第百九十五話 道を空けるための死
あれから病院に戻り、手が治療を受けた俺は入院生活を余儀なくされた。
一応片腕が使えとも日常生活を送れるが傷ついた千仞が俺を狙うなんてことも考えられると
完治するまで入院してくれとお願いしてきた。
(暇だ・・・。)
何もできずにベットに寝る毎日。
泰兄が残してくれた地下室を探すか、それとも白である竜次さんに話しを聞くか。
それか兼兄に話しを聞きたいがここから出る事が出来ず、
忙しい竜次先生達はここに呼ぶことは難しいし傷ついているはずの兼兄は姿を見せないらしい。
「・・入るぞ。」
千夏さんの話しを聞いた俺は何もできない状況にため息をついていると、
ノックもされずに扉が開かれる。
「遅くなった。」
そこには親父の姿があり、後からは定兄が続いて病室に入ってきた。
「親父・・・・。」
「かなり無茶をしたようだな。」
俺の前に椅子を持ってきて座る親父と定兄の顔は疲れ切っており、
寝れていないのか目の下には隈が出来ている。
「それは・・・お互い様みたいだな。」
神道省副長官に就任した親父。
仕事の引継ぎなどが全くない状態での就任早々魔道省の指摘に対応しているのだからそりゃ忙しい。
「・・ああ。まあ・・もう知っているだろうが、予想は出来ていたからな。
これでもスムーズに行っているほうだ。」
「予想・・・か。」
「皇から言われていたんだよ。何か起きたらお前を副長官に指名するってな。
あの人は泰国に大きな期待を寄せていた。それなのにそんなことを言うはずがない。
近々何か起きるかもしれないと密かに下準備をしていてよかったよ。」
親父は上を向きながら語る。
その表情は見えないが、親父も泰兄に期待を寄せていたはずだ。
下準備をしていたと言っていたがかなりの精神的ダメージを負っている。
「・・毛利先生から連絡をもらったよ。
惟神高校にいる服部課長の息子から襲われたがみんなを守ったってな。
あの人の代わりにみんなを守るという意思、聞いた話しだがしっかり伝わってきたぞ。」
疲れた顔で俺の胸に拳を押し付け褒めてくれる定兄。
少し前の俺なら二人に記憶が封じられている事を知っていたか尋ねただろう。
真実を知りたい俺からしたら当然のことだが、今ならわかる。
その問いはお互いを傷つける事しかできないと。
「・・ああ。そのつもりだよ。」
だがいつかは尋ねなければならない時が来る。そしてそれは二人も分かっている。
その時のために不透明な事を全て知った上で尋ねる事がお互い真に泰兄の事を語ることが出来る。
だからこそ、俺は何も言わなかった。
「その動きは既に俺達の耳にも入っている。
武道省の公安が既に防衛課に入り、捜査していると聞いている。
酒井殿を物理的に退けた奴らの狙いは一つ。魔道省長官だ。
だが今回の一件・・・。服部らしくない行動だという事がかなり気になっている。」
らしくない・・・?その意味が分からずどういうことか親父に尋ねる。
「奴は忍びだ。何かを企てる時、決して表に出すことはせず闇に潜んで行動する。
酒井様が姿を消したこと、そして今回の龍穂を襲った件はタイミングを見ても
繋がりがあるとしか思えない。そんな分かりやすいことを奴がするはずがないと俺は踏んでいる。」
魔道省の課長ともなると一度不正をするだけで大きくバッシングをされるだろう。
神道省が大きく揺らぐような大事件が起きて千仞にとって大きなチャンスが訪れたのに
ここまで上り詰めた奴が危ない橋を渡るどころかチャンスを溝に捨てるような真似をするわけがない。
「・・泰兄が何か仕込んでいたのか?」
あの人は先の先まで考える人だ。今回の一件で神道省が傾くことを分からなかったはずがない。
もしかすると戦いを起こす前、自らが起こす行動の結果をあのバカに伝えて
わざと大胆な動きをするように仕向けたのかもしれない。
「俺もそう踏んでいる。だが・・・泰国は千夏ちゃんを安全に魔道省長官にしたいはずだ。
