第百九十七話 綱秀の変化と申し出
三年生達が卒業し、迎えた春休み。
俺は仙蔵さんの家のリビングで地下室の本棚にある書物を読んでいる。
「お前・・・すごいな。」
用事を足してから俺に会いたいと言ってきた綱秀は涼音と共にソファーに掛けているが、
緊張しているのか辺りを見渡している。
「ん・・?何がだ?」
「いや・・・ある程度親密な仲だと思っていたけどよ。
春休みに先輩のおじいさんの家に一人でいるなんてなかなかヤバいぞ。」
泰兄が辿ってきた道どりを辿るための研究の場をとしてここを自由に使っていいと
千夏さんが言ってくれており、代表として俺が合鍵を持っている。
「持ち出すだけで危ない本がここにはあるからな。
色々考えた上で千夏さんもここを貸してくれているんだよ。」
ソファーには綱秀達だけではなく、漫画を読んでいる青さんとイタカ。楓に至っては寝てしまっている。
実家には帰らずここに泊まらせてもらっているが、
まるで我が家の様に過ごす俺の式神達の方がなかなかヤバいと思う。
「まあ・・それならいいんだけどよ。そういや、謙太郎さんとの立ち合いはどうだったんだよ。
お前ら、すぐにどこかに姿を消しちまって見れず仕舞いだったんだぞ。」
謙太郎さんが望んだ俺との戦い。
初めは下級生達に見させてあげようかと思ったが、あの時の表情があまりに真剣過ぎて
見世物にするには申し訳ないと思い、二人だけの決闘とさせてもらった。
「・・なかなか手ごわかったよ。」
「その言いかただと勝ったみたいだな・・・。
俺が一度も勝ったことない相手なのに、お前は簡単に倒しちまう。」
面白くないと綱秀は言うが、決して簡単な戦いじゃなかった。
激しい攻防の末、勝利したのが俺だったがどこかで食い違えば立っていたのは謙太郎さんだろう。
俺と世間話を続ける綱秀だが、涼音を連れてきたという事は俺に何か頼みごとをしたいのだろう。
だが言いづらい事なのか珍しくはっきり言ってくることなく、こちらの出方を伺っている。
「・・そういや体に変化はないか?大丈夫だとは聞いているけど強い陰の力を受けたんだからな。」
陀金の海水を浴びてしまった綱秀だが体に異変はなくすぐに退院できた。
体が深き者どもに変えられる可能性があり、今も変化はないかと尋ねる。
「ああ。大丈夫なんだが・・・・。」
歯切れの悪い返答を返してくる綱秀。
何があったのかと尋ねると悪い事じゃないんだがと前置きを置いてしゃべりだす。
「前に話した俺の一族にかかっている呪いあるだろ?
あの戦いで意識を失い目を覚ましてから・・・一回も起きてないんだ。」
「起きていない・・・?」
北条家に恨みを持つ何者かが寝ている間耳元で何かをささやいてくる呪い。
一体何をしたいのか分からないが、歴代の当主が被害にあっていると聞いている。
これだけ長い間かけられているのに陰の力が入っただけで怨念が晴れ、
呪いが解けるなんてことは考えにくい。
「その原因が分からなくてな。涼音と一緒に親父の所に行ってたんだ。」
「そうだったのか・・・。何か分かったか?」
「いや・・・親父も分からないってさ。
親父みたいに亡霊が寄り付かないぐらいの強さを持っていたなら納得できるが
俺にはまだそんな力はない。ひとまず様子を見ろって言われたよ。
俺自身じゃ分からない変化があるかもしれないから涼音と一緒に過ごして
些細な変化に気付いてもらえってさ。」
原因は分からず仕舞いか・・・。
今まで呪われていた所から正常に戻ったことで
綱秀自身が異変に気付きにくくなっている事は確かだろう。
「そうか・・・。」
「寮が違う涼音だけじゃ限界があるから龍穂にも頼みたい。お願いできるか?」
断る理由はないので快く引き受ける。これ以上仲間が危険に晒される事はなるべく避けたい。
これが綱秀の用事かと再び本に目を移そうとするが、
それでなと呟いた声を聞いて本題がここからだと悟る。
「お前に・・・いや、龍穂達に改めて頼みがあるんだ。」
「頼みって・・・なんだ?」
「涼音の両親の死の真相について調べたい。
だが俺達だけじゃ難しいから・・・出来るだけ手伝ってほしいんだ。」
涼音が国學館に入学した最大の理由。
それは両親の死の真相を解き明かすためであり・・・千仞にいた理由でもある。
賀茂忠行に教えてやると唆されたが今は組織を抜けており、
