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第百四話 待望の大晦日

日が沈み、体の芯まで凍ってしまいそうなほどの寒さの中を人混みの中を歩く。

今日は大晦日。純恋の希望通り、初詣に向かっている。


「夜に出歩くなんて・・・なんか変な気分やね。」


「そうやな。向こうで同じことをしたら、桃子の母ちゃんに怒られてまうわ。」


珍しく桃子も浮かれているようで夜の寒さを楽しんでいるようだ。

千夏さんが選んでくれた日枝神社の本殿に続く道を歩いている。

人混みが多すぎて、どこを歩いているか分からなくなるほどだ。


「千夏さん。徳川家由来であれば上野に東照宮がありましたよね?

人混みを気にするのならそちらでもよかったのでは?」


楓は長いマフラーを共有しながら共に歩く千夏さんに尋ねる。

今更聞くのかと突っ込みたくなるが、確かに徳川家由来の神社であればもっと融通が利くだろう。


「・・遠い先祖を奉っている神社に私が行けば、騒ぎになってしまうのですよ。

そうなれば初詣にいらっしゃっている方々に迷惑が掛かってしまいますので

顔見知り程度が丁度いいのです。」


神として奉っている人物の子孫が参拝に来たとなれば神主たちや巫女は大騒ぎになるのは当たり前だ。

長く続いている家ならではの悩み事なのだろう。


「そうですか・・・。とはいえ東京五社に入る日枝神社もかなりの参拝される人たちがいますね。」


「そうですね。ですが・・・お二人にはむしろそれがいいのではないでしょうか?」


初詣に行ったことが無い二人はテレビで人が溢れるように並んでいる映像を見ているはずだ。

他の神社でもそれなりに賑わっているはずなので拍子抜けにはならないだろうが、

想像とは違いがっかりするよりかは有名で人が多い所へ行った方が喜ぶだろう。


「・・少しいいかな。あの二人と距離が開いているよ?」


千夏さんの影から雫さんの声が聞こえ、前を見ると足取り軽い二人との距離が離れてきていた。


「屋台あるんかな?」


「調べたら何個あるみたいやで。

純恋、いつもなら大晦日いっぱい食べるのに初詣のために少し押さえてたやろ?

楽しみにしてるのお見通しやで?」


皇族の血を引き、強い式神を持っている純恋は様々な人物から狙われてしまうのだろう。

高校生になったとはいえ不意を突かれれば攫う事は出来るはず。

人混みや闇夜ににげられれば追跡は難しい。人の隙間を縫いながらなんとか合流をする。


「おっ、なんや?龍穂達も初詣楽しみなんか?」


純恋達は先に歩いている事なんて気にしておらず、

初詣の事だけを考えていたようでのんきな一言が飛んできた。


「ああ、そうだよ。二人は何が楽しみなんだ?」


「屋台行ってみたいねん。何があるんやろうなぁ。」


「屋台って・・・純恋は俺達と一緒に八海のお祭り行ったことあるだろ?

