第十三話 新たな仲間
生徒手帳に契約を終え、呼吸を整えた後職員室へ向かい先生方に挨拶をする。
授業中なのでがらんとした職員室だったが、
俺を止めに入ってくれた竜次先生が笑顔で出迎えてくれた。
「さっきは状況が状況だったから簡単な自己紹介しかできなかったから改めてしようか!
国學館に務めている本田竜次だ!主に武道で槍術を教えているぞ!
龍穂の使う武器は刀みたいだから直接指導する機会は少ないかもしれないが
聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ!」
戦いの時の記憶はないが、状況から判断して危険を顧みずに俺を止めに入ってくれたにも関わらず
嫌な顔一つ見せずに俺達を出迎えてくれた竜次先生の懐の広さに感服してしまう。
奥では事務員であるノエルさんが小さくこちらに手を振ってくれていた。
小さな体に合っていないイスに座っており、床についていない足を揺らしている姿を見て
思わず可愛らしいと思ってしまった。
「本来であれば授業が終わるまでここで残りの先生方を待ちたいところではありますが・・・、
本日最後の授業がもうすぐ終わってしまう。
そして放課後は職員会議がありますので挨拶は諦めましょうか。」
時計を見ると四時を回っていた。
急な転校に予定が押しに押してしまった影響で
これからお世話になる先生方に挨拶ができなくなってしまった。
「校舎でやることが無くなってしまいましたので一度寮に戻り、
在校生たちが戻り次第全体に挨拶をしましょう。
アルさんには連絡を入れておきますので一足先に帰寮をお願いします。」
そう言いながら一緒に教務室を出た毛利先生は足早にどこかへ向かっていく。
俺たちのために動いてくれて忙しかっただろう。
こなさなければ仕事もあるはずなのに一日中ついて来てくれてありがたいかぎりだ。
指示通り寮へと戻ってくるとエレベーターから出てきたアルさんが出迎えてくれる。
「お疲れ様!一時自室で待機させてくれと連絡が来たわ!
時間になったら部屋をノックするからそれまで自室待機でお願いね!」
パタパタと急ぎ足でこちらへ歩いてきていおり頬には小さな生クリームを付けていた。
恐らくケーキの仕上げを切り上げて来てくれたのだろう。
「龍穂はさっき自室の場所を確認したから一人で行って頂戴!楓は私と一緒に女子寮に行きましょう!」
アルさんは楓の手を取り、エレベーターに乗り込む。
完全に一人になってしまった俺は楓達と同じようにエレベーターに乗り込み二階のボタンを押した。
「・・・・・・・」
到着までの短い時間に手渡された生徒手帳をおそるおそる取り出し表紙を確認する。
どう見てもどこにも目はついておらず変哲もない生徒手帳だ。
「・・何だったんだ?」
一人でぼそりとつぶやくとエレベーターから音が鳴り扉が開く。
空気が入ってきた瞬間いい匂いがエレベーター中に広がりアルさんの作った料理の匂いにお腹が反応して
大きな音を立ててしまった。
ずっと緊張が解れずにいた体に溜まった疲労と少量の昼食。体は食事を求めている。
誘惑には敵わず、本能のままに食堂へ足が向かってしまうが
奥から扉が閉まる音が聞こえ正気に戻り立ち止まる。恐らくアルさんと楓が女子寮に入った音だろう。
部屋の紹介はおそらくすぐ終わる。
アルさんが夕飯の支度に戻ってきた時につまみ食いしている
所を目撃されては大変なことになろうだろう。
転校前につまみ食いをしたなんて話が広まれば新しく入ってきた奴は授業中に喧嘩を売るし、
腹が減ったら寮のご飯を勝手に漁る変な奴と噂されるに決まっている。
そうなれば友達を作るどころか周りから距離を取られ新たな学校生活は苦しいものになることだろう。
(何してんだ・・・)
両頬を軽く叩き男子寮の自室へと再び歩き始める。
自分への不甲斐なさからため息をつきながら重厚な扉の前に着くと何故か青さんが立っており