真相にたどり着くヒントはかなり限られていた。
「改めて・・・か・・・・・。」
出来れば快く引き受けてあげたい。だが今の俺達にそんな余裕があるのだろうかと必死に頭を悩ます。
「これまで俺達もただ闇雲に探していた訳じゃない。
長野さんからの情報を元に、仲の良かった人に連絡を取り有効な情報を出来るだけ集めていた。」
立ち上がり俺の元へ資料を持ってくる綱秀。簡単に中を確認するととある儀式について書かれていた。
「ここに書かれている儀式は秘祭で行われるものだが、
これを涼音の両親が調べた際に消息不明になったらしい。」
儀式の内容。どうやら神降ろしを行うような内容になっている。
神降ろしとは自らの体や生贄に神格を降ろし、神との対話を行う儀式であり
強力な敵に対して命を賭して戦ってもらったり助言などをもらうなど用途は様々だが、
儀式を行うためにはあらかじめ神道省に申請をしなければならない。
「場所は・・・不明?」
「そうなんだよ。それが分からなくて俺達だけじゃ調べられない。だから手を借りたいと思ってな。」
「・・長野さんは教えてくれなかったのか?
任務に向かわせたのがあの人ならその場所ぐらい知っているだろ?」
「それがな・・・。それは自分たちで探せって言うんだ。
自分たちで探すことで真相がわかるってな・・・。」
「そうか・・・。」
何が起きたのかを調べるためにも肝心の場所が分からなければ調べようもない。
これじゃ流石に手伝えないと思っていると、綱秀が資料をめくり始めとあるページを指差す。
「ここだ。」
指差した所に書かれている文章は儀式で降ろす神の詳細。そこには・・・淫魔の始祖と書かれている。
「これは・・・・。」
「淫魔の始祖を降ろす儀式らしい。現代に潜む淫魔を探し出すのは難しい。
素直に聞いたとしても答えてくれるとは限らないからな。
だが・・・龍穂の近くにはいるだろ?出来れば話しを聞きたいんだ。」
なるほど。それは確かに俺達も協力できそうだ。
だが・・・淫魔の事を説明すること事態を楓が嫌がる可能性もある。
「寝てる・・か?」
「いや、起きてるよ。綱秀達が入ってくる前はいびきをかいてたからな。」
チャイムが鳴った途端いびきをかかなくなった。
何が起きても良いように浅く眠っていたようで、目を瞑りながら俺達の話しを聞いているはずだ。
「・・デリカシーが無いですね。」
俺の言葉を聞いて楓が目を開きソファーに座る。
「まあ・・・話しは分かりました。一応、心当たりがないとは言いません。」
大きな反応を見せる二人だがそれと反して冷たい表情を浮かべる楓。
その視線の先には涼音がおり、冷ややかな態度のまま口を開いた。
「ですが・・・当の本人が一言もしゃべらないのはあまり気に入りませんね。
綱秀さんばかりが必死に突破口を見つけようと努力をしているように思えます。」
確かにずっと綱秀と会話をしていて涼音は口を開いていない。
それもあって楓は情報を出し渋っているのだろう。
「あなたは過去に出来事に対して龍穂さんに後ろめたい感情がある。
それはこちらも理解しています。ですがここまで来たのならそんな感情は取っ払い、
しっかりとした態度で会話に臨むべきではありませんか?」
一応俺と目線を合わせようとしているがすぐに逸らし、
まるで俺と向かい合う事から逃げるように思える。
「・・俺は別に気にしてない。楓や・・特に千夏さんは一度大きく釘を刺しているけど
それから一度として涼音に対して敵意を持っている感じはないよ。
それに・・・ショッピングモールでは自分の力を全部使ってみんなを守ってくれた。
逆に感謝をしなければならないぐらいだ。」
俺から歩み寄ることに楓は反対するのだろう。
だがこれから嫌でも顔を合わせ、そして背中を合わせる仲間だ。
修学旅行の際に全ての感情を吐いたと思っていたが、
これを機に気を使う事の無いように出来るのならそれが良い。
「龍穂は龍穂のやることがあるのに・・・
本当に迷惑を掛ける事になると思うんだけど・・・協力してほしい。」
俺達の話しを聞いた涼音が口を開き、改めてお願いして来る。
後ろめたい気持ちにさらに迷惑を掛ける事が上乗せされてやはり色々と口に出しずらかった様だ。
「・・分かった。楓もいいな?」
「まあ・・合格としましょう。ですがこれから先は許しませんよ?
