第百七十四話 天照大御神の化身
光に包まれた陀金。似たような術を純恋が一度放っているがまだこちらに呼んでいない。
「しっかり対応できたか・・・。」
光の束となった炎は青白く輝いており、上下左右あらゆる方向から陀金を照らし
まともに見ることも叶わない。
イタカと謙太郎さんに頼んでいたのは猛との戦いで見せた氷の反射の眩い光の一撃の再現。
謙太郎さんの強みである強力な一撃を一点に集める攻撃だが、
今回のように巨大な敵を包み込むような広範囲攻撃が必要な場合弱みに変わってしまう。
それを改善するためにイタカに氷の鏡を作り上げてもらっていた。
だが奴を包み込むような巨大な鏡を目の前に、でかでかと作り上げては流石に警戒されてしまう。
なのでこのショッピングモール内を広く使い、察する事さえで出来ないほど
遠い位置からの攻撃を狙っていた。
細かい面を持つ巨大な鏡を用意し、そこに放った謙太郎さんの炎から出た高熱の光を
ショッピングモール内に配置された鏡が反射し、その全てを陀金に集める。
今まであれば高温に熱に耐えることが出来ずにすぐに溶けてしまい、
光が途絶える所だがいまだに絶える事はない。
ハスターの力を解放してそれに呼応したイタカの力が強まっている証だ。
『・・謙太郎がそろそろ限界だ。』
深き者ども達との戦い、そして先ほどの強力な一撃で謙太郎さんの魔力はそこが見えかけている。
決して魔力を使い切るなと指示を出してあるが、かなりギリギリまで青い炎を放ってくれたのだろう。
『了解。純恋、そろそろだ。』
これだけの一撃を放たれればあの陀金とはいえ決して無事では済まない。
ここまでくれば純恋をこちらに寄せて、勝負を決めに行った方が良いだろうと念で連絡を送る。
『分かった。準備は万端か?』
『おそらく・・な。』
光が徐々に晴れていくとあまりの威力に身にまとっていた黒い海水が蒸発し、
出来た水蒸気が体を包み陀金の姿が見えない。
『なんやそれ。ひとまず・・行っていいんやな?』
こちらの状況が詳しく分からない純恋は不安に感じている。
ここまで来て俺達の努力を台無しにしたくないのだろう。
『大丈夫だ。何とかする。』
ここから何かあった時のために俺達がいる。
自身を持って来いと純恋に伝えると、奴の体をまとっている水蒸気が晴れていく。
あれだけの光を受けてなお奴の体は原型をとどめているが体の真ん中には大きな穴が開いていた。
ケライノーが開けてくれた穴の部分には海水が纏っておらず、
まともに光を受けてしまい傷口には大きな火傷が見えている。
あまりの一撃に状況が理解できずにただただ雄たけびをあげる陀金だが、
大穴に空いた傷は回復をする素振りを見せていなかった。
「やっぱりか・・・・。」
俺の最初の一撃は大したダメージではないとあえて回復していなかったようだが
謙太郎さんが放った炎は火傷をともなっており、
黒く焼けた細胞はその機能を失い回復が出来なかったようだ。
「綱秀!回復させるな!!」
回復ができないのであればその部分を切り捨てるまでと、
陀金は大きな穴が開いている部分に手を突っ込み火傷を削ぎ落そうとするが
すぐに動いていた綱秀や火嶽、青さん達が動き出し五頭龍が振り上げている手に噛みつく。
鱗の隙間からは再び黒い海水を出すような雰囲気はなく、力任せに噛みついてきた
五頭龍を振り払おうとしても一本、また一本と首が伸びていき陀金の行動を阻止していく。
力では無理だともう片方の手を使い、五頭龍を殴りかかろうとするが
振り上げた手のひらを何かが貫き大きな悲鳴を上げた。
「やらせないよ~?」
綱秀と共に下に降りていたちーさんが手も持っていた長い銃身をもった長物の引き金を引いており、
大きな破裂音と共に貫通力のある強力な一撃を放つ。
その姿を見た火嶽は出来た隙を逃すことなく翼を羽ばたかせると開いた傷口に向かって
燃える羽を何本も打ち放った。
「手の甲の回復が遅れています。奴の魔力に底が見えた証拠ですね。」
「ええ。ですがここまで来ると奴は命を力に変えてでも私達から勝利を奪おうと躍起になるでしょう。正念場はここからですよ。」
千夏さんが陀金の力に底が見えたと言ってくれるがそれでも気を引き締めなければならない。
「待たせたね。」
綱秀達も頑張ってくれている。いち早く止めを刺さなければならないと思っていると
ちーさんの声が後ろから聞こえてくる。
「こっちの準備は万端だよ。」
俺達の後ろに立っているちーさんの後ろには神融和をしている純恋の姿。
だがいつもとは違う装いをしており、巫女装束に頭には太陽を模したような大きな髪飾りをつけている。
「それは・・・?」
「天照様の力を扱うんだ。あの化け狐の姿のまま使われては本来の力を発揮できんだろう。」
純恋の肩に停まっていた八咫烏がこちらに飛んできて俺の肩に止まる。
「そいつのわがまま聞いとったらこんな装いになってたんや。」
「まあそういうな。八咫烏様の力がお前をそこまで強くした。」
藤野さんになだめられながらこちらに近づいてくる純恋。