左手におにぎり、右手には食べかけのおにぎりと頬にはご飯粒を付けていた。
「・・なんでおにぎり?」
情報量が多い青さんの佇まいに疲れた頭では
何を突っ込めばいいかわからず一番最初に目に入ったおにぎりの事を尋ねる。
「あむ・・・、ほれ。」
右手に持ったおにぎりを一口齧りながら左のおにぎりを俺に手渡してくる。
海苔はまだ乾いており、ご飯から湯気が出ている。握られて時間が経っていないのだろう。
あまりに美味しそうだったので思わず受け取ってしまったが先程の事が頭によぎり、
冷静になった頭で改めて青さんに尋ねる。
「これ・・、どこから持ってきたんですか?」
「食堂。寮母が一生懸命握っていたのをいただいてきた。」
・・・やっぱり。
「戻して来ます。」
「出来たてを戻すのか?勿体ない。」
「そういうことじゃなくて、全体への挨拶の前に
つまみ食いなんてしたら恥をかくに決まってるじゃないですか。」
俺がおにぎりを戻してくるため振り返ろうとした時、
青さんは最後の一口をおにぎりへ開き口の中へ入れる。
そして何もなくなった右手をひらひらと俺に向かって見せてきた。
「寮母は全員分しっかり分けて作っておったぞ。」
・・となると数が一つ減っただけでもアルさんは気付く。そしてその一つは今青さんの腹の中。
「はぁ~・・・・・」
額に手を当てながら大きなため息をはく。つまみ食いをしたのがバレるのは確定した。
おにぎり一つ戻したところでもはや手遅れた。
「・・・・・・」
怒られるのであれば少しでもお腹を満たしておいた方がいい。
そう思い生徒手帳を取り出しながらおにぎりにかぶりつく。
「うまっ・・・」
具はなくほんの少しの塩が振っているだけのおにぎりだがいつも以上に美味しく感じる。
空腹は最高のスパイスと言われるがその通りだと実感した。
「ちなみに木霊もおるぞ。」
青さんの後ろからおにぎりを持った木霊が顔をのぞかせる。
顔から感情を表すことが出来ない木霊だが恐る恐る俺の方を見てきた所を見ると
申し訳ないと思っているようだ。
「・・いつ俺の中から抜け出したんですか。」
昼食を食べた後、青さんは俺の中へ戻ったはず。どのタイミングで出たとしても流石に気付けるだろう。
「生徒手帳に異変が起きた時だ。お前さんの身に何かが起きた瞬間、なぜか校舎の外へ追い出された。
すぐ様龍穂に合流しようと思ったがせっかくなんで少し散策をさせてもらったんじゃ。」
「なら念で一言くださいよ・・・・・」
「なかなか面白くての。楓や教師もおったし大丈夫じゃと思ったんじゃ。」
青さんの行動に文句を言いながら、扉横の機械に生徒手帳を押し当て鍵を開け中へ入る。
青さんに文句を言いつつ廊下を進んでいき先程来た俺の自室の前までたどり着いて
再び生徒手帳を使い中へ入った。
改めて自室をよく見ると俺が思い描いていた寮の部屋とは大きく異なり、
リビングと呼んでいいほどの大きさ部屋にはテーブルとソファー、そしてテレビまでも置かれてた。
「まあ、座れ。一時待機なんじゃろ?」
青さんは我が物顔でソファーへ座り、隣を叩いて催促して来る。
だが、奥に扉があるのを見て何があるのか確認するために近づきドアノブを捻る。
「・・・マジか。」
そこにはダンベルなどのトレーニング器具。
そして壁沿いに置かれている本棚には魔道や神道などの専門書がずらりと並べられていた。
ここで自主的に鍛錬を行えという事なのだろう。
奥にもう一つ扉があり、開くとそこは寝室になっていたが
そこにも本棚が置かれており同じように専門書が並べられており
そこには俺が持ってきた荷物も置いてあった。
寝室に行く前に必ずこの部屋を通るように設計された寮室は
寝る前でさえ向上心を忘れさせない意図を感じさせた。
だが、そんなことよりこのような部屋を高校生が与えられていいものなのかとさえ
