第百七十話 作戦の立て直し
体勢を整えた陀金を見て少しだけ動揺するがすぐさま頭を切り替え、
作戦を次の段階へと進めるために指示を出す。
「純恋達が待つところまで移動を開始します。」
謙太郎さんや桃子の一撃は決して無駄ではない。
奴が再生能力を持っている事を知れただけでも大きな収穫だ。
「それにしても驚いたね~。あの状態から完全復活するなんて。」
「あれで終わったかと思ったけど・・・やっぱりそんなうまくいくわけないな。」
全員が俺の後ろを付いてくる。目的地はここから遠く、かなり回り道をしなければならない。
「千夏達は準備できたやろうか・・・・。」
心配そうな表情を浮かべる桃子。
「純恋なら長野さんとの鍛錬通りに出来るはずだ。安心しろ。」
太陽の力を扱う純恋は賀茂忠行の配下達との戦いでは大きな戦力となる。
影の力を教えてくれた長野さんは、純恋の力に注目してその使い方を細かく指導してくれた。
「純恋の事を考えればもう少しダメージを与えてあげたかったけど・・・仕方ないな。」
戦いの流れは理想的だったが奴の再生に全てが台無しになった。
ちーさん達が言っていた作戦のズレが俺達に襲い掛かっているが
ここからどうやって修正するかが課題だ。
「龍穂。お前一度奴の力を持った奴と戦ったことがあるんだよな?」
階段を駆け上っていると謙太郎さんが尋ねてくる。
それを聞いた伊達さんがそんなことを軽々しく聞くなとツッコミを入れるが
俺の事情で貴重な情報を出し惜しむわけにはいかない。
「・・ええ。あの時、陀金の力を持った俺の友人はハイドラのように海を敷いてきました。」
「海・・か。あの陀金はそんな気配を見せないな。」
大きな体を生かした戦い方が主体で謙太郎さんの言う通り、海などの技を使って来ていない。
「海の力をあの回復力に回しているのかもね。
海の力を体に循環させて水の力の再生力を高めているのかもしれない。」
水の再生力か・・・。あれだけの巨体を回復させるのであれば相当な力が必要だろう。
「確かにな・・。そう考えれば筋が通るか・・・。」
謙太郎さんが納得していると駆け上がる階段の先から大きな物音がする。
物音はこちら側に迫ってきており、近づいてくるごとに激しさが増していく。
「なんだ・・・?」
足を止めて警戒していると少し先に音の原因が現れる。
「・・!?」
鱗に覆われた巨大な手。それがこちらに向かって迫ってきており、俺達をすりつぶそうとして来ていた。
「あいつ、巨大な体を生かして私達を潰そうとしてきたね。」
「そんな冷静に状況を解説している暇じゃないよ!」
すりつぶそうとして来る陀金の手から逃げるために階段を駆け下りる。
奴の長い腕は小さい俺達を捕えるには十分な長さであり、
縮地を使って逃げたとしてもすぐに追いつかれてしまうだろう。
「影に逃げましょう!!」
足を動かしながらどうすればいいか考えていると千夏さんが少し先に大きな丸い影を作り上げる。
奴の手から逃れるために影に飛び込むとそこは薄暗い部屋の中だった。
「もう少しって・・・龍穂!?」
千夏さんが移動先に選んだのは龍穴がある部屋。俺が純恋達を配置した場所だ。
「思っていた以上に早い合流だね。」
純恋を手伝っていたちーさんがこちらに歩いてくる。
「申し訳ございません。ですが・・・。」
「分かっているよ。あの巨体で長い手足、このショッピングモールの八割はアイツの間合いだ。
地下にあるここが安全だからここに来たんだろ?」
上の階から細かい道を辿って辿りつく龍穴の部屋は陀金の長い腕であっても手が届かないだろう。
「それに・・・最低限有益な情報があるからなんだろうね。」
ちーさんの問いに今まで起こったことを説明する。
「攻撃自体は通用しますが、強力な再生能力ですぐに傷が回復してしまうんです。」
「再生能力か・・。それは厄介だね・・・。」
敵の消耗を狙ってもあれだけの再生をしたのにも関わらず、体に込められている力に変化が無く
間合いが広い相手なのでこれ以上あの場にいてもこちらが激しく消耗するだけだ。
「で、参謀殿は何を御所望なのかな?」
「・・私がここに来たのは本命の作戦の進行度の確認。
その状況に応じて決めようと思っていましたが・・・かなり順調のようですね。」
神融和を行っている純恋の体にはとてつもない力が秘められている。
近くにある龍穴の力を体に取り込んでいることが大きな要因だが、
それを補助している”八咫烏様”の力も大きいだろう。
純恋さんの式神である雀を探していた後、龍穴があるこの部屋に姿を隠していた。
導きの眼の光がこの部屋を大きく照らしていたようだ。
「陀金の能力が判明した今、この中で有効な人選をすることが出来る。」
「それは・・誰なの?」
息を整えながら千夏さんはゆっくりと指を差す。
「火嶽君。あなたの力をお借りしたいのです。」
選ばれたのは火嶽。千夏さんは一年生で白に所属している火嶽を指名した。
「なるほど・・・。確かに将なら陀金の再生力を前にしても上手く立ち回れるかもしれないね。」
短い期間であったものの寮生活や朝の鍛錬などで火嶽を見てきたが
どこか実力を隠していたように見えた。
どんな戦い方をするか分からないがあの巨大な陀金を前にしてどう立ち回るのだろうか?
