第百七十二話 綱秀の成長
陀金に襲い掛かる五頭龍。その背には綱秀の姿が見える。
「力負けすんなよ・・・!ここが見せ場だぞ!!」
江ノ島で泣いていた五頭龍。
確か綱秀の親父さんに預けられていたはずだが綱秀の式神になっていたのか。
陀金は必死に腕を振り下ろそうとしているが、噛みついている五頭龍は
力負けせずにしっかりと抑え込んでいる。
このままでは力負けする。そう察した陀金がもう片方の手を振り上げるが、
残された頭がすぐさま伸び再度受け止める。
「綱秀!今だぞ!!」
両手を抑え込まれ、大きな隙が出来た綱秀はこの好機を逃さまいと
手に得物である槍を持ち五頭龍の残された首を駆けあがる。
「八幡神!!」
綱秀は神降ろしをしながら足を動かし勢いままに宙へ跳ねる。
以前は誉田別命の名で神を降ろしていたが、
絶大な力を持つ八幡神の名で呼び出し陀金の頭上に槍を向けながら落ちてきた。
「っらああぁぁぁぁぁ!!!!」
強い雄たけびと共に槍を陀金に向けて放つ。
武家の守護神である八幡を見にまとった綱秀、
その血筋もあってかその力は強大であり、槍の穂先が固い鱗を貫いていく。
陀金の頭に足が着くころには槍の刃が完全に脳天に突き刺さっていた。
綱秀の槍はさすがに脳までは届いていないだろうが、
頭蓋骨を貫かれ、その衝撃に陀金はとにかく目の前を何とかするために
五頭龍に向けて口から水を吐き出すと、牙が離れた手で頭を払う。
綱秀は深く刺さった槍を引き抜くと、五頭龍の頭の上に飛び乗った。
「ゴズ、大丈夫か?」
「これくらい平気だ。」
始まったばかりだが陀金と互角以上の立ち回りを見せる綱秀達。
確か五頭龍は使役できる実力をつけるまで親父さんに預けられていたはずだが
今の綱秀なら使いこなせると判断されたのだろう。
脳天を貫かれた陀金はあまりの衝撃に頭を手で押さえる。
再生までの時間を稼ぐつもりだがその隙を火嶽達が逃すはずがない。
上からは火嶽の炎、両脇からは青さんの斬撃とケライノーの風の一撃が襲い掛かると
怒涛の攻めに対応できない陀金は片膝を着いた。
「戦えている・・・。」
俺の心配をよそに綱秀は最大限の成果を見せつけてくれる。
これなら大丈夫・・・と通常の敵なら思えるが、陀金の厄介な所はここからだ。
様々な方向からの攻撃を受けた陀金だが傷がすぐに再生していく。
頭からも手を離すと八幡神の力を込めた一撃の傷も完全に塞がっていた。
『さきほどから弱点を探しているが、なかなかそれらしい所は見せてくれんな。』
近くで戦っている青さんも必死に探してくれているが、手掛かりさえ見つからない。
「・・陀金が体に込めた海を使って体を再生させていると仮定するなら再生回数に限りがあるはずです。
青さん達は綱秀を援護しながら傷を与え続けて下さい。」
生物であれば体に秘められる力には限りがある。
個体差で貯められる容器の深さは変わってくるが、それが無限なんてことは絶対にない。
『了解した。』
傷を与えることは意味が無いことは分かっているが、
力の底が見えないこの状況を打開できる手立てはないのかを必死に考え続ける。
「・・千夏さん?」
戦っている綱秀達に集中していると、後から桃子が突然千夏さんの名前を呼ぶ。
何が起こったのかと振り返ると力なく地面に座る千夏さんの姿が目に入る。
「くっ・・!」
「どうしたの!?」
心配そうに千夏さんの肩を支える桃子。
俺もすぐに駆け寄り、気が付かないうちに攻撃を受けたのかと体を調べるが特に異常はない。
「力を・・使いすぎたようです・・・。」
真っ白な顔の千夏さん。よく見ると残された魔力が残りわずかとなっていた。
消費の多い回復の魔術。そして影渡り。
戦いの展開が動き続けていたからだろうか式神契約をしているのにも関わらず、
