第百九十九話 三道省の詳細
「さて、どこから話そうか。」
近藤様が顎を掴むように手を添えながら口を開く。
「・・龍穂。もう受け身はやめろ。それがその男が言っていた認識阻害の弊害だ。
近藤よ。龍穂から話しを聞いて答えてやってくれないか。
そして足りない所はその都度補足してやってほしい。」
青さんの申し出に近藤様は承知したと受け入れてくれる。
三道省の事か・・・。できれば身近な所から聞いていきたい。
「では・・・神道省の話しから聞かせてください。」
「分かった。影定さんの事だ。少しは話しをしているのだろうが・・・何を聞いた?」
親父からは神道省副長官の座に就いた事聞かされた。
「そうか・・・。だいぶ端折ったな。」
そのことを素直に伝えると、視線を土方様に向けながら顎を撫でる。
「まあ大体そんな感じだが・・・一つ付け加えるとお前さんの親父は神道省祈祷課との兼任で
副長官に就いたことだ。それがどういう意味か分かるか?」
「兼任・・・。いえ、分からないです。」
「帰る場所を残しての就任という事だ。誰かに副長官の座を開けた渡すための行動だと言える。
それを見て不思議に思った俺は影定さんの近くの人間関係を洗いざらいにした。
立場、そして血縁関係を見て驚いたよ。君は八海上杉家の血が入っていないんだな。」
その言葉を聞いて驚きながらもそのことを素直に話していいものかと深く考えてしまうが、
その姿を見た近藤様はすぐに口を開く。
「全て話さなくていい。このことは”業案件”だからな。
俺達公安さえも踏み込むことが許されない日ノ本の闇中の闇。はっきり言って知りたくもない。」
公安は日ノ本の裏側の事件に対処する組織だが
そのさらに奥、日ノ本の闇を活動の場として動く業の仕事は公安であっても触れたくないのだろう。
「まあそこにいる沖田が知りたいと言ったら連絡をくれ。
君に興味を持って踏み込みたいなんていいだす可能性もある。」
「少し気になったのですが・・・そこにいる沖田とどういった関係なのですか?」
武術師とは言えこの若さで公安課課長と行動を共にしている理由は流石に気になってしまう。
「沖田は俺の一族が代々継いで来た道場の門下生なんだ。
簡単に言えば俺が師匠で土方が兄弟子。そんで沖田が妹弟子なんだ。」
「でも今は新たな流派を作って独立したんですけどね。」
若き天才は元師匠に口答えするが、それを見た土方さんが奢るなと軽い手刀をお見舞いする。
独立したとはいえその根源は師匠の教えである天然理心流であり、
弟子という立場は未だに継続中なのだろう。
「話しが逸れたな。神道省で起きたことは軽い人事の移動のみだが
本来であれば組織の見直しが必要なほどの大事件だ。副長官があれだけの事件を起こしたんだからな。
そのことで魔道省は数々の指摘が起こり、威信がかなり落ちてしまった。
龍穂も知っていると思うが、影定さんはその回復に従事しておりかなり忙しいはずだ。
それは他の課も同じであり神道省は崩壊してもおかしくないが
皇が長についているおかげで何とか体制を保っている。」
「崩壊してもおかしくない・・・ですか。」
「ああ。だがそれ以上にマズイ事がある。何かわかるか?」
神道省が何時崩壊してもおかしくはない状況よりマズイ事・・・?
そんなことがあるのかと答えられずにいると、近藤様が口を開く。
「それはな。皇への求心が減りつつあることだ。
神道省の絶対的な頭である皇がいるのにも関わらず、今回の一件で省を離れる奴らが後を絶たない。
他の二道省に所属している奴らが大半だが・・・行方を暗ませている奴らもちらほらいる。
果たしてそいつらがどこに行ったか分からないが・・・
日ノ本の根幹さえもぐらついているのが今の現状だ。」
この日ノ本の歴史には必ず皇がいて、どの時代においても絶対的な力を誇っていた。
その理由としては現人神である皇の実力が日ノ本一であったためであり、
その力の源は圧倒的な信仰の多さから来ていた。
(それは・・マズイな・・・。)
もし、仮にだ。これを見越して泰兄の行動を静観していたとする。
すると奴の目的である日ノ本を手中に収めるという計画は順調そのものであり
既にかなり危険な所まで追い込まれているのではないのだろうか?
