第二百二十二話 戦いの終わりを告げる太陽
桃子の耳に聞こえてきた声。それは何時の日か聞いたことがあるような、
何時も聞いていたことがあるような主が体に入り込み、一体となる。
「なっ・・・!?」
神融和をしていた騰蛇を弾き飛ばし、一体となった者。
残る式神である山本五郎座衛門だが桃子の体は烏天狗ではなく、全く異なる姿をしていた。
「なんや・・これ・・・?」
大鎧や胴丸。以前に見つけていた鎧と比べ、時代を遡った形だが
魔王と呼ばれていた姿とは格段に力が強くなっており、禍々しさも抜けている。
『揃ってきたとはいえ・・・まだまだ全盛期の力には遠く及ばんな。
だが・・・眼前に広がる敵、奴らには”縁”がある。』
山本五郎座衛門とは全く異なる神との神融和。
自らの体に何が起こっているのか分るはずの無い桃子が抱いた心情は心地が良いという
意外な心情だった。
今まで不完全な神融和を行ったいた経験から来るものなのだろうか。
封印されていた神の真の姿はこれであると確信していた。
「・・アンタ、私の力になってくれるんか?」
本来の姿であるなら、真っ先に名を知っておきたい。
その当然の感情を抑え込み、力になってくれるのか尋ねる。
『当然だ。我の力を再びこの日ノ本・・・いや、”関東”に広めねばならん。
それに・・・長きにわたり、名を知らぬ我を体に留めていた主に恩を返さんとな。』
桃子を主と定め、力を貸すと言い放った神。目の前の強敵と共に戦ってくれると誓う。
「そうか・・・。じゃあ、頼むで!!!」
刀を振るうと身にまとっていた濃霧が道を開ける様に吹き飛んでいく。
目の前に現れた桃子を目にした武将や配下達は今まで見せていなかった驚きの表情を浮かべていた。
「何が起きた・・・桃子!!!」
強制的に神融和を解かれて騰蛇は何が行ったのかと桃子の元へ這い寄っていく。
「その姿は・・・・?」
「私にもまだ分からんけど・・・ひとまず今は目の前の敵や!暴れるで!!」
何が起きたかわからないが、桃子の力が格段に変わった。
暴れ足りない騰蛇だったが、この状況を打開への道が切り開かれた事を察し
武将達に向かうことなく辺りに配下達の方を睨む。
「分かった。では・・・俺は奴らを喰らうとしよう。」
一人で大丈夫だと判断した騰蛇は、奴らに負けじと咆哮を上げると驚き惑う配下達に
突っ込んでいく。
桃子の姿を見て、何かを思い出した様に慌てふためく配下達に指示を送ろうとする
武将目掛けて桃子は得物を抜いて駆け出した。
『かなりのデカブツだが・・・関係ない。叩ききれ。』
陰の力も必要ない。図体のデカい奴を叩き斬れと指示を出されると
そのまま桃子は刀を振り下ろす。
だがただではやられないと武将は刀で受け止め、鍔迫り合いまで持ち込まれる。
「ぐっ・・・!!!」
今までであれば押し込まれていたであろう桃子だが勢いそのまま力だけで押し込んでいく。
たかが人間一人に押し込まれていく武将は何とか難を逃れようと触手を伸ばすと
流石にマズイと桃子は回避行動を取ろうとする。
『避ける必要はない。』
そんな苦し紛れの攻撃に怯えるなと指示を出してくる。
自らが持つ新たな力は、桃子が持っている常識を超越しており体を貫こうと伸びた触手は
旧式の鎧を貫くどころかはじき返してしまった。
「はああぁぁぁぁ!!!!」
力のまま振るった刀を武将が持つ得物を断ち切り、手に持った触手や脅威であった
笠さえも断ち切り兜割をして見せた。
力負けを喫し、倒れる武将を見た配下達の混乱は広がっていく。
『これが源氏か。我らを倒したにしては物足りん。』
桃子の中の神は呟くが、兜割をされた武将は体を動かし動く気配を見せている。
「まだ終わっとらんで!!!」
奴はまだ倒れていない。息の根を完全に止めるまで油断するなと声をあげるが
必死に食らいつこうとする武将を見た配下達は鬨の声を上げ、士気が高まっていく。
我らの頭はまだ戦える。その心意気に応えるのは今しかないと一人、また一人と声を上げ
桃子の周りを囲み始めた。
「面倒な奴らやな・・・。」
武将との間に立たれ、再び距離を詰めないとならず得物を構えるが
桃子の背中から声が聞こえてくる。
「失礼する。」
現れたのは背後を守っていた平田。
多くの人形を従えつつ、鎧をまとった桃子の姿を見つめる。
「・・・・・・・・・。」
「な、なんや?」
「これが我が師が求めていたもの・・・・か。」
平田のつぶやきは鬨の声に紛れ、桃子に届くことはない。
何も聞き取れず、不思議そうに見つめる桃子に向かって平田は懐から取り出した
一枚に札を差し出す。
「これは・・・?」
「持っておけ。今はまだ使う必要な無いだろうが・・・必ず使う時が来るはずだ。」
札には何かが封じられている様だが、神力量からみて神などではなく
何かしらの物が封じられている事が見て取れる。
「使う時って・・・・。」
