第百八十二話 土御門の処罰
意識が朦朧とするような激しい頭痛の中倒れた土御門に向かっていく。
戦っていた五人は既に奴の元へたどり着き逃げられないように囲んでいる。
「・・なあ、龍穂。」
支えてくれている謙太郎さんが俺に尋ねてくる。
「あの人は・・・何がしたかったんだろうな。」
土御門と俺の戦いを岩陰から見守ってくれていたのだろう。
まるで指導しているような戦いは、俺が感じた違和感を周りにも与えていた。
「わ・・かりません・・・。ですが・・前にも同じようなことがあったんです・・・。」
それは交流試合で俺達を攫った仙蔵さんとの戦い。
俺に命を狙ってきたのにも関わらず俺の成長を促し、楓を救ってくれた恩人だ。
「・・徳川校長か。」
「ええ・・。その時は・・これからの戦いに必要な心構えなどを教えてくれました・・・。」
「そうなると・・あの人は・・・。」
土御門は憎むべき敵。そうあるはず。そうでなければならない。
もしあいつが俺の味方だったとするなら三道省合同会議で千夏さんを処刑しようとした時や
猛達に陀金の力を与え、八海を混乱に陥れた事は何だったんだ。
「いや・・あいつは・・・。」
敵だ。そうだ敵なんだ。そうでなければならない。
そうでなければ・・・俺は色々な事が信じられなくなる。
「あなたらしい・・一撃ですね。油断した瞬間に・・・相手にとって一番有効な一撃を放つ。
業の長らしい勝負の決め方でした・・・。」
倒れた土御門の元へたどり着くと、兼兄達家族と静かに会話を交わしている。
「無駄な一撃は魔力を消耗するだけ。家族を守るためには最低限の動きで、最大限の成果を。
・・お前が俺に教えてくれた事だよ。」
戦いの中、兼兄達の表情は見えなかったが全員が物悲し気な顔で土御門を見つめていた。
血も生まれの違うが家族と呼べるほどの絆を築いていた人達だ。
もしかすると・・ずっとこんな悲しい顔をしながら戦っていたのかもしれない。
「・・泰国。お前とは色々話したいことがある。」
支えてくれている謙太郎さんが振り向く姿が視界の隅に写り、
俺も続くと岩陰に隠れていた全員と傷ついた白の部隊がゾロゾロと現れる。
動けなかった千夏さんはゆーさんに背負われ、桃子は藤野さんに支えられている。
白の部隊も互いを支えながらこちらに近づいてきており、確かな絆が見て取れた。
「・・私は一度家族と袂を分かった身です。
それに・・・今は皇とは別の主君に仕える身。おいそれと素直に語るわけにはいきません。」
敗北を受け入れたとしても口を割ることはしない。
賀茂忠行に忠実に仕えるこの姿はまさに敵だ。俺の眼に狂いはない。
「兼定。どうする?」
ため息をついた竜次先生は兼兄の方を見る。
「こいつは簡単に口を割る男じゃない。それはここにいる大半が知っている事だ。」
胸元から取り出した箱から煙草を火をつける。
そして箱を倒れている土御門の放り投げると手を近づけ、ひとさし指に火を灯す。
それをみた奴はゆっくりと煙草を咥えると何とか体を起こし先に灯りをともした。
「時間をかけすぎれば増援が来る可能性もある。
それに素直に三道省に引き渡したとしても潜り込んだ千仞に助け出されるのがおちだ。」
どの選択肢を取ったとしても土御門は助け出される。
それが分かっていたからこそ、俺に指南をつける余裕が生まれたのだろう。
「じゃあ・・・どうするの?」
「俺達がこいつを捕える。」
煙草を天に吐きながら兼兄は答えた。
「俺達とは・・・白の事ですか?それとも業の事を指しているのですか?」
「両方だ。片方だけで済まそうとすれば必ずボロがでる。
俺や春、そして竜次達が連携してこいつをもう表に出さない。
業には表に出せない罪人を捕える牢獄はあるが、それは皇だけではなく
