第百三十二話 寮長の指名
陰の技術を教えてもらう日々が続いていたある日、道場で綱秀と鍛錬をしていると入り口の戸が開く。
「おう、やっているな。」
謙太郎さんを筆頭に三年生の全員がやってきた。
「・・?何かありましたか?」
「少し相談と言うか・・頼みごとをしたい。」
謙太郎さんにしては何か歯切れの悪い受け答えだ。
違和感を覚えながらも手を止めて、綱秀と共に謙太郎さん達の前に立つ。
「一体・・何なんですか?」
「・・時期寮長についての話しをしたい。」
少し間を置いて謙太郎さんが口を開く。
「寮長・・ですか。」
卒業式はもう少し先だが、今回の三年生は全員が推薦で進学が決まっているのでやることが無く、
早めに退寮をしなければならない。
「ああ、少し早いがな。
あと少しで新入生たちが学校の下見にやってくる。
その際、男子寮の寮長として挨拶をしなければならないから今の内に決めておこうと思ってな。」
確かに少し先にオープンスクールがあり入学予定の生徒達がやってくる。
例年通りであれば多めに生徒達を入れてそこからふるいに掛ける方式だったが、
今回は入学時点で実力が高い精鋭に絞ったので少人数になるらしい。
「で、だ。どうする?」
俺達二人に向かって尋ねてくるがその真意を俺は把握できない。
ただ単に俺達に寮長をやりたいのかを聞いているのか、
それともどうやって寮長を決めるのか。
どちらにせよ迂闊は発言は事をややこしくするかもしれないと
綱秀の方を横目で見ると視線が合ってしまう。
綱秀も俺と同じように思っているようで、お互い探り探りになってしまい沈黙が流れてしまった。
「・・詳細に話せよ謙太郎。二人ともどうしていいか分かってないぞ。」
藤野さんがツッコミを入れると、すまんすまんと笑いながら改めて説明をしてくれる。
「寮長を決める方法はいくつかあるが・・・基本的には挙手制だ。
複数人の立候補があれば立ち合いでの勝敗で決める。
誰も上げない場合はその時点での寮長の指名で決めるんだ。」
なるほど。という事は謙太郎さんは俺達に寮長になりたいかを聞いていたんだな。
正直・・・面倒くさい。
あんまり責任のある立場にはなりたくないと俺はそのまま立つことを選択した。
「・・・・・・・・・。」
だが隣にいる綱秀は何も答えることなく、振り返って道場の奥に歩いていってしまう。
「ちょ、綱秀!」
詳細な説明を受けたのに何も答えないのはさすがに失礼だろうと、
綱秀を引き留めるために声をかけるが背を向けたまま綱秀を口を開く。
「時期寮長。続き、やるぞ。」
俺の事を時期寮長と決めつけ、槍を振り回し始めた。
「お前な。まだ何も決まって———————————」
「俺とお前が手を挙げなかった時点で決まりだ。
謙太郎さんは龍穂の事を寮長に指名する気だろう。
俺は面倒なことが嫌いだし、お前みたいな強い責任感はないからな。適任だと思うぞ?」
何を根拠にそんなことを言っているのかと謙太郎さんの方を見ると、
腕を組んでじっと俺の方を見つめていた。
「そ・・んなわけないですよね?俺は転校してきた身ですし・・・・。」
寮長にふさわしくない理由を謙太郎さんにぶつけるが、
綱秀の言う事が図星だったと言わんばかりに何も答えない。
「まっ、使命になるんだったら俺も龍穂を指名するけどな。」
伊達さんがそっぽを向きながら口を開く。
指名する立場にないのにも関わらず、
俺への指名を助長するようなあまりにも無責任な発言だ。
「・・そう言う事だ。」
そして否定をせずに伊達さんの意見をそのまま俺にぶつけてきた。
先程の説明の中に断った際の選択肢はなかったので、例え嫌だといっても無駄なのだろう。
「・・・・・・・・・・・分かりました。」
あまりにも出来レース過ぎて正直納得いかないが、駄々をこねても仕方ないとしぶしぶ了承する。
「詰みだったな。」
詰ませたのはお前だと心の中でつぶやいた。
「まあ安心しろ。寮長と言ってもやることが別に多いわけじゃない。龍穂なら十分にやれる内容だ。
強いて言うなら・・・交流会の時が少し面倒なくらいだな。」
「交流会・・・。そう言えばこの時期に確かあるんじゃなかったですか?」
夏と冬にかけて行われるが三年生はもう引退しており、一、二年生が主な試合が行われるはずだ。
「本来ならあったんだが・・・夏の襲撃やこのところの騒動で中止になったよ。
試合はせずとも生徒間での交流は出来るんじゃないかと校長先生が掛け合ってくれているが・・・
どうなるかな。」
生徒だけではなく、三道省の高官達までが被害になった大きな事件であったため、
すぐに再開するなんてことは難しいのだろう。
校長先生が別の形での交流模索してくれているようだが、修学旅行の件もあるのでなおさらだ。
「まあそんな感じだ。だからあまり重く考えないでくれ。」
寮長と言う立場に重い責任を感じている俺に対し、
謙太郎さんは大丈夫だと優しく声をかけてくれるが俺の心中には別の感情が芽生えていた。
「・・すみません。高校生活の大切な行事を・・・。」
俺のせいで楽しみにしていた交流会を潰れてしまった。
今までも思っていたことだが先程の説明途中でふと見せた寂しそうな顔を見て
謝らずにはいられなかった。
「謝る必要はない。龍穂、お前は被害者なんだ。」
頭を下げた俺の肩に力強い手の感触が伝わってくる。
