第二百十七話 蘇る源氏軍
姿を変えた実朝は自らを呪った配下達を従えて光の中から現れる。
触手を体から生やし、人間の姿をしていない。
「我らが無念!果たせるは目前に在り!!
再び笹竜胆を掲げるは今日この日であるぞ!!!」
実朝がこちらに刀を向けると、配下達は雄たけびを上げながら駆け出す。
見ると奴らの下半身からも白い触手が生えており、
同じく人の身ではない化け物として現世に戻ってきてしまった。
「・・・!!!」
このままでは乱戦になる。
目の前に広がる軍勢が俺達の元へたどり着けば簡単に押し込まれる事は目に見えている。
純恋の太陽の炎から歩いてきたという事は火に耐性を持つのか、それとも特殊な体を持っているか。
そのどちらにせよ、純恋の一撃に期待できず今頼れるのは俺自身の力のみだった。
「ハスター・・いくぞ!!!」
黒い札を取り出し、黄衣を見に纏う。
ひとまずあの軍勢を止めなければならないと時間を稼ぐために目の前に黒い壁を張る。
「千夏さん!あれの正体なんですが・・・!」
実朝の姿。あの触手の姿の特徴をもつ神を地下室にあった書物の中で読んだことがある。
「ええ。”クトーニアン”でしょう。」
クトーニアン。クトゥルフ配下の地底種族であり、外見はイカに似ている。
短い触手を持ち、固い頭で岩と地中を掘って暮らすと言われており、
彼らの長を崇拝する教団があったと記されていた。
「そうですよね。であれば・・・かなり厄介—————————」
学んだ情報を元に奴らへの対抗策を共に考えようとしたその時、
俺達の足元が突然震えはじめる。
「地震か!?」
「いや・・これは・・・!!」
足元から来る振動は決して地殻の変動によって起こった地震ではなく、
もっと近い位置から引き起こされたものだと伝えるとともに
目の前を黒い壁で覆った事を後悔する。
「全員!!跳ねてくれ!!!」
だがそんな暇はないと必死に声を上げ、少しでもいいから地面から足を離すように指示を送る。
俺の声を聞いた全員は反射的に跳ねると、その隙間に風を起こし空高く舞い上がらせた。
「なっ・・・!?」
大半の人間が驚きの表情を浮かべ、俺が一体何をしたいのか理解していないが
書物を読んでいた俺と千夏さんだけは地面をじっと見つめ奴らの姿を追う。
俺達がいた揺れる地面からは何かが勢いよく飛び出してきた。
「なんやあいつら・・・!?]
見えていたのは鉄の傘のような頭部を持った実朝の配下達。
被っていると思っていた兜は変形した奴らの頭部だった。
「あれがクトーニアンの特徴。固い頭部で地面を削り地中に暮らしている。
あのまま下に居たら接敵して簡単に追い込まれてだろう。」
俺が透明の壁を張ることが出来ればこうはならなかっただろう。
焦っていたとはいえ、奴らの知識を共有する前に視界の情報を全て遮断したのは
明らかなミスだった。
舞い上がった全員の下の空気を固め、比較的安全な位置に受け止める。
「クトーニアンって・・・あれか?確かあの資料に書かれていた・・・。」
純恋がおぼろげに尋ねてくる。
俺達が見ていない間、純恋達も資料を見てクトゥルフ達について学んでいたのだろう。
「おそらくな。まだ断定できないが・・・全体にクトーニアンの情報を共有したい。」
下にいる奴らを警戒しながら全体に情報を共有する。
綱秀や涼音、そして親父さんに至ってはあのようなクトゥルフ達の配下である
化け物と対峙するのは初めてだ。
理解をしたくないかもしれないが、奴らに狙われている目標であるため
しっかりと把握してもらわなければならない。
「・・それは本当に言っているのか?」
宇宙の神と説明した俺に対し、親父さんは当然の疑問を述べてくる。
「本当です。なぜああなったのか分かりませんが・・・
奴は宇宙の神の力を得て、既に朽ち果てたはずの肉体を再び得たのでしょう。」
水の再生の力。海の力を扱う奴らであれば体を蘇らせることは可能だろう。
まさか何百年前に亡くなり、悪霊となった人物を蘇らせたのは驚きだが・・・
あの姿を見ると何か種があるのかもしれない。
「理解しがたいが・・・受け入れよう。」
「そうしていただけると助かります。
頭で否定していても・・・現実は非情にも目の前に現れますからね。」
クトーニアンと判明したことで、奴らが純恋の太陽の炎に耐えられたことにも筋が通る。
奴らは爆弾の炎にも耐えうるほどに強靭な体を持っており、その受命は限りなく長い。
ほぼ不死身と呼べる化け物だが、致命的な弱点を抱えていた。
「奴らの弱点。それは水です。
奴らは普段は地中で暮らしており、大量の水に慣れていない。
