第百八十四話 明らかになった事実
握っていた手が力なく地面に落ち、意識が完全に途切れた龍穂。
心臓を貫かれた泰国はその姿を笑顔で見守っている。
まるで疲れ果てた弟が力尽きて眠っている姿を優しく見守る兄。
それは・・いつの日か八海で同じような光景があったのだろう。
「主のためだ。そいつを渡せ。」
感動の再会とは言えないほど悪行の数々を背負ってきた泰国は、
ゆっくりと自らの体から引き抜かれる触手の痛みを耐えながら賀茂忠行の指示を耳に入れる。
通常の人間であれば心臓を貫かれた時点で気を失ってしまうだろう。
「・・お断りします。」
傷口から大量の血が流れ、どう転んだとしても目の前にいる遠い子孫が
自らの物になると思っていた賀茂忠行だが、泰国は一向に倒れる気配を見せない。
「私にはまだ・・・やらなければならないことがあります。」
貫かれたからは血が流れ出しているものの、血肉が蠢きすぐに穴が塞がっていく。
それは龍穂達が戦った陀金の力。傷口を完全に塞ぎ切ってしまった。
「ふむ・・・。陀金の力か。こんな雑魚の支配下に置かれおって・・・。」
「あなたに一度敗れた時の私ではないのですよ。」
会話を続けている二人だが賀茂忠行と泰国の間合いは近い。
未だ手のひらの上に乗せられている泰国は圧倒的に不利。
「大きく出たな。だが・・これで終わりだ。」
再び向けられた触手は泰国が出来抱えている龍穂ごと貫くつもりだ。
足の傷も癒しているとはいえ回避できる距離ではなく、両手が塞がっている泰国はなす術ない。
すぐ前に迫っている触手だが泰国は逃げる素振りさえ見せず、余裕の表情を浮かべている。
その意図を賀茂忠行は計りかねていると触手の影から何かが飛び出して絡みつき、動きを止めた。
「すまん、遅れた。」
「大丈夫ですよ。それより・・・。」
辺りを見渡すと先ほどまでいた春、ノエル、アル、竜次、そして倒れていた三人の姿はない。
「・・最後まで辛い役目を押し付けてしまい申し訳ありません。」
「いや、それは俺のセリフだよ。」
兼定が太陽によって映し出されている影を広げると、泰国が龍穂を沈めていく。
影渡りで全員を避難させた二人は改めて賀茂忠行と対峙した。
「結局・・・お前ら二人が残るか。」
「お前に龍穂は渡せない。あいつは・・・”俺達の願い”そのものだ。」
「そうです。龍穂の血肉を啜りたければ・・・我々を倒してから行きなさい。」
泰国はかすれたような文字が描かれた札を取り出し、兼定は自らの体を漆黒に染めていく。
「安倍の末裔と強壮なる使者か・・・。我が野望の第一歩にふさわしい。」
上杉兼定、土御門泰国。自らの運命と戦ってきた彼らの終着点の一つが目の前に立ちふさがる。
「お前達を葬り、日ノ本を手中に収めてやろうぞ!!」
だが自らの野望を叶えるため、非道の道を歩んできた賀茂忠行は濃密な人生を送ってきた
この二人をはるかに凌駕する経験を積んでいる。
運命と野望。その二つがぶつかり合う日ノ本の命運をかけた戦いが始まった。
———————————————————————————————————————————————
また・・・夢を見ている。
「ああ・・・泣かないでください。」
視界が涙で覆われ上手く前を見れていないが・・・声色からして”泰兄”なのだろう。
「やだ・・・忘れちゃだめ!!!」
「忘れないですよ。大丈夫です。」
兼兄と泰兄が一時的に八海に来ていたが、急に東京に行かなければならなくなった当日のことだ。
「また来るさ。その時また遊ぼう。」
「でも・・泰兄と兼兄が話している所聞いた・・・。俺が二人の事・・忘れちゃうって・・・。」
そうだ。前日の夜、トイレで起きた俺は兼兄の部屋で真剣に話し込む二人の会話を聞いてしまった。
今振り返ればこの時から俺の記憶を封印することを決めていたのだろう。
俺が二人を忘れる事より、この二人が俺の事を忘れてしまうことがとても悲しかった。
「・・龍穂。」
俺をなだめていた泰兄が屈んで目線を合わせ、涙を拭きながら名前を呼ぶ。
「なに・・・?」
「龍穂は・・私達の事が嫌いですか?」
「嫌いじゃない!!」
「・・私達もです。嫌いではないという事は好きだという事であり、それだけ大切だという証。
その心があれば、例えどんな事があっても覚えているものですよ?」
大声を上げて泣く俺を必死でなだめてくれる。ああ、なぜ今になってこんな夢を見てしまうのだろう。
「これは・・・おまじないです。」
そう言うと泰兄は俺の頭を突いてくる。
「おまじ・・ない?」
「ええ、そうです。あなたはこの先幾度となく辛い場面に襲われる。
人生とはそういうものですが・・・龍穂の場合、それが人より少々多い。
なので・・・その辛い場面が訪れた時、今から言う私の言葉を思い出して欲しい。」
頭を突いたのは俺の脳に記憶の封印を施した証だ。
きっと・・・泰兄はこうなることを分かっていたのだろう。
