第二百一話 白との交渉
竜次先生の用事。それは泰兄がくれた隠し部屋の中にあった交換日記を渡してほしいという要求。
「そのために・・・俺も色々と話させてもらおうと思っている。だから・・・この通りだ。」
竜次先生は大きく頭を下げてきた。いつもの明るい姿がどこへ行ったのか
暗い姿の先生を見て隣に座った楓が複雑な表情で俺の顔を覗いてくる。
あの日記を見つけた時、見るのを止めて竜次先生に返そうとした。
俺は竜次先生の過去を知らないが、恐らくあれは日ノ本の勉強を兼ねて兼兄や泰兄との絆を深めるために書かれた物であり、何も知らない俺が見ていい物ではないと思ったからだ。
「・・・・・・・・・・・・・。」
だが同時に思ったのが、何故こんな物がこの隠し部屋に置かれているのか。
兼兄や泰兄の大切な物であることは間違いないがそれは竜次先生にとっても同じ。
自らに残された時間が少ないと分かっていた二人がみすみすあのような場所に
置いていくのだろうかと思い、きっとここにある事にも何か意味があると考えた。
だからこそ、俺は竜次先生の願いにすぐに答える事はしなかった。
「・・申し訳ありませんが、今はお渡しすることは出来ません。」
心は痛むが竜次先生の申し出を断った。断ったことでどのような反応を取るか見たかったからだが、
竜次先生は俺の言葉を聞いても頭を上げる事はしない。
「日記が置かれていた場所は・・・泰兄が俺達の残してくれた場所です。
本来であれば竜次先生の元へあるはずの日記が何故そんな場所にあるのか。
きっとわざとあの場所に置いたのだと俺は思っています。
あそこに置かれた物を全て有効に使い、生き残ってくれという泰兄からのメッセージであり
俺はその思いの通り、日記を出来るだけ有効に使おうと考えています。」
簡単に渡すことはできない。その言葉を聞いた竜次先生は顔を上げて口を開く。
「・・何が望みだ?」
暗かったであろう表情は様変わりしており、目つきが鋭く、そしてほんの少しの殺気が
俺達に対して向けられていた。
まるで刃物のような殺気は竜次先生がイラついている事を感じ取るには十分であり、
それほどまでにあの日記が大切な物だという事を示している。
「俺の望みは先ほどの竜次先生が言っていた内容とほぼ同じ。ですが・・・まずは順番が違います。
日記を渡す前に色々と話しを聞かせていただきたい。
その内容を聞かせてもらい、日記を渡すにふさわしいと感じたらすぐにお渡しします。」
イラついているとはいえ主導権は決して渡してはいけない。
共に戦った仲間を煽るような事はしたくはないが、ここまで俺達に対して何も話してくれなかった事実は
何も知らなかった俺達との信頼関係にヒビが入ってもおかしくはない。
だからこそ竜次先生は頭を下げてきたのだろうが
しっかりと俺達にも抱えている不満はあるぞと示さなければならなかった。
「そして記憶の封印が解かれ、様々な事を思い出しましたが
それでも俺達にはまだ分からないことが山ほどあります。
ですから情報の漏れが無いようにノエルさんとアルさんをこちらに呼んでいただき、
竜次先生を合わせた三人で話しをさせていただきたいです。」
別に竜次先生だけでは全てを知ることはできないなんて思ってもいない。
だが答えられないことがあってはならないと万全な準備をお願いした。
「・・・・・・・・それは出来ない。」
簡単に飲んでもらえる条件を提示したはずだが、竜次先生から思いもよらない断りが入る。
「・・どういうことですか?」
「ノエルだけは今すぐにここへ連れて来れる。だが・・・・・アルは無理なんだ。」
アルさんだけが無理?その理由を問い詰めようとすると、
後ろから青さんやイタカ以外のここにいるはずの無い声が聞こえてくる。
「それについては私がお答えしますよ~?」
近藤様達が玄関にいた時から俺はずっと空気の魔力操作で辺りを確認していた。
ずっと、ずっとだ。侵入者がいれば空気の流れの異常に気が付き、すぐさま気付けるはずだ。
「・・来るなと言っただろ。ノエル。」
「そう言われましても、龍穂君直々にご指名をいただきましたので~。」
そう言いながら振り向いた俺の頬に指を立ててくる人物。
それはノエルさん。どうやって俺の魔力操作の探知から逃れたかは分からないが
すぐそこまで接近を許していた。
「アルは大丈夫なのか?」
「一時的に他の子達に任せていますから大丈夫ですよ~。
それより・・・大事な大事なお話しと行きましょうか~。」
竜次先生とは対照的な笑顔を俺達に向けたノエルさんはソファーに向かって歩いていき、
竜次先生の隣に座る。
「まずは・・・このような場をすぐに用意できなかった事、大変申し訳ございませんでした。」
そして竜次先生同様、深く頭を下げてきた。
「あなた方が快く思っていない事は私達も十分に理解しています。
ここにいる竜次があなたがたに失礼な態度を取ってしまったのには理由がありまして・・・。」
ノエルさんの介入に主導権を持っていかれそうになるが俺は話し途中のノエルさんに急いで口を挟む。
「待ってください。勝手に話されては困ります。
まずはアルさんが来れない理由。それを話してもらえなければその他の話しを聞く気にはなれません。」
まずはアルさんがいない理由。提示した条件通りに話しを進めていかなければならない。
「・・申し訳ございません。
それを話すのには我々が求める日記についてお話ししなければならないのです。」
日記・・・。あの内容はあまり分からないがそこにアルさんが来れない理由がある・・・?
