第百三話 償いの朝
目が覚めると、そこは見慣れない天井。
「ふぁ・・・ん?」
眠たい眼をこすり、体を起こすと何故か下着しか着ておらず、
何が起きたのか把握するために周りを見ると、
可愛らしい柄の布団に寝ていた俺の両隣りが盛り上がっているのが目に見える。
(誰か・・・寝てる?)
昨夜俺は一体何をしていたのだろうか?
恐る恐る布団の中を確認すると、寝ている楓の姿があった。
子供の頃、泊りに来ていた楓が別の布団で寝ていたのに、
朝を起きたら俺の布団に潜りこんでいたことがあった。
同じ様に寝ぼけて入ってきたのかとゆっくり起こすために少しだけ布団を剥ごうとすると、
通常なら来ているはずの寝間着を着ておらず、柔肌が見える。
「・・・!!」
気持ちよさそうにすやすやと眠っている楓はなぜか裸。
驚いたが声を上げてしまうと起こしてしまうかもしれないので手で口を塞ぎ、
ゆっくりと布団を元に戻す。
「????????」
なぜ楓は裸なんだ?
今の一瞬で頭が混乱し、思い返そうとしても頭が働かない。
だが把握しないと先に進めないため、もう片方の盛り上がっている布団を恐る恐る剥がすと、
そこには一応下着は着ているが同じように眠る千夏さんの姿が見えた。
千夏さんの姿を見た瞬間、昨夜の出来事が頭の中に蘇る。
「そうだった・・・・。」
俺は・・二人と原初の式神契約を行った。
三人とも初めてだったこともあり、慣れないことを何度も行い
疲れ果てた俺達はそのまま寝てしまったんだ。
「ん・・・・。」
布団を剥ぎ、日の光が顔に差し込んだことに反応したのか千夏さんが目を覚ます。
「お、おはようございます・・・・。」
「あ・・れ?龍穂・・・くん・・・・?」
千夏さんも状況を把握できていないようで、不思議そうに
俺の顔を眺めると隙間から入ってきた冬の寒さが柔肌を襲う。
いつもなら感じない寒さを不思議に思ったのか下を見ると下着姿の自らの体が目に入った様だ。
「あっ・・・・。」
俺に見られている事を恥じて手で体を隠す。
いつも凛とした姿で佇んでいる千夏さんの素を見て、思わず可愛らしいと思ってしまった。
「あの・・・・・。」
今の状況をどう説明しようか考えていると、千夏さんが俺の方へ体を寄せてきて密着状態になる。
白い肌から伝わってくる体温は昨日の出来事を思い出させるが、
煩悩を払うために必死に深呼吸で精神を沈ませた。
「き、昨日は・・ありがとうございました。ですが・・まだ恥ずかしいので・・・・。」
俺の胸に熱くなった顔を押し当てて、視界から隠れそうとする千夏さん。
(また・・この人は・・・。)
さらに愛らしい姿を見せてくる。俺が必死に気持ちを収めようとしてるのに・・・。
「な~にイチャイチャしてるんですか~?」
後ろから柔らかいものが押し当てられる。
「か、楓・・!」
俺達のやり取りに気付いた楓が起きてしまったようだ。
「私も混ぜてくださいよ~♪」
俺の気持ちを分かっているのか、楓はたわわに実ったものを押し当ててくる。
「おまっ・・!下着くらいつけろ!!」
肌から伝わってくる感触が・・・マズイ。
とにかく楓に最低でも下着を着させようと声を上げると、
俺の反応を楽しんでいるのか、楓は悪い笑い声が小さく聞こえてきた。
「もー、仕方ないですね・・・。」
残念そうに離れて下着を着始める。
だが下着を着た後、再び体を密着させてきた。
「いつもの癖で早く起きちゃいましたけど・・・もう少し寝ましょ?
