第二百二十話 窮地を救う援軍
ひと際大きなクトーニアン。周りの兵隊よりか長生きしているのか
身にまとっている鎧には家紋が刻まれている。
「おそらく・・・実朝に仕える忠臣なんでしょうね。」
この軍勢を呼び出したのが実朝なのであれば、自らが信頼を置く部下に
強い体を与えるのは当たり前だ。
他のクトーニアンとは違い触手には得物が備えられており、
間合いが広く接近を許せばかなり厄介な敵だろう。
(何か・・・しゃべっている?)
大きな個体は日ノ本語ではない何かしらの言語で指示を与えており、
先ほどまで大雑把な動きを見せていたクトーニアン達が統率されていく。
「・・綱秀さん。」
その姿を見た楓は後ろにいる綱秀達に声をかける。
「どうした。」
「奴ら、この軍勢をいくつかに分ける動きを見せています。
私が奴らの立場なら・・・ダメージを与えられる私達と綱秀さん達を狙う隊、
そして後ろにいる純恋さん達を狙う隊に分けます。」
これだけの軍勢がいて、綱秀だけに狙いを定めるのはあまりに非効率。
部隊を分け、厄介な敵と分断させることで効率的に目的を果たす動きを取ることは
容易に想像できる。
「ですから・・・ここからがさらなる正念場になると思います。
出来る限り、私達から離れずに戦ってください。」
どれだけ強力な一撃を放つことが出来ても、この軍勢相手では二人で対処する事はほぼ不可能。
どこかで綱秀達にも踏ん張ってもらわなければならない時が来ると楓は悟り、
それを聞いた綱秀は少し考えた後、五頭龍を召喚する。
「ゴズ、頼めるか?」
どのような経緯があったとしても、この軍隊は弁財天の元に集まった事には変わらない。
妻の配下達に手をかけることに抵抗があると思い綱秀は五頭龍を戦場に出したがらなかったが、
流石に無理だと呼び出す決断を下した。
「・・馬鹿者。何故もっと早く呼ばなかった。」
綱秀が追い込まれている最中、五頭龍は戦場に出せと呼びかけていたのにも関わらず、
綱秀は一向に呼び出す気配を見せなかった。
そのことに五頭龍は怒りを覚え、綱秀に呟く。
「・・・・・・・。」
無言で答える心遣い。それはこの戦場に不要な気配り。
それを綱秀は分かっている。分かっていたはずのなのに下せなかった甘さは、
戦場においては敗北に直結すると五頭龍は静かに叱る。
「俺も何かしらの策があると踏んでいたが・・・もはや瀬戸際まで来てしまった。
もう後ろに道はないぞ。」
「・・分かっている。」
統率力を持った実朝の配下達は前に立つ二人の間合いを大きく避けながら、
綱秀達を囲もうと動き出している。
再び囲まれる。それは豪雲、そして涼音も理解しており、後先考える暇なく
目の前の敵から生き残らなければならなかった。
「・・八幡神!!!」
この場を切り抜け龍穂と合流し、実朝と対峙する時に使うつもりだった
八幡神の力を呼び出し、神降ろしを行う。
そしてその父親である豪雲も同じく八幡の力を降ろしたが、
こちらは神降ろしではなく、神融和であった。
「・・綱秀。」
「後ろに居ろってか?絶対に嫌だね。」
父親として、息子と将来の娘を守るために再び後ろの下がるように指示を送ろうとするが
察した綱秀は断固拒否の構えを見せる。
「例え八幡神と神融和をしていたとしても、一人で捌ききれる量じゃない。
親父には・・・もう少し神社を守ってもらわなきゃ困るんでな。」
弓八幡と呼ばれるだけあり、得意なのは中、遠距離攻撃だ。
豪雲の実力は日ノ本の中でも上から数えた方が早いがあの装甲を持ったクトーニアン達を
抑え込むのは難しい。
「・・生意気だな。」
代々守ってきた神社を継ぐという言葉を決して嘘ではない。
綱秀の意志を豪雲は決して理解していない訳ではないが、何度聞いても心躍る言葉だ。
この二人を決して殺させはしないと強い決意を決める。
「”お前ら”も、親不孝者ではないと証明して見せろ。」
親より先に死ぬんじゃないと、二人に向けて言い放つ。
綱秀だけではなく、涼音に向けて伝えた事は既に涼音を家族として認識している証だった。
その言葉を聞いた二人は一瞬驚いたものの、真剣な豪雲の表情を見て気を引き締めなおす。
絶対に生き残る。前に出る二人と分断し、再度囲むクトーニアン達に得物を構えた。
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「千夏!大丈夫か!?」
詠唱を続けている純恋を守る二人。
「ええ・・・。何とか・・・・。」
辺りを囲む樹木を動かし、全体を支配していたはずだが
クトーニアン達の猛攻に追い込まれつつあった。
「黒風陣!!!」
龍穂が使う黒い風が効くことを着地時に確認していた千夏は風の魔術を使い
何とか純恋達を守っていたが、限界が近い。
