第百十一話 賀茂御祖神社
全員で賀茂御祖神社までの道を歩く。
「あの植物園すごかったな~。見飽きんかったわ。」
俺以外の四人は仲良く歩いている。
非常に良いことなのだとは思うのだが、全員の視線がことあるごとに俺に集まってくるのは
正直心臓に悪い。
あの後全員に詰め寄られた後、すぐに兼兄が割って入ってくれて収まったはいいものの、
向けてくる視線が変わったように思える。
私を見てくれと自己主張を含んだ視線が俺に向けられているように思えて仕方がない。
そしてなにより・・・・
「その後のお昼ご飯を美味しかったですね~。龍穂さんもそう思いませんか?」
俺への距離の詰め方が格段に変わった気がする。
現に今お昼ごはんの感想を聞いてきた楓は俺の腕に抱き着いてきた。
背は小さいがその小さい体にはしっかりとサキュバスの血を引いており、大きなものをお持ちだ。
そしてそれを見た純恋ももう片方の腕に飛びついてくる。
何も言ってこないが強い視線が俺に刺さっているのを感じる。
仲良く争ってくるのは正直言ってやめてほしい。
「兼定さんがおっしゃっていた時間には少し時間がありますので、少し見て回りましょうか。」
賀茂御祖神社。
携帯で軽く調べたが歴史が深く、偉大な神社だという事が分かった。
主神は賀茂建角身命。
この神様は京都を守る守護神であり、日ノ本の首都であった地を守ってきたその力は絶大だ。
「・・・すごいな。」
朱色に塗られた立派な門が俺達を出迎えてくれる。
「こちらは楼門と呼ばれる、重要文化財に指定されてされている門ですね。」
千夏さんの解説を聞きながら門を眺める。
眺めている中でもひと際興味深そうに見ているのは、引率で付いて来てくれている竜次先生だ。
「・・竜次先生はあまりに京都に来たことが無いのですか?」
あまりに目を輝かせているので思わず尋ねてしまう。
「ん?まあ・・そうだな。来たこと自体はあるが、観光に来たのは初めてなんだ。
歴史を感じる街並みを感じることが出来て楽しいよ。
出来れば・・・他の白の奴らも連れて来たいぐらいだ。」
そう言いながらも楼門から目を離さない。
まるで白の部隊の人達への土産話しのために、この景色を目に焼き付けておこうとしているようだ。
「・・・・・・・。」
白は存在を大きく知られていない部隊だ。
もしかすると存在を隠すために、外に出歩くことをあまりしなかったのかもしれない。
携帯を取り出し写真を撮り始める。
どんな写真を撮ったのかと携帯の画面をのぞき込むと、
門の入り口には装束を着たおじいさんが俺達の方を見ながら佇んでいるのが目に入る。
濃い紫の袴を身に着けているのでかなり位の高い方なのが一目瞭然であり、
隣に居る千夏さんに携帯の画面を静かに見せるとこちらを向いて頷いてくる。
「・・既に出迎えに来ていただいているようですね。」
約束の時間まではまだかなりあるが、俺達が早めに来ると想定していたのかもう来ていただいている。
しかも来ている装束の色からして位の高い人物、恐らく宮司さんなのだろう。
駆け足で楼門に駆け寄り、謝りながら挨拶をする。
「申し訳ありません、迎えに来ていただいたのにも関わらず悠長に・・・・。」
「いえいえとんでもない。私が早めに準備をしていたのですから。」
優しい笑顔を浮かべ、俺達を受け入れてくれる。
「賀茂御祖神社の宮司を務めております古木と申します。
遠い所からわざわざ足を運んでいただきありがとうございます。」
古木さんが自己紹介をしていただいた後、俺達も挨拶を返す。
「少し時間もありますし、立ち話もなんですから本殿まで
見て回りながらこの神社の説明をしましょうか。」
そう言うと古木さんが俺達を案内してくれる。
宮司さんの直々の案内を受けられる人なんて数えるほどだろう。
「この神社は賀茂建角身命を祀るために三世紀前半から四世紀後半に掛けて建造された、
歴史の中心である京都を見守ってきた神社になります。
そしてその文化的意義から文化遺産としても登録されており
名実ともに京都一の神社だと自負しております。」
歴史ある神社を継いで来た宮司さんだからこその自信が言葉から伝わってくる。
歴史が長いほど古くから信仰を受けてきた証であり、その自信は何一つ間違っていないのだろう。
見事な境内を見回り、本殿につく前に宮司様が立ち止まり俺達を方を向く。
「さて・・今回は訪問。上杉兼定様から申し出をいただき私が承諾したのですが、
詳しいお話をする前に少し尋ねたいことがあります。」
にこやかな笑顔が真剣な表情に変わる。そしてその目線は俺の方へ向いていた。
「上杉龍穂さん・・・いや、”賀茂”龍穂さんとお呼びしてもよろしいですか?」
改めて呼ばれた俺の本名に、全体の空気が変わるが動じることなく堂々と答える。
「はい、そうです。」
「・・そうですか。ではこれから本殿にご案内しますが私は少し席を外します。
すぐ戻ってきますので、少々お待ちいただきますが
お茶を用意してありますので楽にしてお待ちください。」
確認をしたのち、入り口にいた巫女に俺達を任せ古木さんは奥に入ってしまう。
「・・・行こう。」
明らかに含みのある言いかたに俺たち全員の警戒は強まるが、
こちらから申し出をした上で躊躇して立ち止まるのは失礼に当たる。
もう進むしかないと全員に一言で伝え、案内をしてくれる巫女さんの後ろを歩いた。
本堂に置かれた座卓をかこみながら宮司様を待つ。
当たり前だが本殿には余計なものは置かれたおらず、神体である鏡が収められていた。
他にもあるのだろうが、軽々と表に出せない貴重な物であるため大切にしまっているのだろう。
「・・兼定さんが伝えたんかな。」
静かな本殿に桃子の声が響く。
「それは・・・どうだろう。兼兄がそんな危険な事易々と伝えるはずが無いし・・・。」
「一つ可能性があるとすれば、もしかすると事前に知っていたのかもしれません。」
何か考えていた千夏さんが口を開く。
「兼定さんが新幹線で私達に言ったことを覚えていますか?
