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木星の陰陽師 ~遠い先祖に命を狙われていますが、俺の中に秘められた神の力で成り上がる~  作者: たつべえ
第三章 上杉龍穂 国學館三年編 第二幕 近くに潜んでいた闇
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第二百七話 一年生と二年生の差

「おいすー。やっているかー?」


道場の戸を開くと、そこには木下と戦っている一年の姿。


「ふっ!!!」


「どうした~?そんなんじゃ俺に勝てないぞ~??」


新入生である鵜飼段うかいだんに対し、遊ぶように問いかける木下。

鵜飼は必死に手にした木刀を木下に向けて振るうが、体に届くことはない。


「くそっ・・・・!!!」


「実戦経験が足りないな。それだから龍穂さんに稽古をつけてもらえないんじゃないか?」


俺が入ってきたことさえ気づかないほどに熱中している。退屈だと煽る木下を叱ろうと思ったが、

反論できないほどの実力差があり、ここで庇えば鵜飼のためにならないと口を開くことなく腕を組んで

壁に寄りかかり立ち合いの様子を伺った。


「まだまだ・・・!!」


「そらこい!!!」


転校してきた時はここいる奴らより弱かった木下だが俺や綱秀、そして謙太郎さんに毎日しごかれ

メキメキと実力が向上していた。体つきも一回り大きくなり、

あまりの槍さばきに一年達は近寄る事さえ叶わない。


「あいつも強くなったな・・・。」


コテンパンにやられていた木下だったが、毎日続けていた努力が少しは報われ、

感慨深く眺めていると、隣に火嶽がやってくる。


「お疲れ様です。綱秀さんは一緒じゃないんですか?」


「あいつには沖田の相手をしてもらっているよ。

俺を倒す意気込みは良いが・・・毎日俺と戦っていても、あいつらのためにならないからな。」


「実力差、すごいですもんね・・・。」


木下に苦戦どころか、歯が立たなければはっきり言って立会いなんてしても意味がない。

打ち破らなければならない壁をしっかりと見据えてほしい。

だから火嶽ではなく、木下に相手を頼んだわけだが・・・思っていた以上に壁は分厚いみたいだ。


「ぐあっ・・・!!!」


散々遊ばれたあげく、体勢を崩され地面に転がった鵜飼の体を軽く一突きして一本を奪う木下。


「はい終わり。」


二、三年の順位で一番低い数字をもらった木下だが、素材型として推薦されこの国學館に入ってきた。

俺達の技術を見ただけで理解し、自らの物に出来る吸収力は目を見張るものがあり、

その才能を見抜いた推薦者の慧眼は流石だと感じる。


「次、いくか?」


鵜飼の戦いを見ていたもう一人の新入生である井伊尚人いいなおとの方を見る木下。

服や体には木下の槍さばきで付いた傷がいくつもあり、容赦ない木下にコテンパンにされたのだろう。


「・・少し頭を冷やします。」


「歯ごたえねぇな~。」


決して舐めていたわけじゃないだろうが、自分達を差し置いて

俺に立ち合いを求めていた一年達に対して良い印象は抱いていなかっただろう。


「お疲れさん。すまなかったな、突然一年達を押し付けて。」


「いえいえ。俺としても少しやってみたから良いんですよ。」


俺は近くに立てかけてあった木刀を手に持ち、木下の方へ歩く。


「これで少しは分かっただろうが・・・お前達は上級生より弱い。

これは変えられない事実だが、だからこその戦い方ってもんがある。」


プライドを折られ、意気消沈している一年達の方を向きながら木下と向かい合った。


「いいか。お前達は自分の実力をただ押し付けているだけ。

実力と勝敗は大きく関係するが、”直結”しない相手より技量を持っていたとしても、

それをどう使うかが勝敗を決める。それを・・・今から木下に見せてもらおうかな?」


一年達への良い手本として木下を指名した。数字の近さも関係しているが、

俺達と戦ってきたからこその技術を一年達に見せつけてもらうためでもある。


「・・そう言う事ですか。」


「おう。嫌なら自分で覆すこったな。」


良い手本とは負けてもらうことも含まれていた。木下には申し訳ないが・・・手本になってもらおう。


「では・・・・!!!」


俺からの煽りを受けた木下は、力の限り俺に槍を突き出してくるが

分かりやすい動きは簡単に避けられる。


「格上との相手は、いかに不意を打てるかがカギになってくる。

いくらものすごい技量を持っていたとしても、技量を発揮し、敵に攻撃をするのは体だろ?