私達としても涼音さんにはとっくに信頼を置いています。
信頼とは一方通行ではその強さを発揮できないものですから遠慮なしに色々と言ってほしいです。」
仲間だからこその気遣いもあるがその垣根を越えてほしいと楓は言う。
「では・・・お話ししましょう。と言いたい所なんですが詳細をお話しすることは出来ません。」
大きな前振りがあったから大切な情報を話してくれると思ったがそうではないようだ。
「なんだよ・・・。」
「龍穂さん。そうがっかりしないでください。
家の実家に淫魔についての書籍がいくつかあった覚えがあります。
それらは日ノ本に流れ着いた淫魔たちが代々継いで来たものであり、
そこに何かが書かれているのかもしれません。」
人間に似た姿をした悪魔である淫魔だと知られれば、村八分にされるのは目に見えている。
偽りながらもその存在を語り継ぐために代々継いで来たのだろう。
「じゃあ八海に行けば・・・!」
「そう焦らないで。今なお八海にはあの事件の爪痕が残されています。
それを探ろうとする記者の姿もあると両親から連絡が入っていますので
お二人だけならまだしも、私や龍穂さんが実家に帰ろうものなら記者たちが詰め寄せてくるでしょう。
それに・・・我々にもやることがある。
両親から八海の情報を随時もらってますので、
行けそうなタイミングでひっそりと行くのが良いでしょう。」
まだあの事件の収集はついておらず、俺達が近づける状態じゃない。
「それに・・・本音を言えば私達も実家に帰ることが出来るのならそうしたい。
こちらに来てからまともに戻ってはいないですからね。」
一度実家に荷物を置いたが帰省とは程遠い帰宅であり、
八海の事を調べるためにも、母さんの顔を一度見るためにも
しっかりとした時間を作って帰りたいというのは俺も同じだった。
「・・分かった。涼音もいいな?」
楓の条件を聞いた綱秀は涼音にも尋ねるが、それでお願いしたいと言ってくれた。
急ぎの案件ではない様だが・・・出来るだけ早めに情報を得て
少しでも涼音の目的に近づける様にしてあげたい。
本題に蹴りが付いた綱秀達はまだやることがあると家を後にしようと立ち上がる。
「そういえば・・・千夏さんや純恋達はいないの?」
見送ろうと二人についていく途中、涼音が尋ねてきた。
「千夏さんは大学の顔合わせ。京都校からこっちに来る人達とご飯に行ってるよ。
純恋達は・・・桃子が気になることがあるって実家に帰ってる。
丁度よく京都に用事があった毛利先生と八咫烏様が一緒に行ってくれてるから大丈夫だ。」
桃子も俺達と同じく泰兄に記憶を封じられている。
その件で少しでも力に慣れればと気になることを解消するために京都に出向いていた。
「そうか・・・。大変だな。」
二人と世間話をしながら玄関まで歩いていく。
辿りつき、綱秀達が靴を履こうとした瞬間、違和感を感じ二人を制止した。
「待て。」
俺の支持を聞いた二人はすぐさま反応し、玄関に視線を向ける。
来客の予定がないにも関わらず複数の人影があり、中にいる俺達の様子を伺っている様だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!




