第百十四話 高野東亜
埋め尽くすほどいたはずの深き者ども達が全て地に伏せている。。
大量の血が流れ、死屍累々となった賀茂御祖神社の境内に立っている人影は二つのみとなっていた。
「はぁ・・・はぁ・・・・。」
片方はひどく傷つき息も絶え絶えであり、得物である長物の持つのさえやっとの状態。
そんな彼女をここまで追いやった男は手に持っている槍で軽く肩を叩きながら
首を傾げるように鳴らしており、先ほどまでの戦いが退屈であったと伝えているように見えた。
「怪物め・・・!!」
恨めしそうに睨む彼女の視線を意にも介さない。
「生憎こんな状況は何度も経験しているもんでね。次は”旧支配者”でも連れてくるこったな。」
肩を叩いていた槍の穂先を向ける。
「まあ・・次があれば、の話しだがな。」
生殺与奪の権利がどちらにあるのか火を見るより明らかであり、
辛うじて立ってはいるものの既に決着はついていた。
「・・さすがだな、竜次。」
槍を向けている背中にある木陰から太い声が響くと、何者かが姿を現す。
男はまるでそこにいる事を知っていたかのように体を半身にして顔を向けると、
そこにはスーツを着た大柄の男性と小柄な少女が二人に向かって歩いて来ていた。
「隠れてないで出てきてくれよ。こっちは多勢に無勢だったんだぜ?」
「無勢?バカ言うな。人数で見ればそうかもしれないが、
兵力差じゃ相手が可哀そうになるぐらいお前が圧倒していたよ。」
親しそうに話しているが大柄の男性の顔にはいくつか皺が刻まれており、
年がいくつも離れているように見える。
スーツの胸元には武道省のマークがついたラベルピンが付いており、
その他にも武術を極めた者だけに送られる特別な証も付いていた。
「京都御所の護衛はいいのかよ。アンタらの管轄でもあるだろ?」
「土方に任せてある。
沖田のお気に入りを見に来たんだが・・・どうやらとんでもないことになったみたいだな。」
隣に居る沖田と呼ばれた少女は照れ隠しなのか肘鉄を隣にいる男性に入れた後、
縮地で移動しボロボロ体の後ろ首に手刀を放つ。
「・・よく意識を保てましたね。限界だと思っていましたが、かなりしぶとい様で驚きです。」
意識を飛ばされることを何とか防いだものの限界に近く片膝をついてしまう。
「ふ・・ふふっ。私には・・まだ役目がありますので・・・・ね。」
強がりか、それとも本当に何か策があるのか。
どちらにせよこの体では何が起きたとしても対処できるだろうと、
少女は腰の得物を抜く素振りさえ見せない。
「さて・・そいつはこっちで回収していいのか?
それとも・・・八海の時のようにお前達が持っていくか?」
「そっちに任せる。どうせこいつは下っ端だ。あまり情報を持ってはいないだろう。」
遠くから見ている二人は興味が無さそうな目を向ける。
「って言うか知っているんだな。俺達が主犯達を持ち去ったことを。」
「そりゃ昔からお前を追っているからな。証拠も何もきれいさっぱり消す奴なんてお前達しかいない。」
気まずそうに男は頬を掻く。
「・・借りはもう作りたくない。何がいいんだ?」
「おっ、察しが良くて助かるな。
今年アイツが国學館に入学するから鍛えてやってくれ。女だからと言って遠慮はいらん。厳しく頼む。」
そんなことでいいのかと竜次は呟くが、
これでお前との縁は続くだろうと嬉しそうに笑う大柄の男。
その姿を見た竜次は失敗したという顔を浮かべた。
「ふっ・・ふふっ・・・!!」
敗北を突きつけられ、勝利の余韻と言えるじゃれ合いを見た女は地面から二人を見上げ、
不敵な笑みを浮かべる。
「何を笑っているのですか?あなたの敗北は既に決まっているのですよ?」
「いえ・・これからあなた方が浮かべるであろう焦った顔を想像してしまったのですよ・・・。」
女の言葉の意図が分からずとも危険だと判断した沖田は素早く抜刀し、首元に刃を添えた。
「私の首を切っても手遅れです。囮である私は・・・既に役目を終えています。」
自らの役目を明らかにし、二人の表情を伺うが予想と反してあっけらかんと女を眺めている。
「・・馬鹿かお前。そんなことは見てわかる。
そもそもそんな実力で主力を任せられる部隊なら、既に俺達が捻り潰しているからな。」
「つい先日に事件でもわかるようにお前達は裏切者を処理したがっていた。
リスクもある修学旅行を決行したのはお前達をつり出すためでもあるんだろう。
それを分かっている兼定や春が京極涼音を手薄にするはずがない。
皇太子様もよくお考えになったものだ。」
二人の冷静な状況判断を聞いた上でも女は笑みを続けている。
「・・我々の狙いが本当にあの子だと思っているのですか?
あの子は私同然、下っ端も下っ端です。そんな彼女を狙う理由・・・何故だかお分かりですか?」
女の問いに二人は答えることが出来ない。
風の音が聞こえるほどの沈黙が流れた後、携帯の着信音が境内に響く。
「我々の狙いはあくまで賀茂龍穂。あの子はあくまでそれを釣り出すための餌に過ぎない。
そして今回の作戦は・・・我々の”主力”の人柱が投入されています。
早く助けに向かった方がいいですよ?
