第二百二十三話 息の付く間もない戦い
戦いの終わりを告げる太陽の一撃。
長い詠唱時間ではあったが、必死に持ちこたえた価値があったことを
目の前に広がる光景が物語っていた。
「ふぅ・・・・。」
自らの仕事を終えた純恋は大きく息を吐く。
仲間達が死闘を繰り広げている中、失敗を許されない詠唱を続ける胆力は
すさまじいの一言だった。
「お疲れさまでした。」
仕事を終えた純恋に声をかける千夏だが、労りを受け取らず
黒いカーテンがかかっている方向を向きながら言い放つ。
「まだ何も終わっとらん。これは前哨戦や。」
あれだけの戦いを終えたにも関わらず、熱い闘志に思考を飲み込まれずに
冷静に状況を把握し、味方の緩んだ心を締めなおす。
「・・変わったものだな。」
その姿を見た平田は自然と呟く。
自らの才覚をいかんなく発揮し、信頼する仲間達を引っ張る姿は
依然戦った時に見せた未熟な小娘とは程遠い、麗しく、そして力強い令嬢の姿だった。
「・・・なんでアンタがいるんや。捕まっとるはずやろ。」
小さく呟いたはずだが、平田の一言に気が付いた純恋が当然の疑問を尋ねる。
「つい先日、業から解放された。」
「解放?アンタが背負った罪はこんな短時間で償えるほど軽くはないで。
何を唆したのか知らんけど・・・。」
この戦場で手にかけたとしても、戦死として扱われるだけ。
罪に問われることはないと自ら断罪してやろうと取り出した薙刀の刃を首元へ添える。
「やってもらってもいい。だが・・・俺は”とある条件”を飲み込むことで解放された。
決して全ての罪が清算された訳ではない事は分かってもらおうか。」
「とある条件やって?」
口を開いている平田の隣に、共に援軍として現れた黒川が隣に立つ。
「日ノ本が危機に陥った時、私達の力を使う事。それが業に提示された条件だ。」
「力って・・・別にアンタがおらんでも私達は戦える。
いらんもんをもらってもなんも嬉しくないな。」
「その口ぶりにしては、かなり追い込まれている様に見えたがな。」
どれだけ力を持った者でも、今回のような大軍を前にすれば多勢に無勢。
平田の言ったことは的を得ており、痛い所を突かれた純恋は何も言い返せず口を噤む。
「・・俺達が提示された条件に、今回の件は該当しない。
日ノ本の危機とは、決してお前や上杉龍穂が窮地に追い込まれた事ではないと言っておこう。」
「じゃあ・・・なんでここに来たんや。」
ここに来た意味を純恋が尋ねると、ほんの一瞬だけだがどこかへ視線を向ける。
「・・その時が来た時、俺の力を発揮させる”鍵”を見に来た。それだけだ。」
平田が見た方向を追った純恋だが、その視線の先には前線で戦った者達が多くおり、
鍵と称した何かを確認することは叶わない。
「では・・・失礼する。」
自らの目的を終えたと呟いた平田は背を向け影に沈んでいくが
後を追おうとする桃子の前に純恋が手を伸ばした。
「追わんでええ。あんな奴、気にするだけ時間の無駄や。」
もし、追いかけたとしても平田の口からはこれ以上何も出てこない。
去り際に黒川に渡された人形達を見ながら純恋は口を開く。
「・・完璧主義の人間や。自分が求めるもんには一切妥協せんやろうしな。」
自らが求める人形の形を追ってきた平田は手を汚したとはいえ、
プロフェッショナルの塊のような人間だ。
目的のためであれば一切の妥協をせず、綻びさえ見せる事は無いと呟く純恋からは
形は違えど一種の信頼が見受けられた。
「純恋さんの言う通りです。今は龍穂君への援軍に向かうべき。
ですがその前に・・・戦力の確認をするべきかと。」
龍穂が作り上げた壁の向こうからは激しい戦いを現す大きな音が聞こえてきている。
大量の源氏軍との戦いで消耗した味方は実朝に取っていい的であり、
それすなわち命を落とす確率が高く、無理やり連れて行くよりか戦線離脱したほうが
いいだろうと千夏は全体に伝える。
「真っ先にその候補に挙がるのは・・・綱秀君達です。」
配下達に狙われていた綱秀達は負傷が多く、力の消耗も激しい。
「いや、それは出来ない。」
戦線離脱を提案された豪雲だが受け入れる事は無い。
戦いを有利に運ぶための選択としては千夏の言い分は至極全うだが、彼らにも通すべき筋がある。
「・・分かっています。」
それは千夏も十分に理解している。
彼らにはこの戦場にいる意味があり、それを尊重したい気持ちは十分にあると伝える。
「私にはあなた方の負傷を癒す力があります。
その力を使う事で、十分な状態とは程遠いとは思いますがあの戦場に送り出すことが可能です。」
傷ついた体を癒す方法があると伝える千夏だが、その言葉を聞いた楓は
すぐさま口を挟みにかかる。
「ですがそれだと・・・。」
「私は力を使い果たしてしまう。治療の魔術は力の消耗が激しい。
龍穂君に迷惑をかけるといけませんので、私は戦線離脱となるでしょう。」