千夏さんの魔力の残力を把握することが出来なかった。
「どうする・・・?」
呼吸が浅く、すぐには立ち上がれそうにない姿を見て桃子が尋ねてくる。
後方支援の要を担っている千夏さんの離脱はどう考えても痛すぎる。
「白か・・業の方に連絡を取ってください・・・。
意地を張って残り・・足手まといになるのだけは・・避けたいですから・・・。」
戦線離脱を申し出る千夏さん。
本人は足手まといと言っているが、俺の後ろで助言をしてくれるだけでも残る価値は十分にある。
「・・いえ、俺の力を分けます。ですからここに残ってほしい。」
千夏さんの申し出を断り、ここに残ってくれと説得を試みる。
力が入っていない手を強く握り、お願いできますかと尋ねると俺の顔を見た千夏さんは
少し間を置いたのちゆっくりと顔を立てに振った。
他人への力の提供は体液を与えることで可能だが人それぞれに魔力の形があり、
適合していないと力の吸収は叶わない。
だが俺達は式神契約を結んでおり契約の際、力を分け合っているので既に適合は済ましている。
問題はどうやって体液を与えるかだが・・事態は急を要する。人の眼などを考えている暇はない。
察した桃子が俺達と謙太郎さんの間に移動してくれる。
今の内は早く済ませてしまおうと千夏さんの口元に顔を近づけた。
「んっ・・・。」
俺の唾液を千夏さんの口に流し込む。
口内、そして胃と吸収しやすい器官が揃っており、力の供給には一番適している。
千夏さんは拒むことなく唾液を飲み込んでくれる。
魔術の使用が出来るほどの力を送り込み、口を離すと真っ白だった顔に血の気が戻ってきた。
「ぐっ・・・!!」
楽になった千夏さんの表情を見て安堵したのも束の間、眉間に皺を寄せて苦しそうな顔に変わっていく。
「千夏さん!?」
「だい・・じょうぶです・・・。」
何かに耐えるように顔に力を入れながら耐える千夏さんを見てられずに、
力無く降ろされていた手を両手で握る。
与えた力がここに来て合わなかったのか?
それとも他の何かが千夏さんに悪影響を及ぼしたのか?
分かるはずのない原因を頭の中で必死に探していると、握っている手に力が入り優しく握り返してきた。
「・・収まりました。もう大丈夫です。」
苦しそうな表情からは力が抜け、安心させるためなのか頭を撫でてくる。
「式神契約をしているとはいえ・・龍穂君の魔力を全て吸収するにはもう少し時間がかかります。
もう少しだけ休ませてもらえれば・・・少しは動けるかと。」
何が原因で苦しんでいたかは定かではないが、ひとまず目的は果たせたようだ。
「・・千夏。」
俺達を隠す必要が無くなった桃子が千夏さんに膝を貸しながら休ませていると、
綱秀達の戦いを見守っていた謙太郎さんが口を開く。
「なんでしょう?」
「龍穂から聞いたが回復の魔術を扱えるようになったんだってな。
そのことについて少し話しを聞かせてほしい。」
規模は違うが陀金と同じ回復の魔術を扱える千夏さんなら再生を阻むヒントを聞き出せるかもしれないと謙太郎さんは尋ねる。
まだ力を完全に吸収しきってはいなかったが、口を動かすだけなら体に負担をかけないだろう。
「奴の再生を見て・・どう思った?」
「すさまじい力です。龍穂君や謙太郎君のダメージを帳消しにするほどの再生力。
このままでは傷一つすら与える事は出来ないでしょう。」
「そうか・・・。何か隙はないか?」
「・・ほぼないと言っていいでしょう。みなさんが様々な事を試しているのにも関わらず
崩れない事がその完璧さを証明しています。」
陀金の隙のない再生能力は同じ使い手から見ても完璧で手も足も出ないと答える。
「ですが・・・強いて上げるとすればその完璧さがつけこめる隙と言えます。」
「完璧さ・・・ですか?」
