第二百十八話 乱戦の幕開け
空気の足場を解いた全員が下に落ちていく。
その隙を奴らが逃すわけなく、すぐさま攻撃を仕掛けようと頭を高速回転させ始めた。
「足場は俺が確保する!!後は頼んだぞ!!!」
このまま地面に降りれば、着地の隙を狙われる展開は見えている。
「流星領域!!!」
全員が着地する地点に無数の空弾を撃ち込む。
太陽の熱をも耐える奴らの固い鎧を貫き、あまりの威力にその場から離れ着地地点を確保する。
(さて・・・。)
黒い風をまといながら、みんなと離れて実朝の元へ向かう。
これで俺は一人。青さんも八咫烏様も向こうに送った。もちろんイタカも・・・・。
「いるぞ。」
何とイタカは俺の隣で白い風をまといながら浮かんでおり、
俺を援護しようと着いて来ていた。
「おまっ!?なんでこっちに・・・。」
「阿保が。一人で戦うのは流石に厳しいだろう。」
実朝にたった一人で立ち向かおうとする俺を危惧して単独行動を行ったようだ。
「ハスター様をみに宿しているとはいっても、
お前はまだその力を全て引き出しているとは言えない。
そんな未熟なお前では、奴を仕留めきれずに不意を突かれることは目に見えているからな。」
奴が持っている力。イタカが危惧している様に
資料に書かれていた通りであれば、かなり強大な力を持っている事は確かだ。
「龍穂。あやつの力の源。霊体に体を与えた元凶については察しがついているな?」
「・・シュド=メルだ。」
シュド=メル。クトーニアンの中でも最も古く、最大の個体であり、奴らの長だ。
純恋の炎を通さないほどの鎧を持つ奴らの何倍もの装甲を持ち、
過去の大戦で使われた核爆弾相手に傷は負ったものの耐えきったともされている。
「そうだ、奴は強い。体長は二千メートルに及ぶとされた超巨大生物だ。
それだけタフであり、ハスター様の力でも簡単には倒せないだろう。」
「だが・・・奴の体は変わってないな。」
こちらを見上げている実朝の体は下半身が触手になったものの変わっている様子はない。
「その代わりに奴の体にその力の全てが詰められている可能性も十分にある。
図体だけで敵の実力を判断するな。」
二千メートルの力があの小さな体に詰め込められているとしたらどれだけの力を有しているのか
見当がつかない。油断一つで俺の体はバラバラに引き裂かれるだろう。
だが臆している場合ではないと、俺の背に視界を遮る黒い風の壁を張り
実朝の前に立ちふさがる。
「ほう・・・。本当に一人で俺と対峙する気なのだな。たいしたものだ。」
黄衣の身にまとった俺とイタカを前にしても、奴は臆することなく余裕を見せている。
改めて対峙すると奴の力は強力であり、簡単に倒せる相手ではないと実感した。
「ああ。お前を倒させてもらうよ。」
「ふん。さすがわが主の宿敵と言ったところか。
だがな、ここは既に我が陣地であり、”幕府”だ。我を討ち果たすなんぞ無理難題。」
幕府・・・?
配下達とこちらに向ける際に言っていたが、味方を奮起させるただの言葉ではないのか?
「荒れ狂う海を見ただろう?我が和歌に乗せて放った神術だが・・・。
あの術式が完成した時点で、この江ノ島に結界が張られたのだ。」
「結界・・・?」
結界とは神術で空間に境目を作り、壁などを作り上げる術式の事だが
そんな気配、一切感じさせなかった。
「分からなかっただろう?なぜならお前達が江ノ島に入り込んだその時から
既に結界は張られていた。
我が張ったものではないが・・・応用させてもらったよ。」
俺達が江ノ島に来た時、以前と全く様子は変わらなかった。
薄い結界と言えど、俺や純恋、桃子のような陰陽師がいれば何かしら違和感を感じるものだが
それが一切なかったとなると・・・まさか実習の時から結界が張られていたという事か?