龍穂の部隊の司令塔である千夏を失うのは痛手過ぎると楓は言うが
千夏は首を横に振り、二人の筋を尊重するべきだと主張する。
「長きにわたる因縁の最後が他に人間であってはなりません。
このお二人のどちらかが実朝の首に手をかける事で因果が断ち切れる。
私が戦場を離れる事より、お二人が戦場にいる事こそ実朝に大きな影響を与えるでしょう。」
どれだけ広い視野で指揮を執ることが出来たとしても、彼らがこの戦場のいる意味の方が大きいと
千夏は語ると、意義があった楓は黙り込んでしまう。
悪霊として現世に残るほどの怨念を持つ実朝を黄泉の国へ送るには
現世へつ繋ぐ因果を断ち切るしかなく、二人を残した方が有益だという理屈は
この場にいる全体を黙らせ、納得せざるおえなかった。
「・・・・・分かりました。」
「そう言っていただけるとありがたいです。」
全員の説得に成功した千夏は傷ついた綱秀と豪雲の治療を行う。
詠唱と共にみるみる傷は塞がっていくが、千夏も配下達と激しい戦いを繰り広げており、
宣言通り残された魔力には限りがあった。
「さて、千夏がいなくなるのは痛いが・・・これからの話しを進めよう。」
伊達が口を開き、これからの行動についての話し合いが始まる。
「これからって言っても、龍穂の援護に向かうだけやん。特に話すこともないで。」
「それはお前達に限っての話しだ。俺や藤野はお前達みたいに
突出した力を持っている訳じゃない。戦えない訳じゃないが、
真っ先に標的になるのは俺達だろうな。」
残されたのは純恋、桃子、楓。
そして援軍に来てくれている謙太郎と伊達、藤野と黒川。
そして治療を受けている綱秀と豪雲、涼音、沖田の十一人。
それぞれが実力者であることは間違いないが、力の差は大きく離れており
立ち回るための隊列が肝心になると伊達は言う。
「どれだけ強力か、どうやって戦う敵かここからじゃ判断が付かない。
だから実力や得意不得意で分けるしかないが・・・どうする?」
「・・隊列の維持も兼ねてだが、前、中、後に要となる人物を配置するのはどうだ?」
声を上げたのは謙太郎。
どの距離でも戦えるように配置することで実力の有無を突かれる危険性を無くすことが狙いだ。
「例えば・・・どんな感じだ?」
「後ろは純恋一択。周りに守備力の高い奴らを配置すればいい。
中距離だが・・・ここは俺だろう。例え前に出ても、後に下がっても戦える。」
謙太郎の選択に異議の声は上がらない。
あれだけ大量の配下達相手でも存在感を出していた二人であれば戦えないことはないだろう。
「後は前だが・・・。」
あれだけ手ごわかった配下達、クトーニアン達の親玉と接近戦で戦うのは
相当な実力持っていないと前線を維持することは難しいだろう。
「どうするか・・・。」
なかなか答えが出来ない中、その空気を引き裂いたのは楓の一言だった。
「桃子さんで行きましょう。」
楓の提案に、意義の声を上がらないもののそれは難しいのではないかという空気感が一斉に漂う。
だが楓は知っている。桃子があの配下達や現れた武将たちに対し、
接近戦で圧倒していたことを。
そのことを詳細に説明すると、漂っていた空気が薄くなり始める。
「・・・いけるか?」
龍穂が先に戦っているとはいえ、決着がついていない所を見ると苦戦を強いられている様だ。
そんな奴と接近戦で戦うのはあまりにも負担が大きすぎると純恋が心配そうに見つめているが
その心配に対し、桃子は大きく首を縦に振った。
「やってみる。」
配下達との戦いで封じられていた神の片鱗を見た桃子は
自分の実力の上昇を確信しており、かなり負担は大きいがそれでも前線を張れる自信が付いていた。
「分かった。では・・・楓、共に行ってくれるな?」
この中で接近戦が出来るのは沖田と楓。だが沖田はかなり傷ついており
前線に送るのは流石に厳しいと判断した謙太郎は楓のみを指名する。
「・・・・・・・。」
負けん気の強い沖田だが、あれだけの大軍を前に良く戦ったとはいえ
楓や桃子が浅い傷で帰ってきている所を見ると自らの実力不足の結果だと
前線で戦う事に対して異議を唱える事が出来なかった。
「前線の二人にはそのまま龍穂に合流してもらう。
後の全員は—————————————」
残りの配置を決めよう謙太郎がしていたその時、敷かれているカーテンから
大きな音が聞こえ、近くに何か吹き飛んでくる。
その場にいる全員が反応し、得物を構えるが実朝からの攻撃だと思われた飛んできた物は
その場にいる全員の予想を大きく超えていた。
「グッ・・・・!!!」
激しく傷つき、倒れていたのはイタカ。
龍穂と戦っていたはずのイタカが黒いカーテンを突き破るほど衝撃で吹き飛ばされてきた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!