それ以来屋台に行ってないのか?」


純恋と楓と共に八海のお祭りで色々と遊んだ記憶が、思い出した記憶の中には刻まれている。


「・・行ってないねん。

こいつが体の中に入ってから、人が多いとこ出んなって言われてたんや。」


自分の心臓に向けて親指を突きつける。

まだ未熟な純恋の中にいる玉藻の前が暴れる危険性を考え、周りが引き留めていたんだろう。


「でも今は制御できるし、龍穂達もおる。

自由と言えんけどこうして出歩けるようになったこと感謝するで。」


ずいぶんと窮屈な生活を送ってきたのだろう。

俺のおかげと言うよりかは純恋が頑張ってきた成果が実った結果なのだろう。

そう伝えると少し間を置いた後そうやなと呟いた。

いつもであれば照れ隠しに叩いてくるなどしてきただろう。

大人になった・・なんて俺が言えた柄じゃないが純恋は変わってきている証拠だ。


そんなことを話していると本殿が見えてくる。


「あれが本殿か。なんか・・・情緒無いな。」


多くの参拝客に対応するため賽銭箱ではなく、

別の大きな箱が用意されておりそこにお金を投げ入れていく姿が見える。


純恋の言う通り、さい銭箱にお金を入れてこそのお参りであり

あのような急ごしらえでは情緒が無いのは共感できる。

だが大切なのはお金を入れる容器ではなく、作法や願い事が重要だ。


「まあそう言うなよ。純恋は何をお願いするんだ?」


日枝神社は様々なご利益があるが、

通常の神社では狛犬を置くところに猿を置いているのが大きな特徴だ。

猿と言う文字から勝る、魔がさるなどの字を掛けて魔よけや勝利を祈願する象徴とされている。

他にも反映力が高く、子授けや安産祈願などもできるらしいが・・・まだ俺達には早いだろう。


「んー、まあ縁結びやな。」


多くのご利益の中から純恋は縁結びを祈願するようだが、誰か縁を結びたい人物がいるなんて驚きだ。


「縁結びか・・・。新しい友達が欲しい・・とか?」


「アホ。別にこれ以上はいらん。

ここ数日でどこかの誰かさん達が深い縁を繋ぎおったからな。」


・・・そういうことか。


式神契約は神力が強い人はその繋がりが見えるというが、

純恋には俺達が契約をしていたことが丸見えだったらしい。


「・・・・・・・そうか。」


苦し紛れに一言だけつぶやく。


「やけど私は焦っとらんで。今結んだのは戦力強化を図ったことだと理解しとる。

私は私なりに縁を繋ぐだけ。そんで最後に突き抜ければええ、それだけや。」


物事を俯瞰して見るようになったというか・・・しっかり自らが思い描く最終形を持っている事は

大変良いことなのだろうが、それが俺に向けられていること自体は心臓に悪い。

いや、嬉しいのは嬉しいんだが隣から二つの目線が俺に刺さっている。


『負けないですからね。』


『負けませんよ?』


式神契約をしたので当然念を送れるようになったのだが、なぜそれを俺に言うのか。

出来れば純恋に言ってほしい。

そんなことをしていると周りがざわつき始める。

何事かと聞き耳を立てていると、どうやらもう少しで年が明けるみたいだ。


「出来ればお参りの時ぐらいが良かったんやけどなぁ。」


「しょうがないよ。むしろ本殿を前にして年明けなんて風情があっていいじゃないか。」


灰色のビルが並ぶ中に緑に囲まれている神社。

開発が進んだ東京じゃ普通なのかもしれないが、田舎町から来た俺にとってはそれだけで新鮮だった。


「なんか・・カウントダウンとかします?」


楓が提案して来るが周りでは既に残り秒数を数えており、

承諾する代わりに俺もカウントダウンに参加する。


「10、9、8・・・。」


楓や純恋達も声を上げ始め、初詣に来ている人たちが一斉に声を上げ始める。


「3!2!1!」


盛り上がりは最高潮になり時計の針が重なった時、

遠くから破裂音がなったかと思うと空に火薬の光が花開く。


一瞬にして開いた花弁が散るように光を失うが、

色とりどりの花が何度も打ちあがり新年を盛大に祝い始めた。


「すごいですね・・・・。」


予想外のサプライズに本堂に足を進めていたはずの足が全て止まり、空を舞う花火に目が釘付けだ。


「大晦日って・・こんなふうに盛大に祝うもんなんやな・・・。もっと早く知りたかったわ・・・。」


純恋と桃子も目を輝かせながら花火を眺めている。

火花が落ちてきて二次災害の恐れがあるが、魔道省が考案した魔術での花火であれば

火花が落ちてくることはなく水辺でなくとも上げることが出来る。

これが出来たのはここ最近であり年越しの瞬間にいつも上げているわけでは無いだろう。


千夏さんの方をちらりと見ると、俺の方を見て微笑んでから空を見上げる。

なるほど。顔見知りがいると千夏さんは言っていたが、

ここで花火が上がると事前に話を聞いていて日枝神社での初詣を提案したみたいだ。


一昨日の一件といい、どこまでも抜け目のない人だ。

花火が打ち終わると盛大な拍手が巻き起こり、列が再び動き出す。


「新年のあいさつはお参りが終わってからにしようや。そんで・・・その後におみくじ買お。」


純恋は挨拶ののち、みんなの今年の運勢を一斉に見たいようだ。

挨拶ひとつとっても意味を持たせたい純恋はこの初詣を最大限に楽しもうとしている。

本殿に近づいていき、とうとう俺たちの番。


(・・みんなを守れますように。)