それは龍穂が賀茂忠行を倒し、千仞を倒すことが必須。
それまでに酒井様を消すなんてことをするはずがない。」
「親父の考えを聞いた俺は酒井様がどこかで生きているんじゃないかと思って
探しているんだがな・・・どこにもいないんだ。」
・・あのバカが本当に酒井様を攫い命を奪った可能性は十分にある。
それが本当であれば泰兄の一件を超える大事件が起きたことになる。
「何処にもいない・・・か。」
「ひとまず副長官となった俺としては何が起きても良いように対応するだけだ。
生きていても、亡くなっていても最良の選択を取れるようにする。
そのために今は手回しをしている。後は兼定に話しを聞きたいが・・・。」
二人も兼兄とは連絡を取れていないらしく黙り込んでしまう。
大けがをしているはずであり大きな行動は出来ないはずだが・・・。
「泰国さんが亡くなって少しやけになっているのかもしれないが
春さんや竜次さん達がきっと首根っこを捕まえているはずだ。
それにあの人が酒井様の身柄を隠している可能性もある。
いずれにせよ・・・近い内に顔を出すと思うからその時に話しを聞こう。」
話しの最後に母さんに負担はかかるけどと呟く定兄。
ずっと働き詰めで八海に帰れているのかさえ怪しい。
いっそのこと東京に来てしまえばと提案したいが八海守護の任を続けてきた身だ。
副長官を担ったとしても守護から外される事は絶対にない。
「・・まあそんなことはいいんだ。親父、龍穂に用事があるんだろ?」
難しい話しをしていたので暗い雰囲気になってしまったが
それを晴らすように定兄が明るい声で親父に尋ねる。
「・・龍穂。泰国が自ら命を絶とうとし、そして実行した最大の理由。分かっているか?」
「えっ・・・?」
泰兄が命を落とした最大の理由。俺には見当もつかない。
「・・お前に神道省長官の座についてほしいからだ。」
何も浮かばない俺に対し、親父が答えをくれる。
「それ・・は・・・。」
俺が皇の前で言い放った大儀。まさか副長官にいると俺の邪魔になると泰兄は・・・。
「・・違うぞ。あいつは決してお前の邪魔にならないために命を落としたわけじゃない。
あの立場が・・泰国にとっての限界だっただけだ。」
俺の頭の中を覗いたかのように親父は首を振る。
「限界・・・?でも長官まであと一歩だったわけだし・・・。」
「ああ。しかも大きな期待を寄せていた皇は泰国に伝えていたはずだ。長官になる気はないかと。
そして元々は泰国も長官になることを望んでいた。」
「じゃあ・・なんで泰兄は・・・。」
「・・ダメだったんだよ。あいつ一人の力では神道省を上り詰められなかったんだ。」
親父はため息を突きながら語るがそれでもなお、大きな矛盾を抱えており何一つとして納得できない。
「あいつがあの立場になったのは・・・千仞に所属してからだ。
神道省にメンバーを送り込めていなかった賀茂忠行は
当時頭角を現すどころか課長クラスの実力を持っていた泰国に目をつけた。
昇進はしていたもののその速度は遅く、そして大きな壁にぶつかっていた泰国は兼定と相談の末、
自らが神道省長官になることを諦め龍穂への道を切り開くために千仞に所属することを決めた。
時間が足りなかったんだ。あいつらには龍穂が大きくなるまでという時間制限があったからな。」
「いや・・でも・・・。」
「言いたいことは分かる。俺自身もこの話しを知ったのは数日前の事だ。
泰国の部屋を捜索した公安の奴らが俺宛の手紙を見つけてその中身を見て知った。
だが結果としてだ。泰国のおかげで神道省長官の道は開けたと言える。」
そう言うと親父は一枚の封筒を取り出す。
中身を開くとそこには達筆で書かれた文章と土御門泰国の文字。
そしてその横には泰兄が押したと思われる血判が押されていた。
「これはお前への推薦状だ。泰国からのな。
裏切者と言われている現状では全く効果を持たないがお前が賀茂忠行を討伐し、
