第百五十八話 通用しない強敵
「ここは・・・・・・・・。」
暗闇の中に一人立つ男は辺りを見渡している。
手には刃に血の付いた槍を持っており、先ほどまで戦闘を行っていたことが見て取れた。
「久しぶりですね。」
分かりやすいほどに足音を立てながら男に近づいていくのは、
時代に見合っていない衣服を身にまとった長髪の男。
暗闇の中、いきなり現れた男を目にして槍を構えて警戒を強めた。
「泰国・・・。」
戦闘の影響か殺気立っていた男だが泰国と呼ばれた男を目にした瞬間、
穂先を向けるのを止める。
「お時間を取って申し訳ない。大切な家族達は無事ですよ?」
両手の手のひらを見せながら近づいていく泰国。
得物は持っておらず敵意はないと示したいのだろう。
「来るな。話しが違う。」
だがその姿を見て、再び槍を構え穂先を向ける。
警戒を解いてほしいと訴えていたが男には逆効果であり、
泰国は男を言葉を素直に聞き入れ足を止める。
「・・申し訳ない。私が筋を絶つような行動を取っている事は理解しています。
ですが・・・少しだけ話しを聞いてもらいたいのです。」
足を止め、手のひらを見せたまま口を開く。
「話し・・・?」
「ほんのわずかですが・・・我々の計画に”誤算”が生まれました。
私はその修正をするつもりですがドーラにはその手助け・・・いや、支えててもらいたいのです。」
あえて言葉を言い換えて槍を構える男に申し出る。
その言葉を聞いた男はその真意に気付けずに槍を握る手を緩めた。
「ええ。聞いていただけますか?」
会話の内容からこの二人を含めた何者かと謀を企んでいる様子。
警戒をしていた男だが向けた穂先を天に向け、泰国の願いを受け入れた。
「・・分かった。」
「ありがとう。では・・・・。」
泰国は男に謀の変更内容を言い放つ。
それを耳にした男は握っている柄をただ強く握る事しかできなかった。
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向かってきているヒュドラに対して撃劇するために空砲を放つ。
黒い風の砲弾はヒュドラに命中するが、吹き飛ばされることなく進む速度を落とすこともない。
「千夏。みんなを連れて縮地で後ろに下がってて。ここで狙われるとさすがに私達も守れない。」
今までの敵であれば、黒い風が巻き起こす破壊の風を喰らい無傷でいるなんてことはなかった。
このやり取りだけでも奴がとんでもない強さを持っている神だという事が全体に知れ渡り、
ちーさんが後ろにいた千夏さん達に避難指示を出す。
「ここにいれば少しは役に立てると思っていましたが・・・分かりました。」
俺達が戦っている隙をみて援護をしようと千夏さんは思っていたようだが
それさえもできないと判断して縮地で後ろに下がる。
「楓、浮くぞ。」
奴は床を這って移動する。
まともに戦えないのである程度距離を保つことが出来る空中への移動を選択し、
黄衣を身にまとって風の魔術で楓と共に宙へ浮かんだ。
「ゆー!ぶっぱなせ!!」
俺の空砲で止まらないとなると、生半可な攻撃は全てあの泣き叫ぶ固い鱗に防がれてしまうだろう。
「了解!!!」
防御態勢も取らずにこちらに突っ込んでくるヒュドラに向け、
ゆーさんは札から取り出した物騒なものが付いた銃のトリガーを引く。
「こいつは特別製だよ~。耐えられるかな?」
先端に着いた筒状の物が噴射と共に飛び出し、
ヒュドラに向かっていくが見るからに怪しい攻撃に反応し、体を動かして回避しようと動き出す。
「逃がさないよ~?」
動き出したヒュドラに追尾するために噴射の方向が変わる。
細かい強弱を加えられ素早く動くヒュドラを追っていき固い鱗に触れた瞬間、
通常の赤い炎ではなく白く光る眩い爆炎がヒュドラを包んだ。
「強い陽の炎を込めた特別製。お前らクトゥルフの配下用に調合したんだからね。」
純恋が放つ太陽より強い光を放つ爆炎はまるで閃光弾。
あまりの光の眩しさに目を手で隠さないとまともに目を開けられない。
「ゆー!それを使うなら言えよ!!」
「いや、あいつ人の言葉を分かるじゃん?下手にべらべらとしゃべると何かされると困るからさ。」
流石にちーさんから苦言を呈されているが、
