第百六十五話 勝者への安堵
抜け殻だとハスターが言っていたが辺りに異変はない。
前には誰もいないショッピングモールの景色が広がっており、
後にはしっかりと千夏さん達の姿が見える。
「・・・・・・・・・・・・・。」
警戒しながら地面に降り立つ。ひとまず窮地は去ったようだ。
「抜け殻って・・・いつからか、わかるか?」
『分からん。龍穂が止めを刺して初めて奴が抜け殻になっていたことに気が付いた。
初めからそうだったのか、それとも一度海に姿を隠した時かどちらかだろう。』
ハイドラは土御門の式神であることを考えると、
あえて俺と戦わせることで別の目的を果たそうとしているのかもしれない。
だが白の部隊を率いている兼兄からの連絡はない。
このショッピングモール内にいるなら全階に散らばっている白の部隊から連絡が入るはずだ。
「ここまで来て・・何が目的なんだ?」
『さあな・・。だが勝ちは勝ちだ。その事実を仲間達を分かち合うべきじゃないか?』
俺がいつまでも警戒していれば、後ろにいた千夏さん達も緊張を解くことが出来ないだろう。
『俺は邪魔みたいだな。』
状況を察したハスターは自ら神融和を解くと、身に着けていた黄衣が空気に溶けていった。
もう大丈夫だと伝えるために得物を札に戻し千夏さん達に近づく。
だが丸腰の俺の姿を見ても千夏さん達は警戒を解くことはない。
「もうハイドラはいなくなりました。警戒を解いても大丈夫ですよ。」
むしろ近づいてくる俺に対して明らかに警戒を強めている。
まるで俺が敵だと認識している様だ。一体何があったのだろう?
「龍穂・・・。」
得物を持ちながら近づいてくる純恋。俺の目の前で立ち止まると恐る恐る頬に手を添えた。
「龍穂・・やんな?」
「あ、ああ。俺だぞ・・・?」
俺の存在を確認する様にまるで危険物を刺激しないように優しく触れてきたが、
安全だと確認できると頬をつまんでこね始める。
「いっ・・!!」
何なんだ、やめろと伝えてもこねる事を止めない純恋。
そして顔を覗きこんでじっと見つめると、安堵のため息をついた。
「確かに・・龍穂やな・・・。」
俺だと確信すると後ろにいた全員に安心だと伝える。すると全員が安堵した表情でこちらに歩いてきた。
「な、なんなんだ・・・?」
何も理解できずに戸惑っている俺を見て桃子が口を開く。
「助けに来てもらった助かったんやけど・・なんかいつもと違うって言うか・・・。」
この異様な雰囲気の説明をしてくれるがなんとも歯切れが悪い。
「・・体が変わっていたのです。人の姿は保っていましたが肌に鱗が付いており、背中からは・・・。」
神融和は一体になった神の影響を強く受ける。
青さんと神融和をした時も体から鱗が生えてきて背中には翼が生えてくる。
それを知らない訳がないみんながハスターとの神融和で体から鱗が生えてきた程度で驚くわけがない。
だが歯切れの悪い桃子の補足をしてくれた千夏さんが背中と呟く。
「背中が・・どうしたんですか?」
「・・触手が生えてきてた。何本もな。私らはその龍穂の姿をあの巨人みたいに見えちゃったねん。
それに・・龍穂の様子もおかしかった。とんでもない力と強すぎる殺気をまとってて・・・。」
俺の体に起こった異変。そして俺がハイドラに向けていた殺気は
純恋達にも影響を与えてしまっていたようだ。
「あれはハスターの力だよ。宇宙の神だから落とし子に似るのは仕方ないと思ってほしい。」
元を辿れば同じ種族であるクトゥルフとハスター。その配下となれば姿が似る事はあるだろう。
受け入れてほしいと頼むが、それでもいつものように心の底からの
信頼を向けられていない事が分かってしまって少し悲しく思ってしまう。
だがその中の一人、千夏さんの背中にいた楓が俺に向かって手を伸ばしてきた。
「龍穂さん・・・・。」
精神を消耗し、ぐったりとしている楓。
手の行き先は俺の頬であり本当に俺の姿なのかと確認する様にしっとりと肌に触れる。
「・・よかったぁ。いつもの龍穂さんだぁ・・・。」
ハイドラの姿、そして吸収された人達の声を聞いてしまった楓は
俺の戦う姿を見て同じような化け物になってしまったと不安になっていたことだろう。