三道省長官クラスも存在を認知している。
徳川家が不在の魔道省は現在も不安定だ。下手をすると千仞が長官になるとも限らない。
だが白には人の手が届かない、移動手段も限られている隠れ家が残っている。
そこに泰国を閉じ込め業に監視させる。それなら千仞も助けられないだろう。」
三道省には既に千仞の手が伸びている。
その頭が捕えられたと知れば何が何でも助けに来る奴は当然いるだろう。
それを見越して兼兄は白の力を使うのだろうが、人の手が届かない隠れ家があるなんて
白の部隊がどれだけの力を持っているのか思い知らされる。
「それなら・・・こいつの命を取らずに済む。意義のある奴はいるか。」
例え命を取り合った敵だろうと家族という繋がりは簡単に絶つことはできない。
土御門を取り囲む白の部隊から声は上がらない。
「あなた方がそれで納得するのだとしても・・・彼らはどうなのでしょうか?」
土御門は煙草を咥えたまま俺の方を指差してくる。
すると兼兄達を含めた白達の視線が俺達に集まってきた。
「・・・・・・・・・・・。」
俺は・・・確かにこいつを憎んでいる。
恩人、そして友人。大切な人達を奪っていったこいつは俺の・・・敵であるはずだ。
「俺は・・・それでいい。」
本来であればこいつがやったことは許される事ではなく、
相応の罰を与えてやってほしいが俺との戦いでとった行動がどうしても引っかかってしまう。
兼兄はこいつを生かす気だがもうどこにも出る事は無い。俺が言うのもなんだが土御門はまだ若い。
途方もない時間を密室で過ごすことは相応の罪に等しいだろう。
「その代わりに・・一度だけでいいから・・・こいつと話しがしたい。
それが出来るのなら・・・俺はその条件を飲むよ・・・。」
同じような事をした仙蔵さんは楓を助けるために命を落とした。
死人に口なし。出来る事なら様々な事を聞きたかったが、その機会は二度と訪れる事はない。
憎む相手だが土御門と語る機会がもらえるのなら十分に飲める条件だ。
「みんなも・・いいか?」
支えてくれる謙太郎さん。そして後ろで共に戦ってくれた仲間たちに尋ねる。
誰も反論することなく承諾してくれるがゆーさんの背中で目を閉じている千夏さんだけは
反応を見せなかった。
「・・千夏ちゃんは体調が治ったら俺から話しをする。
こいつは俺が責任を持って封じ込めさせてもらおう。」
これだけの騒ぎを起こした土御門には物足りないぐらいの結末だが、
賀茂忠行との戦い向けて情報を引く抜くためと考えたら納得できる。
「・・ふふっ。甘いですねぇ・・・。」
俺達の決断を聞いた土御門は不敵に笑う。
「わが主ははるか昔から日ノ本の闇に潜んで来たお方です。
どれだけ深い闇に私を閉じ込めようとも・・救いに来て下さる。」
フィルターまで届いた煙草を兼兄に向けて拭き捨てる。
だが浅い呼吸では届くことなく、重力に負けて割れたコンクリートの床に落ちた。
「それでも・・私を封じ込めますか?兼定。」
「・・”俺も同じようなもんだ”。やってやるよ。」
フィルターが燃えている吸殻を踏みつぶしながら大丈夫だと答えた。
話しがまとまったタイミングで兼兄が腕を上げ、土御門に向かって手を扇ぐと
後にいた白の部隊達の数人が近づき体を持ち上げる。そして土御門白の部隊の影の語りが合わさった。
影渡りで人の手が届かない白の隠れ家に連れていかれるのだろう。
(これで・・終わりか・・・。)
これで土御門との戦いは決着がついた。こいつとは話さなければならないことが沢山あるが、
もし兼兄達に匿われている猛や真奈美ともう一度会えることがあったのなら
お前達の仇は打ったぞと少しは胸を張って報告できるだろう。
「くっ・・・!」
