第二百二十七話 有効打と実朝の選択
地獄に変わった江ノ島。そして奴はここを根城として日ノ本を手に入れようと
目の前にいる俺達の命を奪いに来ている。
「黒牛!!」
賀茂忠行に変わった日ノ本を治めるつもりなのか。
そんなことはさせないと、鋭い牙が生えている大きな口で俺を喰らおうとする奴に目掛けて
黒牛を打ち放つ。
(力が・・・!?)
滝の様に降っている雨のせいなのか、それとも弁財天の護国の力が働いているのか。
先ほどまでは出せていた風の魔術にまるで制限がかかったように力が出せず、
いつもより小さな黒牛が実朝に襲い掛かるが力負けをしてしまい鍔ぜり合いをする間もなく
押し込まれてしまう。
「ぐっ・・・!!!」
このままだと鋭い牙に噛みつかれ、体が真っ二つになってしまうと
急いで避けようとするが体を宙に浮かせているのも当然魔術であり動きが鈍く、
何とか牙を避けるが奴の胴に当たってしまう。
すさまじい勢いが体を襲い、吹き飛ばされてしまうが魔力操作で体を風にすることで
生身で地面にぶつかることを防いだ。
(まずは・・・力が出ない原因を探る所からか・・・・。)
いつも通りに力が使えないとなると全員の攻撃力が落ちてしまい、
力負けしてしまう事は目に見えている。
先程から弁財天の力を発動している事を考えると、奴が放った和歌の内のどれかが
力を抑える作用を放っているのだろう。
「魔力を押さえつけられているみたいだな。だが、神力には効果が無い様だ。」
俺の近くに飛んでいた八咫烏様が近くで呟く。
「それは・・・まだ希望がありますね。」
神力が落ちているのなら、式神契約を結ぶ神力の消費も多くなるはず。
だがそういった様子が無い所から八咫烏様は神力には影響がないと判断した。
そうなると神力を使える人員の周りに力の落ちている者を固めて
威力の高い神術を放つことが最善策だろうが、離れた所から見た奴の姿が
大雨でかすれてしまっている。これではいくら巨大な体を持っていたとしても
狙いが定めづらく、素早い実朝であれば簡単に避けてくるだろう。
環境を奪われ、不利を押し付けられたこの状況でどう立ち回ったらいいかすぐに思い浮かばない。
『龍穂君。少々よろしいですか?』
だがそれでも戦わなければならないと、みんなに指示を出しつつ奴に再び奴との距離を
縮めていると、力を使い果たし避難していた千夏さんから念が届く。
『雨が降っているのにそちらから火が上がっている所が見えます。
奴が何か仕掛けたと見ていいですか?』
『ええ。詳細は省きますが、奴の配下達が霊体のまま火をつけまわっているんです。
こちらから関与できず、雨で消化する気配もありません。』
奴との戦いに集中しているため後ろを振り返る余裕はないが、
大雨の音の中に、木々が燃えている音も混じっている。
火の手の周りが早く。千夏さんの位置から確認できるほどに炎が上がっている様だ。
『・・分かりました。龍穂君からの情報をそのままちー達に共有します。
対処できるかわかりませんが、何かしら援護が出来ないか検討しますね。』
『そうしていただけるとありがたいです。』
雨で消えない炎に対し、俺達が出来る事と言えば
和歌の神術の効果を奴ごと消し去ってしまう事。
火の手を抑える事に時間を割いている余裕は無く、俺達より経験や知識のある
白達に対処を任せる事しか出来なかった。
遠距離攻撃の要である純恋を援護するため、中遠距離で固まり実朝への攻撃が始まっている。
「はああぁぁぁぁぁ!!!!」
謙太郎さんが手のひらから青い炎を迫り来る実朝にぶつけようと放っているが
見るからに威力が弱く、大雨は青い炎に対し作用しており奴の体に届くころには
か細い炎へと変わってしまっていた。
「効かん!!!」
威力が弱い攻撃は奴の肌を貫くどころか火傷すら与えられず、
奴は全員の元へ近づいていく。
桃子や楓が阻止しようと近づくが、体を強化している魔力を抑えられており
奴の勢いに足が追いつかずこのままだと固まっているみんなに鋭い牙が襲い掛かるだろう。
「このような時のために、俺がいるのだ・・・!」
そんな中、純恋を囲む部隊の中、ひと際強い神力を持つ一人の人物が
実朝を迎撃しようと試みている姿が目に映った。
それは八幡神と神融和をしていた親父さん。
大きな和弓が引かれており、引かれた弓にはここからでもわかるほどに強い神力が
込められている。
「蓬の矢!!!」
撃ち放った矢。皇の始祖がこの国を治める時に使った矢が蓬の矢であり、
八幡神を題材にした能で出てくる逸話を神術にした強力な一撃。
勢いよく突っ込む実朝だったが、さすがにこの一撃は喰らう事が出来ないと
体を捻り方向転換を行う。
「貴様・・・!我を愚弄するか・・・!!」
「愚弄などしておらん!!例え貴様の父が鎌倉に招いた力だとしても、
我に降りている八幡神は貴様を討てと訴えかけてきている!!!