いつも通りの姿を確認した楓は千夏さんの背を乗り出し、俺の方へ抱き着こうとしている。
「楓・・・。」
安心させるためにこちらに来ようとしている楓を受けいれて抱きしめる。
精神の崩壊だけは免れることが出来た。
「ひとまず楓は大丈夫みたいだけど・・このまま連れていけないな。」
俺の胸に顔を埋める楓だが体にうまく力が入っていない。
恐らく体と心の感覚が上手く繋がっていないのだろう。
本心は楓について来てもらった方が安心できるが、
無理やりこの状態で連れて行っては敵からしたら格好の的だ。
このまま離れるのは怖いと楓を強く抱きしめていると近くから足音が聞こえてくる。
「終わったみたいだな・・・。」
姿を現したのは兼兄だが、黒いスーツから武装した姿へと変わっている。
「龍穂一人でハイドラを倒したのか?」
「そうだよ。圧倒してくれた。」
楓を放すことが出来ない俺の代わりにちーさんが答えてくれる。
それを聞いた兼兄は俺達の元へ歩いて来て目の前で立ち止まった。
「・・龍穂。お前も分かっているだろう。ここからは楓は連れていけない。」
「・・分かっている。」
兼兄は膝を着いて楓の顔に手を向けると、優しく撫で始める。
すると俺に抱き着いていた楓から力が抜けていった。
「何を・・!!」
「眠らせただけだ。このままだとずっと龍穂に抱き着いていそうだからな。」
そして自らの影をノックすると業の隊員が姿を現す。
「頼む。」
「分かっています。」
仮面をかぶっていて素顔が見えないが纏っている雰囲気、
そして見たことのある特徴から信頼できる人物だと分かり、力の入っていない楓を優しく渡す。
「・・強くなりましたね。ご安心を、安全な所へ移動させます。
勝利の報告を楓と共にお待ちしています。」
それは楓のお姉さん。この人であれば楓に危害を加える事はない。楓をおぶり影の中へ沈んでいった。
「ひとまず状況整理をしよう。龍穂がハイドラと戦っている間、俺達も動いていたからな。」
兼兄の耳元からは白の部隊の報告と思わる小さな音声が聞こえている。
現在も白の部隊がショッピングモール内を捜索しており、細かい報告が入っているのだろう。
「龍穂にハイドラを任せていた間、捜索を続けながら残された仲間と合流を目指していた。
一人はアル。事情があり合流が遅れていたが現在ノエルと合流して行動を共にしている。
そしても姿が見えなかった竜次だが・・こちらも合流を果たした。」
「土御門に何かされたと思っていましたが・・ひとまず安心ですね。どこにいらっしゃったんですか?」
「屋上に倒れていた。アルを迎えに行っていたノエルが発見してくれたんだ。」
屋上は数少ない出入口があり業の部隊が守っていたはず。
だがその後にやってきてであろうノエルさんが発見したなんておかしな話だ。
「言いたいことは分かるが・・本当だ。
業の部隊がいたのにも関わらず、竜次は屋上に堂々と倒れていた。」
「それはおかしいね。もしかすると何か術を仕込まれたんじゃない?」
まさか疲れ果てて寝ていたなんてことはないだろう。誰かに意識を奪われたとしか考えられない。
竜次先生の意識を奪うほどの実力の持ち主・・・頭に浮かぶのはただ一人。
土御門の仕業であれば、竜次先生をただで帰すなんてことは考えにくい。
「そう思って竜次の体を隅々まで調査したが怪しい所は見つからなかった。
意識を取り戻した竜次に何が起こった聞いたが・・・
泰国と話している途中で意識が途切れたとしか話しを聞けなかった。」
「そうか・・・。何の話しをしていたの?」
「それが・・・話そうとしないんだ。」
何故意識が途切れたのか。それを明かすことが出来る数少ない手掛かりである
土御門の会話の内容を語らないのには何か理由があるはず。
「言えないって・・・言えないように何か細工されているとかなの?」
「さっきも言ったがそう言う術式の類は何も仕組まれていない。
竜次自身が会話の内容を明かしたくないと言っているんだ。」
「ここに来て何を言っているのさ・・・。」
その背景が見えてこない竜次先生の行動に呆れるように手で額を覆うちーさん。
味方を疑心暗鬼にさせる行動をしてまで隠したいこと・・一体何なのだろうか?