「私や兼定、そして・・・あなたの”家族”達はどれだけ距離が離れていようとも
あなた事を大切に思っています。例えそれが・・・”空高く”であっても。
例え絶望の淵に立たされたとしても、この言葉を思い出してください。
そして・・・家族や仲間達を頼り、一歩ずつ足を踏む出すのです。」
言葉を述べた後、突いた俺の額にキスをした。
———————————————————————————————————————————————
昔の思い出。泰兄が将来危険な状況に追い込まれることを予期していた。
それは・・・おそらく兼兄と企んでいた計画なのだろう。
意識が回復した俺の視界は真っ白に染まっている。
先程の夢と同じく眼が涙で埋め尽くされ、視界がぼやいている。
長い事動いていなかったからだろうか。
上手く動かない腕をゆっくりと動かして涙を拭きとり、視界を確保する。
白い見たことがある天井。ここはあの病院だろう。
「・・起きたぞ。」
青さんの声が聞こえてくると足音が聞こえてくる。
「龍穂さん!!」
「龍穂!!」
するとすぐに二人の足音が聞こえてきて寝ている俺の顔を覗いてくる。
心配そうな顔で見てきたのは楓と純恋だった。
「大丈夫ですか?」
手を握って体調を心配してくれる楓だが、今は俺の事なんてどうでもいい。
首を縦に振り体を起こそうとすると楓が支えてくれた。
「・・ありがとう。」
「いえ・・・。」
異様な雰囲気を察した二人はただ黙って俺の方を見つめている。
その雰囲気を醸し出しているのは・・俺とそこに座る青さんだった。
「・・青さん。」
青さんの名前を呼ぶ。手に何も持っておらず、眼を瞑りながら俺の言葉を待っている。
「色々・・・聞きたいことはあります。ですけど・・・。」
「・・泰国の事だな。」
まず初めに一番聞きたかったことを分かってくれている。
座っていた椅子から立ち上がり俺の前へと立った。
「まずは・・・すまない。」
そして頭を下げてくる。
血のつながっていない俺を弟のように大切にしてくれていた泰兄の事を
ずっと黙っていた青さんに怒りをぶつけたかったが、
記憶が戻った今であればあの人が俺の殺すために動くなど到底考えられない。
きっと何かしらの事情がある。そう確信している。それを・・・青さんも分かって黙っていたのだろう。
「・・いいんです。頭を上げてください。」
青さんも泰兄の事を可愛がっていた。記憶の中には道場で泰兄に指導をつけていた場面があり
泰兄が俺を庇って心臓を貫いた場面は青さんにとっても苦しかったはずだ。
「言い訳はするつもりはない。わしも・・あいつを見殺しにした一人じゃ。」
頭を上げて見えた青さんの表情は、今までに見たことが無いほど後悔の念が浮かび上がっていた。
「色々話を聞く前に一つ聞きたいことがあります。俺も余裕がなかったことは事実です。
でもなぜ・・あの場面で出てきてくれたなかったのですか?」
土御門との戦いの前に一度俺の中に戻ってもらっていた。
神力を感じ取られないように、そしていざという時に飛び出してきてもらうためだが
俺が賀茂忠行に襲われている時に飛び出してきてくれたらまた違って展開があったのかもしれない。
「・・あの時、わしは封じられておった。
お前が兎歩で泰国に一撃入れた時、簡易的じゃが封印を施された。」
「水を差されないようにするため・・でしょうか?」
「違う。おそらく泰国は晴明の力を得ているわしを奪われる事を避けるために
式神を封じる術式を打ち込んだ。
あの十二天将達のように龍穂とわしが戦う事を防ぐためにな。」
賀茂忠行は安倍晴明の力を取り込んでいる。
俺のより神力に長けている奴であれば俺と青さんの契約を無理やり断ち切り、
自らの使役下に置くことも可能だろう。
「・・あの人はあの戦いの中でも俺を・・・。」
「守っていた。それは確かな事じゃ。」
タブレットを取り出した青さんは画面を見ながら話しを続ける。
「お主が眠っていた間に起きた事を話そう。
純恋、楓。お主らも知らんこともわしの耳に入っておるからしっかりと話しを聞いておけ。」
楓に日付を尋ねるとショッピングモールでの戦いから二週間ほどたっていた。
泰兄の立場を考えると日ノ本で何が起きていてもおかしくはない。
「・・青さん。色々話す前に・・・。」
「分かっておる。まずは・・泰国がどうなったかを話しておかねばなるまい。」
目の前で俺の代わりに心臓を貫かれた泰兄。その結末は・・・容易に想像できる。
だが淡い希望を抱いている自分がいることも確かだ。
正直言って・・・耳を塞ぎたくなるほど現実から目を背けたいが、
その結末を聞くことが俺の責任でもある。
「・・・・泰国は死んだ。賀茂忠行との戦いの果てにな。」
青さんの口から放たれた泰兄の結末。
分かっていた現実を必死に受け入れようとするが・・・瞳からは抑えられない涙がこぼれ出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!