姿に似合いませんが、奴らを水に浸すことが出来れば全滅に追い込むことも可能でしょう。」
幸い、近くに海があるので水源の確保は容易。
奴らの隙を突き、海水をここまで運ぶことが出来ればあの大軍を全て殲滅できるだろう。
「水か・・・。であればなんとでも出来るな。」
「そう・・・思いたい所ですが、奴らがそれを分かっていないはずがない。
どうにかして水源の確保を阻止して来るでしょう。」
そんなことは百も承知。そう簡単に海に近づけるはずがない。
「であれば・・・。」
青さんはが海に向かって手を伸ばし、魔術で海水を持ってこようとする。
だが海水は一向に言う事を聞かず、むしろ反発する様に荒れ狂い始め漆黒の海へと変わっていく。
これはクトゥルフの神々が扱う深海の海水・・・。
「大海の磯もとどろに寄する波われて砕けて裂けて散るかも・・・。」
急いで実朝の方を確認すると、手を組み何かを唱えている姿が目に入る。
しかし・・・唱えている言葉を聞くと魔術を唱えているわけではなさそうだ。
「・・自らが歌った和歌を神術へと応用しているようですね。」
「面倒な事をしおって・・・。」
神術とは神の力を借りる以外にも逸話を元にして放つものもある。
クトゥルフの神と一体になった奴は自らの和歌を神術にとして唱え、
その時の情景を再現している様だ。
「・・だが奴らの姿は近接に特化した姿に見える。
今の様に距離を取り、遠距離で攻撃を与えれば勝機は十分にあるのではないか?」
実朝の配下達。クトーニアンと一体になった奴らの触手は短く、
こうして宙にいれば攻撃の機会さえ与えずに完封できるのではないかと親父さん言うが
奴らにはまだ攻撃手段がある。
「いえ、それではだめです。」
そう言いながら地面にいる大軍を指差すと
奴らが俺達に向けて先ほど地面を削っていた頭が開き中から砲塔のような
筒がこちらを狙っている。
「奴らはああやって溶解液を放ってきます。ですから離れた距離にいても攻撃は可能です。」
真っ黒な墨のような液体をこちらに打ち込んでくる。
空気の壁を作り上げ、俺達に届くことないが重力によって落ちていき
地面に触れた瞬間、砂や岩が音を立てながら溶けていく。
「なるほど・・・。厄介だな・・・。」
固い体に強力な接近戦と必殺の一撃を放つことができる大軍に対し、
大きな弱点である水を封じられた状態でどうやって戦うのか。
そして・・・その海水を封じた実朝。下にいる配下達より数段上の力を感じとることができ、
立場的にも、恐らく奴らの長でありクトーニアンの長でもある。
そうなると・・・下にいる奴らよりよっぽど厄介だ。
(どう・・する・・・?)
どちらかに攻撃を集中したとても、早期決着が求められる。
だが奴らは耐久性がある。俺達の攻撃を耐えられ、援護に飛んできた奴らは
俺達を挟み込むだろう。
「・・・・・・・・・・・。」
すぐさま決断しなければならないが、答えが出ずに黙り込んでしまう。
果たして何が正解なのか、分からない。
「・・龍穂。こっちは俺達に任せろ。」
答えが出せずにいた俺を見て、出てきた八咫烏様が声を上げる。
「いや、でも純恋の炎じゃ・・・。」
「大丈夫だ。策はある。」
純恋達に付いていた八咫烏様だからこその一言なのだろう。
何か仕込みがあるようで、任せてやってくれと言ってきた。
「だが、少し準備が必要だ。こちらに人数を割いてもらいたい。」
単純に考えれば、先ほどより強力な一撃を叩き込む気なのだろう。
あいつらの攻撃をしのぐのであれば、かなりの人数を割かなければならない。
「・・・・・俺以外の全員をそちらに任せます。」
かといって全員で行けば、実朝が自由になってしまう。
それは流石に愚策。最小限の人数で止めるのなら俺単体で止めた方が効率がいい。
「龍穂君。それは・・・・。」
奴らの強さを知っている千夏さんが割って入ろうとするが、俺は首を横に振る。
「俺だけで倒そうなんて考えていません。この戦いでは全員の力が必要です。
なので・・・出来るだけ早くケリをつけてこちらに援護に来ていただきたい。」
もし、調べた通りの力を奴が持っているとしたら、俺単体で勝負を決めるのは難しいだろう。
決して無理はしないと千夏さんに伝えると、渋々了承してくれた。
「では・・・それで行きましょう。」
俺達に向かってきた大軍は強力であり、このままだと綱秀達は命を落としてしまう。
それだけはさせないと全員が心に決め、足場にしている空気の魔術操作を解いた。
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