第百六十八話 望んでいた戦いと望まれない戦い
ケライノーは回転しながら翼に付いた鋭い爪を陀金の顔面に突き立てる。
眠っているのではないかと思ってしまうほど、ピクリともしない鱗に覆われた奴の顔面に突き刺さった。
削り取る高い音を立てながら大きな鱗を剥がしていくと肉を抉る鈍い音に変わっていく。
「・・・・!!!」
激しい痛みに襲われただろう。
眠っている所にいきなり顔面の肉を削がれてはさすがに痛烈な痛みに陀金が目を覚ました。
目を見開き、気付いて離れた目の前にいるケライノーを睨みつける。
酷い寝起きの犯人を陀金が許すはずがなく、頂点に達した怒りの咆哮を放つと
邪魔な小蠅を潰すために巨体を揺らしながら動き始めた。
少し動き出すだけでこの建物を破壊し、コンクリートで覆われたはずの床を踏み砕いていく。
動きはゆっくりであるものの、こいつの一撃をまともに喰らえばひとたまりもないことだけは
脳が必死に伝えてきていた。
「逃げるぞ。」
陀金に俺の攻撃が通じた事が分かっただけでも十分な成果だ。
念で状況を伝え千夏さん達がいる所まで引くために移動を始める。
大きな体で逃げる俺を見た陀金は長い腕を伸ばしてくるが、ケライノーが翼で叩き落とす。
俺の役割は敵を引き付ける事。
この先にひかれている”罠”に仕掛け敵を消耗させたところを叩くのが今回の作戦だ。
室内を巨体で移動しているので移動速度は遅く、これなら追いつかれることはない。
だが離れる過ぎると遠距離の攻撃に切り替える可能性もあるので
、近距離の間合いを保ちつつ陀金を引き連れていく。
『近くまで来ています。姿を隠していますか?』
千夏さん達が待つところまでもう少し。
大きな足音が響いているので察してはいるだろうが、念のために連絡を入れる。
『影に隠れていますので問題ありません。
指定した位置に仕掛けてありますので誘導をお願いしますね?』
準備は万端。このまま指定された場所に急ぐ。
挑発を続けるケライノーとその先にいる俺。陀金の視線は前を向き続け足元など気にするはずがない。
(・・・あそこだ。)
瓦礫を引きずった跡が残る、人工的に開けられた広場にたどり着く。
ここに千夏さん達がいたはずだ。
少しだけ移動速度を落とし、腕が届くギリギリまで引き付ける。
その姿を陀金は見逃さず腕を引き拳を叩き込もうとして来る。
俺達に向かって拳を放とうと足を踏み出した瞬間、床に敷かれた魔法陣が輝きだす。
自分達より強い相手と戦う場合、真正面から戦う必要はない。
それはハイドラに対して白の部隊が行った立ち回りで学ばせてもらった。
千夏さんが扱える魔術の中で陀金にダメージを与えられるものは
片手で数えられる所かほぼないと言っていい。
だが敵にダメージを与えるだけが戦いではない。
発動した魔法陣は囲んだ範囲を黒く染め上げていく。
俺達を叩き潰すため思いっきり踏み込んだ陀金の足が黒く染まった床を踏みつけたと思ったが
床に着地することなく沈んでいった。
「影踏み(かげふみ)。」
巨大な足はあるはずの無い空間に沈み、影から出た蔦によって縛り上げられていく。
千夏さんが仕掛けた罠は足止めの術。
頭に血が上り冷静を失った陀金は抵抗することもできずに体勢を崩していく。
敵に力を使わせずに大きな隙を作り上げる。一番理想的な展開で作戦を進めることが出来た。
(流石だな・・・。)
無様に体勢を崩し前に倒れていく。
あまりの巨体に壁や柱を崩しながら体は床に向かっていくが
その景色を見てショッピングモールが崩壊しないか心配になってくる。
「・・俺に任せろ。」
俺の中に戻っていたイタカが飛び出し辺りの温度を下げていく。
ひびが入り崩れそうになっていく支柱や壁に付いた水分を瞬く間に凍らせていき、
一瞬で舗装をしてしまった。
