第二百四話 地獄の中にいた犠牲者達
竜次先生の衝撃の言葉に頭は回らず、体も動かすことができない。
「土御門家ってのは安倍晴明の子孫・・・ってことはもう知ってるか。安倍晴明を殺された後、
その息子が仇を討とうと軍を編成し討伐に向かったがたった一人の賀茂忠行に全滅させられ、
生け捕りにされた息子は圧倒的な賀茂忠行の実力に惹かれ、奴の配下となった。
そして皇を倒し、日ノ本を制圧できるほどの戦力を作り上げるために
その時まで研究が続けられていたという事だ。」
「・・・・・という事は・・泰兄も・・・?」
返ってくる答えが怖くてたまらない。だが・・・それでも聞かなければならない。
「さっき言った良心があり、俺達を傷つけなかった奴が泰国だ。
土御門の家に生まれ、才能を見込まれた泰国はすぐに海外の研究所に送り込まれた。
泰国に課せられたのは交配できない種と人間の配合だ。」
「そんな・・・事が出来るんですか・・・?」
「出来るも何も、お前達は実際に目にしているはずだ。」
そう言うと竜次先生は楓の方を向く。
「あっ・・・。」
「通常なら無理な配合。当然だ、体の構造が違う。
だが・・・魂の形状は人も神も同じ。そこに目をつけた泰国は・・・禁断の技術を生み出した。
一度魂を砕き、同じ配分で組み合わせることで一つの体に二つの魂を入れる技術。”魂魄融合”だ。」
楓が瀕死の時、命を吹き返すために使われた技術である魂魄融合。
その技術が日ノ本を滅ぼすための軍隊を作り上げるために作り上げられたと知って、驚きを隠せない。
「楓の命を救うために使われた技術だが・・・泰国がくる以前はかなり杜撰だった。
魂を砕く事態がそもそもかなりの高等技術。土御門家の奴らの中でもそれが出来るのは指折りだったが、
バラバラになった魂を均等な配分で組み合わせる奴は一人もいなかった。
そんな奴らに実験された奴らは・・・悲惨だったよ。
人間としての自我を失った奴、体が耐えきれずに弾け飛び肉片になった奴ら。まさに・・・地獄だった。
だが才能を持った泰国が来てからは魂の配合がしっかりと均等になり、
そんな犠牲者は一人として出てくることはなかった。
この二人も・・・泰国がいたからこうしてここに立っている。」
竜次先生はちーさんとゆーさんの肩に手を置く。
二人が戦いの中で見せた半獣の姿は魂魄融合によって魂を変えられたからだったのか・・・。
「・・私は日ノ本から攫われてあの実験室に入れられた。ちーは海外から引き取られた元奴隷だ。
傍から見たら非道な実験に巻き込まれた可哀そうな子供見えているのかもしれないけど・・・
私の両親は屑野郎でね。碌に子育てなんてしない両親から外に放り出された所を攫われたんだ。
確かに研究室じゃひどいことをされたけど・・・私にとって本当の家族に出会えたからむしろ幸運だったと思っているよ。」
誰もが聞いても悲惨な過去。だがちーさんは地獄から救われたと語る。
「私も同じ。奴隷から生まれた奴隷の子供だ。
当時は先の事なんて考えられるような年じゃなかったけど・・・歩む未来は誰だって予想できる。」
「泰国はな。飼われていた俺達を憐み、いつか救いたいと言っていたよ。
だからこそ俺達に外の話しをしてくれたんだろう。そして、さっきも言った通り。その時はすぐに来た。
いつも通り、いつか来る戦いに向けて訓練を行っていたが・・・突然大きな揺れとともに
非常ベルが研究所内に響いた。そして・・・”あいつ”が俺達の前に現れた。」
「あいつ・・・・?」
「兼定だ。あいつは業の両親と共に海外に派遣されていた。
子供が攫われたという報告を受けて土御門家の研究所を襲撃したんだ。」
兼兄が・・・”両親”と・・・・?