感じさせてしまうほどに立派な部屋だ。
「この部屋の家具は前にここにいた生徒が置いて行ったらしい。
龍穂も模様替えをしたかったら自由にやってよいと言っていたぞ。」
リビングから青さんの声が聞こえてきた。
そこまで自由に部屋を使っていいとなるとこの先の生活で不自由を感じることはないだろう。
「ふぅ・・・・」
小さなため息をつきながらふかふかのベットの上に座る。何から何まで俺の想像を超える事ばかりだ。
先ほどまでは不安な事ばかりに直面していたが
自室に関しては文句のつけようのない部屋を用意してもらえた。
ついたため息は安堵にから出たものでありベットに寝転んだ瞬間、溜まった疲労を体が意識し始めた。
軽く振り返るとずっと緊張しっぱなしだった。
この空いた時間に荷物の整理をするべきなのだろうがぼーっと天井を眺めていると瞼が重くなり始める。
戻ってこないことを心配したのか、木霊が飛んできて顔を覗いてくる。
その姿が可愛く見え、安心させる意味も含め木霊の頬を優しく撫でる。
「・・・・・・・・・」
ゆっくりと撫でていた手の力が段々と抜けていくのを感じる。
安心したのか眠気が一気に襲った来た。支えている腕も徐々に折れていき、意識が遠のいていく。
「少し寝るから・・起こしてくれ・・・。」
もう少ししたら毛利先生が呼びにくるだろう。
木霊に時間になったら起こしてくれと遠くの意識の中で何とか声に出し、腕がベットに力なく落ちる。
「なんじゃ、寝るのか。」
扉のあった位置から青さんの声がした。
木霊と同じ理由でこちらに来たようだが、何とか開いた薄い眼で姿を見ると俺を起こす素振りは
見せずに何かを探しているように見える。
そして俺のパンツのポケットに手を入れてくると何かを抜き去り背を向け歩き出した。
「少し借りるぞ。」
青さんは俺の生徒手帳を持ち、部屋から出る。
何をする気か聞きたかったが睡魔に抵抗することが出来ず
瞼の重さに負け、意識は暗闇の中に落ちていった。
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闇の中にいる。足場が見えず、自分が立っているのか浮いているのかわからない。
「・・・・・・・」
このような状況だが驚くほど平然を保っている。その理由はある確信があるからだ。
これは夢。
疲れの溜まった体で自室のベットに横になり、意識が飛んだことを鮮明に覚えている。
夢を見ている途中で気付くことは稀にあったが最初から夢と認識できたことは初めてだ。
夢の内容には自らの欲求や異変を指したものや予知夢など何かしら意味を持つものがある。
この夢は一体何を示しているのだろうか?
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何かが聞こえる。
遠く、小さい何かのうめき声のような音が俺の頭の中に響く。
何かを伝えたいのだろうが何を言っているのか理解できず、辺りを見渡しても暗闇が続いている。
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何とか読み取ろうと目を瞑り集中するすると音はどんどんと大きくなっていった。
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音は留まる事を知らずに大きくなり、頭が割れそうなほど響いた声に俺は思わず耳を塞ぎ蹲ってしまう。
つんざく耳鳴りの中、何が起きたのかを確認するため
歪んだ顔を何とか動かし薄く開いた目で辺りを見渡す。
足元は先ほどと変わらず闇が続いている。警戒しつつゆっくりと顔を見上げると
「・・!?」
俺の体を優に超える二つの大きな瞳がこちらを見つめている。
想像もできないほど異様な光景に体が固まってしまった。
俺を見つめているこの目の主が呼びかけていたのだろうか?