「我が張った結界。それは”領域結界”。
これでお前らはここから生きて出る事は叶わない。」
「領域・・結界だって?」
領域結界とは、術式を唱えた人物にとって優位な環境となる最上級結界の一つ。
先程の和歌の神術。有名ではあるが、力を持たないこいつの逸話を具現化し、
その情景を模した海へと変わったのは領域結界の影響が大きいだろう。
だが領域結界の使い手は、この日ノ本でもただ一人しかいない。
その人物とは皇であり、長きにわたって日ノ本の王として代々君臨してきた皇ほどの
名声と力が無ければ扱う事が出来ない術式をこいつが扱えるなんて思ってもいなかった。
「・・・・・・・・・・。」
驚きと共に、俺の脳裏に嫌な憶測が浮かび上がる。
領域結界の主はその内側に置いて強い力を発揮する。
先程この江ノ島を幕府と言ったが、その長は間違いなく実朝であり、この地の王と言える。
「気付いたか?我が領域結界を扱う意味、そしてその強大さを。」
奴は今、弁財天と一体になっている。
弁財天は鎮護国家の戦神であり、自らが守る国の危機には大きな力を発揮する。
「我がここにいる限り、配下達には鎮護の力が備わる。
彼らは死ぬことはない。我を倒さぬ限りな。」
弁財天の護国の力。奴はそれを上手く使い、
この江ノ島で自分達に有利な陣地へと変えてしまった。
「・・お前、あんま舐めんなよ。」
既に勝ち誇っている実朝に向けて言い放つ。
確かに強力な能力ととてつもない相性を持っているが・・・
それは決して俺達への決定打にはならない。
「綱秀も親父さんも・・・俺の仲間達も。お前の配下になんざ負けやしない。
いくらここに国を作ろうともだ。」
辺りに風をまとわせ、臨戦態勢に入る。
「無念の果てに悪霊となった後でも、配下達の期待に応えようとしたお前の全て。
その全てを今ここで・・・破壊してやる。」
奴はこの状況を望み、ここまで耐え忍んできたのだろう。
その辛さは・・・俺には分からない。
だが死者が再び蘇り、この地に国を作ったということが日ノ本のしれれば
皇の威厳は地に落ちてしまうだろう。
「威勢がいいな。だが・・・やらせんぞ。」
俺の殺意を受け取った奴は一本の触手を地面に潜らせる。
すると俺の周りを囲むように長い触手が何本も飛び出してきた。
「我らが願いは絶対だ。我がいる限りな。」
譲れないものがお互いにある。そういった者達がぶつかった時、残るのは結果だけ。
敗北はその者が歩んで来た道のりを全て否定してしまう。
綱秀や親父さん、北条家が歩んで来た道のりを残すために辺りに風を打ち放った。
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「着地したらすぐに得物を構えよ!!」
空中で耳に飛び込んで来たのは青の指示の声。
着地した瞬間、純恋に寄り添うに守る桃子や千夏さん、涼音。
そして綱秀や親父さん、沖田は前に出て化け物達と戦い始めた。
「ヤタ!」
「ああ、やってやろう。」
圧倒的人数不利を背負っている。勝負の分かれ目は自分が握っていると理解している純恋は
ヤタと共にすぐさま詠唱体勢に入った。
「綱秀!前線の指揮を取れ!!離れることなく固まって動くんじゃ!!!」
乱戦の場合、固まって動くことで周りを囲まれ追い詰められるリスクもあるが
敵の狙いがはっきりしている今、狙いを集中させ各個撃破されることを恐れた青は
すぐさま綱秀に指示を送ると、持っていた錫杖を地面に突き刺す。
「樹木爆誕!!」
錫杖から放たれた魔術をきっかけに、砂や岩場の隙間から芽が生えてくると
急激に成長し、辺りが森に包まれる。
「地面に根を張った!これで奴らが地面に潜っても探知できる!!」
先程の奇襲を危惧した青がすぐさま対策を打つ。
だがこれだけでは前に出ている綱秀達への援護にはならない。
「千夏!手伝え!!」
これで終わりではないと、千夏と共に詠唱を始めると
木々から生えた枝が動き出し、化け物達の体に向けて振るい、巻き付き始める。
「皆さん!!純恋さんは私達が守りますから皆さんは前線へ!!
綱秀君達を守ってください!!!」
必死に声を上げる千夏。
自分達で大丈夫だと伝えるが、それ以上に綱秀達が追い込まれつつ状況に
強い危機感を覚えていた。
「分かりました!!」
楓と涼音は勢いよく綱秀達に向かっていくが桃子は心配そうに純恋の方を見つめる。
あれだけの大軍を前に、たった二人だけで対応するというのは
あまりに危険だと足を止めてしまうが、決意ある表情で純恋が桃子の方を向いて頷くと
分かったと呟き、桃子も駆けていく。
「桃子さん!やりましょう!!」
追いついてきた桃子に向けて楓が言い放つが、
固い体を持つ大軍に対しての有効打はかなり限られてくる。
自信満々に言い放った楓の表情からは、自身と声をかけた桃子にその術があると
言っている様だった。
「騰蛇!!」
「白虎!!」
二人は札を取り出すと、二体の式神達を呼び出す。
十二天将が二柱、乱れていた世を生き抜いてきた式神達は
こういった乱戦の経験も十分にあるだろう。
「なかなか面白いことになっているな・・・。」
「桃子!暴れていいんだな!?」
目の前に広がる大軍に驚くことなく、二体は平然としている。
騰蛇に至ってはすぐにでも戦いたいと桃子に催促していた。
「ええで!存分に暴れてきな!!」
桃子の掛け声を聞いた騰蛇は大軍の中に飛び込んでいくと
鋭い牙で化け物達に噛みついていく。
白虎は飛び込んでいかなかったが、騰蛇の後を駆けて乱戦の中に入っていった。
「私も綱秀さんの元へ急ぎましょう。」
二体の式神達は追い込まれつつある綱秀達に向けて戦っており、
化け物達はその二体に対応するために人数を割き始めている。
これであれば囲まれている綱秀達と合流できると、楓達は道をこじ開けるために
大軍に向けて得物を振るった。
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