固い鱗を持つヒュドラに少しでもダメージを与えられればそれでいい。
爆炎をで巻き起こった砂埃が晴れていく所を薄めで何とか確認するが、
煙の中からヒュドラの舌が見えてくる。
「なっ・・・!?」
煙が晴れるとそこには鱗に傷一つ付いていない先ほどと何も変わらないヒュドラの姿があった。
「あれが・・効かない・・・?」
自身のあった攻撃がまったく刃が立たなかった事実に
驚きを隠せないゆーさんだが、そんな悠長にしている時間はない。
攻撃を受けたヒュドラは一度体の動きを止めたが、
再度こちらに来るために体を動かし始めていた。
(時間を稼ごう・・・。)
このまま突っ込まれるのはマズイと黒い風で道を阻む。
「黒風壁!」
幸いここは大きめ廊下であり、道を塞いでしまえば大回りをしなければ裏に回れない。
破壊の風で作り上げた壁を前にして流石のヒュドラも動きを止める。
これでゆーさんは一度切り替えることが出来るだろう。
「・・・龍穂さん!!」
ヒュドラが動きを止めた事を確認してほんの少しだけ気を緩めた瞬間、隣に浮かぶ楓が俺の名前を呼ぶ。
何が起きたのかと下を見るとヒュドラがこちらを向けて大きく口を開いている。
口の中には大きな穴が開いており俺の事を狙っていた。
「くっ・・・!!!」
ヒュドラの口からこちらに向けて噴射され、近くにいた楓を引き寄せ急いで風の壁を張る。
何とか壁で受けきれたが、破壊の効果を持つ黒い風が吹きかけられた液体によって溶かされていった。
(まずい・・・!!!)
黒い風の攻撃を防がれたことはあったが、風を溶かされた事は今までなかった。
目の前で起きている異常事態に一時後退しようとするが
その隙を狙ったヒュドラが長い胴を伸ばし黒い風に噛みつく。
そして破壊の風を強靭な顎で音を立てながら目の前でかみ砕かれてしまった。
「クソッ・・・!!!」
今までなかった窮地を前にしてどうにかしようと六花を構える。
このまま切りかかるか。それともうまくいなしながら後退と続けるか。
判断できないまま壁をかみ砕いたヒュドラの牙が目の前に迫っていた。
「退け!!!」
回らない頭のまま何とか応戦しようと腕を振り上げたその時、
下から吹雪が飛んできてヒュドラの頭を瞬く間に凍り付かせる。
瞳まで凍り付かせれ怯んだヒュドラは牙を隠す。その隙を逃すことなく銀色の壁が目の前に広がった。
下にいるイタカ、そして兼兄が援護をしてたことを理解し
楓を連れて兼兄達の元へ後退することが出来た。
「怪我はないな?」
兼兄はヒュドラから視点を動かさず、無事を確認してくる。
「大丈夫だ。ありがとう。」
「黒い風がまともに機能しなかった相手は初めてか?」
小競り合いとはいえ黒い風が全く歯が立たなかった相手は初めてだ。
「・・ああ。」
「既に伝えているはずだぞ。奴は今までの相手とは違うとな。」
たったひとつの動揺が死に繋がる。
二人の助けがあったから生きて帰ってこれたが、あのままやられていてもおかしくはなかった。
「・・・・・ごめん。」
「次の生かせばいいのです。落ち込む必要はありません。
ゆー、そして龍穂君の黒い風が通用しなかった情報を得ただけでも大きな収穫。
大切なのはこの情報をどう生かして立ち回るか。それを念頭に置いて次から立ち回りなさい。」
強い口調で叱られ、思わず謝罪の言葉を呟いてしまうが
ノエルさんがフォローの言葉を掛けてくれた。
上では錬金術で操られた水銀を先ほどと同じようにかみ砕いているヒュドラの姿が見える。
「ただ風の魔術を使うのではだめだ。質を上げれば今までのように戦える。」
砕かれた水銀は液体に戻り兼兄の元へ戻ってくる。
「ノエル。龍穂と共に戦ってやってくれ。人数有利はこちらだが、奴はそれをものともしないだろう。」
俺達が合流したことを確認するとヒュドラが再び地面に腹を着け、
こちらを見つめながら舌を出している。
「だが・・・それでもやれることはある。
俺達がここまで生き残れてこれた理由。見せつけてやろう。」
ヘッドセットのマイクを口元に寄せて指示を出し始める。
すると静寂に包まれていた屋内があわただしく動き出すのだった。
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