もし、あの声は俺への威嚇なのであればこの状況はマズイ。
今すぐ逃げなければならないがまるで蛙が蛇に睨まれたかのように
固まった体が俺の意志通りに動いてくれない。
得体のしれない生物を前にして死の恐怖で胸の鼓動が回転数が跳ね上がっていく。
これから俺はどうなってしまうのか。
緊張のあまり、無限に感じてしまうほどの沈黙が流れる。
「っ・・・・・・」
飲んだ唾の音が聞こえるほどの沈黙の後、
(・・・これからだな。)
はっきりと響いた聞いたことが無い男の声。
俺に対して言っているのだろうが、何がこれからなのか。その言葉に思いつくことはない。
一言だけつぶやいた後、瞳はゆっくりと閉じる。
瞳の主は一体何だったのか?言葉の意味は?
そもそもこれは夢のはず。この夢が示す意味とは?
起きたことに対して得られる情報が少なすぎてさらに頭が混乱していく。
「・・・・ほ。・・龍穂!!」
またどこからか声が聞こえる。
だが、今度はいつも聞き慣れた声が怒り混じりで俺の名前を呼んでいた。
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「起きろ龍穂!!」
青さんが俺の頬を叩きながら強く呼ぶ。
覚めない頭で腕を動かし頬を叩く手を払いながらゆっくりと体を起こした。
「おはようございます・・・。」
「呼ばれておるぞ!早く準備せい!」
眠い目を何とか薄く開くと腕を組みながら俺を睨む青さんがベットの前に立っていた。
「はぁい・・。」
俺は背伸びをしながら返事をし、ベットから立ち上がる。
部屋を見渡すと起こしてくれと頼んでいたはずの木霊の姿が見当たらない。
「木霊・・・?」
「奴なら札の中じゃ。お前が寝てからすぐに入っていったぞ。」
精霊である木霊は気まぐれな部分があり、用事を頼んでも聞かずにどこかへ行ってしまうことがある。
(頼む相手を間違えた・・・。)
あまりの眠さに何も考えずに頼んだことを後悔しながら、
洗面台まで歩き目を覚ますために冷水で顔を洗う。
何度も冷えた水で意識をはっきりさせ、備え付けられていたタオルで拭いていると
玄関の扉をノックする音が聞こえた。
「やべ、はーい!」
待たせるのはまずいと急いで玄関まで行き、扉を開く。
「やっと出てきた・・・」
めんどくさそうな顔でため息をついて出迎えてくれたのは北条。同学年で激しい戦いをした男だ。
「毛利先生が呼んでる。自己紹介と晩飯の時間だ。」
こっちだと言い、北条は廊下を歩いていく。急いで外履きに履き替え後を追った。
「・・・・・・・・・・」
エントランスへ向かうため、一緒にエレベーターに乗ったが沈黙が流れる。
強いのかと煽られ、あれだけの戦いをした後に出せる話題のレパートリーは持っていなかった。
「・・・おい。」
狭い空間で顔すら見えないほど気まずい空気が流れていたが、北条がお構いなしに俺を呼ぶ。
「・・何?」
まさか声をかけられると思っていなかったので
何も考えずすぐさま声を出してしまいそっけない返答になってしまう。
まるで今日の事を根に持っているみたいで悪い印象を与えてしまっただろうか?
