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木星の陰陽師 ~遠い先祖に命を狙われていますが、俺の中に秘められた神の力で成り上がる~  作者: たつべえ
第二章 上杉龍穂 国學館二年 後編 第五幕 残された者達
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第百八十九話 泰国との思い出

「それでは力を入れすぎです。」


泰兄との思い出は六歳までさかのぼる。

この時既に家を出ていた兼兄が実家に戻ってきた時に連れてきたのが初めての出会いだった。


「難しいよ~。」


まだ家にいた定兄から三道の鍛錬をつけてもらっていたが、

それを難なくこなしていた俺に目をつけた泰兄は新たな技術を教えてくれていた。


「それではただの縮地ですよ。兎歩とは音を立てずに相手に近づき切りかかる歩法。

音を立てないためには足裏全てを使い、地面を掴むように素早く移動するのです。」


例えば・・こんな風にと離れた距離で呟いた泰兄は瞬く間に俺の目の前に移動し、

手に持っていた木刀を首元へ添える。


「これが・・・兎歩です。習得出来れば絶対にあなたの役に立つでしょう。」


思い出した記憶を振り返ると分かるが・・・今俺が扱っている技術は泰兄によって叩き込まれており、

これが無ければここまで生き残れてこなかったと断言できる。


「では・・・次は多重詠唱を教えましょう。」


そして・・・戦いの中で指導してくれた技術もこの時既に教えてくれていた。

当然記憶が封印されていたのでこの技術は扱えていなかったのだが・・・

記憶が解き放たれている時のためにあえて俺に指導してくれたのだろう。


「ん~・・・。」


「・・いいですね。四つの属性の多重詠唱。これは脳の負担や詠唱時間がどうしても多くなりますが、

放つことが出来れば威力が高く勝負の決め手となります。

しかも無詠唱とは・・これが出来る人物が日ノ本に果たしているのかどうか・・・。」


三道の上級、そして特級が扱うような超高等技術を泰兄は時間の限り教え続けてくれた。

用事が無い時は当然兼兄の教えに来てくれていたが高等技術を教えてくれた泰兄と違って

兼兄が教えてくれたのは基礎の繰り返し。それは俺がやってきた朝の鍛錬に繋がっているが

当時幼かった俺は新しい技術、新しい知識を覚える事が面白くて泰兄の鍛錬を待ち遠しく思っていた。


———————————————————————————————————————————————


「忘れていたとはいえ・・・俺は教えてもらった技術であの人に牙をむいた。

そして・・未熟な俺を庇って泰兄は・・・死んだんです。」


幼い頃の楽しかったの日の全てが今の俺を生かしている。

その記憶を全て取り戻し、全て仕込んでもらった人を亡くした衝撃は・・・俺に後悔と悲しみを与えた。


「未熟・・・ですか。」


「ええ。過程がどうであれ、この結果は未熟だとしか言えない。

体が上手く動かないほどの頭痛に襲われていたとしても・・・圧倒的な実力があれば

泰兄が命を落とさず、兼兄が大けが負わず、あの場で賀茂忠行を倒せていた。」


ずっと分かっていたはず。実力が無ければだれも守れない。

例えどんな状況であっても大切な人を守れるように鍛えてきたはずだが・・・出来なかった。


「・・ダメですね。いざ千夏さんを励ますために来たはずなのに俺が落ち込んじゃ・・・。」


その事実を振り返るとやはりどうしても心が悲しみに染まっていく。

張り切ってきたは良いがつい先ほどまで落ち込んでいた身だ。切り替えは・・そう簡単にできない。


「いいえ。落ち込んで・・・良いんだと思います。」


俺の話しを聞いてくれた千夏さんは今のままでいいと言ってくれる。


「私は大切な人の死を何度か体験してします。

両親、そしておじい様。今でも振り返ると深い悲しみに襲われる。

ですが・・・きっとその悲しみこそが今でも故人を大切に思っている証だと思うのです。」


隣に座り俺の話しを聞いてくれていた千夏さんは、手を握りながらこちらをじっと見つめる。


「いくら悲しみを乗り越えたとしても・・・大切だと思っていれば思っているほど

昔を少し振り返ればすぐそこに悲しみがあります。

