第百六十六話 大一番の前口上
振りだしに戻り竜次先生と合流しようと屋内を駆ける。
先ほどまでは棚などが綺麗に並びそのままの形が保たれていたが、
海に吸収されたのか全て消えてなくなっている。
「何にもないな・・・・。」
「ハイドラの海に流されたのかもな。こちらの人数が多い以上、泰国が姿を隠せないから好都合だ。」
姿を見せない土御門だが用意周到な奴の事だ。
密かに自らに有利な場所を用意して堂々と現れるに違いない。
「あれ・・・・・?」
用意周到・・・?
「どうした龍穂。何かあったのか?」
「・・い、いや。何もない。」
土御門と会ったのは片手で数えるほどだ。
兼兄の話しも聞いていたが土御門には胡散臭い印象しかなかったはず。
(用意周到って単語が・・いやにスッと出てきたな・・・。)
龍穴での戦いを体験したからだろうか?あの戦いが印象に残った結果、そう印象づいたのかもしれない。
「・・戦いの準備は出来ているか?龍穂。」
何故そんな言葉が出てきたのか悩んでいる俺を見て、兼兄が声をかけてくる。
「戦いの・・準備・・・。」
返事を返さなければならない。それは分かっているのだが
戦いの準備という単語を聞いた瞬間頭の中に記憶が差し込まれる。
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『龍穂。山に出向く際は戦いの準備を怠らずにしなさい。
何処から襲われるか分からない。警戒を緩めないようにするのです。』
誰かを見上げながら八海の山道を歩いている。これは・・小さい時の記憶だろうか?
「分かった。」
『****。龍穂にはまだはやんじゃないか?』
反対には兼兄も歩いている。今の俺と同じくらいの年齢だろうか?
『いや、これくらい用意周到でないとならないのですよ。
何せ龍穂はこれから楓を守っていかなければならないのですから。』
『楓って・・逆じゃないか?仕える身の楓が龍穂を守るのが道理だろ?』
『いずれそうなる時が来ます。ですから今から意識しても遅くない。』
優しく撫でる大きな手。これは・・見たことがある。
いつか見た夢。俺が・・封印を施されたような出来事に出てきた二人だ。
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「・・龍穂!!」
誰かに呼ばれた声ではっと顔を上げる。辺りを見渡すと先頭を歩いてはずなのにみんなに囲まれていた。
「何しとるんや。いきなり立ち止まって。」
「あ、ああ。ごめん。」
差し込まれた記憶。意識を失っていたようだがどうやらただ立ち止まるだけで済んだようだ。
「なんかあったのですか?」
心配そうにこちらを覗いてくる千夏さんに大丈夫だと伝える。
その姿を見た兼兄がこちらに近づいて来て目の前で立ち止まった。
「ここは戦場だ。しっかりしろ。」
そう言うと俺の額を突いてくる。何時より強めに突かれ、痛みのあまり額を抑えて蹲る。
「当然や。しっかりしてや。」
他のみんなのため息をつきながらため息をつく。ちーさんが行くよと呟くと俺を置いて歩き始めた。
「ちょっ・・・!!」
急いで追いつこうと立ち上がり駆け出そうとする。
「・・これで最後だな。」
兼兄とすれ違うその時、何かを呟いたような気がした。
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白の部隊と合流を果たすが、何やらもめている様子が伺える。
「ドーラ。なぜ話せないのですか?」
その中心にいるのはノエルさんと竜次先生。
諭すように話しかけているのは当然土御門との会話の内容を引き出すためだろう。
「・・・・・・・・・・。」
ノエルさんの言葉に答えようとせず、眉間に皺を寄せている竜次先生の表情はただただ苦しそうだ。
「通してくれ。」
辺りを囲んでいる白の部隊に兼兄が話しかけると二人への道が割れるように出来上がる。
「ノエル、アル、待たせたな。」
「兼定・・・。」
ノエルさんの傍で心配そうに佇むアルさん。
寮母としていつも明るく振る舞ってきた姿とはかけ離れた姿だ。
「・・お待ちしていました。」
俺達の姿を見て一歩引いて竜次先生の前を開けるノエルさん。
当然のように引いたが握られている小さな手には力がこもっており、
竜次先生から言葉を引き出せなかったことへの悔しさが隠しきれていない。
「竜次。龍穂達を連れてきたぞ。」
兼兄は半身になり俺達を竜次先生の前に差し出す。
「泰国と何を話したか分からないが、それは命を狙われている龍穂達にとって重要な情報だ。
お前の答え次第でこの中の誰かが命を落とすかもしれない。
それは俺達、白の家族達にも言える事だ。教師として、みんなの兄として。
それでもお前は口を閉ざし続けるつもりか?」
役者を揃え、さらなる圧迫をかけるが竜次先生の顔が前を向くことはない。
