第二百十九話 二人と新戦力
大軍に対して、自らに優位な環境を作り上げ対抗する。
固い頭や溶解液に対し、木の枝が身を守り何とか生き延びていた綱秀達の元へ桃子達が合流する。
沖田が前に出張り、なんとか踏ん張っているものの刀でまともな傷をつけられない相手であり、
柔術などで何とか対応しているが、かなり傷を負っておりかなり追い込まれていた。
「騰蛇!頼むで!!」
暴れる騰蛇が綱秀達の周りのクトーニアン達をなぎ倒していき、何とか空間を作り上げる。
傷を負った沖田の元へたどり着いたが倒れる様子を見せない。
「沖田!あんま無茶は・・・・。」
「・・この程度、無茶ではありません。まだ戦えます。」
まだ戦える。このまま前線を引っ張るきだが、近くにいた楓が頬を叩く。
「冷静になりな。こいつらを倒せば終わる戦いなら止めないけどまだ先はあるんだ。
大人しく退いて。」
先を見ろと諭す楓の言葉を聞いた沖田は、驚きながらもすぐに飲み込み
桃子や楓の後ろに隠れる。
若くして武術師の資格を持った沖田だが、平和な日ノ本で乱戦などを経験したことが無く
数えるほどしかない弱点が露呈した瞬間だった。
「なんだこいつら・・・。俺の牙が通る気がせんわ!!」
長い体を振るい、足場を確保する騰蛇だが自慢の牙が一切効く様子がないと
嬉々としながら暴れている。
「今は大丈夫だが・・・このままだといずれ我らも奴らに殺されるだろうな。どうする楓。」
白虎の提案は的を得ており、沖田の頑張りがあったからこそ綱秀達は命を保っているが
合流を果たしたとはいえ、再び押し込まれることは目に見えていた。
「・・・・・・。」
打開策はないかと辺りを見渡す楓の目に留まったのは倒れているクトーニアン達。
数は少ないが、体を削り取られたような跡が残った化け物達は他の奴らの下敷きになっており、
命の灯が消えている事を示していた。
「・・純恋さんの詠唱の時間を稼ぐのが我々の役目です。
ですが・・・その前に少しでも数を減らしておきたい。」
八咫烏に魅入られてから、純恋達が努力を重ねていたことを寮の道場で見てきた楓は
目の前にいるクトーニアン達を灰に変える事が出来ると信じている。
自分達はそのサポートを行う役目であり、それが出来るのは自分と桃子だと言い張った。
「私ら・・・か。」
楓の言葉を聞いた桃子は自信なく答える。
少し前であれば堂々と前に出てくれただろうが、京都で知った式神の事実は
今まで積み上げてきた自信を全て奪い去ってしまった。
「大丈夫です。桃子さんの実力は誰も疑っていません。
それは封印されていた式神も同じですよ。」
今まで信頼を築いてきた式神が実は全く別の名であり、
本来の力を引き出せていなかったという事実。
認識阻害と封印を掛け合わした術式なので仕方ないと頭で理解はしていたが
今までの努力は一体何だったのか、そして自分の実力がもっとあれば
認識阻害などを使わずに本来の姿で封印したのではないかと
考えすぎた上での自己嫌悪を陥ってしまっていた。
「ここで一皮むければ式神の力を引き出せるかもしれません。
なので行きましょう。」
「・・分かってる。怖気づく暇はないな。」
桃子自身もみんなを救いたい意志はある。
だが窮地に立たされた時こそ、自分の本音が前面に出てしまって結果の弱気だ。
ほんの少しの弱音が敵に隙を与えてしまう。
ここで見せてもらえてよかったと楓は言うが、
楓自身も不安を抱えていない訳ではない。
千仞との戦いで龍穂と完全に別れる事は久しぶりだ。
しかも龍穂が倒してこちらにやってこれる状況ではなく、
楓達が状況を打破しなければならないとなるといつも隣に居た心の支えが無く、
平静を装ってはいるが、少しでも力を抜けば足が震え出してしまうほど。
それでも踏ん張らなければならない。
追いかけている背中に追いつかなければ、隣に立つことさえ許されないのだから。
「よし・・・白虎!!!」
溶解液を避けつつ暴れている白虎に向けて楓が大声を上げる。
その言葉の意図を白虎はすぐさま察知し、クトーニアン達を振り払い楓の元へ戻ってくる。
「・・・・・騰蛇!!!」
桃子も同じように騰蛇に声を上げると、倒れないクトーニアン達に苛立っていた騰蛇は
すぐに声に気付き、勢いよく奴らの足元を這い、桃子の元へやってくる。
「クソッ・・!策はあるんだろうな!!」
二体の十二天将達は主の元へ近づくと、それぞれ神融和を行う。
短い間で信頼を築き上げるだけでも二人の努力が垣間見えるが、
十二天将ほどの式神と神融和が出来るだけの実力を身に着けている事に
後ろにいた全員が目を丸くした。
「桃子さん。あそこ、見えますか?」
声を上げる楓は倒れているクトーニアンの群れを指出す。
「あれは恐らく龍穂さんの一撃を喰らった奴らです。
黒い風であれば、奴らの固い装甲を破れると思います。」
龍穂との式神契約で使えるようになった黒い風。
常時扱えるようになったわけではなく、契約を通じて龍穂から力を受け取らなければならないが、
