第二百八話 綱秀からの電話
一年達をしごいた平日を終え、迎えた休日。
いつもの様に仙蔵さんの家で地下室の資料を読んでいると、近くにいた楓を呼ぶ。
「楓ー。」
「んー。何ですかー?」
「白虎との修行はどうなんだ?」
ショッピングモールの戦いで使役下に置いた白虎は式神という関係ながら
楓の師事に付いており、接近戦を鍛えてもらっている。
「大変ですよ~。あの時は神力が空で何とか勝てましたけど・・・。
私より数段上でいつもボコボコにされています。」
流石十二天将の一柱。楓に指南できる人物は限られており、新入生が入り忙しくなった
上泉先生の代わりに楓をしごいてくれているのだろう。
「そう言えば・・・騰蛇はどうなったんですかね?」
「兼兄がまだ持っているんじゃないか?卒業式以来見てないし。」
あの凶暴な騰蛇を使役下に置くのは骨が折れるだろう。そして手綱を操れるのかさえも怪しい。
「そうですよね・・・。」
俺の答えを聞いた楓はお菓子を食べている純恋と桃子の方を向く。
「・・・?」
何故桃子たちの方を向いたのか。その行動に何か意味があるのかと思い、
顔を出して二人の方を向くと目を丸くした二人がこちらを見つめていた。
「あれ・・・?桃子、言ってなかったんか?」
「あはは・・・。」
一体何なんだと思っていると、桃子が近づき一枚の札を見せてくる。
「・・・式神を封じる術式だな。」
「アンタ・・・今までの流れで察しないんか?」
純恋のツッコミがあっても理解できず、頭の上に?を浮かばせていると桃子が札に神力を込める。
「・・・・・・・・・・。」
すると中から仏頂面の男が胡坐をかいて出てくる。
「ほら、挨拶して?」
中華・・・の服装だろうか?日ノ本では見慣れない服を着た男は俺を睨みつけるが見覚えが無い。
「・・おい騰蛇。しっかりせい。そんな態度だと龍穂に半殺しにされるぞ。」
寝そべりながら漫画を読んでいた青さんが男に向かってしかりつける。
「えっ・・・?騰蛇!?」
「京都に行っている時に毛利先生が手渡してきたんや。しっかり契約も結んだんやで?」
「契約って・・・倒したのか?」
「・・倒されておらん!」
契約は結んだものの騰蛇は自らの敗北を認めておらず、式神契約に不満を持っている様だ。
「こう・・言ってるけど・・・。」
「そんなんこいつが悪いやろ。誰とも契約出来ず、神力が空の所を渋々桃子が契約してくれたんやで?
しっかり感謝すべきや。」
ああ・・・。なるほど。用事があると一緒についていった毛利先生は事前に兼兄から受け取って
それを桃子に託したという事か・・・。
「あの時は・・・調子が悪かった。俺は決して負けておらん!!」
「そう言ってもう一度戦ったやろ?そんでコテンパンにされたやん。」
まだ認めない騰蛇を責め立てる純恋。
無理やり契約を結ばれたと言い張っているが、結局は力でねじ伏せられた様だ。
「あはは・・・。まあ、こんな感じなんやけど・・・よろしく頼むで?」
言い争いが喧嘩にまで発展しそうになり、俺と共に資料を読んでいた千夏さんがなだめに入る。
荒々しい騰蛇を桃子はしっかりと使役できるのだろうか?
「桃子、大丈夫か?あの騰蛇との使役を結ぶなんて大変だろ?」
「いや、そうでもないで?意外としっかりしてるし・・・。
騰蛇が私と契約を結びたいって言ってくれたからな。」
騰蛇が・・・桃子を指名したのか・・・。
確かに派手な戦いをする純恋が目立ってしまうが、桃子の実力も相当なものだ。
「それなら大丈夫だな。でも、あんま無茶すんなよ?騰蛇の事で何かあったらすぐに行くからな。」
「大丈夫やで。でも・・・ありがたく受け取っとくわ。」
何も問題無いだろうが、それでも心配になってしまう。
本当にダメだったとしても抱え込んでしまわないようにしないとならない。
「・・そう言えば桃子。京都に何をしていたんだ?」
楓や青さん達も兼化寸前の二人を止めに入っており、俺達の会話を誰も聞いてはいないだろう。
少しは二人の時間を取れると思っていたが、いつもみんながここに集まるので
そんな時間は取れないと、思い切って尋ねてみた。
「ん?ああ・・・。実はな、私の護国人柱をしてくれたのが泰国さんって話ししたやろ?」
「うん。」
「そん時にな。記憶も一緒に封印されてたんやけど、
解放された記憶だと私の中に封印されたのが”山本五郎座衛門じゃ無い”らしいんや。」
封印されたのは魔王じゃない・・・?しかも・・・らしい・・・?