体は脳で動いている。その脳をだまし、相手の予想の範疇を超える動きをして隙を作れ。」


分かりやすい突き。これは端から俺に当てる気が無い攻撃だ。


「おりゃ・・!!!」


これは綱秀がよくやってくる手法。

強く踏み込んだ際に踏み出すことで、詰められた間合いから槍を棒術に変えた接近戦を行う戦法だ。

槍が来るか・・足が来るか。足が来た場合、バランスを崩しやすい体制になるので

勝負を決めに行きやすいが、俺と幾度となく立ち会っている木下はそんな安易な選択を選ぶことはない。

予想通り棒術で俺を襲うが予想通りの動きは不意を打つこと無く、俺が持つ木刀に阻まれる。


「武器の特色を生かす攻撃もいいが、型破りな攻撃も有効だ。

こういう風にあえて間合いを捨てるのもいいぞ。」


本当に木下は良い手本になってくれる。

俺達から一本取るために試行錯誤してきた技術は身に沁みついている。

だがそれだけでは俺から一本取れないなんて分かっているはず。

どんな手を使って俺を崩してくれるか楽しみにしていると棒術をやめ、縮地で一気に距離をとる。


「・・悟空ごくう!!」


そして札を取り出すと、普段の立ち合いでは使わない式神を召喚して来た。


「拓郎。いいのか?」


「煽ってきたのはあの人だ。やれることは全てやってやろう。」


予想外の事をするのが不意打ちと言ってしまった手前、咎める事は出来ない。

だがまさか式神を召喚して来るなんて思ってもいなかった。


「文句ないですよね!!」


「まあ・・・いいだろう。」


木下が契約しているのは猿の妖怪。

誰でも聞いたことがある名前を付けているが、その正体は今だに聞いたことが無い。


「行くぞ!!!」


二手に分かれてこちらに迫ってきた。悟空の方は槍ではなく、棒を持っているが・・・厄介だな。


「木下みたい一対一で必ず戦う必要はない。

二手からの攻撃は相手の手数、そして思考回数など色々なリソースを割く有効な手立てだ。」


一応この二人相手でも立ち回ることはできるが・・・どうしようか。

青さんを呼び出すにしても漫画に夢中でこないだろうし・・・。


『俺が行くか?』


接近している二人を見ながらどう対応するか悩んでいると、青さんの隣に居たイタカが尋ねてくる。


『・・いや、今はいい。この状況を楽しみたい。』


木下が式神を出している所をあまり見たことが無く、

戦ったことが無い相手なので出来れば一度戦ってみたいと思ってしまった。


『分かった。では、準備をしておこう。』


俺の意図を汲み取ってくれたイタカはいつでも呼べと言ってくれる。

それにすぐさま式神で応戦してしまえば、せっかく作ってくれた一対二の状況が無くなってしまう。


「ふん!!!」


先にやってきた木下が俺に向かって槍を突いてくる。

それを受け止め、切り払うが間を開けることなくすぐにこちらに向かってきた。

これではいつも立ち合いであり、簡単に一本を取れる状況だが、

この戦いの肝は距離を取っている式神にある。魔力操作で辺りを空気を感じ取っていると、

式神と俺との間にある空気が引き裂かれるような動きを感じ取った。


「おっ!?」


魔力も神力も感じない何かがこちらに向かってきていると、咄嗟に体を捻らせ回避行動をとる。


「チッ・・!!!流石に安易だったか・・・。」


奴が持っていた棒が目の前に現れる。投擲の動作をしておらず、

