第百三十五話 いつの日かの悲しい夢
今日は新入生達の下見があるので陰の鍛錬は休み。
全てを終えてみんなで寮へ歩みを進めていた。
「ふぅ・・・・・。」
色々ありすぎて流石に疲れたが、楓を含めた一年生達が何故だか嬉しそうな表情で歩いている。
「刺激ある生活が送れそうでウキウキしてやがるな。」
その光景を見て綱秀が満足そうに隣で眺めているが、俺はあまり快く見れずにいた。
楓達に取って良い刺激になることは非常にいいことだと切り替える事は出来たのだが、
問題は最期の魔道の授業で起きた出来事にある。
(やり過ぎた・・・・・。)
少しぐらいは弱点があるだろうと意気込んだはいいが、俺の黒い風で全て破壊されてしまった。
これまで多くの成功の道を歩んできた彼らの鼻を折る所か、
自信さえもポッキリ折ってしまいほぼ全員が暗い顔をして帰って行ってしまった。
折れたのは自信だけじゃなく向上心までやってしまったのではないか、
東京と大阪どちらか選ぶどころか別の道を歩む子が出てくるのではないかと心配になっていた。
「大変だったみたいだな。」
落ち込んでいると隣から謙太郎さんが声をかけてくれる。
「謙太郎さん・・・・。」
「やり過ぎたと思っているんだろう?俺も同じような体験をしたよ。」
魔導師である謙太郎さんも同じような注目を受けて生徒達に戦いを挑まれたようだ。
「ボコボコにしてやった。
それでここにこない選択をした生徒もいたが・・・そんな奴が東京校で生き残れるはずがない。
肉体的にもボロボロになるがそんなことより精神面、
どれだけ叩きのめされようともくらいついてくる奴が生き残れる。
先生達も分かっていて龍穂が一人の授業を選んでいるんだ。胸を張れ。」
一度決めたことだがあまりに悲惨な結果となってしまい、
少し落ち込んだがそれでいいと背中を押してくれる。
転校してきた身なので入学時の振るいを体験したことはないが、
日ノ本一と言われているだけあってそう言った各所に厳しさを感じる。
本来そう言った振るいを掛けるのは学校の運営陣や先生方なのだろうが、
生徒に振るいを任せる点も三道省の高官を育てる教育に含まれているのかもしれない。
落とした気を戻しつつ寮の自室に戻る。
ずっと戦っていたので心身ともに疲れた。
今日の鍛錬は勘弁してくれとメッセージを送り荷物を置いてソファーに寝転がる。
いつもならソファーは青さんなど式神の誰かが占領されているが、
俺の大変さを知っているのか今日は誰一人として出てくることはなかった。
(ブレザー・・脱がないとな・・・。)
こうしてダラダラする時は部屋着に着替え・・・・・。
(・・こうしてダラダラするのは何時振りだろう・・・。)
ここに来てから忙しい毎日を送っていた。
自分の使命の事もあるが綱秀と戦って鍛錬に付き合うようになって・・・
振り返ると休むことが少なくなっていた。
実家にいた時は青さんと共に漫画を読むことが多かったが、
道場にいたり、自室にいたとしても千夏さんからもらった本を読んでいたりと
娯楽を楽しむことが少なくなっていた。
振り返っているとたまには読むかと思い、
テーブルに置かれている漫画に手を伸ばし眺めてみるが頭に入ってこない。
疲れているからか、それとも内容を追ってこなかったからなのか。
興味がまったくそそられずに漫画を閉じてお腹に置く。
光を遮るために腕で目を隠し、瞼を閉じると暗闇の中に意識が落ちていく。
瞼に残った電灯の光が本のような星のようにフラッシュバックしていき、意識が完全に持ってかれた。
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「・・本当にいいのですか?」
これは・・・夢。そう感じれらるほど意識がはっきりしているのは久しぶりだ。
「こうするしかないだろう。下手をこいて”アレ”失えば切り札を一つ失うことになる。」
いつもとは低い視点。そして見える景色は実家だ。
何と懐かしい景色だろうと思いにふけっていると、隣から二つの鳴き声が聞こえてくる。
一つは大声を上げワンワンと泣いている聞き慣れた声。
見ると幼い楓が口を大きく開きながら泣いている。
そしてもう一つは小さくすすり泣く声。これは・・・純恋。
幼い日に八海へ遊びに来ていた時の純恋だ。
今の姿と比較すると考えられないほどお嬢様と言うか・・・物静かな印象だったことを覚えている。
前にいるのは兼兄だが・・・話している男にはもやがかかっており、
一体だれか分からないが聞いただけで何故か安心してしまうほどやさしい声をしていた。
「それは私達が何とかすれば・・・・。」
「何とかする。それが出来る相手じゃないことは重々分かっているだろう?