俺の前に立ち止まり背伸びして顔を近づけてきた。
「どうや?いつもと違うやろ。」
褒めてほしい時に純恋がいつもやってくる仕草だ。
こんなことをしている場合ではないが、褒めておかないと拗ねてしまう。
「・・ああ。すごいな。」
「ふふん。これでも完璧じゃないんやで?」
肩に停まっていた八咫烏様が純恋の元へ飛び立つと、光に包まれ一つになっていく。
これは長野さんとの鍛錬で習っていた二重の神融和である”多重神融和。
二つの神を体に宿す最高等技術だが陰陽師の資格を有している純恋に取って
習得自体はなんてことなかった。
「ふぅ・・・。」
八咫烏様と玉藻の前との神融和をした純恋の体は光輝き始める。
八咫烏様は俺と式神契約をしており本来であれば神融和は出来ない。
だが使役者と深い絆を有している式神との神融和、契約転移多々融和。
一時的に俺との契約を塗り替え、自身の物にするさらなる高等技術を長野さんから仕込まれていた。
「これで・・完璧だな。」
俺の隣でじっと純恋を見つめる桃子。
神道の天才と謳われた純恋が四苦八苦していた姿をずっと隣で見ていたので
本来であれば近くに駆け寄り嬉しさを分かち合いたいのだろう。だがそんな状況ではない。
俺達の後ろでは綱秀達が命を懸けて戦っている。
「あれか・・・。」
純恋が陀金へと視線を向ける。傷を再生させまいと必死で戦っていた。
「ここじゃ場所が遠いね。もう少し近くに行かないと。」
「俺達が運びます。ちーさんはこちらの合流してもらって
藤野さんには少し離れた所にいる謙太郎さんの回収をお願いしてもいいですか?」
イタカも陀金の攻撃に加わっており、謙太郎さんを回収する暇はない。
簡単にやられる人ではないが深き者ども達に囲まれては命を落とす可能性がある。
「了解した。」
俺の指示を聞いた藤野さんは肩を叩いて影に沈んでいく。
「龍穴から力をもらっているからこの姿を維持できているけど
一発出したらすぐに戻ると思う。だからタイミングは間違えないようにね。」
長野さんとの鍛錬でこれが出来なかった理由。
それは高等技術の積み重ねもあるが日ノ本神話の主神の力を体に宿すための力不足が主な原因だ。
小さな体にあの天照大御神の化身を二体も宿していることだけでも相当な事だが、
純恋自身がそれ以上の力を自ら求めている。
「分かっています。」
今までできなかったことだが龍穴の力を借りてでもできた事は純恋にとっては大きな収穫だ。
これを成功体験として締めくくれるかは俺達の手にかかっている。
「・・奴も純恋さんが出て来たことに気付いています。
近づくにしてもある程度策が必要になってくるでしょう。」
五頭龍などの妨害に手を焼いている様子があったがそれは膨大な力を秘めている純恋の登場に
意識をこちらに集中しているからであると千夏さんは言う。
明らかに勝負を決めに来ていると伝わっている。
「・・いえ、真正面から行きましょう。」
影を使っての移動。千夏さんは俺に対して暗に提案してきていたがその選択を選ばなかった。
「・・・なぜですか?」
千夏さんは俺に対して明らかに不満そうな顔で理由を尋ねてくる。
それはちーさんも同じであり、陀金に対して堂々と近づいていくことがどれだけ危険かを表していた。
「龍穂。それはあいつを舐めすぎだよ。
将や綱秀達があれだけ頑張ってくれているんだからしっかりと隠れて————————。」
「綱秀達が奮闘で来ているのは純恋の存在があるからです。
これだけの存在感がある純恋が出てきたことで奴もこちらに警戒せざるおえない。
海水を出さず、傷を塞ぐことをしないのも純恋への一撃を警戒しているからであり
その純恋が姿を隠してことで火嶽や綱秀達に意識を向けた時、それこそ何が起こるか分かりません。
奮闘してくれているみんなの事を思うのであれば、堂々と正面から向かうべきです。」
この状況を決して崩してはならない。
そして敵の息の根を止める一番危険なこの状況こそ自分の力の見せ所だと二人に伝える。
俺の言葉を聞いた二人は戦場に目を向けながら口を閉ざすが、すぐに俺の提案を飲み込んでくれる。
「・・分かりました。」
「ご理解いただきありがとうございます。」
「だけど龍穂。それ相応の負担がお前にかかってくるよ。それでもいいんだね?」
「承知の上です。長としてこの部隊を任させてもらっていますが
その責任はここで戦況を眺めている事ではなく、こうした一番危険な場面で
体を張ることだと思っています。」
長としても役目を務めるため、俺自身が体を張るのはここだ。
「・・分かった。それで行こう。」
全員が納得した上で正面から向かうと決まった。
そうと決まればそこまでの道を作らなければならないと陀金へ向けて空気の道を作りあげる。
「空気を固めました。俺が先頭を行くのでついて来て下さい。」
手すりに足をかけ、宙へ駆けて空気の床を踏みつけ陀金へ向けて足を踏み出す。
奴との戦いにケリをつけるために走り出した。
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