第百四十五話 緑の巨人
俺達の前に立ちはだかったのは緑色の巨人。
ダゴンの似ている姿をしているが、背中にはまるで龍のような大きな翼を持っているなど
若干の違いが見受けられる。
見たことが無い相手だが、纏うオーラは今まで戦ってきた奴らと遜色ない。
土御門の姿が見えない以上なるべく力を温存しておきたいが、出し惜しむことはできないと
黄衣をまとうため札を取り出そうとすると近くにいた楓が俺の手を抑える。
「ここは私達がやります。龍穂さんは後ろで援護をお願いします。」
楓と桃子が前に出て、その後ろを薙刀を持った純恋が立つ。
そして俺の隣に杖を持った千夏さんが戦闘態勢に入っていた。
「大丈夫か?」
「いつまでも龍穂さんに頼っているわけにはいけませんからね。大丈夫ですよ。」
自信満々に答える楓。日々の鍛錬に長野さんの指導が加わり、四人の実力はより高まっていた。
四人であれば元業の長の長野さんと互角にまで戦えるほどだが、
それでも実力が分からない未知の敵を前にしてどうしても心配になってしまう。
「・・龍穂君。私達に課された任務は、あなたの力の消費を抑えて土御門の前に届ける事です。
心配してくれるのはありがたいですが、ここでじっとしてくれていることが
私達のためになることを理解してください。」
千夏さんは冷静に自らの状況を伝え、俺に静止を促してくる。
そう言われると俺は黙って見ているしかない。
黒い札を元に戻し、みんなのために辺りの警戒を始めると楓が勢いよく飛び出していった。
「行きますよ・・・!!」
手印を結びつつ、頭を前に出して低い体勢で駆けていくと反応を見せた巨人が触手を放ちつつ
腕を振り上げる。
楓が向かってきた触手を兎歩で難なく躱していくが、先のとがっている触手は
誰もいない床に突き刺さるとヒビさえ見られないほどきれいに穴を開けた。
まともにくらえば致命傷になるほどの一撃。
簡単に避けられた巨人は体からさらに触手を出して近づいてくる楓に対応しようと試みている。
「豪・火竜噴!!!」
だが楓も黙ってはいない。
手印で詠唱を済ませていた火の魔術を巨人の顔めがけて放ち、目くらましをしつつ
縮地に切り替えて一気に接近していく。
龍の形の姿を変えた炎をみた巨人は、嫌な表情を浮かべると口から黒い海水で消火を試みる。
八咫烏様の炎をかき消すほどの禍々しい魔力を含んだ海水はすぐさま炎をかき消していくが、
蒸発された水蒸気が視界を阻みうまく前を見れていない。
これで一撃を叩き込める状況になったが楓はいったん退いていく。
楓の素早さであれば中でかく乱し続け細かくダメージを与える選択もあっただろうが、
増えた触手を見て引く判断をしたのだろう。
「ナイスや楓ちゃん。」
「こっちも準備できたで!!」
そして楓が突っ込んだ何よりの理由。それは純恋と桃子の神融和の時間を稼ぐためだ。
そもそもの実力が上がったとはいえ、神融和の有無で出せる力の差は大きく違う。
二人の神融和の時間はそこまでかからないが術を発動するまでにどうしても時間を要してしまう。
今までは俺が前に出ている事で時間を稼いでいたが、
長野さんの指摘されて改善しろと課題を与えられていた。
その回答がこれだ。楓が先にかく乱することで戦う準備を整える時間を稼ぎきることが出来た。
「さて、ここからですね。」
四人の準備が完全に整ったが肝心なのはこれから。
八咫烏様の炎でさえもあの海水を蒸発させることが出来なかった。
「私の炎はあまり期待できんな。補助に徹したほうがええか?」
いつもであれば純恋は誰にも相談なく攻撃し始めるが、連携を重視し自らの役割を周りに相談する。
自らの火力に自信を持っている証ではあったが、その使い方を周りに合わせられることが出来るまでに
成長していた。
「いえ、純恋さん程の火力を補助に回すのはあまりに勿体ないですから攻撃に参加してもらいます。」
「でもすぐに消火されたら意味無いで。それこそ力の無駄遣いになってまう。」
「あの巨人が楓さんの炎を見た瞬間の表情を見ましたか?明らかに嫌な顔ですぐに対応していました。
に炎で突ける弱点が巨人にあるのかもしれません。」
敵の一挙手一投足を逃さない流石の観察力で、純恋の力が発揮できる場面を見つけ出している。
「そこを見つけるまで勝負か・・・。」
「今のお二人であれば純恋さんが弱点を突く前に勝負を決めてしまうかもしれませんが、
見つけることが出来れば決定打になるでしょう。
それを見つけるためにも・・・龍穂君、イタカさんをお借りできますか?」
千夏さんがイタカの協力を要請して来る。
八海での純恋との合わせ技をもう一度する気なのかもしれない。
