第百五十九話 力無き者達の戦い方
動き出す白たちの足音が屋内に響いていく。
狙われているヒュドラはこちらに顔を向けているが
眼は辺りを見渡しており白に対する警戒を強めていた。
「・・攻撃始め。」
マイクに向かって呟く兼兄の声を反応した姿を隠している白達は
先程のように無数の魔術を打ち放ちヒュドラに命中した。
「移動するぞ。」
再び足止めをすると兼兄が駆け出していく。
「龍穂君。兼定をよく見ておきなさい。部隊を率いての戦い方を学ぶのです。」
置いて行かれるとマズイと兼兄の後ろについていく。
縮地を使わない移動は敵の視野から外れることが出来ず、このままだとすぐに追いつかれてしまう。
「全体の配置を細かく教えてくれ。」
だが決して速度を上げずにマイクで白の部隊と連絡を取っていた。
「なんで・・このままじゃ・・・!」
「敵と戦う際、自分達と相手の状況を把握するのが部隊を率いての戦いでは大切になってきます。
相手は龍穂君の命を奪う事を第一優先として動いていますが
業が出入り口を見張っている以上、増援は見込めない。
我々は時間をかければかけるほど信頼できる味方をこちらに呼ぶことが出来、
強力な増援が見込める状態です。
時間という観点で見るとこちらが圧倒的に有利であり、逃げ場がない敵に有利なこの場で
立ち止まって戦う必要はないと判断したのです。」
俺は今まで敵の本陣で足を止めて戦ってきた。
それだけ相手がこちらのを足を止めさせるほどの状況を押し付けてられてきたからであり、
しょうがないと言える。
「ちー。”いつも”のだ。準備はいいか?」
「出来てるよ。」
「さっき”匂い”も付けたしね~。」
ヒュドラから視線を外さないまま、ちーさん達に指示を送る。
「龍穂。千夏達を借りてくよ。
ここからかなり動き回るから。どこかで隠れているとあいつに見つかる可能性がある。
それより私達について来てもらった方がまだ安全だ。」
そう言うとちーさんとゆーさんは縮地で奥へ駆けて行った。
「さて・・準備は出来た。後は・・・。」
こちらに向かってきているヒュドラを見つめる兼兄。
距離が離れていないため当然近くまで迫っており、
あと十秒もすれば奴の鋭い牙が俺達の背中を捕えるだろう。
「時間稼ぎはいりますか?」
「いらない。予想外の事態に備えてくれ。」
ノエルさんの手助けは不要だと言っているが既に手遅れな間合いまでヒュドラは迫っている。
振り向いて迎撃しようと体の向きを変えた時、視界に無数の手榴弾が目に入った。
「龍穂さん!!」
隣に居る楓が減速した俺を抱えて前に出ると、目の前で爆発に巻き込まれるヒュドラの姿が見える。
見ると通り過ぎた店の中には白の部隊の姿があり、すぐに影に沈んで行ってしまった。
「龍穂。後ろを向くな。あいつらの邪魔になる。」
爆風に飲み込まれたヒュドラだが、煙の中から傷一つなく出てきて何事も無くこちらに向かってくる。
「でも・・こんなことをしても無駄なんじゃ・・・。」
「無駄なんてことはない。ヒュドラの鱗をよく観察してみろ。」
楓に持ち上げられたままヒュドラをじっと見つめる。
見ると鱗の一つ一つに浮かんでいた苦悶の表情がまるで息絶えたように静かな表情に変わっていた。
「奴は今まで吸収してきた人間を体に取りいれ、自らの力に変えている。
先程のゆーの一撃や龍穂の空砲、そして手榴弾によって取り入れた力を消費しているんだ。」
よく見ていても分からないほど、あまりに小さな変化を兼兄は見逃さなかった。
きっとあのヒュドラのような強い力をもった神々と戦ってきたからこそ
養われた観察眼なのだろう。
「奴の力が潤沢なうちは龍穂とまともに戦っても互角だろうが、
こうして力を奪われた後なら龍穂とやり合えるか怪しいだろうな。」
「ですがそれはヒュドラもよくわかっているはず。無理やりでも我々を捕まえに来るでしょうね。」
ノエルさんの言う通り体を必死にくねらせこちらに近づいてくるヒュドラは
大きく口を開いて攻撃態勢に入っている。まだ廊下は続いており逃げ道もない。
あの攻撃を避けるためには廊下に沿って併設されている店舗の物陰に隠れる事が必要になるが、
それだと足を止めることになってしまう。
「やれ。」
そんな状況でも決して焦ることなく、マイクに向かって指示を出す兼兄。
それに応えるように物陰から白の部隊が再び姿を見せる。