それは乗り越えていないのではないかと私は思っていましたが・・・

忘れてしまうよりかはよっぽどいいと今だから思うのです。」


俺より多くの悲しみを経験してきた千夏さんだからこその言葉だろう。

純恋も言っていたが悲しみを背負って生きていくことこそが故人を思う事だと言ってくれる。


「ですがそれは・・・悲しみに暮れていた私を支えてくれた人がいるからこそ言える事です。

おじい様、泰国さん、そして・・・今は龍穂君。

あなたがいるからこそ私はこうしてほんの少しだけですが前を向き始めている。」


そして・・・頭を俺の肩に乗せてくる。


「私が書斎にいた理由は決して泰国さんのことで悲しみに暮れていた訳ではありません。

思い出の品を見て楽しかった日々を思い出していたのは事実ですが・・・

あの書斎、あの場所には泰国さんが私に残してくれた物があるんです。」


かなり不安定だと報告を受けていたが千夏さんだが、戻ってきた記憶の中に残してくれたものが

あったようでそれを探しに行っていた様だ。


「そうだったんですか・・・。」


「それを探しに行ってもいいのですが・・・気が変わりました。

泰国さんと私だけの秘密として収めておこうと思っていましたが皆さんと共有したい。

もうこれは・・私だけの問題ではないですから・・・。」


手を絡め、強く握ってくる。俺達は同じ目的で戦っている。

確かに泰兄の秘密は全員で共有するべきだろう。


「ですので明日、皆さんをここに集めていただきたいのです。お願いできますか?」


「分かりましたけど・・・大丈夫ですか?心の整理はまだ・・・。」


本人は前に進みたがっているが心はまだ深い悲しみに襲われている。

思い出の品を見て泣き出してしまったことが証明しており、

泰兄が残してくれた物を見てまた立ち止まってしまうかもしれないと千夏さんに尋ねる。


「大丈夫です。もしまた悲しむ事になったとしても・・・龍穂君がいてくれるのでしょう?」


千夏さんは俺を頼りに前に進もうとしている。俺はそれを受け入れるためそうですねと返事を返した。


じっと見つめてくる千夏さん。俺も見つめ返すと顔がどんどん近づいてくる。

これは・・・そう言う事なのだろうとそれに応えるように顔を近づけるが

二人の間に流れていた雰囲気を引き裂く様に俺のお腹が鳴った。


「あっ・・・。」


「フフッ・・・。」


何とも空気が読めない腹だろうと、俺は顔を赤く染める。


「龍穂君は起きたばかりでしたね。お腹が減っているのは当然です。」


千夏さんは笑い、近くに置いてあった紙袋を手に取り中に張っていたサンドイッチを取り出す。


「夕ご飯にしましょう。私も丁度お腹が減ってきた所です。」


二人で用意してくれた夕ご飯に手を付ける。

窓の外はもう真っ暗になっており、時計を見るとかなりいい時間になっていた。


———————————————————————————————————————————————


「あら、電気消しちゃった。」


帰ってきた雫が楓に向かって呟く。


「・・別に普通でしょう。ここから寝るだけですよ。」


雫の隣には風太が立っており、先ほどの険悪な雰囲気は全くない。


「寝る・・ねぇ。混ざってきたらどう?」


ニヤニヤしながらバカにするように笑っている雫に向かって楓は憂さ晴らしのクナイを放つが、

人差し指と中指で挟んで止められる。


「・・相変わらずの性格の悪さだな。」


「そうだよ。なーんも変わってない。」


そうじゃないと雫の頭に手を置き、髪をぐしゃぐしゃにかき乱す。

やめろと手を払う姿見ていた楓は頬に膨らませ唇を尖らせた。


「ほら。アンタのせいで妹ちゃん拗ねちゃったじゃん。」


「違いますよ!私には私の役割がありますし・・・流石にこんな所で魔が差すような

軽い女じゃありません!」


「あら分かってる。いい女だね~。」


いつも以上に上機嫌な雫のダルがらみにうんざりする楓。

それを見た風太はいい加減にしろと雫の頭に拳骨を落とした。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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