「最後に使った黒い球。あれ・・・なんだ?」
そっけない返事をものともせず北条が俺との戦いで見たであろう術について聞いてくる。
敗北が悔しかったのだろう。
「あれは・・・・・」
木霊とともに神術を唱えようとした以降、俺の記憶はない。気付けば本田先生が目の前に立っていた。
木霊が何を使おうとしたか、俺にはわからない。
だが黒い球であれば心当たりがある。
八海の地で鬼を倒した木霊の風の術は透明ではなく黒い球だった。
俺の意識が無くなった後、木霊が放ったのだろう。
「・・わからない。」
あのような神術が使えることは俺の知ったばかり。
特殊な個体の木霊だから使うことができたと予想を伝えることは
出来るだろうがそれは説明にすらなっていない。
下手に不透明な事を伝えるよりいいと分からないと言った方がましだ。
「・・・そうか。」
少しの沈黙の後、北条はつぶやく。そしてエレベーターが鳴り、エントランスへの扉が開いた。
「来ましたね。」
エントランスには大勢の生徒達が俺達を出迎えてくれる。
「こちらへ。」
奥にいる毛利先生がここへ来いと右手を差し出し促してくる。
先に出た北条に続き、生徒たちの注目を浴びながら毛利先生と隣に立つ緊張した楓の間に立つ。
「揃ったので全体での転校生の紹介をします。
二年生の上杉龍穂君。そして一年生の加藤楓さんです。」
円で囲むように並んだ在校生の前に立ち改めて挨拶をする。
軽く全員を見渡すがそれぞれに風格があり、鍛え抜かれているのが目に見えた。
「国學館では珍しい転校生です。これから毎日顔を合わせますので仲良くお願いします。
では、在校生も自己紹介を。寮長から順々にお願いします。」
毛利先生の言葉に応え、二人の生徒が前に出る。
「女子寮の寮長、徳川千夏です。よろしくお願いします。」
長い髪をポニーテールにした女子生徒が体の前で手を重ねて握り、俺達に深々と挨拶してくれる。
一つ一つの所作から気品を感じさせる女性だ。恐らくかなりの名家出身なのだろう。
(名家・・・徳川・・・・・ん?)
聞いたことがある苗字どころか今日同じ苗字を聞いたぞ。
「苗字を聞いた時点で察しがついているとは思いますが千夏さんは徳川校長のお孫さんです。
現在は校長の職務につかれていますが以前は魔道省長官をしていた経歴を持ち、
その血を引いた千夏も魔術師に匹敵するほどの技術をお持ちなんですよ。」
説明を受けた徳川さんは顔を上げ、俺達に笑顔を向けてくる。
浮かべた穏やかな笑みは絵になるような美しさで釘付けになってしまった。
「よろしくお願いします。」
「よ、よろしくお願いします・・・」
思わずぎこちない挨拶を返してしまう。
だがそんな姿を見ても徳川さんは笑顔のまま俺の目から視線を外すことなく見つめてきており、
俺は思わず視線をそらしてしまった。
「よろしくお願いしまーす!」
隣から楓の元気な声が聞こえた瞬間、俺のわき腹に鈍い痛みが走る。
「ウッ・・!!」
何が起きたのかと横を見ると楓の肘が俺のわき腹を捉えていた。
バカ力の楓の一撃はまともに食らえばただでは済まない。
流石に手加減はしているとはいえしかも完全に徳川さんに気を取られていたため、
無防備で喰らってしまったため情けない声を出してしまった。
「フフッ・・・、大変仲が良いみたいですね?」
「はい!そうなんですよ!!」
肘を打たれた所を手で押さえ、痛みに耐えていると追撃とばかりに今度は足に蹴りを入れてくる。
「いっ・・・!!」
蹴りの威力もすさまじく、あまりの痛みと理不尽に文句を言うため楓の方を見るが
フンと鼻を鳴らしながらそっぽを向いてしまう。俺が一体何をしたというのだろう?