「いずれ分かる。奴らは鬨の声を上げたがあれは空元気だ。
”今のお前”がデカブツを倒してその時、必ず奴らの士気は下がる。
そうなれば後ろにいるあの子が止めを刺すだけだろう。」
平田は桃子の中にいる神の事を既に知っている様な口ぶりだが
自らの謎より、平田の口調について尋ねる。
「・・純恋の事、茜に任したんやね。」
国學館襲撃の際、純恋の事を貶してはいたもののその才覚は認めており
成長した純恋の姿を見ずに自分たちの支援に来たことを不思議に思っていた。
「本気になればあれだけの事をやれるのは分かっていた。
何がそうさせたかは分らんが、ああなってしまえば俺の手助けなど必要はない。」
本気になった純恋は桃子だけではなく、龍穂の事を何度も救ってきた。
平田の言う通り、自らの才覚を引き出そうと努力を始めた純恋を止める事は非常に難しい。
「・・そうやね。」
その純恋が鍛錬の成果を見せようとしている。
前で戦う自分達が水を差すわけにはいかないと起き上がった武将に目を向けた。
「じゃあ・・・行くで!!!」
勝負を決めるために、武将へ踏み込む。
暴れる騰蛇、そして後ろを守る平田も駆けだし時が満ちるのを待った。
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謙太郎達、黒川と平田の援軍を受けた千夏達は追い込まれつつあった状況を打開していく。
青い炎は配下達を焼き尽くし、湧いて出てきた武将までも簡単に書き尽くしていた。
「ははっ!やりがいがないな!!」
簡単に倒れるクトーニアン達に対し、他愛もないと笑いながら言い放つ謙太郎だが
その他の四人は苦戦を強いられており、魔力もかなり消費していた。
「クソッ・・まだか・・・!?」
前で戦う部隊も善戦しているようだがそれでも数が多く、
先を考えればいずれ再び追い込まれる事は目に見えている。
「あの様子だと・・・もう少しのはずです。」
倒れた配下達を死霊魔術で操り戦う千夏はちらりと純恋を確認するが、
八咫烏と共に詠唱を続ける純恋の周りにはとてつもない魔術が集まっている。
「奴らは天高く掲げられている”あれ”を再現しようとしているのじゃ。
それなりの時間はかかる。」
純恋が行おうとしているのは太陽の再現。
今までも太陽の名を使った魔術を幾度となく使ってきたが、
それは純恋が扱う事が出来る純度の高い火の魔術であり、本物も太陽とは程遠い。
「・・・出来た。」
長い、非常に長い詠唱を終えた純恋は手のひらを天に向ける。
共に詠唱を行っていた八咫烏は羽を羽ばたかせ、まるで天に構える太陽に添える様に
手を伸ばした純恋の方に停まった。
「千夏。時間だ。」
時が満ちた。八咫烏が千夏に伝えると、必死に応戦していた千夏が
手に持った杖の柄を地面に付ける。
「巨影集郎!!!」
千夏によって作られた大きな影が純恋の足元に出来上がる。
それだけではなく奥で戦っている綱秀や楓、桃子の足元にも影が出来、
彼らを乱戦の中から純恋の元へ救い出した。
「やっとか・・・・。」
善戦していた楓や桃子とは違い、狙われていた綱秀達はかなり疲労をしており
戦いの激しさを物語っている。
「みなさん!!屈んでください!!!」
自らを苦しめた大軍達に終わりを告げるため、純恋は詠唱の最後の一言を呟いた。
「・・・天照シ光。」
純恋が出したのは天に浮かぶ太陽と同じ大きさほどの小さな炎の球。
だが今までとは格段に明るく、そして熱を持った炎の球を太陽に捧げるように送り出す。
魔術を極めていくと、神術に限りなく近づいていくとされている。
それは神々が扱う力が地球の力を借りたものであり、
本質的には魔術も同じ道を辿るからであった。
「熱く・・・ない・・・・?」
見る事が出来ないほど、痛いほどの光を放つ炎の球が近くにあるにも関わらず、
近くにいた全員の体にその熱が一切伝わっていない。
それは八咫烏の指導により、太陽の熱を完全にコントロールした証だ。
「太陽の巫女。その名は伊達ではないな。」
太陽の化身である八咫烏であれば、共に神術を使うのが筋ではあったが
純恋の素質を見抜き、本来の力である魔術の選択に踏み切った。
その信頼に応えるように本物さながらの太陽を作り上げた純恋は
天高く舞い上がった太陽の炎を一気に解放する。
「終わりや。」
下に屈んでいる全員が時が止まったと錯覚するほどの爆発が辺り全体を襲う。
光の速度で放たれた炎は岩屋にいるクトーニアン達のみを襲い、焼き尽くすなんて表現を
使う事すら困難なほど、奴らの体を一気に消滅させた。
「・・・・・・・・・・・。」
鬨の声を上げていた配下達が全ていなくなり、静かになった海岸沿いを全員が見渡す。
先ほどまでの戦いがまるで嘘のような光景に、唖然とすることしか出来なかった。
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