「ちょっ、ちょっと待ってください!
両親ってことは・・・親父と母さんもそこにいたってことですか・・・?しかも業って・・・。」
あまりの情報量に戸惑いながら竜次先生に尋ねる。
親父と母さんが業なんて・・・神道省の課長が裏では業の隊員なんてことがあるのか・・・?
「・・いいよな?ノエル。」
「仕方ありません。何も言わない兼定が悪い。
しっかりと説明しなければ、全てを理解できませんから・・・。」
ノエルさんとの会話は俺の心をさらに揺さぶっていく。
この人達・・・。そして兼兄は一体何をしたというんだ・・・?
「龍穂。あいつはな・・・。お前と同じだ。”八海上杉家の人間じゃない”。
あいつの本名は・・・”直江”兼定。以前八海を守護していた直江家の人間だ。」
「えっ・・・?直江・・・・?」
「そうだ。八海に潜む日ノ本の”秘密”を守る一族の末裔。兼定の本当の両親はどちらも
業に所属しており、”千仞からお前を守るために”部下達を連れ、海外へ渡っていた。
そして千仞である土御門家に現地で襲われた兼定達は
業から行方不明者の捜索の任を受け、研究所を襲ったんだ。」
もう・・だめだ。何も考えられない。
あまりの情報量と感情の起伏に足元がふらついてしまうが楓が俺を支えてくれる。
そして近くにあったイスに座らせてもらった。
「大丈夫か・・・?」
「はい・・・。」
必死に頭の中を整理して、時系列をまとめる。
千仞から守るためというと・・・恐らく俺の本当の両親が戦死した後になるだろう。
幼い俺は当然戦う力を持っていない。青さんが近くにいてくれているとしても、守り切るのは不可能だ。
国内にいれば明らかな好機に千仞達が命を狙いに来るだろう。
だからこそ、比較的安全な海外へ俺を連れて行ったのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・。」
時系列を整理している途中、恐らくこのことを知っていたであろう青さんに視線を移す。
「・・・すまん。」
悲しみに包まれた表情を浮かべていた青さんは視線に気づくと、短い言葉の謝罪を俺に向けて呟いた。
「・・黙っていた訳があるんでしょう。ですが・・・近藤様と話す前、
青さんが言ってくれた事を覚えていますね?」
受け身はやめろ。疑問を疑問のままにするなと青さんは言ってくれた。
「しっかり・・・答えてくださいね?」
近藤様に全てを答えてやれと青さんは言っていた。
今は青さんがその立場であり、しっかりと全て答えてもらわないといけない。
「・・・・・分かっておる。」
幼い俺を守るために青さんも同行していたはずだ。
今は竜次先生の話しを聞かなければならないが、それが終わった時、次は青さんの番だ。
「続けるぞ。襲撃を受けた研究所はすぐに迎撃態勢を取り、
妖精達を捕獲した部隊が兼定達に襲い掛かったが、業に所属していた両親と兼定の前に
次々と破れていった。そして土御門家の人間も襲われていき、兼定が泰国に手をかけようとした。
血まみれの体で奴は泰国に刀を振り下ろそうとしたが・・・気付けば体が勝手に動き、
俺は凶刃を止めようと二人の間に立っていた。」
「血まみれって・・・兼兄は人を・・・。」
「・・・・・その時点であいつは”両親を殺されていた”。
そりゃ・・・正常な判断が出来なくても仕方がないさ。
だが良心は残っていたのか俺の触れる前に刃は止まり、息を切らしながら俺を睨みつけた。
そして・・・俺達に繋げられている鎖を刀で断ち切り、その場を立ち去ったんだ。」
兼兄も・・・両親を・・・。しかもその様子だと恐らく・・・両親の命が潰える場に立ち会った・・・。
「その時は生きた心地はしなかったよ。当時、泰国に教えてもらった簡単な
日ノ本語しか使えなかったが、二人で生きている事を喜んだのを覚えている。