「・・・どういうことだ?」
「それを調べに言ったんやけど・・・分からなかったんや。
純恋のお父さんに頼んで、その時の資料を見せてもらったんやけど・・・なんも見つからんかった。」
封印された記憶の中の謎を解明するために京都に行っていたようだが解明どころか、
手掛かりすら見つけられなかったらしい。
「多分やけど・・・私の中にいる神様にも認識阻害が掛けられているんやと思う。
自分を山本五郎座衛門として認識させて力を振るわせるほどの強力な認識阻害や。
・・ずっと気にかかってたんやけどな。玉藻の前はああやって姿を現してんのに、
私は式神契約をしてもまともな会話さえ出来なかったから・・・。」
神融和の時に出てくる烏天狗の姿が山本五郎座衛門の姿だと思っていた。
だが意思疎通が一切できず、喧嘩をしている姿を小馬鹿しながら見ている玉藻の様に
姿を現せないのは確かにおかしい。
「そうか・・・。」
「でも、京都にその記録が無かっただけ。泰国さんの足跡がここにあるんやろ?」
地下室には泰兄や兼兄が残した資料がまだまだたくさんある。
千夏さんやみんなと協力し、時には翻訳しながら見ているが未だに全てを見ていない。
もしかすると護国人柱の時の資料もあるのか知れないが、
まさかそんな前から色々と仕込んでいたとなると、あの人はどこまで先を見据えていたのだろうか?
「・・そうだな。桃子が体に封じていた奴が何なのか。一緒に調べよう。」
調べれば調べるほど、泰兄達が俺達の残してくれた足跡が
途方もないと思えるほどに長いと改めて感じる。
「そうやな。さて・・・いい加減あの子達を止めんと—————————」
桃子との話しを終え、二人で騰蛇と純恋の喧嘩を止めようと立ち上がろうとしたその時。
テーブルに置いていた携帯電話が震える。
いつも念を使って連絡を取ることが多く、珍しいなと思いつつ画面を見ると
綱秀の文字が表示されていた。
「・・もしもし?」
休日に連絡を取ることが少なかったので、何かあったのかと電話を取ると
通話している周りの環境音と共に声が聞こえてきた。
「おう。忙しい所すまん。ちょっといいか?」
「大丈夫だけど・・・なんかあったのか?」
「まあ・・・色々あったんだが・・・。一応龍穂の耳に入れておこうと思って連絡した。」
何も見えてこない綱秀の一言に、ほんの少しだけ緊張感が俺を包みこむ。
「去年の事だ。江ノ島での出来事を覚えているか?」
「ああ。五頭龍の奴だよな。」
国學館に来て初めての実習を忘れるはずがない。
江ノ島ですすり泣く声が聞こえると連絡があり、その正体が五頭龍だったという衝撃的な出来事だった。
「いや、そっちじゃない。弁財天がいなくなったという話しだ。」
「・・ああ、そっちか。何か進展があったのか?」
「あったにはあったんだが・・・詳しく話すか。あの一件は達川さんに託しただろ?
