第百五十四話 屋内の情報
荒れて姿を変えたショッピングモールを見て唖然としてしまう。
地下にいた時間を正確に把握しているわけでは無いが、決して長時間戦っていたわけでは無い。
「・・・・・・・・・・・。」
かなり激しい戦闘が行われたようで、壁に着いた傷以外にも血しぶきの跡がいくつも付いている。
この光景を見て頭をよぎるのが負傷者の数。
傷を負っているだけならいいが死傷者が出ていてもおかしくはない。
何が起きたか確認するために連絡が取れるかを確認するが、電波が通っていない。
この中で念を扱えるのは・・・兼兄か。
「・・バラバラになっているみたいだな。だが、ひとまず誰も命を落としていないようだ。」
俺が聞く前に既に念で連絡を取っていたみたいで誰も命を落としていないという一言に胸を撫で下ろす。
「だが深い傷を負っている者がいるようだ。
全部隊と合流をしたいところだが・・・拾えるところから行こう。」
そう言うと辺りを警戒しながら兼兄が進み始める。
何処もかしこも傷だらけ。大きく壁が破壊されている所を見ると、
かなり巨大な何かと戦った様に思える。
「ひどいな・・・・。」
人が多いショッピングモールでこれだけの被害が出たのなら、
今までのように真田様や伊達様の隠蔽は不可能だろう。
大々的な報道は免れない状況であり、
どういう結末を迎えたとしても日ノ本が大きな混乱が起こるだろう。
だが俺達はそれを承知の上で戦っている。土御門の勝利し、賀茂忠行を追い込まなければならない。
兼兄は俺達がいる階層をろくに探索せず下の階へと降りていく。
おそらく一番被害の大きい部隊との合流を考えているのだろう。
一直線にこの階段で行ける最下層である一階に向かう。
だが一階は土御門が海に変えていたはずだ。
「寒いな・・・。」
下の階層に行くにつれて明らかに気温が下がってきている。
灯りは付いているの電気は通っており暖房が聞いているはずだが、
それが機能しないほどの寒さは俺達の警戒を高めていく。
白い息を吐きながら階段を下りていくと、寒さの原因が目の前に広がっている。
「これは・・・・・。」
敷かれていた海が全て固まっており白い冷気を放っていた。
恐る恐る足を踏み出すが、俺達の全員の体重を支えられるほどの硬度を持っており、
これを固めた人物は強力な氷の力を持っていることが分かる。
「この先だ。」
これだけの異変が起こっているのなら一度辺りを警戒して安全を確保してから移動したほうが
いいのだろうが、兼兄はお構いなしに進んでいく。
風と水を併用した氷の魔術で凍らせたのならここまで固く分厚い氷は作れないだろう。
そう考えた時にこれだけの氷の力が扱える人物は限られているが、
ショッピングモールの中に該当する人物がいる。
「・・・・ここだ。」
兼兄が停まったのは多目的トイレの扉の前。
横開きのドアとなっているが鍵がかかっている上に、取っ手は固い氷で覆われている。
「龍穂、声をかけてやってくれ。」
トイレの周りは激しい戦闘の跡が残されており、大きな爪痕や銃跡が至る所にある。
劣勢に追い込まれ、命からがらここに逃げ込んで来たのだろう。
中にいる仲間達をいち早く安心させるために扉を軽く叩いた。
「綱秀、いるか?」
敷かれた海を凍らせられるのは涼音以外にいない。
そしてその近くには必ず綱秀がいるはずだ。
ノックをしたのにも関わらず奥からの返事はない。
俺の声が分からないはずはないが・・・相当警戒しているみたいだ。
どうすれば俺と判断してくれるか考えていると一つの案を思いつく。
「・・52対50。」
毎朝の鍛錬で行っている模擬戦の結果を扉に向かって呟く。
「・・・・・・おい。」
俺の予想通り、綱秀から返事が返ってくる。なにせ綱秀は模擬戦の結果についてはかなりうるさい。
今言った数字はあえて俺に一つ振り分けていた。
素直な勝敗を伝えてもよかったのだがつい先日の模擬戦の勝敗がかなり怪しく、
内容的には俺が勝っていたがそうすると勝敗に差がついてしまうので綱秀が頑なに認めなかった。
俺の言い分にイラついたのか向こうからドアが強く叩かれ、凍っている部分が崩れていく。
ただ開けてくれればよかったのだが扉が変形するほどに強く叩かれて、
このままだと粉々になってしまうほどでありそれを察してドアから少し距離を置く。
「ふん!!!」
連続での打撃でドアは既にボロボロだが、掛け声と共に放たれたとどめの強力な一撃に
ドアは耐えきれずに吹き飛ばされる。
すると中から不満そうに俺を睨む綱秀と涼音の姿が見え、
その後ろに火嶽とちーさんゆーさんがこちらを覗いている。
そして・・・奥には傷を負っている木下と介抱している真田と武田の姿が見えた。
「・・お前なら分かってくれると思っていたよ。」
先程の数字はあえて言った、本心ではないと綱秀に伝えるが
機嫌が治ることはなく黙って俺を睨んできている。
だがその姿を見た涼音がなだめてくれて何とか俺から視線を外してくれるが、
魔力の消費が激しくほぼ空といっていい。
一階全てに敷かれていた海を全て凍らせたのだから当たり前だが、
魔術を得意とする涼音の魔力が空になってしまうと自らを守る手段を失ってしまう。
かなりリスクのある行動だが、その選択をしてみんなを守ってくれた涼音には感謝しかない。
「ちー、ゆー。ある程度情報はもらっているが詳細な確認は出来ていない。
怪我をしている子の治療をしつつ情報の共有をしよう。」
兼兄は木下に近づいて簡易的に手当てされている傷口を確認する。
腹部に大きな傷が付いているが傷口は閉じられており、大きな出血は避けられたようだった。
「・・将か。手当をしたのは。」
「はい。できれば傷口を完全に塞ぎたかったのですが結構傷が深く、
止血を優先した結果肌の結合が中途半端になってしまいました。」
木下の腹部には薄い線のようなものが引かれており、
火嶽の言う通り傷は完全に塞がっていない事が確認できる。
「いや、それで十分だ。」
兼兄は千夏さんの方を見て頷くと、先ほど覚えた治療魔術を試みる。
あまりに傷が深いと魔力の消費が大きく、戦線離脱させることを考えていたのだろうが
火嶽が手当をしてくれたおかげで比較的消費が少なく済むと判断したのだろう。
(火嶽も治療魔術を使えるのか・・・?)