援護に行きたい青だったが、地中を潜っているクトーニアン達の数が多く、
地中に潜るクトーニアン達や辺りを囲む奴らを木の根や枝で動きを止める事で精一杯で
その場から動けずにいた。
「クソッ・・!!やはり数が多いな・・・!!!」
白、そして業の援護が見込めないこの状況の厳しさに、
青の脳裏に敗北の二文字が浮かび始める。
このまま敗北するよりか、純恋の詠唱を止めて共に戦ってもらった方が勝機はあるのではないか。
そう思ってしまうほどに追い込まれており、その迷いは大きな隙を生んだ。
「・・・!!!」
木の枝の束縛から逃れたクトーニアンが魔術を使う千夏に接近している。
笠を回転させ突っ込んでおり、このままだと生身の千夏の体は削り取られてしまうだろう。
「千夏!!!」
声をかけ、枝を伸ばすが問い既に遅し。
既に間に合わない間合いまで接近を許しており、青の声で気付いた千夏も
回避体勢に入っていない。
「くっ・・・!!」
手に持った杖を前に構えるがそんなもので受け止められるはずがない。
このまま千夏を命が刈り取られる所を見ている訳にはいかないと
無駄なあがきで龍の姿で二人の間に突っ込もうとするが、
上空から光り輝く何かが辺りを照らすと千夏の前に迫っていたクトーニアンが青い光に包まれる。
「そんなことはさせん!!!」
その青い光を少し前まで見続けてきた青は、その正体にすぐに気が付き空を見上げる。
「お助けいたす!!!」
青い光に包まれ、体を焼き焦がされたクトーニアンを踏みつぶし、
千夏の前に立ったのは上杉謙太郎。
白でも業でもない謙太郎が現れた事に、青は驚愕するが
すぐに立て直し人の姿に戻る。
「何か知らんが・・・助かったぞ!!
そのまま千夏を守りつつ奴らをなぎ倒してくれ!!!」
謙太郎の一撃は奴らに効果がある。それを理解した青はすぐさま指示を出すと
承知したと炎を出し、迫るクトーニアン達を焼き尽くしていく。
「謙太郎を先に向かわせて正解だったな。」
「ああ。これでひとまず間に合ったってことだ。」
遅れてきた伊達と藤野が空から着地すると、千夏の傍で得物を構え
応戦の構えを取った。
「おお!お主ら!!」
「ちー達から連絡が入りましてね。その後、母さんから正式に任務要請が降り
応援に来ました。」
三道省への依頼の発行は、業案件などの特殊案件でなければ高官全体に知らされる。
それを知った伊達はすぐさま息子に支援する様に指示を送ったのだろう。
「まともな増援と言えるかどうかは分かりませんがね。」
「何を言う。十分に助かっておる。」
「他にも増援を連れてきましたが・・・あちら側が忙しそうなので
向こうに送りました。ここは我々だけで応戦しなければなりません。」
他にも応援が来てくれたという報せを聞いた青は大きく息を吐く。
敵の狙いである綱秀達の方へ敵が集まっている事を察していたので
かなりありがたい増援に胸をなでおろしていた。
「ですが・・・すぐさま信頼を置くことは難しいかもしれません。
何せ、つい先ほど”牢屋から出てきた”奴ですから・・・。」
不穏な一言が青の耳に届くが、心に吹き付ける不安をすぐさま吹き飛ばす。
誰であっても増援だ。この状況を変える事が出来るのなら、なんだっていいと
目の前の敵に集中した。
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相対する武将とその配下達。
十二天将と神融和をしているとはいえ、あまりの手数に手こずっていた。
「ぐっ・・・!!」
溶解液を躱すが、回転する笠や大柄の得物が体を掠める。
一手や二手先を読んだとしても躱し切れず、徐々に追い込まれつつあった。
この状況を打破しようと、黒い風の一撃を何度も放つが
肝心の武将を守るように配下達が立ちふさがり届くことはない。
私達の首元へ刃を突き立てる事を目的としており、壁となる配下達からは
一切の恐怖心を感じる事はなかった。
(このままだと・・ダメだ・・・。)
二人の頭に敗北の二文字が見え隠れするが、純恋の魔術まで何とか耐え凌ぐという目的が
二人を支えている。
だが突破口が見えない戦いを続けている余裕はなく、何かしらのきっかけが必要だった。
「・・無様だな。」
追い詰められる二人の背から、何者かの声が聞こえる。
その声の主。二人には聞き覚えがあったが、決して聞くはずの無い人物の登場に
思わず後ろを振り返った。
「我が師はこんな者達を生かすために散っていったのか。」
目に移ったのは大量の人形を従える人物。
以前、龍穂や春との戦いに敗れ、捕まっていたはずの平田忠清の姿がそこにはあった。
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