全ての真実が明かされた後であれば絶大な効力をもたらすだろう。」
よく見るとそこには親父の言う通り、俺を神道省長官へと推薦する旨の内容が書かれている。
「これは俺が預かっておく。俺はお前がふさわしい男になったと判断した時、
俺からの推薦と共にこの推薦状を三道省合同会議の場で皇に提出つもりだ。
現副長官、そして・・・”安倍晴明”の血を引く泰国の推薦があれば
反対する者は誰一人として出てこないだろう。」
親父の口から衝撃的な事実が飛び込んでくる。
「安倍晴明の血・・・?」
「そうだ。現在はあまり目立った功績を上げられていないが土御門というのは
安倍晴明の血を引いた一族だ。
だからこそ血筋が重視される三道省で立場を確保出来ていた訳だが・・・
その血筋さえも短時間に登り詰めるのは難しかった。
どれだけ功績をあげても・・・国を救うほどではないと長官は難しい。
だからこそ奴は千仞に入り込み他の高官達の支持を受けて副長官に成り上がった。
龍穂が賀茂忠行を倒し、長官になる事で腐り切った三道省の立て直しの道を作り上げた。」
「そうだったのか・・・。」
「もし、奴が長官になっていたとしても同じ道を辿っただろう。
あの一族は・・・”大罪”を犯した過去があるからな。」
例えどのような道を辿ったとしても結末は変わらなかった。そう語る親父は最後に何かつぶやいた。
「ひとまずだ。龍穂、お前が望む道は切り開けた。
八海、今回の事件で陰陽師としてお前の名は三道省に轟いている。
今は俺の息子としてだが・・・いずれ賀茂を名乗った時、神道省での地位は確約されるほどだ。」
今回の件も大きく報道されているはず。
そしてその事件に対応していた俺達の名は表に出ていないだろうが三道省では報告されているだろう。
「まあ、そのためには・・・まずは神道省に正式に入らなければならない。
高校を卒業しなければならないってことだ。もう少しなんだろ?卒業式。」
定兄の言葉に俺は驚きの声を上げる。
「えっ・・・?卒業式・・・・もうすぐなのか?」
「お前・・・。」
俺の発言に肩を落とす二人。そんなに時間が経っていたのか?
「お前が退院するぐらいに丁度卒業式だ。
全員が皇學館に進学予定だから遠く離れる事はないが・・・お世話になったんだ。
しっかり送りだせよ。」
そう言うと腕時計を見て時間だと早足で出ていく二人。
「もう・・・そんな時期か。」
意識はしていたはずのなのにいざ目の前に迫っていると自覚するとどうしても呟いてしまう。
千夏さんとは共に戦っているし繋がりがある人達とは関係は続いていくが・・・
どうしても寂しさはぬぐえなかった。
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あれから数日たったある日。俺達はとある式場での中で椅子に掛けていていた。
「・・・・・・・・・。」
小さな体育館に詰めてきた大勢の人達。各々が着飾っており、ここが祝いの席だと示している。
戦いとは違う緊張感が辺りを包む。
俺の隣に座る綱秀はいつもであれば制服を着崩しているが、
今日はネクタイを上まで締めてしっかりと着こなしている。
これは綱秀なりの感謝の意。共に過ごしてきた先輩達を送りだそうという気持ちが伝わってきた。
そう。今日は卒業式。お世話になった三年生達を送り出す式典。
後ろの席には保護者の方々。そして護衛を務める三道省の高官達が並んでいる。
静まり返っている式場の中、いつも通りのスーツ姿で歩いてくる毛利先生。
式場の隅に置かれたマイクの前に立つ、一息ついてから口を開く。
「ただいまより、卒業生が入場いたします。」
毛利先生の言葉と共に流れてくるこの場にふさわしい音色。
そして・・・堂々とした姿で現れた卒業生たちが一礼をして会場に歩いてきた。
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