第百十七話 涼音の告白
今回の騒動を終え、旅館に戻ってくる。
大きな怪我はしていなかったので簡単に治療を受けてエントランスに腰を掛けていた。
「大変だったみたいですね。」
先に戻ってきていた火嶽が俺の元へ歩いて来て、労いの言葉を掛けてくれる。
「そっちもな。ケガはなかったか?」
「俺は大丈夫です。ですが真奈美が少し傷を負ったので治療を受けています。」
綱秀達の護衛としてついていた火嶽と真田、そして藤野さんは
人気のない場所で襲われたと毛利先生から報告を受けていた。
「そうか・・・。どんな奴に襲われたんだ?」
火嶽たちは俺の使命を知らない。
なので賀茂忠行の配下、クトゥルフ神話の神々の事も知らないので
巻き込んでしまったことに申し訳ないと気持ちはありつつも、
襲ってきた奴の情報は少しでも取っておきたいので素直に尋ねることにした。
「突然ナイフを持った人物に真奈美が襲われました。
かすり傷で済んだんですけど、反撃したら・・なんというか体がアメーバみたいに溶け始めたんです。」
「溶け始めた・・・・?」
てっきり俺達と同じように深き者ども達に襲われたと思っていたが、
火嶽達は全く別の何かに襲われたようで思わず聞きなおしてしまう。
「はい。どろどろになった奴と戦ってなんとか勝ったんですけど・・・
綱秀さんと涼音さんが姿を消していて、それに気づいた毛利先生が急いで探しに行ったんです。」
ドロドロになったやつ・・・か。
初めて聞いた敵。賀茂忠行の配下なのかさえも分からない。
報告を聞いた俺は謎の敵に頭を悩ましていると、
誰もいないエントランスを見渡した後、火嶽が小さな声で話し始めた。
「・・”ショゴス”ってご存じですか?」
「ショゴス?聞いたことないな・・・。」
「クトゥルフの眷属の一体なんですよ。」
火嶽から出てこないはずの単語が飛び出してきて驚くが、表情には出さずに火嶽の眼を無言で見つめる。
するとその答えを示すようにポケットから取り出したペンダントを俺に見せつけてくる。
「これ・・分かりますか?」
どこかで見たことがあると思い返し、記憶の中から答えを見つける。
ちーさんとゆーさんがいつも身に着けている物と一緒だ。
「・・そう言う事か。」
「そう言う事です。ちーさんとゆーさんが卒業した後は俺が窓口になるのでお願いします。」
兼兄が言っていた通り、国學館にも白のメンバーが潜んでいた。
俺達以上にクトゥルフの知識のあるのでこれから頼りになるだろう。
「それで・・ショゴスって言うのは?」
「さっきも言ったようにショゴスと言うのはクトゥルフの眷属です。
奴らが作り出した生き物であり、非常に高度な擬態能力を持っている化け物なんですが・・・。」
火嶽が説明の途中に深く悩み始める。
「・・どうした?」
「ショゴスの生息域は南極、もしくはとある山脈が主とされています。
ですがそれは以前の話しで、
現在はほぼ全滅状態と言ってもいいほどに数を減らしているはずなんです。」
火嶽達を襲った化け物が京都に居るはずがない、
なぜそんな所にいるのか、そう言いたいのだろう。
俺にはその謎が分からないが火嶽が白と言うことが分かったので、
俺達の身に起きたことの詳細を伝えることにする。
「なるほど・・・・。」
俺の話しを聞いた火嶽は何か察しのついたように顔を上げる。
「カタノゾーア、クトゥルフの息子と呼ばれる邪神の一柱ですね。
恐らくそいつが数少ないショゴスを所持していたんでしょう。」
「ショゴスを持ったいた・・・か。それを今回の作戦で使ってきたのか。」
「ショゴスは元々召使いとして作られたと聞いています。
ですが自己を持ちすぎたことで指示を受け入れることが出来ず、南極に放置されたみたいですね。
今回使われたのは召使いとしての機能が残っていた奴と思われます。
それを倒せたのは大きな収穫と言えるでしょう。」
これだけ詳しい火嶽でも見抜けないほどの擬態を持つ敵を倒せたのは確かに大きな収穫だが、
このショゴスと言う敵の知識を持てたことが一番大きい。
高度な擬態で味方に擬態されたとしても、俺達にしかない思い出を聞くことで対応が可能だろう。
