第二百五話 最後の訪問者
「ふう・・・・。」
日記を手にした竜次先生とノエルさんは、アルさんに届けるためにすぐにここを発った。
俺達も地下室から出て、リビングに戻ってきたがあまりの衝撃的な竜次先生達の生い立ちに、
聞いていた俺達の心がすり減り、体を動かす気にならず力なくソファーに体重を預ける。
「すごい・・話しでしたね・・・。」
隣に腰かける楓も俺と同じく疲れ切っている。
「俺はやっぱり・・何も知らなかったんだな・・・。」
ここまでのいたるところで思っていたことだが真実を知る度、
自分がいかに無知のままただ戦っていた事を知ってしまう。
「本当は隠しておきたかったんだけどね~。」
後ろからゆーさんの声が聞こえてくるとテーブルにカップが置かれる。
「世の中には知らなくてもいい事なんてたくさんある。
知ることで不幸になることだってあるんだから求めすぎるのもあまり良くないぞ。」
残ったちーさんとゆーさん、そして千夏さんが疲れている俺達に温かい飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。でも・・・俺が目指す所に行くには
知っておけなければならないと思うんです。」
「そのお気持ちは分かりますが・・・急に詰め込んでもパンクしてしまいます。
頭も・・・そして心もです。求めるだけ求めても身にならなければ意味がありませんよ?」
それでもまだ知りたいと勇む俺を千夏さんがなだめてくれる。
疑問を暴くのがこんなにも疲れるとは思っていなかった。
「・・そうですね。分かりました。」
日ノ本は危機を迎えていると聞いて、全てを知ると息巻いたが
俺が求める位置はまだはるか先。陰陽師にはなったが、正式に神道省に入っておらず
スタートラインにすら立っていないんだ。焦る時ではない・・・とは言えない状況だが
その中でも一歩ずつ踏みしめて体と心を成長させていくしかない。
「もし、この先お互いが続きを追える状況になったらまた話すよ。
私達が白となるのはあそこから相当先の話しだ。辛い話しが続くけどさ、
龍穂の身になる話しではあるからね。」
「・・ありがとうございます。
それとは別に・・・ちょっと気になったんですけど、ドーラとは竜次先生の事ですよね?
ドーラというのは愛称か何かなんですか?」
俺が日記の所有者に気付いたきっかけ。もしかするとこれも辛い事情があるのかもしれないが、
話しの発端の訳を聞かない訳にはいかないとちーさんに尋ねる。
「ドーラってのは研究所での呼び名なんだ。
元々は番号で呼ばれてたんだけど、泰兄が名前を付けてくれてね。
愛称として今も使っている人もいるんだよ。」
「世界を旅した後、日ノ本に入るときに苗字と名前をもらってね~。
ノエルさん達みたいに愛称をそのまま使う人もいれば、
先の事を考えて日ノ本に馴染んだ名前を使う人もいたんだけど、
竜次兄さんは世界で名前が知られ過ぎちゃったからドーラって呼ばれるのを嫌がっているんだよ。」
大切な人からもらった名前か・・・。形に残らない大切な物だ。
竜次先生がドーラと呼ばれる事を嫌う理由を深堀したいが、さすがにまだ早いだろう。
名が知られ過ぎたなんて逸話はかなり気になるが・・・仕方がない。
「にしても・・・予定が狂っちゃったね。どうする?」
ちーさんが千夏さんの方を見つめる。
顔合わせの途中で抜けてきてもらい、楽しい時間に水を差してしまった。
「すみません・・・。せっかくの楽しい時間を・・・。」
「いや、そうじゃないんだ。実はお前に会いたいって奴がいてな。
顔合わせを終えたら会わせようかって話しをしていたんだけど・・・こんな状況じゃ流石にな。」
俺に会いたい人か・・・。
ありがたい話しだけど、確かに今は頭がいっぱいで会話が頭に入ってこないだろう。
「申し訳ないですけど・・・ちょっと今は・・・。」
ちーさんの気遣いをありがたく頂戴しようと思っていた所にチャイムの音が鳴り響く。
「あちゃー・・・。」
「来ちゃったかもしれませんね・・・。」
千夏さん達は顔を合わせて苦笑いを浮かべる。
今日一日でどれだけの人と出会い、そして話しを聞けばいいのだろうか?