貴様は亡霊だ!!この世にいてはならんのだ!!!」
源頼朝が石清水八幡宮に勧請を申し出たことで鎌倉の血で八幡信仰が始まった。
父親が呼び寄せた神が自らにたてつくことが気に食わないようだが
源氏がいなくなってから、八幡宮が続いてきたのは後を継いだ北条家があってこそ。
八幡神からすればこの江ノ島を荒す実朝より、この地を長く守り、今まさに戦っている
綱秀達に味方するのは当然だ。
目の前の光景に苛立っている実朝の元へ駆けていた二人が追いつき、
桃子が大きな胴に向かって刀を振り下ろす。
神融和をしているとはいえ、人間相手を想定した作りの刀は奴を断ち切るには程遠いが、
なんとあの硬い皮膚に傷をつけた。
「なっ・・・!?」
「神融和をしているのは他にもいるで!!」
奴からすればほんの小さな傷だろうが、全く眼中になかった桃子がまさか
傷を与えてくるなど思わなかったようであまりの驚きにすぐさま距離を取る。
「貴様・・・!!!」
封印から解放された神は実朝に対しても絶大な力を誇っており、
俺達の部隊の弱点であった接近戦を補えるほどだった。
親父さんと桃子を前にして、距離を詰める事を躊躇し始める実朝。
これであれば戦える。そう確信した時、見るからに苛立っていた奴が突然大人しくなる。
「・・であれば、だ。」
そして呟いた後、長い胴をくねらせ海の中へ潜っていった。
奴の行動の意味を理解できず、辺りを見渡し不意打ちに警戒するが
不意打ち所か姿を見せる気配を一向に見せない。
「これは・・・・。」
時間が経つにつれ、実朝の行動の意味の選択肢が絞られていく。
そして数ある中から出てきたのは・・・時間稼ぎという今の俺達にとって、最悪の選択だった。
「・・桃子、今すぐ毛利先生に連絡を入れてくれ。」
これまでの戦いでなかった展開に少し動揺するが、江ノ島の住民がまだ残っている事を思い出し
住民を守るために残ってくれている業である毛利先生に連絡を入れる様に指示を入れる。
そして白と共にいる千夏さんにすぐさま念を使い、連絡を入れる。
『千夏さん。聞こえますか?』
体を休めるために避難をしていた千夏さんだが、俺の念にすぐさま応答してくれた。
『どうしましたか?』
目の前で起きたことを簡潔に説明する。
『どこに行ったか分からない状況です。もしかするとそちらで姿を現すかもしれない。
ですから白の方々に全方位を警戒してくれとお願いしてください。』
穴を掘る能力を持っているのでどこから現れてもおかしくはない。
俺達から島民へと狙いを変えた可能性もあるので白達に守ってもらわなければならない。
『そうお伝えしたい所なのですが・・・。』
近くにちーさん達がいるのですぐに伝えられるだろうと高を括っていたが、
千夏さんからはばつが悪そうに返答をする。
『先ほどの炎に対応するために白の部隊の大半が出払っているのです。
ですから全体に指示を出すには人数が足りません。』
自分で伝えておきながら、忘れてしまっていた。
俺達の背後には未だ配下達が付けて回った炎が燃え盛っており、その対応をお願いしていた。
『・・・・・・・・・・。』
本来であれば二つ同時に対応したい所だが、なぜ霊体の奴らが炎をつける事が出来、
雨で消えない原因などを解明する必要があるなど、どうしても人手が足りない。
かといって片方に集中したら隙が出来てしまい、奴の思い通りになってしまう。
江ノ島の事を考え、今だ燃え広がっていく火事に対応を優先するのか。
それとも島民を第一に考え、姿を潜めている実朝の捜索と討伐に全力を注ぐのか。
例え業の支援があったとしても両方を対応するのは難しいだろう。
選択の時だ。俺の選択で江ノ島の未来が変わる。
『・・ちーさんに伝えてもらえますか?』
『はい。』
『ゆーさんと共に俺達と合流してほしい。その他の隊員は引き続き消火活動に回ってほしいと。』
どちらも疎かにできない。最低限の戦力だけで実朝の捜索を行う事を決める。
『・・よろしいのですか?』
俺が下した決断に対し、千夏さんが確認を取ってくる。
中途半端な選択は何も成し得ない最悪の結末を迎える可能性も十分にあることを
千夏さんは理解しているのだろう。
『大丈夫です。力が残っていない千夏さんに負担をかけてしまいますが、大丈夫ですか?』
『隠れるぐらいの力は残していますから安心してください。』
ちーさん達を指名した理由はある。
二人であれば、奴の位置を素早く特定できるだろう。
「連絡とったで。」
毛利先生と繋がっている携帯電話を桃子は俺に渡してきた。
業がどれくらいの人数を動員しているかわからないが、俺達より経験がある
毛利先生達を頼りにするしかない。
「龍穂君。そちらの状況はいかがですか?」
「敵と抗戦。そして姿を見失いました。
今からちーさんとゆーさんと合流してから敵を追います。
毛利先生には残りの白と合流して情報共有した後、炎の消化と島民の保護をお願いしたいです。」
俺の指示を聞いた毛利先生は深く尋ねることなく、了解と一言だけつぶやき電話を切る。
「では・・・動きましょう。俺達は実朝の捜索、そして・・・討伐を行います。」
もし、白の部隊達が炎の消火に成功したとしても俺達が奴の討伐を出来なければ
この事件は終結しない。
だが消火より早く、俺達が奴を倒せば奴の配下達は現世に留まることが出来ずに
全て解決するだろう。
全ては俺達の行動にかかっている。逃亡した奴を仕留めるため、動き出した。
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