰に居座ることはできない。
それにこの姿を見た綱秀達は今まで以上の恐怖と対面しなければならず、
腰が少しでも退ければ奴らの首元に牙を突きつけられる。
一石二鳥の作戦だと自信満々に向かっていくが、綱秀達との距離を詰めていると
突然目の前が白く染まる。
「グッ・・・・!?」
一体何が起こったのか。視界を奪われた実朝には何もわからない。
視線を先にいた綱秀達は得物を構えたまま。何か罠を仕掛けていた素振りは無い。
それに辺りに木々を倒しつくしていたはず。待ち伏せできる場所は無く、
もししていたとしても、触手の一撃に体がバラバラになっているはず。
(体を守らなければ・・・!!)
目くらましで視界が奪われた。こんな好機を奴らが逃すわけがない。
木々を倒していた触手を体の周りに動員し、全力で体を防御する。
「・・・・?」
だが一向に飛んでこない攻撃は実朝の思考回路をさらに乱していく。
何が起こっているのかと目を触手から離し、回復しつつある視界を見渡していく。
「・・・・・???」
得物を構えている綱秀達が変わらず視界に写っている。
視界を奪ったのなら、攻撃でも逃げるでも、何でもできるはずなのに何故突っ立っているのか。
(何が・・・目的だ・・・?)
逃げ回っていたという事は実朝に対し、勝利を見いだせなかった証拠。
事態を好転させる好機を逃してまで、一体何がしたいのだろうか?
「足、止まったよ~?」
「よし、いくか。」
思考が止まり、一体どうすればいいのかわからない実朝の耳に遠くから響いた破裂音が届く。
そして目の前突如として現れた鋭い弾丸に対し、何もできずにいたが
固い皮膚に阻まれ肉を貫通することはなかった。
「!!!」
あれだけの事をやってきたのにも関わらず、先ほど一撃とは程遠い鈍い痛み。
骨ではなく、肉にさえも届かない一撃を前に安堵する実朝だが
弾丸に込められた封印術が解除され、目の前に大量の油が体にまとわりついた。
「なっ・・・!?」
体に付着した油からは鼻を塞ぎたくなるような腐敗臭が漂っており、
冷たい雨では油を流すことは出来ない。
「これで龍穂があれを使わなくても場所が分かるね~。」
「ああ。だが、解いた瞬間待ち伏せは使えなくなるけどな。」
龍穂がちー達を呼んだ理由。経験の無い自分ではゲリラ作戦を
上手く機能させられないからではあるが、ショッピングモール内で使っていた匂い付けを使えば
何処にいるかわからない実朝の位置を把握できると考えたからだ。
だが例え匂い付けをしたとしても、大雨で流されてしまう事を考慮しておらず
どうしようかと考えて悩んでいたが、何度もゲリラ戦を行ってきたちー達は
打開策を持っていた。
「あれ、臭いんだよね~。ここからでも鼻が曲がりそうだよ~。」
「我慢しろ。千夏が悲しむよりかいいだろ?」
山で捕まえた獣の肉を腐敗させ、その獣から取れた油で匂い付けした特注の油。
湿地帯で戦った化け物に対し、白達が編み出した生き残るための技術。
「くそっ・・・・!!」
あまりの激臭に実朝は鼻を塞いでしまう。
豪雲や桃子、先ほどの謙太郎の一撃より遥かに精神的に効果のある油を
同士か剥がそうと触手で体をこするが、雨で固まった油は体へ擦りこまれ
触手にまとわりついていく。
「綱秀さん。準備はいいですか?」
その姿を見た楓は隣で得物を持っている綱秀に声をかける。
「ああ。」
この場に待機していたのは決して実朝の注目を集めるだけではない。
「ゴズ・・・。」
神降ろしを解きつつ八幡神の神降ろしを解く。
そして自らの胸に張り付けると、五頭龍との神融和を試みた。
国學館で磨いてきた綱秀の神道の技術は相当なものだが、江ノ島を守る五頭龍との
神融和は困難を極める。
二人の信頼関係は神融和を行うには十分だが、江ノ島や鎌倉周辺を守ってきた五頭龍との
実力差は大きく、綱秀の体という器が五頭龍の力に耐えきれず失敗続きだった。