ここに棒があるなんてことはないはずだ。


「ここ!!!」


回避行動をとった俺に隙が出来たと木下は渾身の突きを放ってくるが兎歩を使い、すぐさま距離を取る。


「・・相手が見たことのない選択肢を持って置くことでこうした大きな隙を誘発することもできる。

今は俺が避けてしまったが、あの一撃で勝負が決まっていたかもしれない。

戦いで切る事が出来る手札を多く持って置くことも大切だな。」


距離を取ることで今の攻撃の全容を見る事が出来たが、式神が持っていた棒が長く伸び、

俺を襲ってきていた。有名な西遊記の作中で孫悟空が使った武器である如意棒の特徴をとらえた武器を

扱っているようだが、見るとあの棒自体が付喪神であり、伸びる効果を付喪神が再現している。

残念ながら本物の如意棒ではない様だ。


「避けられたか・・・。」


「どうする。今度は二人でやってみるか?」


自慢の連携を避けられ、次の一手を模索しているようだが

一撃で仕留める大切さを一年達に教えるためにもここで勝負を決めさせてもらおう。


「さて。格上のとの戦いじゃ、次を考えている余裕はない。

とっておき、切り札を切るときは確実に相手を仕留めないと・・・。」


俺の言葉に呼応するように道場の温度が急激に下がっていき、隣に白い風が巻き上がっていく。


「こうなるんだ。頼むぞ、イタカ。」


巻き上がる白い風の中には黒い影が現れ、中から先ほど指示を送っていたイタカが現れる。


「承知した。勝負を決めよう。」


拓郎と悟空がいる方へイタカが右手を向けると二人に向かってひどく冷たく、

冷徹な純白の風が吹き荒れる。


「ぐっ・・・!!!」


二人は縮地で避けようとするが足元が凍り付いており、床から離れずまともに白い風を受けてしまう。


「お前・・漫画は置いて来いよ・・・。」


かっこよく白い風を打ち放ったが、左手には漫画が握られている。

よく見ると指が栞代わりに中に入れられていた。


「良い所だったのだ。」


「一度置いてまた読めばいいだろ?」


「二度手間は好んからな。

一度置けば続きが分からなくどころか、また一度から読みたくなってしまう。」


こいつ・・・。すっかり青さんに毒されてる・・・。

イタカの吹雪が止むと、真っ白に染まった二人がまるで雪だるまのような姿になってしまった。


「・・そこまで。」


これ以上は立ち合いを続けられないと判断した火嶽が小さくつぶやく。

そして指を鳴らすと、真っ白な木下の周りに炎が燃え上がり身にまとっていた雪を

瞬く間に溶かしてしまった。


「・・クソ~!!これでもダメか~!!!」


「お前な。陰陽師相手に式神勝負を仕掛けた時点で負けてんだよ。相手を考えろ。」


「だって・・・あの人陰陽師のくせに魔術の方が得意だろ?だから式神勝負を・・・。」


言い訳をしている木下にイラついたのか、火嶽が出した炎は木下に襲い掛かる。


「あっっつ!!!何すんだ!!!」


「負けは負けだ。言い訳なんかしてねぇで次は勝ち筋を掴めるように努力するこったな。」


じゃれ合う姿に笑みをこぼしながら、俺達の戦いを唖然とした表情で眺めていた一年達に近づいた。


「いいか?勝ち筋ってのは決して一直線に伸びているわけじゃない。

ああやって様々な方向から探り、掴み取るものなんだ。お前らは国學館に入学できるほどのエリートだ。恐らく今まで周りにいた奴らを真正面から叩きのめしたかもしれないが・・・

