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第百二十六話 退路を断たれた先にある答え

これだけ交渉をしたうえで兼兄が提示したのは涼音の思い。

その思いが込められた視線を長野さんは受け止められずにいる。


「どうでしょう。出来ない理由があれば涼音ちゃんにお願いします。」


視線を落とし、奥歯を噛みしめている。

恐らく反論の言葉を必死に考えているのだろう。

今までの口論が全て分かっていたと言っていたが、最終的には兼兄達が来る前の状態と変わっていない。

自らの立場。この村にいる元業の隊員たちを理由に断ればいいはずなのに、なぜ悩む必要があるのか。


「・・・勅書をこういう使い方する奴は初めて見たな。」


俺と同様に状況が飲み込めず口元に拳を近づけ、考えていた純恋がぼそりと呟く。


「どういうことだ?」


「この場にいる全員が勅書の内容に察しがついているはずや。

それはあのおっちゃんも同じ、見る事を拒んだ時点でもうそれは中身を見たとほぼ同じや。

その時点で勅書としての効果が発揮されとる。」


「・・でもその勅書はもう燃やされて証拠が残っていないぞ。意味が無いんじゃないか?」


皇が扱う刻印が無ければ勅書としての効果は発揮されない。

現物は既に皇太子様が燃やしてしまっている。筋は通らない。


「良いか龍穂、勅書は発行した時点で記録を残しとる。

今のように現物が無くなってしまった事態に備えて効力をなくさないようにするためや。

その場合、勅書を運んだ者が証人となる。証人が生きているだけで効力は発揮されとる。」


現代において証明方法が古典的だとは思うが、

皇の勅書を運ぶ人は皇からの信頼が厚い人物のみが選抜されるのだろう。


「そんでその承認が今後の日ノ本を導いていく皇太子や。証拠隠滅のために切り伏せるわけにはいかん。

今、おっちゃんは皇の勅命でこの村から抜け出して私達の講師をせなあかん状態や。」


「・・それでも状況は全く変わらない。勅命が生きていたとしても長野さんは拒んでいる。」


「拒んでも無理な状況に追い込んだってことや。

勅書を持って帰らせればそんな物なかったと言い張ることが出来たやろうけど

それさえできなくなった。

おっちゃんがこの村の人達を理由に残る理由を言い訳はもうできなくなったっちゅう事や。」


一番の理由を潰した。

しかも相手に悟られないように追い込んだのは流石としか言えない。

既に勝負は決したように思えるが、兼兄はなぜ長野さんに

追い打ちをかけるような行動を取っているのだろう。


「・・出来ない理由は潰したはずだ。これ以上は何も言う事はない。」


「確かにここに留まることが出来ない理由はあなたにはない。

ですが・・・龍穂達の講師をする理由が今のあなたにはないでしょう?」


このまま兼兄達が帰り、皇にこの状況を説明すればこちらに来て講師をしてくれるだろう。


「中途半端にしてほしくはないんですよ。

あなたには龍穂達、そして何より涼音ちゃんのために賀茂忠行と戦ってほしいのです。」


勅命で無理やり連れて行ったとしても、俺達の対する指導が投げ槍になってしまうだろう。


「お前、これだけ回りくどいことをしておきながらよく言えるな・・・。」


「俺はあなたの指導力を買っています。

あなたが龍穂達に協力してくれるのならどんな手も使いますよ。」


気付けば辺りを気配が所々消えている。

おそらくここに来ていない元業の隊員に状況を伝えているのだろう。


「・・俺が指導をして無事だった奴らがここに多くいるが、

それは後方に控えさせるしかない実力不足だった奴らだ。

実力の高い奴らは前線に送ったが、ほぼ全員が命を落としている。

指導してきた中で最高と言える二人も・・・散っていった。」


逃げられない長野さんに残されたのは俺達を拒んでいる真意、本音を吐き出し始める。


「現業の長は就任後、誰も死なせていない。俺とは大違いだ。

この先を生き抜きたいのなら関わっちゃいけないんだよ、俺には。」


今までの部下達と同じ道を歩ませたくない。俺達を心配するからこそ近づくなと警告している。

皇直属の組織である業。なぜそう名付けられたのか意識さえしてこなかったが、

語っている長野さんの背景にうっすらと見えた多くの影が名づけの意味を物語っていた。


「時代が悪かったんです。長野さんの代は日常の影に隠れて多くの混乱がありました。

戦後の影響による武力抗争。新興宗教の反乱。

そんな大波乱の事態を収めてられたのは、

あなたの指導とあなたを信じ戦った先輩方の功績によるものです。

俺は平穏が訪れた後釜に座らせてもらっただけですよ。」


多くの犠牲者が出た背景にはそれだけ多くの戦いがあったからであり、

決して長野さんが悪いわけでは無いと言い放つ。


「そんで・・・一応俺もあんたに指導を受けた身ですよ。忘れないでいただきたい。

犠牲者を出さずにここまでやってこれたのは長野さんのおかげです。