この場において数少ない勝機の一つだった。
「それを・・・使えばええんやな?」
「はい。得意な属性ではない事は百も承知です。
ですが、この場で扱えるのは我々のみ。」
楓自身は風の魔術を得意としているが、桃子が得意な属性は土の属性だ。
決して扱えないことはないが、奴ら相手に有効であるかと尋ねられると
自信を持って首を縦に触れない。
「・・分かった。」
龍穂や楓の真似は出来ないが、やって見せると迷いを断ち切り桃子は前に出る。
そんな桃子の横に楓が寄り添うように立った二人を目にした実朝の配下達は
目標である綱秀達の首を取るためにはまずはこいつらを倒さなければならないと
鋭い眼を一斉に二人へ向けた。
「来ますよ!!!」
兜のような傘を高速回転させながら、奴らは二人に突っ込んでくる。
「黒・虎砲!!!」
突っ込んで来た群れに向けて、拳に纏わせた黒い風を突いた勢いのまま打ち放つ。
通常、虎の顔の形となった風の弾をぶつける技だが漆黒の虎は体まで作り上げられ
大軍の群れに突っ込んでいった。
牙を突きつけずとも、体に触れた瞬間、鎧ごと体を削られていき
先ほどまで苦戦していた相手がバタバタと倒れてく姿を見た奴らはその光景に驚愕し、
辺りの空気が一気に冷めていく。
その姿を見た楓はいけると心の中で呟くが、クトーニアンの体に宿った鎌倉武士たちの
心を呼び覚まし、獣のような雄たけびを上げてさらに突っ込んで来た。
「なっ・・・!?」
奴らの心を恐怖で支配したと確信していた楓はその光景に不意を打たれ、
体に突き刺さる殺意の束に体が固まってしまう。
時代と共に失われた日ノ本武士の狂気に当たられた楓だが、
先ほどの一撃で距離が離れていたこともあり笠が命を奪いに来ることはなかったが、
後ろに控えていた奴らが笠を開き、砲塔から溶解液を放とうとしていた。
「くっ・・・・!!!」
純恋の命を奪おうするクトーニアン達だったが、砲塔から溶解液が放たれる事はなく
何故出てこないのかと困惑し始める。
それは楓も同じであり、見ると奴らの砲塔の凍り付いていることに気が付き
気付かぬ間に辺りに白い冷気が漂っていた。
「やらせないよ・・・!!」
涼音が冷気で奴らの砲塔を固めていた。
敵に気付かれないように息を潜めながらずっと氷の魔術を放っていたようで
この鬼気迫る状況に動じることなく魔術を発動し続けていたという事実に
驚きながらも、出来上がった隙を桃子が逃すことなく魔術を放った。
「黒砂塵!!!」
黒い風で地面に敷かれている砂を巻き上げる。
砂が混じったことでさらに破壊力を増した竜巻がクトーニアン達を襲い始めた。
大きな竜巻は辺りを空気を吸い込むがその勢いはすさまじく、
吸盤を使い、地面に張り付いているクトーニアン達は動くことはおろか
踏ん張り切れずに吸い込まれていく。
「ぐっ・・・!!!」
かなりの威力を持つ魔術だが、使用者である桃子は苦しい顔をしながら必死に制御しており
あまりの威力にうまく操作出来ていなかった。
『桃子、操作を離せ。』
あまりの威力に味方に被害が出てしまうのではないかと
桃子は砂塵を操作しようと試みるが、神融和をしている騰蛇が止めに入る。
『でも・・・みんなに・・・!!』
『巻き込まれるような軟な奴らはここにいない。
それにだ、今お前は足を止めている状態だ。
涼音が奴らを凍り付かせて何とか防いでいるが、奴ら一度しまって笠を回転させることで
砲塔に付いた氷を全て破壊している。』
溶解液が打てない状況に驚いたもののすぐさま平静を取り戻し、
砲塔の氷を砕くことで再度溶解液を放つ準備を進めていた。
『操作を止め、魔力供給を絶つことであの砂塵はいずれなくなる。
何がともあれ奴らの数を減らした事実は大きい。
それに・・・。』
騰蛇は桃子に対して辺りを見る様に伝える。
切羽詰まっており、周りを見れていなかったが先ほどまであったはずの冷気が
白い霧へと変わっていた。
「あ・・れ・・・?」
『涼音の冷気が意味をなさないほど、辺りの温度が上がっている。
後ろにいる小娘がこの状況を打破できる何かを順調に作り上げている証拠だ。』
霧は空気中の水分が太陽の光に錯乱するため現れる。
いつも作っている太陽はここから見えないが、ヤタと共にこいつらを一撃で仕留められる
強力な何かを順調に作り上げているのだろう。
『霧がかかるとなると・・・ここは我らの庭になる。
まだまだ暴れ足りん。ここからが我らの本領発揮と行こうぞ。』
かなり数は削ったがまだまだ数は多く、接近を許せばすぐさま形勢逆転となる。
騰蛇に声をかけられ、落ち着きを取り戻していく桃子。
その隣に立った楓も意気込んでいた気持ちを落ち着けつつあり、
このまま優勢を保っていくと思われたが、後ろから現れたひと際大きなクトーニアンの群れが
二人の勢いを止めようと迫っていた。
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