これはみんなに共有して行いといけないと思っていると、奥から足音が聞こえてくる。
スーツ姿の兼兄が姿を見せ、気付いた火嶽が客室の方へと歩いていく。
「・・龍穂、時間あるか?」
何時になく真剣な顔の兼兄が俺の前に立ち止まる。
「大丈夫。」
「涼音ちゃんが目を覚ました。色々話しを聞こうと思うが龍穂達も同席してほしい。」
治療を受けていた涼音が目を覚ました。
綱秀がいたおかげが大きな外傷はなく、
唯一の不安点は首を掴まれて体を持ち上げられていたことだが
それも大きなダメージにはなっていないようだった。
「分かった。」
客室に待機してもらっていたみんなに念と携帯で連絡を入れてから兼兄の元へついていく。
みんなと合流してから旅館の医務室に入ると
そこには毛利先生と竜次先生が立っており、奥には座っている綱秀の姿があった。
「・・容体はどうだ?」
奥に進むとベットで体を起こしている涼音の姿が見えるが俯いており、
髪の毛で表情が見えないが心配そうな顔をしている綱秀を見るにひどく落ち込んでいるのだろう。
「涼音、話せるか?」
綱秀が手を握り涼音に問いかけると、
俯きながらも小さく頷き大丈夫ですと枯れたかすかな声で答えた。
「そうか。病み上がりの所悪いが涼音ちゃんに聞きたいことがある。」
その様子を見た兼兄は近くにあったイスを持ってきて涼音と背丈を合わせるために座る。
「以前の平将通の襲撃の時、君は奴を国學館に招き入れた。
そして捕まった後、情報を我々に提供した。
それ以降怪しい行動はとっていないことは報告を受けている。
君がもう賀茂忠行の指示を受けていない事を証明するように襲撃を掛けられた。
周りの人間がどう思っているのかは分からないが・・・俺は君の事はもう疑っていない。」
私情無しの客観的視点で涼音の潔白を示してくれる。
俺もこういった風に純恋達に説明できればもっと当たりを弱められたのかもしれない。
「そういった君の信頼を勝ち取る行動があったにも関わらずだ。
春から聞いた話しだと突然姿を消したらしいね。
これだけ私達に信頼を見せてくれた君の事だから何かしらの意図があると思っている。」
兼兄は組んだ手の親指を回しながら涼音に尋ねる。
だが・・涼音は何も答える様子はない。
「・・あなたが姿を隠したのはショゴスに襲われた後、何か耳打ちされた様子はありませんでした。
涼音さん。あなたはショゴスを見て何かを察したのではありませんか?」
毛利先生は涼音が答えやすいように自らの予想を話しながら誘導する。
ショゴスとは何かと呟いた純恋や何か分からないといった表情をしているみんなに
小声で簡単に説明をした。
「涼音、どうなんだ?」
両手で涼音の手を握る綱秀。
兼兄や毛利先生の言葉に反応を見せなかったがピクリと反応した後、手を引いて拒否反応を見せる。
今まで見せてこなかった反応に綱秀は戸惑うが、その姿を見た毛利先生が呟いた。
「・・・彼がそうさせたのですね。」
拒否反応。傍から見たらただ触られるのが嫌なのかと思えてしまうが、
それが自らの事を大切に思い、守ってくれてきた恋人であれば話しは違うのだろう。
「あなたは彼から離れたかった。
自らをいじめから守り、傍によりそってくれた大切な人から離れたい理由を
正確に把握はできませんが・・・予想は出来ます。」
涼音の動作から、予想を広げる毛利先生を綱秀は顔を向けて見つめる。
「私の口から言ってもいいですが、それは綱秀君が望まないでしょう。
あなたの気持ちは・・・涼音さん、あなたの口から言うのが筋だと思います。」
まるで追い込むように語っている。ここまでくれば後は涼音が口を開くだけだ。
俯いている涼音はなかなか反応を見せず、沈黙が流れるが聞こえないほどの小さな声で涼音が呟く。
「・・き・・・た。」
「・・・・?」
「死ぬ気・・・でした。」
涼音の告白が静まり返った部屋の空気を冷やしていく。
死ぬ気だった。その言葉は俺達、そしてなにより綱秀の心に大きく突き刺さった。
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