「ですからそこだけでもお話しさせていただけると大変ありがたいのですが・・・
よろしいですか?」
・・意地を張っていては話しが進まず欲しい情報が取れなくなる。
ここは大人しく受け入れるしかなさそうだ。
「・・分かりました。ですが・・・一つ条件を飲んでいただきたい。」
「なんでしょうか?」
「質問に対してのみ答えをいただきたいんです。
ノエルさんに話しをさせてしまうと気付かない間に全て話されてしまいそうですから。」
正直言って別に俺はこの人達を深く疑っているわけではない。
今までの戦いで俺達を助けてくれた事実はゆるぎないものであり、
これからの支え合っていきたいと思っている。
だが賀茂忠行との戦いは奴の狙いが俺であることからどうしても俺中心に事が動いていく。
なので自分が知りたい情報を自分で掴み取る。先程近藤様に言われた通り、
疑問に思った事を自分で尋ねることで封印や認識阻害により気にならなかった事実に少しでも
たどり着くことが出来ると思っているからであり、一方的に話され丸め込まれるのではなく
疑問に対して自ら立ち向かっていかなければならないからだ。
「分かりました。受け入れましょう。」
ノエルさんは快く俺の条件を飲み込んでくれる。
隣にいる竜次先生は両手で自分の顔を覆い、まるで後悔する様に俯いていた。
「では・・・その日記についてお話しを聞かせていただけませんか?」
「龍穂君が見た日記ですが・・・あれは私やアル、竜次が兼定と泰国と行っていた交換日記なのです。
一応お聞きしますが・・・そのご様子ですと既に中身を見た、という事で間違いないですか?」
「・・ほんの少し見させていただきました。とはいっても分からない言語が多く、
内容に関してはよく分かっていません。ですが・・・”ドーラ”という名前が所々ある事。
そして初々しい日ノ本から読み取るに、恐らく交換日記だという事は察していました。」
「・・分かりました。では何故、アルが来れない理由にその交換日記が関係しているのか。
それを今からお話しいたしましょう。」
ノエルさんは竜次先生の膝に手を添えながら話し始める。
「そちらの日記は・・・白の結成当初に書かれたものであり、
日ノ本語を扱えない私達のために兼定と泰国が用意してくれた物です。
それは我々にとって大切な品。泰国が亡くなった今、彼との思い出を
振り返る数少ない物であり悲しみに暮れるアルに取って必要な物。
何故なら・・・アルと泰国は特別な関係でありましたから・・・。」
特別な関係。泰兄とアルさんが共にいる姿を見たことはないが
深い悲しみに襲われるほどに親しい関係であり、泰兄の死をまだ受け入れられていないのだろう。
「・・・あなた方は一体何もなんですか?」
素直な疑問をノエルさんにぶつける。日ノ本人の見た目をしていないとは思っていたが
この人達、ひいては白についてまだ知らないことが多すぎる。
「そうですね・・・。では、まず我々についてもお話ししましょう。
出なければあなたからの真の信頼を勝ち取れないでしょうからね。」
ノエルさんが首元から何かを取りだす。
いつもカーディガンなどを羽織っていたので気が付かなかったが
ゆーさん達などが身に着けていた透明な石が付いたネックレスであり、
それを外すと小さなな体に似合わない変化がノエルさんの体に起こった。
「えっ、はっ・・・・?」
「我々は・・・・人間ではありません。
人と・・・妖精。この二つの種族が混じった半神と呼ばれる存在。」
小さな体に大きな角。
神融和をしていないノエルさんはこの角が自らの体の一部だと言い放つ。
白の部隊に所属している者達の戦い方を振り返ると確かに姿を変えていた。
だがそれあ神融和に近い何かの技術だと思っていた。
「私の場合、人間とドワーフのハーフ。
白の部隊の大半は・・・私の様に人間と何かしらの血が混じった半神の部隊なのです。」
ノエルさんの告白は、俺達に大きな衝撃を与えた。
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