「はっはっは!面白い奴らが入ってきたな!!」
楓に文句を言おうと口を開いた時、バカでかい笑い声がエントランスに響く。
「これから面白くなりそうだ!!」
声の主はかなりガタイのいい男子生徒。
見るからに鍛え抜かれており、集まっている生徒たちの中でも一番の風格を漂わせていた。
「謙太郎君。自己紹介を。」
毛利先生が急かすように男子生徒に挨拶の催促をする。
「おっと、すみません。俺は男子寮長をしている上杉謙太郎だ!!」
先程より大きな声を響かせて自己紹介をした後、俺達の前まで歩いて来て手を差し出してくる。
「ここで共に過ごす限り、俺達は兄弟同然だ!困ったことがあったらなんでも相談してくれ!!」
謙太郎さんも笑顔を俺たちに向けてくれるが明るいというか、暑苦しいぐらいの笑顔を向けてくれる。
大柄な体と相まってものすごい圧を感じさせているが臆することなく
俺も手を差し出し固い握手を交わした。
「謙太郎君は明るい性格で男子寮全員を引っ張ってくれる
リーダーです。本人の宣言通り、兄弟の様に仲良くお願いします。」
謙太郎さんは楓とも握手を交わすと俺達に向かって一言
「定明さんと風太さんにはお世話になった!この後の夕飯の時に二人の色々話を聞かせてくれ!」
そう言って円の中へ戻っていった。
定兄達は国學館の卒業生であり、三年生達とは面識があるのは当然だ。
共通の話題があるのはありがたい。
それに八海から離れた東京で過ごす定兄達の姿は一度も見たことが無いのでぜひ話を聞いてみたい。
「では、二人に続いて三年生から順番に自己紹介をお願いします。」
寮長達に続いて先輩達や同級生の二人、下級生達が挨拶をしてくれる。
三年生は男子が三名女子三名。
二年生は俺を含め男子二名と女子一名。
一年生は男子二名と楓含め女子三名。思っていた以上に少数精鋭だった。
「これで全体の挨拶は終了となります。
寮長のお二人はお話ししていた通り、夕食後に各寮内の説明をお願いしますね。」
そういうと毛利先生は足早に玄関に向かおうとするが、アルさんがその手を掴んで止めにかかる。
「せっかくだから寮で一緒に夕食を食べていかない?転校生を歓迎するためにいっぱい作ったの!」
笑顔で夕飯に誘うアルさん。だが毛利先生は表情を変えずに振り返り
「結構です。」
一言返して玄関に向かおうとする。
その姿はまるで何かから早く逃げようとしているようだった。
「春先生?」
そんな毛利先生の行く手を阻むようにゆーさんが後ろから両肩に手を置いて動けないようにする。
「一緒に食べようよ。」
そして千歳さんが玄関の方向へ立ちふさがり、逃げ道を塞ぎながら改めて夕食への誘いを行った。
二人の姿を見た他の生徒達も毛利先生を囲んで一緒に食べようと必死に誘う。
中には頼み込むような言いかたをする生徒もおり、今日の昼時に見た大量の夕食に対して一人で多くの
人数で挑むため、逃がすわけにはいかないという意思が強い団結力を生み出していた。
「・・わかりました。」
必死の生徒達を見た毛利先生はため息をついた後、観念したように承諾する。
「よ~し!じゃあ一緒に行こっ!!」
承諾した後も、生徒達は毛利先生を囲むことを止めずに大人数でエレベーターに向かっていく。
「やっぱり大人数で食べるのが一番よね!」
その光景を見たアルさんも嬉しそうに生徒達に合流し
階段とエレベーターに別れて続々と二階へ向かって行った。
俺と楓は遅れを取りながらも二階へ向かおうとするが、寮長の二人がエントランスに立っており
「行きましょうか。」
疎外感を感じさせないよう俺たち二人を待っていてくれたようで二人と合流し食堂へと向かう。
「・・”同じ上杉同士”仲良くやろう。」
その途中、謙太郎さんが俺にしか聞こえない声でぼそりと呟く。
「・・はい。」
先程の元気な声とは違う真剣な声で激励の言葉を受け取り、同じように小さなボリュームで返事をする。
新たな仲間と共に送る新生活が始まろうとしていた。
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