願い事を込めながらお賽銭を投げて二礼二拍手一礼。

次の人が待っているのですぐに退き、皆でおみくじを買う。


裏手近くの脇に邪魔にならないように足を止め、

新年を挨拶を済ましおみくじを開こうとした時桃子がある提案をしてくる。


「見た感じ出店の数あんまりないやん?

おみくじの運勢が悪かった人達で食べ物買ってくることにせえへん?」


今年の運勢を占うと言っても、所詮はありきたり言葉が紙に書かれているだけだ。

桃子の提案の様に罰ゲーム位に考えた方がいいのかもしれないとその提案に乗る。


「じゃあ・・いくで!」


皆でおみくじを一斉に開く。


「・・・おっ!」


書かれていたのは大吉。

ただの紙切れ・・・とは言ったが、一番いい運勢を引いてしまうと気分は上がってしまう。


「私、大吉やで!純恋はどうや?」


桃子も俺と同じく大吉であり、純恋の様子を伺うが渋い顔をしている。

どうやら良くないくじを引いたのだろう。


「私は凶ですね。」


「私も同じく凶・・・。」


千夏さんと楓は凶を引いたと言った瞬間、純恋が二人の元へ近づき千夏さんの腕に引っ付く。


「アンタらは仲間外れや!私達が出店で楽しんでいる間、精々寂しく待っているんやで!!」


そして屋台に並ぶ人混みの方へ二人を連れて歩いて行ってしまった。


「ふふっ、はしゃいじゃって・・・」


楽しそうな純恋を見て桃子が漫勉の笑みを浮かべる。

それは純恋の成長を見守ってきた姉のような優しい笑顔だった。


「来てよかったわ。純恋も言っていたけど・・龍穂のおかげやで。ありがとうな。」


二人きりになった桃子にお礼を言われる。

純恋に寄り添い、守ってきた桃子に言われるとその大変さが伝わってくる。


「・・逆だ、桃子のおかげだよ。

純恋がこうして楽しめるのは今まで桃子が必死に守ってきてくれたからだろ?


純恋が楽しめるように色々配慮してくれているのは知っている。

俺も純恋が楽しんでくれるのは嬉しいけど、

その隣にいる桃子も同じように楽しんでくれると嬉しいな。」


純恋が精神的に成長しているのは近くに桃子がいたという事も大きな要素だろう。

我が儘な純恋を上手くなだめ、そして守ってくれていた。

桃子自身も気を休め、そして楽しんでほしかった。


「・・分かった。」


俺の頼みを素直に受け入れてくれる桃子は、マフラーを口元に埋めながら俺の方を見つめてくる。


「女ったらしやな。一夜に二人も式神契約を結んだのも納得やで。」


いきなり嫌みをぶっこんでくる。


「それを言われると・・・何も言い返せないからやめてくれ。」


俺が仕掛けた事じゃないと言いたいが、

あれは受け入れないといけない罰であり、素直に飲み込むしかない。


「・・そうだ。一つ聞きたいことがあった。」


桃子と二人きり。

数が少ないとは言っても人が並んでいる屋台から帰ってくるのは時間がかかるだろう。


「なんや?」


「純恋のお母さんについてなんだけど・・・・。」


道行く人は誰もが楽し気に話しておりこちらに聞き耳を立てる人なんていない。


「・・やっぱ気になるか。」


桃子も察していたようで俺の方へ近づいてくる。


「本来なら純恋から聞いた方がええとは思うんやけど・・・

優しい龍穂ならあえて聞かないやろうから教えておくわ。」


そして前を向きながら、俺の耳に届くくらいの小さな声で語り始める。


「純恋のお母さんな。亡くなってんねん。」


桃子の口から出たのはあまりにも悲しい訃報。

聞いたこと自体がまずかったかと思ったが、

このことを桃子の口から引き出してしまった責任を取るために耳を傾けた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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