賀茂御祖神社は賀茂忠行に関係があるかもしれないと。
賀茂御祖神社が奉っている神、賀茂建角命は賀茂忠行の祖先にあたる説もある・・・という事は、
賀茂忠行の息がかかっている可能性があるという事です。」
確かに俺達の話しを盗み聞ぎをしていた兼兄はそう言っていた。
千夏さんが考えている可能性も決してありえない話しではない。
「・・ってことはここで私達を一網打尽にする気ってことか?」
「かもしれませんね。」
そう言いながら置かれたお茶を座卓の真ん中に寄せる。
俺達の名は八海での出来事で多少なり広まっている。
もしかするとこのお茶には何かが盛られており、隙が生まれた所を襲う気なのかもしれない。
まだ全員がお茶を口にしておらず、最悪に事態は避けられている。
「安心しろ、何か起きてもいいように俺がいる。
まあ・・兼定がそんな怪しい相手に連絡を取るなんて事はしないと思うがな・・・。」
警戒はしているものの竜次先生は比較的リラックスしている。
この訪問をセッティングした兼兄だが、仙蔵さんの件もある。
止むを得ない事情を古木さんも抱えていたとしたらと考えると、何か起こる可能性も否定できない。
「お待たせしました。」
俺達が含みの意味を考えていると古木さんがやってくるが、
服装は全く変わっておらず得物を隠している様子はない。
だが手には古い封筒のようなものが携えられており、得体のしれない物が俺達の警戒を強めていく。
「・・警戒するのはごもっともです。
あなた方が乗り越えてきた道については兼定殿から伺っております。」
強い警戒に気付いた古木さんは、身の潔白を示すために俺達の事情を把握している事を告げる。
「本日あなた方がこちらにやってくることを兼定殿からお聞きした時、私は心に決めました。
そ我々の”旧き業”を少しでも償うため、
少しでもお力になれればと思い、私はあなた方の前に座っております。」
そして空いている所に座り、急須に入れられたお茶を湯呑に入れて啜った。
俺達の前に置いてあるお茶もあの急須から入れたものであり。
自らがそれを飲むことで安全であると示しているのだろう。
そして古木さんが言っていた話しを聞いて色々尋ねたくなるが。
旧き業と言っていたという事は時系列がある内容だろうと考え、俺達は黙って古木さんの言葉を待った。
「この神社は賀茂忠行に由来のある神社。
奉っている賀茂建角身命は賀茂忠行の遠い先祖に当たります。
そしてこの神社は・・・以前から賀茂忠行が”根城”として使っていた過去があるのです。」
警戒は正解だった。
古木さんの言葉がそれを証明している。
丸腰で敵意の無く、懺悔の言葉を述べようとしているであろう人相手に得物を取り出すか迷っていると、楓と桃子が得物を取り出す。
竜次先生は得物こそ取り出さなかったが、敵意を向ける二人を止めに入らなかった。
「切り捨てたいのなら切り捨てなさい。あなた方・・・特に龍穂君にはその権利があります。」
怯えることなく、刃を受け入れる意思を示す古木さん。
その姿を見て、俺は二人に得物をしまうように指示を送った。
「良いんですか?この人は歴史的犯罪者に手を貸していた一族の末裔なのかもしれないんですよ?」
「・・切るのはこの人の話しを聞いてからでも遅くはない。だから得物をしまってくれ。」
純恋と千夏さんを後ろに来るように催促し、古木さんに向かって座りなおす。
「手心をいただき、感謝します。」
そう言うと古木さんは手に持っている封筒の中から何かを取り出し、座卓の上に置く。
「賀茂忠行がこの神社を根城にした背景、我々が彼と手を切った理由。
そしてその全てを踏まえた上であなたがたにできる最大限の償いのため、今からお話しします。」
置かれたのは一枚の古びた札。
それが何を示しているのか理解できなかったが、古木さんの覚悟を決まった目を見て
俺達はただ黙っている事しかできない。
賀茂忠行と関わりのある人物の末裔。
少し見方を変えれば俺と似たような境遇にある人物が、
賀茂御祖神社の裏の歴史を紐解くために口を開いた。
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