「一応お引き取りしてもらうこともできますが・・・いかがしますか?」
「さすがに失礼になりますから・・・入ってもらいましょう。」
わざわざ俺に会いたいと言ってくれている人に無下な扱いは出来ないと、
千夏さんに出迎えに行ってもらう。
「大丈夫~?」
「ええ・・・。なんとか・・・。」
疲労困憊だが・・・何とか頑張ろうと気を振り絞るために頬を叩いて気合いを入れる。
出来れば・・・大人しい人だと助かるけど・・・。
「龍穂ー!!いるかー!!!」
そう願っていた俺の耳に元気な声が飛び込んでくる。
そうだ・・・。三年生達の顔合わせという事は・・・謙太郎さんも当然その場にいるはずだ。
「なんや。大学生で一軒家に住んどるんか。さすが徳川家の当主様やな。」
今は全く求めていない謙太郎さんの声にげんなりしていると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「龍穂喜べ!!お前に客だぞ!!!」
足音を立ててこちらにやってきた謙太郎さんはいつにないハイテンションでリビングに入ってくると、
反応できない俺の肩をゆすってくる。
「け、けんたろうさん・・・。落ち着いて・・・・。」
ゆするというより、揺らす。このままだと脳震盪を起こしてしまうと静止をお願いするが、
聞く素振りは全く見せない。
「おい謙太郎。あんまはしゃぐなや、恥ずかしい。」
いつもの伊達さんではなく、関西弁のツッコミが入り揺らしてくる謙太郎さんの頭が叩かれる。
「あっ・・・雑賀さん!?」
そこには交流試合で謙太郎さんと激しい戦い繰り広げた雑賀さんの姿があった。
「おう。久しぶりやな。」
「俺に会いたいって・・・雑賀さんが・・・?」
「そうや。渡したい物があってな。。」
「渡したい物・・・?」
雑賀さんは青さんに一枚の札を手渡す。
札に書かれている文字をじっと見つめ、神力を込めて中身を取り出すと、
飛び出してきたのは輪の付いた杖、錫杖だった。
「これは・・・?」
「俺特性の錫杖や。そこにいる龍が扱っている大太刀。
一振りしただけでなかなかの威力の斬撃を放っていたけど、あれじゃ宝の持ち腐れやと思ってな。
色々聞いたで?陰陽師の資格を取って活躍しとるんやってな。
やけど、本来の力を発揮できない得物を式神に振るわせては他の陰陽師に笑われてまう。
その錫杖はな、魔術を放つ補助を行う杖の役割は当然、複数の魔術を一気に放つことが出来る。
さらにその先に付いている輪の中に魔術を込める事が出来、なんと掛け合わせることが出来るんや。」
青さんは木の魔術が得意だが、水と土の混合魔術であるため
一番高い魔力が自然と放たれる魔帯刀の刀身には水が溢れてくる。
交流試合の戦いで青さんを見た雑賀さんは、俺達の戦い方の欠点を見抜き、
この錫杖を用意してくれたようだ。
「これを使えばこの龍が得意な木の魔術も得物に乗せて放つことができる。
その分扱いは難しいけど、こいつなら何とかするやろ。」
「ありがとう・・ございます。ですがこんなものをいただいていいんですか・・・?」
「ええで。むしろ、受け取ってもらえると助かるな。」
含みのある言いかたに、素直に受け取っていいか分からず動きを止めてしまう。
「そんな勘ぐらんでええやん。”貸し”を一つ作るだけのことや。」
・・そうか。ただで武器をくれるなんて良い話しは存在しない。
この人の行動には裏がある。それを知らなければ受け取ることはできない。
雑賀さんに対して警戒を強めているとため息をついた青さんは口を開いた。
「龍穂、そんなに警戒するでない。雑賀よ。これは月謝変わりだな?」
「月謝とは大きくでたもんやな。これを作るのに結構時間かかったんやで?