火嶽が得意な魔術は火の魔術であり、治療魔術を行えるとは思えない。
だが傷口には火傷の跡が見えなかった。一体どうやって傷を塞いだのだろうか?
「じゃあこっちの状況を言うよ。」
深く尋ねたがったが、情報共有を優先しなければならないとちーさんの言葉に耳を傾ける。
「兼兄からの連絡を受けた白の部隊と行動を共にしていたんだけど、
海から出てきた奴らに襲われたんだ。
初めは全員で対処していたんだけど・・・泰兄が姿を見せてね。
白の部隊がそっちに集中するから化け物達を何とかする役割を託されたんだ。」
「戦ってもきりがないから海事態の機能を封じようと思ったんだけど・・・
なかなかうまくいかなくてね。
木下が深い傷を負った時に涼音が頑張って海を凍らせて、
これ以上敵が生まれる事を防いでくれたんだよ。」
俺達が海の近くで戦闘していた時、海からはあの緑の巨人しか出てこなかった。
もしかすると緑の巨人が倒されたことを確認した土御門が、
海から新たな化け物を生み出したのかもしれない。
「残った奴らと戦いながら何とかここに逃げ込んで治療をしていたんだ。
それにしても・・・よくここが分かったね。」
不思議そうに兼兄を見つめるちーさん。
念で会話をしていたからこそこの位置が分かったと思っていたが、
そうではないとなると何を辿ってここまで来たのだろうか?
「ペンダント。忘れたか?」
兼兄がちーさん達を見ながら胸を指で叩く。
いつも身に着けている水晶のような石が付いているペンダント。その中にある魔力を追ってきたようだ。
「他の白の部隊とは連絡が付いている。
被害は最小限に押さえられているから國學館の生徒を抱えているちー達との合流を最優先にした。
白は土御門と戦闘を行ったが姿を見失い現在捜索中。
邪魔をされていた業の部隊もこちらに集まってきている。
だがそれは土御門の承知の上だ。時間をかければ不利になることを察し、
早期決着を狙ってくるだろう。」
かなり血しぶきが壁についていたが白の部隊は大きな損傷は出ていないようで、
倒し損ねた土御門の捜索をしてくれている。
「・・となるとここに長居するのはまずいですね。逃げ場がないですから早く移動をしないと。」
木下の治療を終えた千夏さんが立ち上がり口を開く。
奴の狙いは様々あるが第一は俺。この瞬間を狙われれば確かにかなり危険だ。
「いや、ここで襲う可能性は低いだろう。確かにここは逃げ場がないがそれは敵も同じだ。
奴は俺達を十二天将で足止めを試みた。
あそこで俺達を殺す気なら、力が残っていなかった奴らを置いて行かずにあいつ自身が戦うはず。
となると本命は白の部隊。邪魔な奴らを排除して龍穂との戦いに集中するつもりだったんだろうが、
それは成し得なかった。」
兼兄は木下の傷跡を確認しながら千夏さんの考えを否定する。
「・・あいつは合理主義者なんだよ。
少しでも危険だと判断した時、謀で場面を動かし危険因子を排除する。
ここで俺達を襲った場合、早めに命を奪えれば大丈夫だが俺達が少しでも粘った時に
仕留めそこなった白の部隊に挟撃される。
そんな危険な可能性がある事をする奴じゃない。
今はこの状況をひっくり返すような動きに警戒すべきだ。」
土御門に翻弄されていた兼兄が、今度は土御門の思惑を読んでいる。
あれだけ乱れていたが、うまく吹っ切れることが出来た様だ。
「ひっくり返すような動きですか・・・。
となると外部からの新手に気を付けないといけませんね・・・。」
「それは業の部隊に指示をしてある。
こちらに入ってこず、侵入経路を防いでもらってあるから安心してくれ。」
来てくれれば強力な戦力になる業をあえて入れず、外からの侵入を警戒させているのはさすがだ。
業の隊員であれば強力な敵であっても侵入を許さないだろうし、
いざとなれば中に入って増援としても共に戦ってくれるだろう。
「さて・・・移動しよう。次に合流するのは・・・藤野がいる部隊だな。」
急いでいたので気付かなかったが藤野さんや謙太郎さん、伊達さんの姿が見えない。
謙太郎さんの性格を考えると、自らの実力を高めるためにあえて白の部隊と共に行動しているのだろう。
「行くぞ。」
兼兄からの情報で確かなことは土御門の思惑通りに事が進んでいない事。
ひとまずは俺達にとって有利な状況であることは間違いない。
さらなる有利を勝ち取るために部隊との合流を果たすために駆け出した。
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