長野の鍛錬、そしてショッピングモールの戦いなどでさらに腕を磨いた綱秀は
五頭龍の力を体に宿しても十分に耐えられるほどに強化され、
つい先日神融和を成功させたばかりだった。
「・・弁財天!!」
竜の鱗をまとった綱秀は油を悪戦苦闘している実朝に対し突っ込むのではなく、
その体に封じ込まれている弁財天に向かって声を上げる。
「その体は窮屈だろう!!そんな所にいるくらいだったらお前の夫と所に帰ってこい!!!」
そんな体はお前の居場所ではない。
今すぐ離れろと言い放つ綱秀の言葉は決して弁財天に届かない。
何故なら深い陰の力によって体、そして魂の自由を奪われ実朝、そしてシュド=メルに
取り込まれてしまったからだ。
「そんな言葉、弁財天に届くはずが・・・!?」
予兆はあった。その予兆は実朝も気が付いていたはず。
何故護国の力が薄れてきていたのか、その謎に対し実朝は深く追求するべきだった。
この地を幕府として指定したことで自動的に働いていた護国の力。
自らが身を置く国として、認識していたから働いていた力だが
降り注ぐ太陽の日の光や龍穂が出したカーテンから漏れていた強い太陽の日の光。
自らの体に害はないと軽視していた実朝だが、深い闇の中で眠っていた弁財天の目を覚ますには
十分なまばゆい光だった。
悪事に手を染めていたが、心を改め江ノ島と鎌倉を守り続けていた夫である五頭龍。
そして少し前までやんちゃをしていたが、心身ともに成長を続けていた綱秀の声を聞いた
弁財天は本来の役目である日ノ本の守護、そして愛する伴侶の元へ戻るために
陰の力から抜け出すために足掻き始めた。
「弁財天・・・か!?」
体に起こった異変にいち早く気付いた実朝はシュド=メルの力を動員して
再び眠りにつかせようと陰の力を弁財天に対し注ぎ込んでいく。
「やらせるか!!!」
それに気が付いた豪雲。そして謙太郎が矢の一撃と青い炎を無防備な体に打ち込む。
二人の攻撃は固い皮膚を貫き、肉や神経といった痛覚に悲鳴を上げさせた。
だが護国の力を失えば江ノ島に散らばる配下達の体が無防備になり、
無念を抱いたまま黄泉の国へ送られてしまうと必死に歯を食いしばり
弁財天を抑え込んでいく。
矢は分厚い肉によって勢いを失い、青い炎も大雨によって威力を抑え込まれ小さくなっていく。
そして両者の攻撃が完全に沈黙した後、弁財天は再び深い闇の中へ眠りについてしまった。
「・・フフッ。これがお前らの狙いか。だが・・・抑え込んだ!無駄になったな!!」
綱秀、そしてちーの不可解な行動の意味を理解し、全てを阻んだと言い放つ。
だが先ほどより明らかに護国の力が弱まっており、龍穂の魔術で結界内を覆わなくとも
江ノ島にいる人間の配置が掴めなくなっているほどだった。
「弁財天を取り返すことは無理だったけど・・・最低限の仕事はしたかな。」
龍穂達を苦しめていた戦場の支配。それが弱まった今、反撃の好機が訪れている。
「クッ・・・!」
「謙太郎!!」
だが配下達との戦闘。そして護国の力によっていつも以上に魔力を消費した謙太郎の力は
残りわずかであり、まともに戦える状態ではなかった。
「こいつはもう戦えない。千夏の元へ送るぞ。」
この状態で実朝と戦えば、命が何個あっても足りないと藤野と伊達は影渡りで
戦場の離脱を余儀なくされる。
だが反撃ののろしは綱秀により上げられており、詳細な情報が楓によって龍穂へ伝えられている。
「弁財天の力は弱まったが・・・我はまだここに立っている!
お主らのこざかしい策など全てなぎ倒し、勝利を手にするまで倒れんぞ!!」
実朝の言う通り、負わせた傷は致命傷には程遠い。
再び綱秀の元へ向かいだした実朝だが、報告を受けた龍穂はこの場にいる全員が作り出した
好機をものにするため、動き出していた。
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