第百三十三話 新たな風の予感
「おはようございます。」
毛利先生がやってきていつも通りに朝のホームルームが始まる。
「本日は入学予定の一年生がやってくる日になりますので
みなさん気を引き締めて授業に望んでくださいね。」
入学の権利を得た新一年生たちがやってくるが
東京校に入るのか、それとも大阪校を選択するのかまだ決まっていない。
人数がかなり少ないと聞いているので
なるべき賑やかな学校生活を送ってもらうためには
出来るだけ東京の魅力を伝えることが必要だ。
「やってきた生徒たちが各々見たい授業を見て回る方式になっています。
一人で授業を受けていることがあれば
先生の指示で共に授業を受けるなんてことも考えられますが
舐められることがあってはいけませんので
手を抜くことが無いようにお願いします。」
今の一年にしてもそうだが
レベルの高い授業を受けてきたのでまだ中学生の子達に
遅れを取るなんてことはないと思うが
確か俺の陰陽師試験で相手をしてくれた子は
今年入学すると言っていた。
あの年で武術師の資格を得ている天才だ。
もし俺の所に来た時には気を付けないといけない。
「連絡事項は以上です。
・・皆さんの働きに期待していますよ?」
新参者達に洗礼を与えてやれと言わんばかりの
言葉を俺達に与えて教室を後にした。
「龍穂、お前次の授業はなんだ?」
ホームルームが終わり、全員が俺の方へ集まってくる。
「えっ・・?武道だけど・・・。」
「それ・・一人?」
綱秀に続いて涼音が尋ねてきた。
今日の授業は珍しくほとんどが一人となっているが
一番実力が高い三年生や年齢が近く
一年後にはどれぐらいになっているのかを
見ることが出来る一年生を見る生徒がほとんどだろう。
「・・龍穂、大変やな。」
だが俺の授業を聞いたみんなが憐みの顔をこちらに向けてくる。
「え・・なんで・・・?」
「この学校の中で一番名が売れているのはあんたやで?
陰陽師試験合格後早々に八海の事件解決。
一度はあんたの授業を見に来るやろうな。」
確かにそれはそうだが・・・
そこまでなっているとは思ってもいなかった。
「毛利先生の言いかただと場合によっちゃ授業で
龍穂と戦わせるかもしれんな。
まっ、コテンパンにしてやればええねん。」
桃子は心配してくれるが純恋は心配の素振りすら見せず
実力の差を見せてやれと煽ってくる。
俺としては仲良くしたいが
実力ぞろいの子達は向上心も高いだろう。
ぽっきりと伸びた鼻を折ってやった方が
興味を示してくれるかもしれない。
「・・そうだな。」
新一年生たちに力の差を見せつける。
そしてこちらに入学してきた時に寮長として
彼らを迎え入れるためにも頑張ろうと考えを改めた。
「着替えなきゃいけないからもう行くわ。」
教室を出て四人を後にする。
涼音も純恋達と距離を詰めることに成功しており
純恋達も徐々にだが受け入れ始めている。
卒業までに信頼を勝ち取らなければ千夏さんが首を跳ねると言っていたが
あの時から考えれば十分すぎるほどに信頼を得ているだろう。
(・・いい感じだな。)
色々あったがここ最近は落ち着いている。
だが奴らはいつ襲ってくるか分からないので気は抜けないが
千仞との戦いに向けて順調な準備が出来ている事に
満足しつつ体育館に足を向けた。
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前回の授業参観の襲撃を受けて外部から人を呼ぶ際には
かなり厳重な審査と警備が敷かれている。
体育館の入り口には派遣された三道省の職員さん達が
警備をしてくれており、鼠一匹として
入ってこれないだろう。
「・・では、授業を始める。」
上泉先生はいつも通りに授業を始めようとするが
俺はどうしてもぎこちなさを感じてしまっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
俺の周りには計十名の入学予定の生徒達が並んでいた。
恐らく・・・入学予定のほぼ全数と言っていいだろう。
視線がこちらに集まっているが決して期待の視線ではなく
冷たく、そして敵意をむき出しにされている。
(こりゃ・・やりにくいな・・・。)
こいつを超える。そう言った思いが全身に刺さっているが
その中に一人だけ平然と立っている人物がいる。
陰陽師試験で戦った沖田翠だけは敵を向けず
こちらをじっと見つめていた。
あの時に実力差を見せつけたからだろうか?