「俺がいる限りここが崩れる事はない。安心して戦いに行ってこい。」
心強い言葉を俺に向けたイタカは体勢を崩した陀金の体を凍らせていく。
流石の実力。これなら言葉通り安心して任せられる。
「・・頼むぞ。」
イタカを置いて影に沈んでいく。大切な第二段階に進めるために次の場所へと足を進めた。
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泰国を追い詰めるために移動を始めた兼定と白の部隊。
先頭を走る兼定についていく白達だったがその足取りは迷うことなく、
とある場所へと真っすぐに進んでいた。
「・・来ましたか。」
屋上に広がる庭園。龍穂が打ち上げた衛星によって大きな穴が開いていたが
居るはずの業の姿が無く、周りにいた一般人も見る影もない。
「お待ちしておりましたよ。」
備え付けられていたベンチに緊張が感じられないほど
リラックスした状態で腰を掛けていた泰国は白の部隊を目にして立ち上がる。
「・・泰国。」
あれだけ煽られ、翻弄されていた白の部隊だがつい先ほどまで強い殺気を放っていたにも関わらず、
泰国を前にして得物すら構えていない。
「やれることはやりました。後は・・・私が退場するだけですね。」
晴天の真っ青な空を見上げながら呟く泰国。その一言を耳にした白達は哀愁に包まれる。
中でも春、竜次、ノエル、アルの四人は悔しそうな表情で泰国を見つめるが、
特にアルは手を前で組みながら目に涙を浮かべ祈るように目を閉じていた。
「・・ここまで来て何を悲しんでいるのですか。もう引くことが出来ない所まで来ているのです。」
その光景を見た泰国は口元を扇子で隠しながら目を閉じとすぐに白の部隊向けて目を見開き発破をかける。
「分かっている。」
白の部隊の元長である兼定だけは覚悟を決まっているという風に泰国の言葉に答えた。
「兼定の計らいで我々の会話は千仞に聞き取られることはない。
ですが・・監視の目は避けられないでしょう。
長時間の会話は敵に不信感を与えかねない。戦闘を行うべきかと思います。」
そう言うと泰国は札から得物である刀を取りだし腰に差して柄を引く。
抜かれた刀身の鋼は力強く輝き、強い神力を放っていた。
「表裏一体の村正刃。まさか伝説を私が体現するとは思ってもいませんでした。」
抜いた刀をじっくりと見つめ呟く泰国の顔はどこか物悲しさを漂わせていた。
「・・全員、よく聞け。この戦いは泰国を”救う”ための戦いだ。
長き渡って俺達を、そして日ノ本を支え続けてくれた泰国をこの手で救う。強い気持ちを心に宿せ。」
兼定の指示を聞いて白の部隊は続々と得物を取り出し始める。
「どれだけ頭では分かっていても心が拒絶し太刀筋に迷いが出るだろう。
泰国の首筋に刃を突き立てようとしても今まで過ごしてきた日々があふれ出し、
腕に力が入らないだろう。
だが・・命を奪う事こそが泰国を救ってやる唯一の手段と知れ。
そして・・・迷いなく急所に刃を突き立てろ。」
兼定の鼓舞を聞いた白の面々は先ほど放っていた強い殺気を取り戻し
再び泰国へと向けていく。
強い迷いが見えた四人も覚悟を決めたのか取り出した得物と共に一段と強い殺気を向けていた。
「これで・・最後です。各々役割を忘れないよう心掛けるように。」
白に向けて指示を送る泰国。
「行くぞ!!」
そしてそれに応えるように動き出す白の部隊。本心では望んでいない戦い。
だが刃を向けている彼らにはそれでも進まないといけない理由を心に秘めている。
望まない戦いの結末。火ぶたが切られた戦いの結末を見るため無数の目線が彼らに向けられていた。
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