第百十九話 大喧嘩の結末
時計は既にてっぺんを超え、隣に座っている純恋や楓は目を閉じて小さく寝息を立てていた。
「疲れたんやな・・・・。」
桃子と千夏さんが自室から毛布を持ってきて、二人を起こさないように優しく掛けてくれる。
「そうですね。観光をして戦って・・・疲れて当然だと思います。」
千夏さんも二人の事を優しい顔で眺めている。
まるでやんちゃな妹達のお姉さんの様だった。
あれから一時間ほど経ち、やっと二人怒号が静まった。
兼兄や毛利先生がいてくれているから冷静な話し合いに切り替わったのだろう。
「長いですね・・・。」
「長い方が良いんだよ。感情的になっても、その場から逃げていない証拠だ。
本来こういう喧嘩ってのは時間をかけて解決していくもんだからな。
改めて自らの事を振り返り、悪かったことを反省したあと
これからどうしていきたいかお互いが話し合う。
それをあの二人はこの場で解決しようとしているんだから大変だろうな。」
医務室に繋がる廊下の突き当りを眺めながら竜次先生は呟く。
「龍穂はこういう喧嘩をしたことはないのか?」
尋ねられて思い変えてしてみるが、怒鳴り合いの大喧嘩はしたことが無い。
「ない・・・ですね。」
喧嘩をしそうになった時、俺が引いてその場を済ますことや
その場にいる他の人が止めに入ってくれることが大半だった。
「そうか。龍穂は人付き合いが上手いからな。
だけどこういう時期に大喧嘩をしておかないと大人になってから解決方法が分からずに
大変な思いをするかもしれないぞ?」
もし俺が綱秀と同じようなことになった時、
最期まで付き合うことなく適当にあしらいその場を立ち去ってしまうかもしれない。
感情的になっているからそういう事をしてしまうのだろうが俯瞰的に見ると最悪の選択の一つだろう。
「・・そうかもしれませんね。」
「まあ、したいと思っても出来るわけじゃないからな。
だが・・こっちに来てから龍穂の周りの環境が大きく変わっている。
もしかすると・・・その時はすぐにきているのかもしれないな。」
横目で寝ている純恋や千夏さん達を方を見ながら竜次先生は言う。
皆とは良好な関係を築いている・・・とは大きく言うことが出来ない。
今の所は仲良くできているが、一触即発のような場面を何回も見てきた。
それは俺との衝突ではなく俺の周りにいる人達の衝突。
その矛先がいつ俺に向くか分からない。
「そんな深刻そうな顔をするな。今起きているわけじゃないんだぞ?」
「いや・・そうなって時の事を考えちゃって・・・。」
「安心しろ。今考えてもいざその時が来た時は、
頭が沸騰しそうになっていて冷静な判断が出来ないからな。
そう言う時に過去の経験が頭によぎるもんだが・・・
素直に状況を受け入れて、しっかり後悔するといいぞ。」
口角を上げながら二本目の缶コーヒーを流し込む。
詳細な説明は過去に竜次先生が同じような状況に陥ったことがあることを示していた。
先人の知恵。ありがたいお言葉だがそれを聞いても素直に受け入れる事は出来ない。
「・・頑張ります。」
「おう、頑張ってみろ。」
秒針が動く音がエントランスに響いているが、遠くから新たな音が聞こえてくる。
「ん・・・。」
それに反応した竜次先生が寝ている二人の肩を軽く叩き、立ち上がる。
複数人の足音がこちらに近づいてきている。
ホテルの従業員さんのものかもしれないが、大小異なる四つの足音が不規則であることから
話終えた四人がこちらに向かってきていると察する事が出来た。
「・・お待たせしました。」
前を歩く兼兄と毛利先生の間からついて来ている二人の足元が見えるが、
両方が引きずるようにふらふらと足元がおぼつかない。
鼻をすする音も聞こえている。
どうやら相当お互いの気持ちをぶつけ合い、腫れた目であまり前が見えていないのだろう。
「お疲れ。どうだった?」
「ひとまず仲直りは出来ました。
ですが・・・彼らが前を向き、歩く際にどうしても避けて通れないことがあり、
その件で龍穂君達と少しお話がしたいのです。」
毛利先生の眼も若干腫れていた。二人の喧嘩と仲直りする過程に影響を受けたのだろう。
「これに関しては龍穂達も多少の予想は付いていると思う。涼音ちゃんに関してだ。
彼女がこれから先、生き長らえていくには避けて通れないことがある。
