第百四十七話 見えてこない思惑
上階を掛けていくが、ちーさん達の姿どころか足音さえも聞こえてこない。
「おらんな・・・。考えるのは同じようなことだと思うけど・・・。」
「・・携帯も電波が無くて繋がりません。もしかすると電波の阻害を受けている可能性があります。」
この襲撃が計画されたものであれば土御門であればやりかねない。
ちーさん達との連絡手段が完全に絶たれてしまった。
「そういえば・・あの烏からの報告はどうだったんや?」
純恋が一階の捜索をお願いしていた八咫烏様の事を尋ねてくるが、
俺はすぐに答えられずに黙ってしまう。
「・・・・?」
「・・一階に人はいない。ちーさん達の捜索に切り替えてくれとお願いしたよ。」
つい先ほど八咫烏様から入ってきた情報は”海に人間はいない”という報告だった。
海から生まれた深き者ども達は服を身に着けていなかったが、
着衣をした深き者ども達の姿を何体か見かけたと報告があった。
フードコーナー以外にいた一般客がどこに行ったか分からない。
八咫烏様の報告だと数は少ないようだが逃げ遅れた人たちが海に触れて姿を変えられてしまったようだ。
その報告を受けた時は巻き込んでしまった人達がいたことに心が締め付けられる思いになるが、
戦いの火ぶたが既に切られてしまっている。
動揺してしまえばその隙を土御門は容赦なく突いてくるだろう。
必死に悲しみを心の奥底にしまい込み、皆に悟られないように必死に感情を押し殺した。
「そうか。被害は最小限に押さえられたっちゅうことやな。
今の所このフロアに人の気配は無いし心置きなく戦おうや。」
純恋の返答に首を縦に振る。もし隠れていた人がいたとしても申し訳ないが助ける余裕はない。
俺達が出来る事はいち早く戦いを終え、救助隊をこの施設に呼び込むことだ。
「不安要素は一つ消えましたがちーさん達との合流をどうするかですね。
これだけ物音を立てて走っていても誰一人としてこちらに向かってくる気配がないとなると、
この階にいる可能性は低いと思われます。」
戦いの最中は気付かなかったが店内のスピーカーは完全に止まっており、
俺達が走っている足音が響くほどに静寂が広がっている。
国學館の戦いで見せていた獣のような姿であれば
この足音に気付いて近づいて来ても良いと思うがその気配すらない。
「・・もしかすると私達と合流よりか兼定さん達との合流を優先したのかもしれへんで。
あの人は白のメンバーやし携帯電話以外の連絡手段を持っていてもおかしくない。
だから白の部隊と合流して戦力を整えた後、私達と合流する算段かも・・・。」
桃子が人の気配のないこの状況からちーさん達の動きを予想する。
だが連絡が取れない今、下手に深く考えて行動したとしてもかえって遠回りになる可能性もある。
「・・千夏さん、もう一度雀を飛ばせますか?
こうなった以上、ちーさん達の位置を正確に把握することが合流への最短ルートだと思います。」
八咫烏様からの報告はまだない。
捜索の手を増やす選択を取ろうと相談したが千夏さんは別の選択を提示してきた。
「・・・・いえ、桃子さんの案を採用しましょう。」
いつも合理的な判断を取ってきた千夏さんらしくない博打ともいえる選択。
土御門がどこにいるかわからない状況下の大胆な提案に、
あまり危険だと足を止めて説得しようとすると千夏さんは続けて口を開いた。
「八咫烏様は先ほど一階にいたのですからそこからの捜索となると
二階、三階と順々に見ているはずです。
それなのに発見の報告がないとなるとそれより上層階にいる可能性が高い。
そして私達以外の足音が聞こえないとなると、外からの侵入を拒むために出入り口が封鎖されている。
となると兼定さんが侵入してくるのは屋上以外にあり得ない。
外がどうなっているかを確認するためにも一度屋上に向かうのは得策だと思います。」
博打だと思っていた千夏さんの提案だが、冷静に状況を把握した上での判断だという事が明かされた。
「もちろん雀には飛んでもらいますがこの子はあまり戦闘が得意ではありません。
もし土御門に見つかった時、すぐさま命を刈り取られてしまうでしょう。」
肩に乗っていた雀を人差し指に乗せると、目線を合わせて尋ねる。
「ですが・・姿を見せない土御門の位置を知らせる手段でもある。
危険な仕事ですが・・・やってくれますか?」
ちーさん達の姿を発見した雀が千夏さんの元へ戻ってきたのは、
こちらの戦闘が始まったことを察して主人の身の危険を守るためだ。
戦闘が得意ではないにも関わらず、その選択が取れるという事は勇敢な心の持ち主の証だった。
可愛らしい鳴き声で返事をすると雀は勢いよく飛んでいく。
「あの子にはここから屋より手前の階層を調べてもらいます。
八咫烏様の捜索を合わせれば、ちー達が隠れていない限り見つかるでしょう。
そしてその間に私達は屋上に向かい、状況の確認を行いましょう。」
千夏さんの提案は捜索とはまた別の意味を持っているようで一度屋上に行くことを強く進めてきた。
「・・分かりました。」
力の無い式神をあえて飛ばし、屋上に向かって確認したいこと。
その意味を俺は理解できなかったが千夏さんの提案の呑み、屋上へ向かう事にした。
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屋上へ着くと純恋達と出会った庭園が目の前に広がる。
「誰も・・いませんね・・・。」
木々が揺れる音が聞こえるほどの静寂が広がる屋上。
その景色に人の気配を感じないが、そんなことが気にならないほどの強烈な違和感が俺達を襲う。
「音が・・・。」
繁華街に立っているショッピングモール。一歩でも外に出れば様々な環境音が聞こえてくるはず。