「お前がその気なら・・・家族の掟に沿って”やること”をやらなきゃならない。」
家族の掟を詳しく知らないがやる事と言ったら先ほど言っていた尋問だろう。
国學館の襲撃の際、兼兄の事を家族と呼べる存在と言っていた。
それは当然兼兄の同じであり家族を痛めつける事だけは避けたいと心の底から思っているはず。
だが兼兄の口から放たれた言葉には重みがあり、
決して嘘ではない事だけは聞いている俺達でさえ分かるほどだ。
「・・・・・・・・。」
それでも口を割ろうとしない竜次先生を見た兼兄は得物を取り出すと首筋に刃を添える。
「悪く思うなよ・・・?」
このままだと尋問が行われてしまう。敵陣でそれは避けたいが、止められる理由を俺達は持っていない。
首元に押し付けた刃から血が玉のように湧き出てくる。
痛みを伴う尋問が始まろうとしていたその時、奥の方から足音が聞こえてきた。
「仲間割れですか・・・。」
探していた人物の声に全員が振り向き一斉に得物を構える。
「悲しいですねぇ。兄弟喧嘩なんて・・・・。」
口元を扇子で隠しながら登場したのは土御門。眉をひそめ悲し気な目を兼兄達に向ける。
「・・お前が差し向けたんだろう。」
「いえ?私は何もしていませんよ?ただ・・・一つだけ竜次にお願い事を頼んだだけです。」
それが原因だろうと苛立ちをぶつけるように言い放つ兼兄。やっと見つけた主犯の姿に緊張が走る。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
得物を構えるが白の部隊が持つ小銃や刀は振るえていることに気が付く。
決戦を前にした武者震いではなく、かつて兄と慕っていた者へ
刃を向けている事への迷いから生まれた震えだ。
「ふふっ・・。このような状況、本来であれば恐ろしいと思えて仕方がないのでしょうが・・・
何故だか微塵も怖くありませんねぇ。」
敵意に迷うが生じている。それを土御門は感じ取っており、迷いしかない無様な部隊をあざ笑っている。
「長として十分な働きが出来ていないのではないのですか?上杉兼定。」
つい先ほどのように煽る土御門に対し、兼兄は怒りを露わにすることはない。
「・・お前のおかげで全員にまとまりが出来たよ。感謝する。」
敵と認識した白の部隊の意識は土御門のみに集中している。
先程の揺らいでもめている姿は欠片もなく、
確かに土御門の言葉のおかげで全員にまとまりが生まれていた。
感情を荒げず、冷静になった兼兄の返しに
自分の思惑通りにことが運ばなかったのが気に食わないのか鼻を鳴らして視線を逸らす。
「そんで・・竜次への尋問も必要が無くなった。
ただ見ていれば俺達が勝手に崩壊するだろうに姿を現すなんて・・・お前らしくないな。」
そして言い返すほどの余裕さえ見せていた。
姿を現した土御門。十二天将、そしてハイドラと手札を切った今、手元に残っている札は少ないだろう。
数もこちらが多い、物量で攻められじり貧になる前に決着をつけに来たのだろう。
「早く出せよ、切り札を。」
兼兄は土御門に対して明らかな殺気を向ける。近くにいた白の部隊が呼応するように姿を変えていく。
武装の間から見える人のものではない長い毛。ちーさん達と同じ獣人化だ。
決戦に向けてこちらの準備は万端だが土御門は未だ得物を手に持っていない。
俺達の敵意を意に介しておらず飄々とした様子を崩すことはない。
「・・いいでしょう。”彼”もあなた方を殺したくて仕方がないと
今にも飛び出そうとしていて困っていたんです。」
姿を隠していた土御門がついにやる気を出す。
すると辺りの景色が歪むほどに濃く、淀んだ神力を身にまとっていく。
「伴侶を殺された我が神は憎しみに心を支配されています。
憎い、憎い、憎い。伴侶に手をかけた者は誰だ?
殺す、殺す、殺す。ああ、我が神よ。あなたの望み、私が叶えてあげましょう!」
右手を広げながら天に向かって伸ばす。
まるで何かを演じているような立ち振る舞いは、自らを物語の主人公に見立てているようで
殺気と得物を向けている状況なのにも関わらず異常な姿に、俺達の心に恐怖を抱かせた。
「・・陀金よ!」
使役している式神の名前を土御門が叫ぶ。体を包んでいた淀んだ神力が一気に解放されると、
土御門の前に見たことの無いほどに巨大な何かが現れ床を破壊する。
一瞬の出来事に何が起きたのか理解できなかったが、
目の前の鱗のついた巨大な足が俺達の背丈を優に超える化け物が召喚されたことを示している。
そして・・・土御門が叫んだ名は俺にとって因縁がある神の名前だった。
「ここまでは前座!真打の登場です!さあさあ!!大一番と行きましょうか!!!」
ショッピングモール内に響く土御門の声。大一番、そして俺達にとっての山場を迎えていた。
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