「こんなところで尋問にかけるわけにはいかない。
ひとまず竜次の事はノエルに任せて今は目の前の事に集中しろ。」
「目の前の事っちゅうことは土御門の居場所が分かったんか?」
「いや、それは分からないが・・目的だけははっきりした。」
「目的?龍穂の命を奪う事やろ?」
純恋の問いに兼兄は頷く。
「そうだ。だがこれだけ大規模な作戦を泰国が龍穂を殺すだけに使うはずがない。
そう考えて真田様と伊達様に千仞が大きな動きを見せていないか
確認を取ってもらっていなかったんだが・・・俺の予想に反して大きな動きは一切なかった。」
千仞と対抗する部隊である俺達と白と業。その主要人物がこのショッピングモールに集まっている。
賀茂忠行が日ノ本を手中に収める事を考えている事から東京結界など侵攻をするにあたって
障害になるものを破壊するのに一番適したタイミングであることは間違いない。
「白の部隊がこの場所を隅々まで捜索したが増援部隊の影すらない。
これではっきりしたことはこれが泰国が単独を起こしている事。
そしてあいつの狙いは龍穂の命だけという事だ。」
様々な可能性を全て潰した先。土御門の目的がはっきりとするが、
そうであるなら先ほどのハイドラの行動がどうしても引っかかってしょうがない。
「・・兼兄。話しを遮って悪いんだけど・・・。」
ハイドラとの戦いで俺が感じた事。そしてハスターが言っていた不穏な言葉を共有する。
「・・・・・・・。」
俺の報告を聞いた兼兄は相槌すら打たずにただ黙って考え込み始めた。
「俺を殺すにしてはなんというか・・・ぬるいって思ったんだ。」
「ぬるいって・・あんた命を狙われているんやで?
あんな化け物の相手させられて・・・ぬるいも熱いもないやろ。」
「それは・・そうなのかもしれないけど・・・。」
実際に戦った俺にしか分からない感覚だ。
分かってくれと言っても俺の事を思ってくれている純恋達は受け入れてくれないだろう。
「・・俺も純恋ちゃん達と同意見だが龍穂の言葉を考えた時、
泰国はこの先の戦いへの布石を打ったのかもしれないな。」
「布石・・・・?」
「龍穂の力を見た泰国は大切な手札の一枚であるハイドラを失わないために、
あらかじめ抜け殻を向かわせて戦力を温存させたのかもしれない。
他にも理由付けは出来るがその全てに言える事はお前の実力が泰国の想像を上回っていたという事だ。」
ハイドラは土御門の中でも切り札級の式神だったはず。それを引き戻すという選択を与えたのは俺だ。
相手の戦力を削れなかったが、切らせなかった事実は確かに大きい。
この先の戦いで土御門は俺に対してハイドラを扱えないだろう。
「で、結局土御門の居場所は分からんのやな。」
純恋の鋭い指摘に兼兄は無言で頷く。
「あいつの居場所についての情報は得られなかった。現在も捜索中だ。」
「決戦の場所を選んでいる様子もない・・・。
姿を隠している理由が本当に分からなくなってきましたね・・・。」
「そう悩んでいる時点で泰国の手のひらだ。今は俺達が出来る事をただみつめ、行動するだけだ。」
ハイドラの恐怖が去った今、嘆きの海が広がる事はない。再び時間の優位がこちらに戻ってきた。
「奴は必ず俺達に戦いを仕掛けてくる。ひとまずノエル達と合流して安全を確保しようか。」
ハイドラには勝利したが結局の所振出しに戻っただけ。
だが得たものはある。少しずつだが前に進んでいる。
土御門との決戦に備えるためにも、再びノエルさん達との合流を目指すために足を踏み出した。
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