それは龍穂達も同様であり、同じような道を歩むことになるだろう。」
兼兄がしゃべりながら半身で後ろを向き、二人に手招きをして前に立たせる。
「この場で蟠りを解きたいと俺は考えている。
だから話し合いの場を設けさせてくれないか?」
二人の眼は毛利先生以上に真っ赤に腫れ上がっており、
全てを出し切り心の底から話し合って仲直りをしたことが見て取れる。
俺としては受け入れたいが、ついて来てくれる仲間たちが承諾してくれるかが肝心だ。
陰陽師試験前に釘を刺されている手前、すぐに承諾してしまうと信頼を失うことになる。
それだけは避けたい。
充血した目で俺の事をまっ直ぐ見つめる綱秀の視線は痛いが、
受け取らずに隣に並ぶ仲間たちに顔を向ける。
「・・龍穂君はいかがですか?」
千夏さんは真剣な顔でこちらを見つめ返してくる。
これは・・・一応大丈夫だと思ってくれているのかもしれない。
楓と桃子も同じような表情でこちらを見つめているがただ一人、
純恋だけが少し不満げな顔で前に立つ二人を見つめている。
「・・・俺は良いと思います。
ですが、同じ道を歩むことはしっかりと話し合った上で判断させていただきたいです。」
純恋が納得いかないことが分からない以上、ただ承諾するのは良くないだろう。
だからこそ話し合った上で判断させてほしいと強調したうえで承諾したいという意思を伝えた。
「当然だ。そのための話し合いだからな。」
兼兄は俺の申し出を快く受け入れてくれる。
「純恋もそれでいいか?」
「・・まあ、ええけど。」
不満な顔を崩すことなく純恋は承諾した。
「ありがとう。少し場所を移そうか。」
そう言うと兼兄達は客室とは違う方向へ歩いていく。
廊下を何度も曲がり、着いた先には両開きの重厚な扉。
中に入ると見るからに高価な大きなソファーが対面で置かれおり、そこに各々が腰を掛けた。
「さて、まあ納得いかない所があるのは重々承知している。
だがひとまず涼音ちゃんの話しを聞いてくれないか?」
毛利先生がお茶を入れてくれた後、兼兄が場を仕切ってくれる。
俺達に向けて言っているが、そのほとんどは純恋に対して言っている事だろう。
分かったと頷くと、隣に居る涼音の背中を叩く。
すると先ほどまで俯いていたとは全くの別人のように、こちらを真っすぐ見て話し始めた。
「まず・・・今までの事。本当にごめんなさい。」
そして深々と頭を下げてきた。
「私・・・自分の事ばっかり考えてこうしてちゃんと面と向かって謝らなかった。
今更それを許してもらおうとは思ってない。だけど・・・挽回しようとは思っています。」
振り返ると確かに面と向かって謝ってもらっていなかった。
それだけ涼音が追い込まれていたという証拠なのだが、
通すべき筋を通していなかったことは事実だ。
「・・ふ~ん。」
涼音の態度。そして言葉を聞いた純恋は膝に肘をつきながら前傾姿勢で頬杖をついているが、
先程の不機嫌な顔をしていない。
興味が無いと受け取れるような軽い受け答えだが、
今までしてきた無視とは明らかに違う態度はむしろ興味が生まれてきているように見えた。
「・・私は両親の死の謎を知るために千仞に入った。
そして身の拠り所が無い私を同じ千仞の平さんが引き取ってくれた。
あの人は私をぞんざいに扱うことなく受け入れてくれて、父親の様に振る舞ってくれた。
私はこれに今でも感謝している。あの人が罪人になった今でもその気持ちは変わらないの。」
一番辛い時期に助けてもらった恩人。
その人が罪人になったとしても気持ちが変わらないのはそれだけお世話になった証だ。
「だからこそ残された私はあの人のため、そして自分のために前を向きたい。
それはこれから生き残ることもそうだし、両親の死の理由を知ることもそう。
だから私も・・・あなた達と戦わせてほしい。」
決意の言葉が涼音から述べられる。
陰陽師試験の前に聞いた綱秀と同じ決意は、二人の足並みがそろった証拠だった。
涼音と綱秀。両名が俺達に加わってくれれば非常に強力仲間となるだろう。
後は俺達を説得するだけ。
だが隣に座っているみんなは表情を和らげることなく、真剣な顔で二人を見つめていた。
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