共に過ごしていたノエルやアル達を連れて、土御門共に初めて監獄の外に出た。
研究所内は・・・地獄だったよ。血まみれで倒れている研究者たちがそこらへんに無数に転がっていた。
・・内心ざまぁみろと思った。俺達を痛めつけた罰だとな。
よく見るとその中に被験者は一切倒れておらず、探すと大人や子供がわんさか出てきた。
エルフ、ドワーフ。多くの種が鎖を切られ、自由の身になっていたんだ。」
「解き放ったのは・・・兼兄?」
「そうだ。研究者共への報復だと奴隷や被験者たちを全て解放した後、
あいつは研究所の奥底へ消えていったらしい。
そして報告を受けた業が事態の収拾に向けて俺達を保護し、奥底へ消えていった兼定も
意識を失った状態で発見された。その中に、行方不明者の捜索対象だった春の姿もあった。
龍穂達が知っている白の部隊はこの時出会ったんだ。」
兼兄、泰兄、毛利先生、ノエルさん、アルさん、竜次先生と
俺が知っている主要メンバーが出会ったのはこの世の地獄で出会った。
「この後・・・どうなったんですか?」
「保護されたと言っても俺達は戸籍すらない、いわば存在してはいけない日ノ本の闇そのものだ。
業も俺達をどうするか考えていたが、その場で消されてもおかしくはなかった。
だが・・・俺達はそんなを知らず、初めて外に出れたことに感動し、
見たことのない景色に目を輝かせていた。木や鳥。そして・・・青い空。
泰国の話しの中だけの物語の景色が目の前に広がり胸が高鳴って仕方がなかったよ。
そして意識が戻った兼定は業達と手短に泰国に対して尋問を行うと、とある決断を下した。
俺達を率いて、両親を亡くした原因であるクトゥルフと戦うとな。」
解放されたと言ってもそこは見知らぬ土地であり、
研究所で生まれ、何も知らない竜次先生達が生き抜くためにはあまりに過酷な状況だった。
「決して簡単に出来るような決断じゃない。
あいつは・・・大所帯の俺達を連れて、戦おうとしていたんだからな。
言葉も通じず、生きる手段も分からない。そんな俺達はお荷物になるとはっきり分かっていたはずだ。
そんで・・・泰国も連れていこうとしていた。
主犯の一族で唯一生き残った泰国は日ノ本に連行される予定だったが業をなんとか説得し、
そしてその人たちの同行もこぎつけた。今思っても・・・何故兼定がそんな決断を下したか、
はっきり言って分からない。安全と思っていた海外で殉職が出たとなれば、
当然幼い龍穂を留めておくには危険すぎると八海へ戻すためにやってきた影定さんに預け、
兼定は苗字を上杉へと変えた。
そこから俺達は・・・世界を渡り歩いた。
生き抜くための術を必死に会得し、意思疎通のための言語も習得した。その証が・・・これなんだ。」
手に持った日記を優しく撫でる。
ドーラという名前が入った日記は俺達が思っていた以上に大切な品だった。
「これが俺達白の・・・正体だ。かなり掻い摘んで話したが・・・申し訳ないが今は全てを話せない。
全てを話そうとすれば・・・軽く一週間。いや、それ以上の時間をもらうことになる。
それに・・・今の俺達じゃ心が持たない。色々あったがあいつは俺達をここまで導いてくれた。
心にぽっかり穴が開いたみたいだよ。」
「ですが、あそこから連れ出してくれた兼定はまだ生きています。
なので・・・出来る限り心の穴を埋めておきたいんです。
この日記を・・・私達にいただけませんでしょうか?」
ノエルさんが俺に尋ねてくる。その問いに・・・俺は頷くことしかできない。
「・・ありがとうございます。」
そう言うと、二人は愛おしそうに日記を眺める。
その眼には俺達の前だからと耐えていた涙があふれ、ゆっくりと頬を辿った。
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