実はゴズの一件で実家に帰った時親父にも話したんだが、あまりに不可解だと
親父独自で調べていたらしいんだ。」
五頭龍がすすり泣いていた理由。奥さんである弁財天がいなくなってしまい愛想をつかされたと
神社の隠し部屋の奥に引きこもっていた。その時は引率してくれていた達川さんが
持ち替えると言っていたので当然手におえない俺達は実習を終え、今の今まで忘れてしまっていた。
「知り合いの神主さんを当たって弁財天様がどこかにいないか探していたんだが見当たらず、
ずっとここまで来ていたんだが・・・ここにきて江ノ島で弁財天様の力を強く感知してな。
今向かっている所なんだ。」
今までずっと見つからなかったのか・・・。
見つかってよかったと思いたいが、気になる所がいくつかある。
「・・おかしいな。先に神道省が見つけてそうだが・・・。」
「ああ。俺もそう思ってな。親父のツテを使って調伏課に聞いてみたんだが・・・
”そう言った連絡は一切入っていない”って言われたんだ。」
「連絡が入っていない?」
達川さんが持ち帰ったはずじゃないのかと思ったその時、隣に居た猛の姉である清水瀬千尋さんの顔が
思い浮かぶ。修学旅行の時、あの人は千仞として俺達を襲ってきた。
もしかすると達川さんもその一員であり、わざと神道省に話しを持ち帰らなかった可能性がある。
「ああ。ついでに達川さんにも連絡を取ろうと思ったんだが、
ここ最近姿を見せていないと言われたんだ。率直に聞くが・・・どう思う?」
俺の真剣な表情を察して近づいてきた千夏さんに、念でちーさん達に連絡を取ってくれとお願いする。
「・・綱秀。色々省いて申し訳ないが、江ノ島に近づくな。」
「そうしてやりたいんだがな・・・。行くと決めたのは親父なんだ。
俺が行かないって言っても親父がな・・・。」
江ノ島を含む、広い地域を代表する神主である綱秀の親父さんはこの事態は
自らの手で収めなければならないと考えているのだろう。
だが待ち受けているのが千仞であれば、あの屈強な体を持つ親父さんでもどうなる分からない。
「代わってくれ。説得する。」
そんな事態を黙って見過ごすわけにはいかないと綱秀の親父さんの説得を試みる。
電話の奥からは親父さんに俺の説明をしてくれる綱秀の声が聞こえてきており、
少し間を置いた後、ガサゴソという音と共に低い声が聞こえてきた。
「・・代わった。君が龍穂君か。」
「はい。綱秀にはいつもお世話になっています。単刀直入に言います。
今、江ノ島に近づくのはやめていただきたいのです。」
事情を話すと長くなり、下手をすれば江ノ島についてしまうだろうと俺の願いを素直にぶつける。
「それは出来ない。今回の一件、本来であれば”業案件”になるような日ノ本を揺るがす大事件だ。
色々とあったが・・・事態を知りながら神道省へ連絡を入れなかった俺にも非はある。
全てを丸く収めるためにも俺が現場に行き、状況を確認しなければならない。」
それで言えば・・・俺もその場にいたにも関わらず、何もしなかった一人だ。
親父さんが抱えている責任は、俺にもある。
「それにだ。俺を引き留める理由は分からないが・・・君の話しには筋が通っていない。
俺の立場を汲み、そして引き留められるだけの筋を通してもらわなければならない。」
そうだ。この人は自らの責任を全うするために動いている。
「・・分かりました。」
「物分かりが良くて助かる。では・・・。」
携帯電話を切ろうとする親父さんを引き留めるために言い放つ。
「”筋”を通せば、いいんですね?」
焦っていたとはいえ、俺の言葉を簡単に飲み込むほどこの人の立場は軽くない事を考えていなかった。
だからこそしっかりとした筋を通すが重要であり、俺にはその筋を通すことができる。
「・・・何?」
「五分時間を下さい。その時間をもらえれば、必ずあなたを引き留めて見せます。」
俺の申し出に少し間を置いた後、やってみろと答えた親父さんはそのまま通話を切る。
「何があったのですか?」
そのまま携帯を操作する俺に連絡を終えた千夏さんが尋ねてくるが、悠長に答える時間はなかった。
「後で話します!桃子!」
俺の緊迫した状況を察したのか既に喧嘩は収まっており、名前を呼ばれた桃子は俺を見つめていた。
「知美に連絡を入れてくれ!業の隊員として、江ノ島まで応援に来てくれってな!
楓は火嶽に連絡だ!ちーさん達にも入れているが、一応同じように応援要請を頼む!!」
指示を受けた二人は、すぐさま携帯を取り出し通話を始める。
「龍穂!私は何をすればええんや!?」
「戦いの準備だ!何が起きても良いように、怠らないでくれ!!」
皆に指示を出した後、携帯を操作してとある連絡先を表示させすぐさま通話を掛ける。
(近くにいてくれよ・・・・。)
まるでこの時のためと言わんばかりに、良いタイミングで交換したものだ。
通じてくれと念じていると、通話が始まる音と共に何時も聞いている声が耳に届いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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