だがそれが全く聞こえることなく、外部からの音さえも遮断されていた。
「・・・結界だ。」
気配のしない庭園から声がして全員が音をした方向に向かって得物を構える。
「神道省副長官がショッピングモールを占領した事実が
世間に少しでも漏れたら大変だからな。」
木々の影から姿を現したのは兼兄。どうやら千夏さんの考えは当たっていたようだ。
「少し前にちーがこっちに来た。連れてきた白の部隊を任せて土御門の捜索に当たってもらっている。」
胸元から煙草を取り出し火をつけてこちらにやってくる。
どうやら虫の居所があまり良くないようだった。
「・・全て千夏さんの言った通りでしたね。屋上に来て正解でした。」
「俺達が来たからもう安心・・・と言いたいところだがそうは言えない状況だ。」
俺達と少し距離を取って語り始める。
「本当なら業の隊員を連れて来たかったが千仞から妨害を受けてな。
数えるほどしか連れて来れなかった。
白の部隊はこの結界が完全に閉じる前に連れて来れたが・・・こいつが厄介でな。
外からの情報を全て遮断した上で術を解かない限り開くことはない。」
「・・という事は土御門にその術を解かせる必要があるってことか?」
そうだと煙を吐きながら頷く。
「奴は自ら術式を解くことはないだろう。まあ・・・意識を奪う必要が出てくるだろうな。」
結界とは術者が神力を与え続けることで効力を発揮し続ける術式だ。
中には結界の術式と神力を込めた札を使うことによって発動できるタイプもあるが
欠点として結界から札を剥がしてしまえば効力を失ってしまう。
兼兄の言いかただと今回使われているのは前者。
土御門自身が発動している結界であり、術式を解くには神力を絶つ必要が出てくる。
「しかもご丁寧に認識阻害まで付いている。
一応、面倒な手順を踏めば中に入ってこれない訳じゃないが・・・
もし龍穂からの連絡が無かった外から何が起きているのか把握できずにいただろうな。」
この結界がいつ張られたのか分からないが
この大きなショッピングモールを覆ってしまうほどの結界を
その場で作り上げるのは土御門と言えどできないだろう。
全て事前に用意された計画だったことは明確だったが
俺達がここに来ることをどうやって事前に把握していたのだろうか?
「・・兼兄。」
白の部隊と合流できたという事は多少なり放っておいて大丈夫だろう。
土御門がどこにいるかわからない現状を打破するために
これまで起きたことの詳細の報告、そして奴が一体何を狙っているのか
こちらの推測を伝えた上で尋ねてみる。
「・・・・・・・・・。」
俺達の話しを聞き終えた兼兄は煙草を床に吹き捨てて足で踏みつぶした。
「この周りに東京を守っている神社などは置かれていない。
価値が無さそうなこの土地を奴が狙う理由は俺も分らないが一つ思い当たることがある。
この建物の下にはな、龍脈が流れているんだよ。」
龍穴とは大地の中にあふれる神力が多く流れている場所の事を示している。
「とはいっても有名な明治神宮や皇居とは比べて非常に細く、
このショッピングモールが建てられた後に見つかるほどだ。奴はその龍脈を狙っているんだろう。」
「龍脈を狙っているって・・一体何のために・・・?」
「龍穂達もよく知っているだろうが龍脈とは神力が多く流れている場所を示している。
その存在は古くから知られており、龍穴の上には国の重要拠点が置かれてきた。」
龍穴とは龍脈のたまり場であり、
その場所には精霊や神の姿が見えてしまうほどの濃い神力が溢れている。
「龍脈に流れているのは陽の力だ。
奴はそこに陰の力を入れることで龍脈や龍穴に流れている神力の機能を止め、
皇や機能している神社の力を抑えようとしているのかもしれない。」
神社を造営する際、奉っている神の力をより引き出すために龍脈上に建てられることが多い。
日ノ本で多くの信仰を受けている皇、そして東京を守る役目を司っている神社は
結界を強固に勤めるために龍穴の上に建てられている。
龍脈に力を入れるなんてことを聞いたことがないが、
もし兼兄のいう事が本当であれば首都である東京を守る結界が弱くなり、
外敵からの攻撃に脆くなってしまう。
「・・賀茂忠行が日ノ本を手にするための準備をしているってことか?」
「それだけならまだいいが・・・とにかく奴の思惑が見えてこない。」
煙草の匂いをまといながら俺達に近づいてくる。
「ちー達にはこのショッピングモール内一階を除く全階の制圧を頼んである。
アイツらなら大丈夫だろう。俺達は土御門がいそうな場所に向かうぞ。」
俺達に視線を向けることなくショッピングモール内に歩いていく。
「ちょっ、いそうな場所って・・・。」
「龍脈だ。この建物内の地下にある。」
立ち止まることなく中に入ってしまった。
「なんか・・イラついてたな。」
明らかな態度を見た純恋を呟く。
あまり感情の起伏がない人だがあれほどまでに分かりやすくイラついている姿を見たのは久しぶりだ。
「・・事件を引き起こしたのが神道省副長官だからでしょう。
あの方が皇に対して謀反を起こせば神道省が不安定になる。
副長官を失った神道省は新たに編成を行わなければならず、賀茂忠行の配下の進出の可能性が
高まってしまいます。」
もしこの事件で捕まったとしても新たな火種を持ち込める。そこまで土御門は考えていたのか。
今起きている出来事の大きさを実感する。
未だに土御門の思惑が分からないがその通りにさせるつもりはない。
「・・・行きましょう。」
兼兄に追いつくために足を進める。土御門との戦いは始まったばかりだ。
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