「その通りだよ。龍穂が入学してきたからこうなったわけじゃない。
龍穂の命を狙う奴がいるのが悪いんだ。
そんな奴らの罪を勝手に背負うなよ。何時か潰れるぞ?」
顔を上げると伊達さんも謙太郎さんの意見に同意してくれた。
「卓也の言う通りだ。責任を感じる事は良いことだが背負いすぎると敵に潰される。
一人で背負いすぎるな。仲間を頼れ。」
続いた謙太郎さんは俺の後ろに目をやる。
「おい綱秀!頼りないって思われてるぞ!」
そして綱秀を煽り始めた。
「えっ、いやそんなことは・・・・。」
「龍穂がずっと一人で背負うような考えをしているという事はそう言う事だな。」
すぐに否定しようとするが藤野さんが追い打ちをかけてきて、
しどろもどろになってしまい取り繕うこともできなかった。
「・・そりゃ聞き捨てならないな。」
煽られた綱秀はこちらに近づいて来て肩を組んでくる。
「お前には借りがある。まあ任せろよ。生意気な一年坊は俺が教育してやるからさ。」
「それはやめてくれよ・・・。」
反骨心からか強気な発言をしながら回した手で肩を叩いて俺を困らせに来た。
「そこまでしろとは言わんがその意気だ。龍穂をしっかりとサポートしてやってくれよ。」
引継ぎは後日すると言い、謙太郎さんたちは道場の玄関に向かっていく。
「・・・龍穂。」
その歩みに混ざらず藤野さんが俺の近くに来て、綱秀にも聞こえないような声で耳打ちをする。
「知美が転校して来る。業の隊員としてお前をサポートさせるつもりだ。
俺達がいなくなっても安心してくれ。」
業の隊員としては毛利先生がいるが、立場上自由に動き回れない。
俺の見えない所で手助けをしてくれていたであろう藤野さんがいなくなってしまうが
代わりに加治さんがこちらに来てくれるようだ。
惟神高校で生徒達の監視を行ってくれていたようだが
その必要が無くなったという事だろうか?
「・・ああそうだ、龍穂。」
耳打ちをした藤野さんが合流し、戸を開いた時
謙太郎さんが振り向いて俺の名前を呼ぶ。
「おい綱秀・・・なんですか!?」
頼りないのかとダルがらみをしてくる綱秀を何とか躱しながら謙太郎さんの方を向く。
「卒業式の日だ。最後に俺と・・・戦ってくれないか?」
あまりにも突然の申し出に隣で絡んでいる綱秀もろとも時間が止まる。
いつもの明るい表情だが目に灯る熱い闘志が俺に向けられており、
申し出に対する答えを返すことが出来なかった。
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「・・良かったのか?」
闇の森に立つ二人の男。
その顔はどこか覚悟が決まったような神妙な面持ち。
いつもであれば木や草の揺れる音が聞こえるが二人の会話に聞き耳を立てるように静かだった。
「ええ。八海の出来事で問題は解決しました。・・余計な被害は出てしまいましたが。」
装束姿の男の手には血まみれのペンダント。中には微笑ましい家族写真が埋め込まれていた。
「遺骨は両親の手に渡した。・・・両方ともひどく後悔していたよ。」
「そうでしょうね。そう思っていただけなければ彼女も報われない。」
じっと写真を眺め、ゆっくりと視線を外し、もう一人の全身黒に染め上げたスーツ姿の男に目を向けた。
「止めきれなかった私の責任でもありますが・・・兼定、あなたも深くかかわっている事をお忘れなく。
交流会会場で私と接触したことが千仞内で騒がれ、
三道省合同会議の場で強気な発言をしなければならなくなった。
そしてそれが・・・この子の父親を狂わせたのです。」
「・・分かっている。
また一つ・・・俺はいくつ業を背負えば。自分の愚かさに気付けるんだろうな・・・。」
呆れるように月が輝く星空を見上げる真っ黒な男。
疲れ切ったような声色は男が背負っている業の数々を語っていた。
「気を付けなさい。ここから先は私は傍にいることが出来ないのです。
立場上ではなく・・・”存在”が消えるのですから。」
ペンダントを手渡そうと手を伸ばした男の言葉に何一つとして反応を見せない漆黒の男。
「・・それが弱みだと言っています。しっかりしなさい。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
気付けの言葉を与えれても力なくただ空を見上げるだけだった。
「もう・・・”終わり”が近づいています。そしてそれは・・・”始まり”でもある。
それは私達が計画したものです。宣言通り、重要な締め私が行う。
そして・・・彼らの新たな歩みをあなた方が導く。
どんな状況でもです。それが散っていった家族達が報われる唯一の道なのです。」
下を向くな、目の前の道筋を見て前を向けと目の前の男に叱咤する。
「・・分かっているよ。」
ため息をついてペンダントを受け取った男は
会場の個室であった時のようにただ弱音を吐きたかっただけだった。
(本来であれば弱音は春に吐き出してほしい所ですが・・・あなたの気持ちもよくわかる。)
「・・今回は私からです。兄弟として、そして友人として。
本当に”最後”に・・・少し話しをしませんか?」
木々や草花が風に揺られてざわめきだす。
依然とは聞き手が変わっていたが、彼らが歩んできた道がその意味を大きく変えていた。
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