土御門が連行される光景を見て、緊張がゆるんだのか体が疲労を意識したのか
足で体を支えることが出来ずに倒れそうになる。
すると肩をさせてくれていた謙太郎さんが俺の体を引き上げてくれた。
「もう少しだ。耐えれるか?」
白の部隊に持ち上げられているとはいえ、土御門の意識はまだはっきりとしている。
このまま意識を失い、大きな隙を作ってしまえば火事場のバカ力を振るい殺されてしまうかもしれない。
それに・・・奴が表舞台を去る所を見届けたい。
敵だとはいえ最後に指南をつけてくれたことに対する最低限の礼儀だ。
奴に最後まで顔を見せる事で少しは安心させられる・・・と勝手に思い込んでいる。
必死に顔を上げ、足元が影に沈む所を見届ける。
これから自らが背負う長い年月の事を考えているのか土御門は俯いているが、
じっと見つめる俺に気付いたのかこちらを見て軽く微笑む。
こいつがいなくなった神道省。ひいては三道省がどうなっていくのか。
ここからが本当に大変な戦いになるなと思っていたその時、背後に何かを感じとる。
「・・・・・?」
僅かな、ほんの僅かな違和感。耳鳴りで周りの音が聞こえないからだろうか?
普通であれば感じ取れないほどの何かを感じた俺は土御門から目を逸らし、
重い体を動かし後ろを振り向くと並んでいる白達の隙間から見えた小さな黒い影が見える。
(人・・・か?)
小さく佇む人のような影。このショッピングモールは結界で覆われており
白の部隊などでなければ入ってこれないようになっているはずだ。
外部から侵入は到底不可能なはず。屋内に逃げ残った人がここまで来たのだろうか?
目を凝らして何者なのか確認しようとするが目がかすみよく見えない。
「ほほっ・・・。」
小さな人影はこちらに向かってくるように見える。
何かを突きながら小さい歩幅で向かってくる姿は、かなり年老えた人の姿に見えた。
「種を撒いてから何年待っただろうか・・・。実った果実はまさに食べ頃。」
耳鳴りがなっているはずなのに年老え、かすれた声がまるで俺の脳に直接響かせたように
はっきりと聞こえてくる。かすかに見える近づいてくる老人の眼は真っ黒に染まっており、
まるで得物を捕える時の猛禽類のような瞳でこちらを見つめてきている。
あれはいったい何なのか。
人には見えないほどの見た目をした化け物に見え、体が恐怖し冷や汗が止まらない。
(急いで・・逃げなきゃ・・・。)
怖い。目の前に迫る吹けば飛ばされるような老人がただただ怖くて仕方がない。
仙蔵さん、平、猛、土御門と様々な強敵を相対してきたが、
どの戦いにおいても多少の恐怖を抱くことがあっても強い心を持って戦い抜いてきた。
逃げたい。逃げなければ確実に殺される。脳だけではなく体の細胞が逃げろと叫ぶ。
得体のしれない恐怖に動かない体で必死にもがく。支えてくれていた謙太郎さんの手から逃れるが、
床に伏せる事しかできずまるで天空からの鳥に狙われる幼虫だ。
死ぬ。明らかな死が俺に迫っている。心臓の鼓動が頭に響き、もうすぐ死が訪れる事を俺に告げている。
何とか立ち上がろうと謙太郎さんを頼るために手を伸ばすが、
先ほどまで立っていたはずの足が見えてこない。俺を・・・見捨ててしまったのだろうか?
俺に迫っている死がどこまで来ているか確認しようと老人に顔を向ける。
そこには血にまみれた二つの足が、まるで俺を守るかのように立っていた。
「このタイミングを狙っていましたか・・・!!!」
何者かと顔を上げる。
するとそこには先ほどまで白の部隊に持ち上げられていた土御門の姿があり、
胸元から取り出した札を手に持ち老人に敵意を示していた。
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