だがそれなら一番敵意を向けてもおかしくはない。
(まあ・・普通にやるか。)
例え戦いになっても受け入れる。
そう決意した。何が起きてもいいといつも通り
授業を受けようとしているとみんなの視線に
気付いた上泉先生が口を開く。
「・・なかなかに人気者だな。龍穂。」
「そうみたいですね。」
この流れは・・・どうやらそう言う事らしい。
「お前に教える事はまだまだあるが・・・。
どうだ?生意気な奴らにこの学校の厳しさを教えてやる気はないか?」
上泉先生の申し出を聞いた周りの生徒達は
敵意をさらに強めていく。
「・・・・いいですね。教えてあげますよ。」
俺も断る気はない。
彼らの自信をここでへし折ってやらないと
なめたまま入学してしまう。
それは東京校、そして大阪校にいる生徒達に
取っても悪影響をだろう。
「分かった。今回の授業では
型の確認をしようと思っていたが実技に変更する。
俺が相手をしてもいいが・・・やりたい奴はいるか?」
周りに聞くとほぼ全員が手を挙げる。
生意気ではあるがやる気があるのは良いことだ。
「じゃあ・・・・知っている顔から行こうか。
伊達、前に出ろ。」
指名された子が前に出てきて俺の前に立つ。
片目に眼帯をしている髪の長い女の子。
どこかで見たことがある顔、そして聞いたことがある苗字。
「真剣でいいですよね?」
木刀を差し出されているのにあえて腰に差している
刀の鞘に手をかける。
「・・龍穂、いいか?」
木刀であれば強く撃ち込まれても打撲程度で済むが
真剣となると切られ所が悪いと命に関わる。
負ける気は当然ないが勝ち方を選ばなければ
ならないという事だ。
「いいですよ。それで。」
相当な実力差が無ければ無傷で勝負を終わらせられない。
まだ国學館に入学していない子に傷をつければ
それだけで問題なるだろうが俺の実力を見せつけるには
いい機会だった。
向かい合った彼女は俺を強く睨んでいる。
真剣での戦い、そしてそのリスクを背負う選択をした
俺を意味を武道を少しでも嗜んでいればわかるだろう。
彼女のプライドを傷つけたが
今からその傷口に塩を塗らなければならない。
「・・母から聞いています。東京校には強い奴がいると。」
勝敗を判断するために上泉先生が俺達の間に移動していると
伊達が口を開く。
「お前には絶対に勝てない。
奴から多くの事を学べるはずだと言われて見学に来たのですが・・・
どうやらかなり傲慢な方の様ですね。」
家柄の格が高い生徒が集まる国學館では
同じ苗字で学年が違った場合、さすがに察しが付く。
「やっぱりか。お母さんとお兄さんにはお世話になっているよ。」
この子は伊達様の娘であり伊達さんの妹さんだ。
見学に来るとは聞いていなかったが・・・それは
俺に変な気を使わせないためだろう。
「そんなに期待されちゃ・・・応えるしかないな。」
上泉先生は俺達に合図を送る準備は既に済ませている。
伊達は鞘に手をかけいつでも飛び込んでくる準備は済ませているが
俺は特に構えず自然体で合図を待つ。
「両者準備はいいな?用意・・・始め!」
戦いが始めると伊達が刀を抜いて振りかぶりながらこちらに走ってくる。
気合いの込めた一撃を放つつもりだが
明らかに対人戦では隙の多すぎる構えだ。
力の差を見せつけるためにこのまま受け止めても良いが
俺との戦いを望んでいる生徒達が後ろで待っている。
完膚なきまで叩きのめすことも考えたが
ここは早めに勝負を決めて一人一人に敗北を
突きつけてあげようとあえて無防備で立ち尽くした。
「フンッ!!!!!」
脳天を叩きわる一撃が振り下ろされる。
こういった力任せの奴と戦うのは得意であり
こうした場面に追い込むことで正気が生まれる。
兎歩で最短で相手の後ろに回り込む。
刀が床に刺さり、大きくヒビを入れるが
当然そこには俺はいない。
手から来る感触がおかしいとすぐに刀を抜こうとするが
深くまで刺さっており一瞬動きが止まる。
その隙を逃すことなく両肩を掴み後ろに引っ張ると
思いもしない所からの奇襲に対応できず体勢を崩す。
このまま後ろに倒れてくれればよかったのだが
伊達はなんとか刀を引き抜くことに成功していた。
このままだと危ないと右足で手からはみ出した鞘の頭に
蹴りを入れると手から鞘がすっぽ抜けて天井に刺さる。
そして抵抗する間もなく後ろに倒れる所を
膝を着きながら体を太ももで受け止めつつ首筋に刃をそっと添えた。
「・・・・そこまで。」
試合時間は十秒ほどだろうか。
たった一度の攻防で勝負が決まってしまい
熱気がこもっていた空気がしんと静まり返る。
「・・これでいいか?」
眼を見開き驚いた表情でこちらを見つめてくる伊達。
彼女が得意とするのはおそらく
対妖や対神のような自分より背丈のある怪物たちだろう。
耐久性の高い彼らと戦うために
重い一撃を加えられる大振りの戦い方が体に染み込んでいるようだが
こと対人戦に置いては役に立たないことを結果で突きつけた。
「・・・・・・・・・・・。」
勝負が終わったことを理解した伊達は再び睨みを効かせてくるが
状況を受け入れて立ち上がりこちらに一礼をして元の位置へ戻っていく。
神道省式神課の課長の娘だ。
どんな状況でも礼儀を欠かすことないと感心してしまった。
母親の仕事を手伝っていてあの型に行きついたのだろう。
襲撃を受けてさらに強化された床にヒビを入れるのは相当な力が必要だ。
負けたものの輝く原石だと上泉先生に十分伝えられただろう。
「さて・・・次は誰だ?」
静まり返った体育館に俺の声が響く。
この結果を見て少しは慌てふためくと思ったが
誰一人として臆することなく志願したいと
再び手が伸びてきた。
(これは・・骨が折れるな・・・。)
だが彼らの興味を得る事は出来た証だ。
上泉先生が次の生徒を指名すると
すぐさま向かい合い、立ち合いが始める。
何とかすぐに決着を着け、再度立ち合いを始めるが
全員に敗北を突きつける頃には終わりのチャイムが体育館に
鳴り響いていた。
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