当分は指南を受けさせてもらえるだけの価値はあると思うんやけどな。」
指南という言葉を聞いて、謙太郎さん達の戦いの後の事を思い出した。
確かに青さんはいつでも話しを聞きに来い。指南をつけてやると言っていた。
「価値というのは結果で決まるもんじゃ。過程などどうでもよい。
実戦での使用感と効果を見させてもらった後にどれだけ指南してやるか決めさせてもらおう。」
あの錫杖は青さんから指南を受けるための代金という事だ。
そんなことをしなくても雑賀さんの実力なら青さんの興味をそそり、
勝手に指南をつけるだろうが・・・筋は通すという事か。
「それは別にアンタのためだけに渡したわけや無いで?そこにいる龍穂も使えるように渡したんや。」
「俺にも何かあるんですか?」
「お得意さんは自分の足で探すのが商売人の常識や。
うちは日ノ本の裏側に向けて武具を作り上げ、商売してきた一族でな。
だから・・・他の奴らが知らない裏事情を色々と知ってるんやで?」
青さんから取り上げた錫杖を俺に手渡してくる。
見ると銘が掘られた部分を見せつけるように渡してきており、そこには雑賀誠吾と達筆に掘られていた。
「これは名刺代わりや。せっかく近くにおるんやし、必要な時はいつでも声かけてや?
”賀茂龍穂くん”?」
そう言うと謙太郎さんの肩に手を置き、リビングを去っていく。
「お、おい!もういいのか!?」
「なんか疲れているみたいやしな。もっと話したかったけど、
また改めて挨拶させてもらうことにするわ。」
疲れた俺達に気を使い、そのまま玄関から外に出て行ってしまった。
「気に入られたみたいだね~。こっちの事情も少しは知っているみたいだし、
こき使ってやればいいんじゃない?」
嵐の様に去っていった雑賀さん。武器をもらったいいが、疲れた頭ではうまく状況を整理できない。
「なんか・・・武器もらっちゃいました・・・・。」
「彼には改めて会った時にお礼を言いましょう。龍穂君はもう限界みたいですから。」
これだけの事が起こればもう頭が働かない。
少し休みましょうと言ってくれた千夏さんの好意に甘えて、ソファーに横になる。
(大変だったな・・・。)
公安、白、そして雑賀さん。二つの新たな出会いと明らかになった過去。
これら全ては、果たして俺に良い影響を与えるのだろうか?
(そう・・なれば・・・。いや、して見せるの方が・・・いいな。)
決意ではなく、もはや願望だがそれでも前を向いている事には変わらない。
泰兄の死が俺を変えてくれている。今はその足跡を追って行かなければならない。
そう思っていたが、限界を迎えた頭は俺の瞼に重力を与え、意識を奪っていった。
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入学式が終わり、新学期が始まった。
新三年生となった俺に前には新入生たちが並んでいる。
「・・俺がここの寮長の上杉龍穂だ。」
それぞれが将来を見込まれた優秀な生徒達。
そんな奴らは俺を睨みつけ、明らかな敵意を向けている者や冷ややかな殺意を向けてくる者もいる。
「俺と君たちが過ごす期間は一年と満たない。
だがな、そのわずかな期間に俺は君達と信頼関係を築きたいと思っている。」
その視線を押さえつけるように、隣に立つ綱秀や純恋は
一年生達とは比べ物にならない威圧感を放っていた。
「少しでも分からない事。不安に思った事。何でもいい。俺達に聞いてくれ。
蟠り無く過ごせるようこちらも全力で答えよう。」
お互いが譲らず、火花が散っている光景を見て
思わずため息を突きたくなるが必死に我慢し、新入生達を歓迎の言葉を言い放つ。
「ようこそ月桂寮へ。強く、高貴で、気品ある人間になるため、お互い切磋琢磨していこう。」
とうとう始まった新学期。期待と大きな不安を抱きながら、新たな仲間達を歓迎した。
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