断る理由がないので承諾すると、千夏さんは前の二人の指示を出して戦いが再び動き出す。
「いくで楓ちゃん!」
「はい!」
楓を戦闘に二人で突っ込んでいく。
先程の様なかく乱を嫌った巨人が大量の触手を二人に向けるが、楓は大きく飛びあがり触手を避ける。
残ったのは桃子。今までは体に宿す魔王の力を扱えずに中途半端な姿だったが、
鍛錬などの努力によって完璧な神融和が出来るようになっていた。
「いくで・・山本五郎座衛門!!」
完璧な鎧を見にまとった桃子は神融和をしている魔王の名を呼ぶと、
纏う闘気が体を包み辺りの空気を歪めていく。
狙いを桃子一人に変えた触手たちはいっせいに突っ込んでくるが桃子は避ける素振りさえ見せない。
「はああぁぁぁぁ!!!!」
持っている長い刀を振り上げ向かってくる触手に振る降ろすと、
衝撃波と共に放たれた斬撃が鱗に包まれた固い触手を次々と断ち切っていき、
一つとして桃子の体に触れる事はなかった。
「流石ですね・・・。」
飛び跳ねた楓は巨人の元へ向かうが空中で無防備な楓を再び体から出した触手が狙っている。
翼を持たない人間は空中での方向転換はほぼ不可能であり、
このままだと体を貫かれるが相手は普通の人間ではない楓だ。
「浄蓮、頼むよ。」
残っている天井に手から出した糸をつけ、
空中で方向転換を行い飛び込んで来た触手を上手く躱していく。
巨人も逃がさないと再び触手を向かわせるが壁や床などに糸を張り付けスルスルと躱していった。
気分よく躱していくその姿はまるで踊っている様だ。
その姿を見て煽られていると思ったのか、
多くの触手や腕を振り回しているが体にかする事すらできない。
楓に意識が向いている中、桃子が縮地で巨人の懐に入り込んでおり既に刀を振り上げている。
巨人も気付いて急いで触手を向けるがもう遅い。
「ふん!!!!」
振り下ろされた刀は巨人の分厚い鱗を引き裂き、肉まで届いた刀身は巨人を深くまで切り裂いた。
体を引き裂かれ、痛覚がその痛みを体に伝えると巨人は悲鳴のような雄たけびをあげる。
「ぐっ・・・!!!」
追撃を与えようとした桃子だがあまりの雄たけびに、
このままでは鼓膜が無事では済まないと耳を手で押さえてしまう。
このままでは敵の間合いで無防備になってしまうと耳を糸で包んだ楓がすぐに近づき、
桃子を抱えてこちらに戻ってきた。
「ごめん・・ありがと・・・。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
戻ってきた楓は桃子の耳に糸で包み、再び近づけるように準備を行う。
「桃子さんの一撃はかなり深くまで入っています。
人であれば内臓まで届くような致命傷のはずですけど・・・。」
魔王の力を引き出した桃子の一撃は強力だ。
これで勝負が決まってくれれば話し早いが巨人は倒れる気配を見せない。
「傷が・・再生してるな・・・。」
大量の赤い体液を体から流しているが、その量が徐々に少なくなっていく。
傷口に干渉している様子が無く、魔術や神術での再生ではないことは明らかだが
その方法が分からない以上どれだけ傷をつけても意味が無く、
俺達が望まない持久戦に持ち込まれてしまう。
「避けている時に見えたんですけど、触手を一本下の海に伸ばしていたんです。
もしかするとあの触手から海水を吸い上げて体を再生させたのかもしれません。」
水の魔術を極めた者だけが扱える回復の術。
あの禍々しい力を放っていたのなら使えてもおかしくはない。
「断ち切ってやろうと思ったのですが、私の力じゃ浮いている状態だとさすがに無理だと判断しました。
出来れば魔術や神術で切っていただけるとありがたいです。」
バカ力の楓といえど地に足がついていない状態では力が入らずに出せる力も出せない。
「早速私の出番が来たな・・・。」
触手を断ち切れるほどの力を持った者と言えば俺達の中では純恋ほど適任者はいないだろう。
だが奴も自らの生命線を狙ってくることは分かっているはず。
海に近いので安易に魔術を放っただけでは海水を使った魔術で消火されるかもしれない。
であれば先程千夏さんが言ったように威力を上げての攻撃を狙いたいが
イタカが氷を作るための水分を確保が問題であり、あの海を操れるほど水の魔術に長けた者はいない。
だが空気中の水分を集めるにしても時間がかかってしまう。
どうしてもリスクがあるのでどの選択を取るが重要だった。
「・・私に良い案があります。」
どの選択を取るか選べず進言できないでいると千夏さんが口を開く。
力の消費を最小限に押さえる方法。一体千夏さんはどんな選択を取るのだろうか?
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