ゆーさんが持っていた銃を撃ち放つと先端に着いた筒状の弾が開かれている口内に命中した。
「奴の厄介な点は固い鱗を持っている事だ。
だが先ほど龍穂に攻撃した時、口内には鱗が生えておらず柔らかい肉が見えていた。」
口内に爆撃を喰らったヒュドラだが決してひるむことなく俺達を追って来ている。
だが口元からは鮮血が流れ出ており、口内が柔らく弱点であることをはっきりと理解できた。
「お前達の良い所であり悪い所は敵を真正面から打ち倒そうとする所だ。
けっして弱点を探らない訳じゃないがそれを戦いの中で見つけ出している。
そして最終的には強力な力で相手を圧倒するが、それは誰しもが出来るわけじゃない。
こうして有利な状況を押し付けながら相手の弱点を見つけて立ち回る。
最も安全に敵を打ち倒すことこそが部隊を率いる長が身に付けなければならないことだ。」
戦闘を走る俺達が危機にさらされているように見えるが、
今までの戦いでヒュドラは攻撃を受けた際に足を止める傾向にあることを理解していた兼兄は
あらかじめ白の部隊をこの道に配置していた。
最低限の犠牲で最高の道を辿る事こそ、長が目指さなければならないことだと兼兄は力強く言い放つ。
「・・我々は白のような大きな部隊ではありません。
あのような隠密からの奇襲をできないほど少数で戦ってきたんです。」
俺を降ろし、隣に走る楓が反論してくれる。
確かに手助けをしてくれる存在はいたが、基本的には五人だけで千仞と戦ってきた。
「それについては龍穂が悪い。
大切な人を守るといって共に戦ってくれるはずの仲間を自らの意志で遠ざけてきただろう?」
謙太郎さん、伊達さん。
俺の事情を知っていてさらに力を貸してくれると言ってくれた人達を
戦いに巻き込みたくないと無意識に遠ざけていたかもしれない。
「龍穂。お前は強い。そしてお前に協力してくれる仲間もかなりの力を持っている。
本当に大切な人達を守りたいのなら遠ざけるのではなく、
自分の手が届く範囲に近寄せ自らの力で守り抜け。
そして悩むことなく仲間の力を借りるんだ。共に窮地に立ち向かう事で全体の実力が上がっていく。」
「だけど・・・。」
「もし実力が足りず、仲間を失うことが怖いのなら・・・。
今から力が及ばない相手との戦い方を見せてやる。」
兼兄が再びマイクに指示を出す。
何が起きるのかと後ろに目を向けるとヒュドラに対して物陰から手に持っている小銃を打ち放つ
無数の白の部隊の姿が広がっていた。
「力のない我々が世界を渡って戦えたのは・・・この戦術のおかげです。」
弱点である口内を狙って頭部に攻撃を集中する。
いくら固い鱗を持つヒュドラと言えど苛立ちが募っていき、
頂点に達したのか俺達から顔を背け銃を撃つ白達に向かっていく。
「奇襲、かく乱、攪乱。囮役が敵を引き付け、その隙に着実にダメージを与えていくゲリラ戦術。
俺達白が最も得意としている戦術だ。」
向かってきたヒュドラを確認した白の部隊はまた影の中へ潜ると、
別方向から再び口元目掛けて銃弾が放たれた。
「あれをやられるとどんな敵でも必ず苛立ち、正常な判断が付かなくなる。
こざかしい攻撃を行う奴らを殲滅するために執拗に追いかけようとするが
影渡りで逃げ、さらに別方向からの攻撃。これが最も安全で、効果のある戦術だ。」
白の部隊が持っている武器は全て銃火器で統一されている。
反動を抑えなければならないが、鍛錬すればだれでも扱え殺傷力もある武器である。
だが彼らの戦術を鑑みるに、武器として採用している理由はそれだけではないだろう。
隠密行動をする場合、魔力が込められた武器を持っていればその魔力を感知され位置がバレてしまう。
だが銃火器は魔力を使うことなく武器としての効果を最大限に発揮してくれる。
もし魔術を扱う場合、魔力を感知されない特殊な鋼を使った銃弾に術式を込めた打ち放てばいい。
「向こうが足を止めたな。反撃と行こうか。」
いくら牙をむけようとも、口から液体を放っても、姿を消し別方向から銃弾や手榴弾が
投げ込まれる状況にヒュドラは完全に頭に来ており、
俺達に事なんか視界にいれておらず忘れてしまっている。
足を止め、兼兄はヒュドラの方向を向く。目の前で戦う家族のために反撃の狼煙を上げるのだった。
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