ですから・・・彼らにもその教えてやってほしいんです。

この日ノ本の闇を生き抜く方法を、そして生き抜いた先で闇を祓う秘術をね。」


業と言う日ノ本の闇に関わる厳しい世界で生き抜いてきた

長野さんしか俺達の教えられないと兼兄は語る。


「・・・・・・・・・。」


それでも首を縦に振らない。


長野さんが抱く感情、そして葛藤は分からない。それが分からない俺には説得は厳しいだろう。

切り札を切った兼兄と皇太子様も決定打を打つことはできない。

出来るのは・・・。


「・・私はお父さんとお母さんみたいにはならないよ。」


涼音だけだろう。


「・・・・それは無理だ。あいつらでも生き残れなかった。未熟なお前じゃ・・・。」


やめておけと言いたかったのだろう。

だが漏れた本音は一度蛇口をひねってしまえば簡単にこぼれてしまう。


「・・・そうね。”未熟な”私じゃ無理。」


長野さんはしまったと舌打ちをしてそっぽを向く。

兼兄達が来る前であれば、こんな見え見えの釣り針にかからなかっただろう。


「私の気持ちはさっき伝えた。

その時はここの人達を理由に上手く断られたけど・・・

長野さん自身には断る理由がないって証拠だよね?」


逃げるようにそっぽを向き続けたままだが、今回は逃げる選択肢を封じられている。


「私は何があろうとお父さんとお母さんの仇を撃つよ。

そして・・・生き残る、綱秀がそう望んでくれたから。」


涼音がこの展開になることを分かっていたのか定かではない。

だが大切な人が出来た事実を長野さんは理解している。


「でもこのままだと私達は命を落とす。

私は・・・生きたい。生きぬいて空にいるお母さん達に幸せになったって見せてあげたいの。」


兼兄の隣から足を踏み出し長野さんの前に立つ。


「お願い、力を貸して。長野さんの後悔を・・・私達の力に変えたいの。」


今度こそ本音を聞かせてほしい。じっと見つめる涼音の隣にいつの間にか綱秀が立っている。


「・・・・・・・少し待て。」


大きなため息をついて長野さんは右手を上げる。

すると遠くから木が動く音が聞こえたかと思うと、

長野さんの隣に少し前にあったおばあさんが音もなく片膝を着いて着地する。


「・・お呼びで。」


見た目からは想像がつかないほどの身軽な身のこなしは

引退したとはいえ業の隊員だったことを理解させられた。


「お前はどう思う?」


「・・勅命が下された時点で我々の意志は不必要。よって何もいう事はありません。」


「業の隊員としてではない。一個人としての意見が聞きたい。」


呼び出しに答えたという事は右腕的存在なのだろう。

見るからに長野さんより高齢であり、業にいたころから任務を共にしてきたのか

相当信頼されているようだ。


「・・一番可愛がっていた二人の愛娘だろう?

今まで後悔ばかりしてきたのだから今回ばかりは素直になっていいんじゃないかい?」


少し間を置いて出てきたのは、まるで息子に対するような柔らかい口調で諭すような言葉。


「それに・・・この子達が歩む先にはあの”比留間”もいるんだろう?

アンタがどうしても切れなかった裏切者を、

今から弟子になろうとしている子達が倒してくれると言っているんだ。

私としては乗らない手は無いと思うねぇ。」


その言葉を聞いた長野さんは苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる。

この状況を打破するような言葉を期待していたのだろう。

だが素直になれと諭され深く考え込んでしまう。


「・・あんたが比留間も息子同然に可愛がっていたのは私もよく知ってる。

だからこそ、失態を犯した息子にお灸を据えるのが親の役目じゃないのかい?」


立ち上がり腰に手を回して悩む長野さんを見つめるおばあさん。

いつの間にか辺りからの視線が増えているが俺達を警戒しているわけでは無く、

長野さんの選択を見守っているようだった。


「・・・・・・・・分かった。」


長い沈黙の後、長野さんが答えを出す。

俺達の申し出を断る筋を全て絶たれた末に決断したのは了承という選択だった。


「まあ・・・ここまでされちゃ断るにも断れん。お前達に陰の力をしっかり叩き込んでやる。」


指導をするという言質が取れた。

ここまでしっかりと言ったのなら最後まで付き合ってくれるだろう。


「そうと決まればやることが山ほどある。明日から国學館に行ってやるから覚悟しておけ。」


一度は拒否された所から承諾まで持って行けたのは大きい。

兼兄と皇太子様のおかげだが、涼音の功績が一番大きいだろう。


俺達と共に歩む決意。

それを俺や純恋達にまざまざと示した二人、

全ての出来事が歯車の様にかみ合い前に進んでいる気がした。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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