血色のよくなった千夏さんはゆっくりと立ち上がり、桃子と共にこちらへ歩いてきた。
「軽い傷がついただけなのに奴は体を再生を優先しています。
魔力消費が激しいはずですが惜しげもなく再生を続けているのです。」
「それが奴の厄介な所だろう?弱点ではないはずだ。」
「確かにそうです。ですが・・・それは今までの攻撃が陀金にとって他愛の無いものだったとしたら?」
千夏さんの言葉を聞いた謙太郎さんは眉間を小さく寄せる。
「なかなか言ってくれるな・・・。一応全力で放ったんだぞ?」
「それは分かっています。ですが奴にとっては簡単に再生できる程度と一撃だと証明されている。
陀金にとって我々との戦いは今の所小競り合い。命に届くような一撃は一つもない。」
会心の一撃を共に放った謙太郎さんの気持ちはよく分かるが今までの戦いを振り返った時、
膝は着くことはあってもそれまでであり、全てを再生する陀金は
すぐに涼しい顔をして立ち上がっている。
「・・命に届くといってもな。もし奴が心臓すら再生させるほどの力を持っているとしたら
魔力量が少ない俺達は詰んでいると言っても過言じゃないぞ。」
「確かにそうですね。ですが・・・それは持久戦に持ち込んだ時の話しです。」
千夏さんの言葉の意味が分からないといった風に顎に手を添える。
謙太郎さんと同じく、俺も千夏さんの言いたいことが理解できない。
「回復の魔術と言ってもその内容はいくつか種類があります。
傷ついた部位の治癒力を高めて体自身に回復を促すもの。
これは魔力消費量が抑えられる代わりに魔術をかけた本人の体に治癒力が頼りになり、
傷をいやす時間がそれなりにかかります。
そして陀金が扱っている傷ついた部位の再構築。
これは触れた部分を構成している血管や肉を一から全て作り上げる必要があり、
魔力消費量が激しい分回復も早いのです。」
「ふむ・・・。それがどうかしたのか?」
「奴が使っている後者の回復魔術。これは回復する部位によって魔力消費量が異なり
体に重要な部分ほど消費が激しくなっていくのです。」
人間が生きる上に欠かせない内臓。繊細な臓器であり通っている血管の量も段違いに多い。
「・・奴の底なしと思われる魔力を消費させるには
頭を叩き斬る以上の攻撃が必要だと言いたいんですね?」
「ええ。正確には重要な臓器を複数破壊すれば奴の底なしの魔力でもさすがに終わりが見える。
私はそこに打開する光があると思います。」
陀金にどれだけダメージを与えたとしても結局は回復されて終わり。
であるのなら効率的で、致命的な一撃を与えるべきだと千夏さん俺達に言ってくる。
脳を再生できるだけでも俺達には考えられないほどの魔力量を消費しているのにも関わらず、
平然としているのはさすが宇宙の神と言ったところだろう。
奴を倒すには今まで以上の攻撃を放つ必要があるとなると手段はかなり限られる。
「・・・・・・・・・・・。」
千夏さんの話しを聞いた俺達は肯定も否定もすることが出来ずただ黙り込んでしまう。
そんなことが可能なのか、可能であれば何が必要なのか頭の中で考えるが、
先ほどと変わらず答えは出てこない。
(・・・・・・・ん?)
何か見つけようと陀金と戦う綱秀達を見つめていると、
先程まで奴が暴れていた所が凍っていることに気が付く。
ここから離れた位置からイタカが凍らせてくれたのだろう。
「・・・一つだけ、試したいことがあります。」
それを見て頭の中に一つの策が生まれる。
その策が上手くいくかすらわからず、純恋達が来るまでの時間で収まるかすら分からない。
だが何もしないよりかはいいだろうと内容を尋ねてきた千夏さんと謙太郎さん、
そして桃子に向かって口を開いた。
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