あなたが会いたがっていた・・・”旧支配者”に会える数少ないチャンスなのですから。」
女は大きな笑い声をあげる。
それは先ほどまで自らのバカにしていた者達への唯一の報復だった。
「うるさい。」
近くにいた沖田は女の笑い声を収めるため、顎を蹴り上げる。
「お前・・容赦ないな・・・。」
罪人相手とはいえ、容赦のない一撃に大柄の男はドン引きするが
竜次の表情は先ほどの余裕は無くなっていた。
胸元のポケットに入れられた携帯を取り出し画面を確認する。
そこには古くからの友人、そして兄弟である兼定の文字が表示されていた。
「・・俺だ。」
覚悟を決めるように間を開けて電話に出る。
大柄の男は何が起きたのか確認するために横目で様子を伺っていた。
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青さんが涼音を掴んでいる男に向かって突っ込んでいく。
「ん?」
こちらに気付いたのか掴んでいる涼音から手を離しひらりと身を躱す。
古びた神社に突っ込んでいく青さんだが、固い鱗に守られた皮膚はこれだけでは傷一つ付かない。
倒れそうになった涼音を受け止め後ろに下がるために兎歩で駆ける。
飛ぶ勢いがすさまじく、武術の心得があまりない純恋と千夏さんが着地に少し手間取るが、
楓と桃子がカバーに入りすぐに距離を取る。
「綱秀!!大丈夫か!?」
傷ついている綱秀に向かって声をかける。
「あ、ああ。何とかな。」
膝をついて手で押さえている腹部から血が滲んでいる。
どうやら傷が深そうであり、戦闘の継続は難しいかもしれない。
「涼音を頼めるか?」
逃げさせたとしても土地勘が無く、
しかも森の中を傷ついた体でケガ人を背負って逃げるなんて到底不可能だ。
ここは危険を承知のうえで涼音を綱秀に預けて戦うしかない。
「驚いたな。まさか突然龍が飛んでくるなんて。」
崩れる寺から人の姿で現れる青さんを冷静に眺めている。
深く帽子をかぶっているので顔をよく見れていないがかなり幼く感じる。
伝説の生き物である龍が突っ込んできてもよく冷静でいられるものだ。
「それだけあいつが大切なんだな。まあ・・・裏切者なんだけどね。」
だがこれで挟み込む形となった。
綱秀と涼音を一人で圧倒するほどの相手だ。
各個撃破の可能を考えると俺達から仕掛ける方が良いだろう。
俺の横に桃子、中間に楓と後ろに純恋と千夏さんがいる状態だ。
仕掛けられると思い六華の柄を握ったその時、
「やめろ。」
イタカが飛び出して俺の前に立った。
「おっ、珍しい奴がいるな。蛸の腰巾着か。」
「・・口を慎め、わが王を侮辱するな。」
白い風をまとわせ静かに怒りを露わにするイタカだが、攻める姿勢を全く示さない。
「ははっ!我らが主を前に敗走した負け犬が何言ってんだよ!?
しかも逃げた先の雪山で人間に見つかって妖怪扱いされたんだって?
笑わせてもらったよ!外なる神の面汚し!!」
弱腰のイタカの姿を見てさらに煽る男。見た目以上に長く生きているのだろうか?
「何を言うとるんじゃ。お前は龍彦に早々に倒されておったじゃろうが。」
楽しそうに煽っていた男の動きがぴたりと止まる。
「しかもその影響で使役者を亡くし幼子に衣替えか。
面汚しと言うのは自らの事ではないのか?」
「お前・・あんときの龍か・・・!!」
男の表情ががらりと変わり、怒りをあわらにする。
「お主がいればお前さんの主はもっと楽に勝てたはずじゃ。
そうすれば龍穂も既に殺されていただろうよ。
全てはお主の失態でこうなっておる。
今回表舞台に出てきたのも、その時の失態を挽回しろと言われておるんじゃないか?」
どうやらこの三人は面識があるどころではなく一度戦っているようで、
その時はこの男が使役しているであろう神が俺の父親に敗北を喫したらしい。
「・・別に言われたわけじゃない。少し様子を見てこいって言われただけだ。」
男が怒りを抑えつつも力を辺りに放ち始める。
魔力神力ともにどす黒い力を放ち始め、こいつが千仞だという事を証明してくれた。
「だが・・・挨拶なんていらない。俺が軽く殺して忠行様に献上してやる。
そうすればもう馬鹿にされない。お前達にも・・・あいつらにも・・・・!!」
だが今までの力とはけた違いと力を周りに放つ。
仙蔵さんや平、そして猛とも比較にならなかった。
「俺の名は・・高野東亜。お前達を殺す者だ・・・!!」
千仞だから俺の命を狙う。それは当然だがこの高野と言う男は
自らの劣等感を俺達にぶつけているように思える。
そんな私情で殺されるわけにはいかないと六華を引き抜き戦闘態勢に入った。
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