「彼なら出来る。やってくれませんか?」
千夏さんの問いを聞いた火嶽だが歯がゆそうに俯いており、返事をする素振りを見せない。
ここは出し惜しんでいる所ではないと口を開こうとするが、
ちーさんが俺達に向かって口の前に指を立てると火嶽の元へ歩いていく。
「・・将、見てきただろ?あいつらはお前の姿を見て遠ざかったりしないよ。」
「分かっています。でも・・・。」
説得するちーさん。自らの実力を隠しているのには何か事情があるようだ。
「アンタに任せる。嫌なら私が出るよ。」
純恋の力が溜まっているとはいえ俺達が想定した所までは溜まっておらず、
土御門を追っている兼兄達の事を考えるといつまでもここずっと留まっているわけにはいかない。
誰かが陀金の意識を引き付け、時間を稼ぐための陽動を効率的にしなければならない。
「・・・・・分かりました。」
深く考えた後、決心したように火嶽が承諾してくれる。
「よく決めてくれたね。アンタの実力は間違いないよ。
自分も活躍できるって龍穂達に証明してきな!」
火嶽の選択にちーさんは嬉しそうに背中を叩く。
これだけの状況何も関わらず、力を出すことを躊躇した火嶽にもそれなりの事情があるのだろう。
「龍穂、千夏。せっかくここまで来たんだ。作戦のすり合わせをするよ。
純恋の力が貯まりきるのはあと少し、それまでの将と力を合わせて時間稼ぎをしてもらう。
その後純恋の合図で影で移動するけどその間に重要な事を頼みたい。」
「純恋の一撃を放つ位置・・ですよね?」
俺が全体に作戦を伝えている途中、ちーさんが唯一懸念点として挙げていた所だ。
これだけは動いている状況の中で判断しなければならない。
俺が作戦を正確に実行するための肝と言えるだろう。
「そうだ。将と陽動してもらうが、その間に明確な弱点を見つけてほしいんだ。
それが分かれば私が影で純恋を移動させた後はそこに一撃をお見舞いする。
難しいだろうけど・・・やらなくちゃいけないよ。」
奴が動かない間に選んだ頭部は既に再生済み。
その他に弱点を見つけないといけないとなると・・・かなり難しいだろう。
「幸い同じ属性を扱うバカがそっちにはいる。流石に力は劣るだろうけど仮想純恋にはなるはずだ。
みんなと協力してうまく見つけ出すんだよ。」
俺達で陽動をして謙太郎さんの一撃で相手を疲弊させ純恋の一撃を叩き込む。
一度崩れかけた作戦だがうまくいけば立て直すことが出来そうだ。
「さあ、行ってきな!」
ちーさんの激励を受けて再度影に沈んでいく。
視界が漆黒から再度瓦礫が広がるショッピングモール内が映し出された。
「ここは上層階です。ここであれば火嶽君はやりやすいでしょう。」
少し先には陀金の姿が見える。長い両腕を振り回し、姿を隠した俺達を炙り出そうとしている。
「あれじゃここが崩れるのは時間の問題ですね・・・。」
崩れそうな壁や柱が凍りついており崩壊を阻止しているようだが
火嶽の言う通りこのままだといずれ倒壊してしまう。
いち早く別の何かに意識を背けないといけない。
「では・・行ってきます。」
火嶽は胸のペンダントをぎゅっと握りしめると目の前にある落下防止用のガラスに向けて跳ねる。
上部に付いている手すりを踏み台にし、宙へ駆け出した。
「火嶽!?」
突然の行動に火嶽を止めようと手を伸ばす。
傍から見ればただ身を投げたようにしか思えず、このままだと床にたたきつけられてしまう。
重力に逆らえず落ちていく火嶽だが体が赤い炎に包まれていく。
下に落ち姿が見えなくなったその時、重力に逆らう羽音が聞こえてきた。
「あれは・・・・?」
落ちたはずの火嶽が再び姿を見せるが先ほどまでの人間の姿ではなく、
両腕が赤く燃えた翼に変わっており宙を浮かんでいる。
燃え盛る炎を身にまとう鳥類、それは伝説上の生き物である不死鳥の姿だった。
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