仕えるかどうか分からなくとも持てる手札は持って置くべきだ。」
深刻そうな顔で札に何かを書きこんでいる。これは・・・”封印された記憶だ”。
「フェイクを入れるぞ。***、お前も封印を施せ。」
札を書き終えると、もやがかかって人物に話しかける。
「・・認識阻害もかける。それでひとまずは安心だろう。」
楓や純恋を泣き止ませるため、頭を撫でながら優しく抱く。
その姿は幼い子供の扱いに長けているように見えた。
「俺がかけよう。俺がこの場にいないことにすれば少しは・・・・。」
安心したのか二人は徐々に泣くのをやめていく。
そして封印を掛けようとする兼兄の肩を、もやがかかった人物が掴んだ。
「私がしましょう。途中で”退場”する身です。
彼らが思い出すことを考えれば、私が倒れたら解ける術式を掛ければ全てが上手くいくでしょう。」
兼兄を引き留めて札の準備を始めだす。
何か二人で計画を立てている見たいだが・・・内容が見えてこない。
「お前・・・・。」
「その癖だけはずっと変わりませんね。
出会った時から言っていますが・・・十年後も同じことを注意している気がします。
ですがその情けはいつか後悔する時が来る、今すぐにとは言いませんから彼らのために直しなさい。」
心配そうな顔を浮かべる兼兄に説教をすると、少し間を置いて分かったと頷く。
「・・私が初めに掛けます。
この術式ならばあなたの重ね掛けも一つの封印として認識されるでしょう。
”あの子”の封印もありますので、この先の事を考えればこの方が都合がいいはずです。」
そう言うと大丈夫だと優しい笑顔を浮かべながら俺達のおでこに札を張り付ける。
すると純恋と楓の意識が突然なくなり、
体勢を崩したところを両者が抱きかかえ近くに置かれた布団に優しく寝かした。
「龍穂は・・さすがだな。我慢できてえらいぞ。」
何故か耐えている俺を見た兼兄は再び札を張り付ける。
すると意識が朦朧とするが、兼兄に褒められたことを思い出して何とか耐え抜えていると、
もやがかかった人物が俺の体を掴んで持ち上げると優しく抱きかかえた。
「耐えようとするなんて本当に優しい子ですね・・・。
ですが・・・フラフラして辛いでしょう?
今日一日で大変疲れたでしょうから安心して眠ってください。」
まるで赤子の様に俺の背中を叩くと安心してしまい、瞼が徐々に落ちていく。
「二人にも封印を施した。
一応保険として家に来ている長野さんにも封印の重ね掛けをしてもらおう。」
途切れそうな意識の中、二人の会話が耳に入ってくる。
「・・私は全てを把握しているわけではありませんが・・・
それだけあの”場所”が大切なんですか?」
「ああ。あれは全てをやり直すことが出来るかもしれない文字通り切り札だ。無下には出来ない。」
部屋を出ていこうとしているのか、足音ともに兼兄の声が遠くなっていく。
「それに・・・”一族”の使命でもある。あれの存在は秘匿でないといけない。」
戸が閉まる音ともに兼兄の声が聞こえなくなった。もう意識は限界だ。闇に溶けてしまう。
「・・難儀なものです。私達も・・・そしてあなたも・・・・。」
頭を撫でられたことが止めとなり、意識は完全に落ちてしまった。
これが封印された記憶の詳細。
思い返すと純恋と遊んだ記憶は鮮明に思い出していたが、どこかぽっかりと穴が開いていた。
だが今の記憶の中でもまだ隠された人物がいる。
これを思い出せる日が来るのだろうかと思っていると、俺の名前を呼ぶ声が頭に響いてきた。
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「・・・・い。おい!龍穂!!」
綱秀の呼ぶ声で目が覚める。
「ったく・・。もう飯の時間だぞ。」
時計を見ると夕飯の時間を過ぎており、心配した綱秀が様子を見に来てくれたみたいだ。
「早く着替えろ。みんな待っているぞ。」
呆れた顔で部屋を去っていく綱秀。
急いで制服を脱いで部屋着に着替えていると、頬に冷たい何かが伝っていることに気が付く。
「・・・・・・・?」
顔を触って確認すると俺の眼から伝ってきた涙であり、泣きながら夢を見ていた事実が明らかになる。
俺の中に潜んでいた悲しい過去の記憶だが・・・一体何故、あれだけ泣いていたのだろうか?
深く考えていたかったがみんなが待っている手前、足を止めるわけにはいかなかった。
部屋着に着替えて急いで自室を出る。
あまりに急いでいたため、ポケットで振るえる携帯電話の通知に気が付くことはなかった。
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