「まあ・・・これは少し大げさに言わせてもらった。君が分かりやすいようにな。
先程も言ったように各課長が権威の回復に向けて行動しており、我々武道省も手助けに入っている。
だが最悪の事態に陥る可能性も十分に考えられる非常事態だ。
影定さんは誰かに副長官、そしてゆくゆくは長年勤めてくださった皇の席に変わる長官のために
席を開けているがそんな余裕は果たしてあるのだろうか・・・と俺は思っている。」
膝に肘を置き、組んだ手に顎を乗せてこちらを見てくる近藤様。
「”君”に・・・この国が救えるかな?”賀茂龍穂”くん。」
業案件であるはずの本当の苗字で俺を呼び、尋ねてきた。
「なんで・・その名を・・・。」
「大変だったぜ?明らかに怪しい君の素性を調べるのは。
八海上杉家の家系を調べ、一世代前に同じような人物がいる事は分かっていた。
だがその人物の血筋を辿るにはまさか江戸時代初期まで遡ることになるなんて思ってもいなかった。
そんで、見つけた奴の血筋をさらに深く遡ると・・・なんと伝説の陰陽師の師に当たる人物に
当たるなんてな。見つけた時はびっくりしたよ。」
「・・よく調べましたね。兼兄・・・兼定さんは何か言ってきませんでしたか?」
「言ってはこなかったよ。
ありゃ・・・俺が調べてるって分かっていて放置していた感じだな。」
驚きながらも話しを聞いていると近くに座っていた竜次先生は今まで何もしゃべらず
反応さえもしなかったのに、今の近藤様の言葉を聞いて大きく目を見開き息を吐く。
明らかに何かあった様子だがその真意は見えてこない。
「それが分かったのは少し前の事なんだが・・・神道省が大混乱に陥った状況を見て合点が行ったよ。
賀茂家という神道の歴史において重要な血筋の男を傍に置き、
このような神道省が大混乱に陥っているのにも関わらず、
兼任という中途半端な立ち位置を保っている影定さんの行動の理由がな。」
そこまで調べられるのはすごいがその情報を生かして親父の目的まで
言い当てるのは流石としか言えない。
これが武道省公安課の長の実力だという事を思い知らされる。
「・・俺はそのつもりでいますよ。」
少し遅くなったが、俺なりの答えを近藤様にぶつける。神道省長官になるのが俺の夢であり大義だ。
そのために日ノ本を救う事が必要であるのならやってやる。
「おおっ。言うねぇ。まあそれくらい思ってなきゃあれだけの事件を解決できないか。」
近藤様から出た言葉は俺の返答が意外だと言っていたが
その眼差しは当然だと言っているように強く、こちらを見つめていた。
「まあ、神道省はこんな感じだ。傍から見たら頭が変わっただけだが
内側はかなりダメージを負っている。次は魔道省に行こう。
聞いているとは思うが今回の一件で魔道省は発言権を増した。その勢いは今や神道省を喰らう勢い
・・・と言いたい所だが指摘が増えただけで決して権威を増しておらず、酒井様の失踪や
代わりに指揮を執っている服部忍の息子がこの家に押し掛けた事が世間にばれて
むしろ権威自体は失いつつある。だが・・・職員の数は段違いに多く、
有望株が地位を争い内部的には大きく揺らいでいるのが現状だ。」
「・・二省のどちらもあまりいい状態ではないんですね。」
「まあ神道省に比べ歴史の浅い魔道省は上は安定しているが下はいつもそんな感じだ。
それがいつにも増しているだけの事。それだけ不正の数も多いが、そこは俺達公安の腕の見せ所だな。」
少し前に千夏さんから同じような事を聞いたが、その時とは違い酒井様の失踪によって
旧徳川勢力はさらに隅に追いやられる事だろう。もし、千夏さんが徳川家を継いで魔道省長官になった時が心配だが、公安の人達が不正に目を光らされている内は大きな入れ替わりは少ないのかもしれない。
「その・・酒井様はまだ・・・。」
「姿を見せない。俺達も必死に捜索しているが影一つ見えないな。
最悪の事態も考えられるが、その決断をつけるにはお前さんの上に兄さんに話しを聞いてからだ。
これだけ探してもいないとなると命を落としているわけではなく、
業が身柄を持っていることも考えられる。危機を察して助けたか。それとも今回の土御門の事件に
関わっている容疑で尋問を受けているか。何か分からないが話しを聞かなければならないな。」
そう言うと隣にいる竜次先生の視線を向けるが口を開くことはない。
卒業式に顔を見せたがまだ傷を負っており、ろくに治療もせずに今も仕事をこなしているのだろう。
「魔道省の奴らは発言が通る内に神道省を責め立てたいのだろうが
あれだけの騒動があったにも関わらず、武道省が最も警戒しているのは魔道省の方だ。
混乱に乗じて動こうとする輩が後を絶たないからな。
そんな感じで魔道省の方は動きはあるが、そのどれもが上手くいっておらずから回ししている。
唯一気になるが服部忍がまるで何かを待っているように動かない所だが・・・
以前の長官からの指示は未だに継続しているから安心してくれ。」
千夏さんの狙っているという報告のみを受けていたが、
服部の見通しの甘い襲撃以外は俺達にあまり影響がないのかもしれない。
「そんで、俺達武道省だが・・・。正直言ってあまり影響はない。
神道省の立て直しに手を貸しているから忙しいとはいえ
立場が入れ替わったりなどは一切せず、一枚岩を保っている。」
「その・・細かい動きなどもなかったんですか?神道省から抜けた職員達とか・・・。」
「ないな。正確に言うとそんな怪しい動きなんてさせないと言った方が正しい。
他の二道を審査する立場の武道省に不正があるなど言語道断だ。
そんなことを企む奴がいたとしても周りからすぐに報告があり、
武道省から追われる所か臭い飯を食う事になるからな。」
法を担っている武道省だからこそのゆるぎない立場。
二道省に対し、指摘をする立場だからこそ厳しい規律で内側が腐らないように徹底しているのだろう。
「そんな所だが・・・公安だけは少し動きを変えようと思う。」
腕を広げ、そのまま背もたれに体重を乗せながら頭の後ろに手を組む近藤様。
「・・・・?」
その発言の意図は分からなかったが俺を見ているその表情の口角は上がっており、
まるで面白いおもちゃを見つけたような表情をこちらに向けていた。
「喜べ沖田。大義名分を与えてやる。」
「・・・課長。それはマズイのでは?」
「マズいのかどうかは・・・目の前にいる彼が決める。そうだろう?」
俺に尋ねてくるが今だにその意味が分からず、答える事さえできない。
「公安は・・・今から君を支援しよう。
それが神道省、引いては日ノ本を立て直すにはそれが一番だと俺は判断した。」
公安課課長からの支援の一言。その言葉はリビングの空気を一瞬にしてピタリと止めた。
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