ここじゃそうはいかない。」


時計を見ると、もうすぐ晩御飯の時間だ。

元気を取り戻し、復帰したアルさんが大量の夕飯を張り切って用意してくれている事だろう。


「強い奴ってのはな。あらゆる方向からの攻撃を想定し、道筋を全て潰して

二度とは向かってくることが無いように完膚なきまでに叩きのめす奴の事を言うんだ。

そう言う奴との立ち合いは攻撃の有効性を測れず、無駄になってしまうことが多い。

お前ら二人はまず、木下や・・・沖田なんかを相手にするのが良いと思うぞ?」


木刀をしまいつつ、汗を流して食堂に向かおうとみんなに声をかける。


「・・ありがとうございます。」


「そんな中で悩み事が出来たら何でも聞いてこい!出来る限り、答えてやる!!」


礼を言ってきた一年二人にいつでも頼れと声をかけ、みんなで道場を出た。


「龍穂さん。あの沖田っていう一年、強いんですか?」


大浴場に向かう途中、木下が声をかけてくる。


「強いな。さすが、あの年で武術師になるだけはあるよ。」


「俺と比較して・・・どっちが上ですか?」


木下の質問は、俺と立ち会いを望む一年に力の差を思い知らせようとしているように思えた。

どう答えたらいいか少し悩んだ後、はっきりと答える。


「総合したらどうか分からないが・・・。武術は向こうが上だな。」


「向こうが・・・上。」


俺の回答が気に食わないのか、木下は不満そうにつぶやく。


「後で綱秀に感想を聞いてみろ。今日はあいつに沖田の相手を頼んである。」


「そうですか・・・。綱秀さんなら沖田の弱点を既に見つけていそうですしね。」


俺の一言を受けても、木下は沖田に負けている気はさらさらないようだが、

俺が思っている内容はまったく真逆だった。


「・・どうだかな。」


俺は単に面倒ごとを綱秀に押し付けたわけじゃない。

沖田との立ち合いが、あいつにとって大きな刺激になるだろうと思ったからだ。


「・・・おっ。」


大浴場で着替えていると、噂の綱秀が汗を流しにやってきた。

沖田との立ち合いはどうだったのかと木下は尋ねるが、答えることなく俺の隣にやってきた。


「・・やられたか。」


この様子だと、初見だとは言えかなり手厳しくやられたみたいだ。


「馬鹿やろう。引き分けだ引き分け。なんとか五分まで戻したよ。」


「なかなかやるだろ?良い相手になると思ってさ。」


力強く、そして繊細な沖田の武術はそんじゃそこらの奴では太刀打ちさえできない。

例え・・・俺や謙太郎さんと毎日立ち会っていた綱秀と言えどだ。


「お前、いつもあんなやろうに勝っていたのか?」


「相性がいいだけだよ。あいつの一太刀が少しかすったらやられるのはこっちだ。」


素早く立ち回れる兎歩があるから勝てる相手だと説明しながら浴場に入っていく。


「そんなことよりほら。木下がお前に聞いてたぞ?無視せずにしっかり沖田の感想を言ってきてやれ。」


思って以上に苦戦し、己の不甲斐なさに殺気立っていた綱秀に

後輩からの質問を無視するのはよくないと諭す。すると俺から離れ、

木下の隣で体を洗いながら話し始めた。


(色々と・・いい刺激になっているな・・・。)


その光景を見ながら体を洗い、湯船に浸かり一息つく。

新入生が加わってからまだ数日しか経っていないのにも関わらず、身の回りの環境が様変わりしていた。

今の所、言い風に変わっていると感じているが、これがいつ悪い方向へ変わるか分からない。


(しっかり・・周りを見なきゃな・・・。)


こんな事を思いながら謙太郎さんは過ごしていたと思うとあの人の大変さが少し分かった気がする。

俺にはあの人みたいな突き抜けた明るさはないが・・・俺にあるもので、俺のやり方で

みんなの潤滑剤にならなければならない。


「ふぅ・・・・。」


その中で賀茂忠行と千仞。そして泰兄が歩んで来た道を折っていくのは骨が折れる。

だが・・・それでもやっていくしかないと、熱い湯で温められた体から

溶けだしていく疲労を水が滴る天井に向けて息と共に吐き出した。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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