こうして・・みんなでゆっくりできる時間なんて、次いつ取れるかわからないんですから。」
敵はどこに潜んでいるか分からない。
学校や街中、そして遠く離れた八海の街でさえも敵の魔の手が伸びてきた。
確かに楓の言う通りいつどこで戦いが起こるか分からない以上、
こうしてみんなで安らかに眠れることなんていつできるか分からない。
「・・そうだな。」
時計を見るとまだ朝の六時を回ったばかり。
寝る時間も遅かったので疲れがとり切れず、体も睡眠を欲しているようで瞼が重くなってきている。
それは二人も同じ、先ほどまでふざけてきていた楓も呼吸が深くなってきている。
千夏さんも俺の体温が眠気を誘ったのかうつらうつらとして来ていた。
枕に頭を預け、再び目を閉じる。
気恥ずかしい気持ちを眠気がどこかへ持っていき意識が闇に落ちていった。
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「おっ、うまくいったようじゃな。」
時刻は十時。着替えてリビングに降りた俺達を見た青さんの最初の一言だった。
「結界や札を準備したかいがあったわい。楓、千夏。龍穂にしっかりいじめてもらったか?」
なんともデリカシーのない一言が、遅い朝食を食べている俺達を襲う。
「んん・・・・!!」
インスタントの味噌汁を飲んでいた俺は思わず吹き出しそうになるが、
何とか口を閉じて抑え込んだ。
「あ、青さん!!」
「なんじゃ、間違ったことを言ってはないだろう。
内側に式神の刻印を施した二人は龍穂の力をより強く感じ、そして使うことが出来るじゃろうな。」
ソファーに座りながらこちらに話しかけてくる青さんだが、
映画から目を離すことはなく、向かいに座るイタカはしゃべる事さえしない。
と言うかあの部屋から音などを遮断していたのは青さん達だったのか。
娯楽好きの青さんが映画についてこなかったのはそう言う事だったのかと今更納得する。
「内側に刻印を施すなら舌とかでもよかったんじゃ・・・。」
「やるだけやっといてよく言うな。
内側、簡単に言えば臓器への刻印は皮膚と比べて使役者との繋がりが深くなる。
舌などでもそれは有効だが口内は食い物などを受け入れる役割を持ち、声などを発する器官でもある。
刻印から龍穂の力を吸収する時、放つ役割が邪魔をして効率よく力を吸収できん。
だが・・・今回はまだ受け入れる事しか経験しておらん器官に刻印を刻んだ。
将来龍穂との子供を授かるまでは最大限の力を発揮できるじゃろうな。」
今度はご飯を吹き出しそうになった。この人は・・・・。
「まあ・・そう言う事です。責任を取ってくださいね♪。」
漫勉の笑みを浮かべた楓がこちらを見てくるが目が笑っておらず、
千夏さんは恥ずかしがる素振りすら見せずにそうですねと呟いた。
「ごちそうさまでした。」
ご飯を食べ終わり時刻は十一時。携帯の画面を見ると気付けば十二月も三十日となっていた。
食器を片づけていると、隣でお皿を拭いてくれている千夏さんの元へ式神である雀が飛んでくる。
「あ、ごめんなさい。忘れていました・・・。」
その姿を見て思い出したかのように冷蔵庫から小さな袋を取り出すと、
小皿に中身を盛り付け雀の前に置く。
「それは・・・なんですか?」
「粟です。本来食べなくてもいいはずなんですけど・・・
こうしておねだりに来るほどの大好物なんですよ。」
珍しいと一瞬思ったが、その例外達が目の前でくつろぎながら袋に入ったお菓子を
口に入れている姿が目に入る。
神様といえど娯楽は必要だ。冬毛のふっくらした体で勢いよく嘴でつつく姿は何とも愛らしい。
(もう大晦日になるな・・・。)
月日が過ぎる速さを実感していると、着信の画面に切り替わる。
純恋の名前が表示されており駅に着いたのかと思い電話を取ると、
それと同時に玄関のチャイムが鳴った。
『帰ったで!開けてや!!』
元気な声が携帯から聞こえてくる。
普通にチャイムを鳴らせばいいのに・・・と突っ込むと怒られそうなので、
はいはいと返事をして玄関のカギを開ける。
「いや~!やっと帰ってこれたわ!!」
両手に紙袋を持った純恋と桃子が、安心した表情で玄関に入ってくる。
「お疲れ。」
予想通り堅苦しい場所にうんざりしたようで、笑顔の二人からはほんの少し疲れが見えている。
昨日二人が帰ってくるとは聞いていたので驚きはないが、
その後ろに立つ予想外の三人に俺は体が固まった。
「こら、これも持って行けよ?俺は荷物持ちじゃないぞ。」
多くの荷物を持っている兼兄。帰ってくる純恋達の護衛を任せれたのだろう。
「お久しぶりですね、龍穂君。」
そして、何故か私服姿の毛利先生が兼兄の隣に立っており
「おす龍穂!元気だったか?」
そして同じく私服姿の竜次先生が笑顔で俺に声をかけてきた。
「げ、元気です・・。どうしてお二人がここに?」
「どうしてって顔を見に来たんだよ。八海での任務、大変だったみたいだな。」
伊達様が俺が公表したかと思ったが、ニュースで報道されていない。
なぜ知っているのかと少し考えるが、白があの現場にいた事を思い出し合点がいった。
「私達は純恋さん達の護衛です。
あのような出来事があったすぐですから龍穂君達も心配だったでしょう。
なので二人の護衛を決めましたが・・・まさか荷物持ちをやらされるとは思いませんでした。」
毛利先生まで荷物を持っている。
お土産を買って来てくれたのはありがたいが限度があるだろう。
「じいちゃんがお年玉くれたんやけど私達陰陽師の報酬あるし、
金には困ってなかったから全部お土産に使ったんや。冬休みはまだまだあるし食べきれるやろ。」
玄関に次々と置かれる紙袋は見るからに高級そうだ。
恐らく皇族御用達の老舗から購入してきたのだろう。
「宅急便とか使えばよかったんじゃ・・・・・。」
「すぐ食べたいやん!せっかく人数もおるんやし、運べばすぐ食べれるやろ?」
「だからって・・兼兄や毛利先生を荷物持ちに使うなよ・・・。」
二人に謝りながら荷物を運んでいく。
物音に気付いた楓と千夏さんも玄関に出てきて挨拶をすますと、荷物を部屋に入れてくれた。
「・・・・・・・・・・・。」
大体のお土産を入れ終わり玄関に戻ると、兼兄達の視線が俺に集まっている事に気が付く。
「・・何か俺の顔についてますか?」
「いや・・・何でもないよ。」
あまりにもじっと見つめているので、思わず何かあったのかと尋ねるが三人はすぐに視線を外した。
「二人はしっかりやったみたいだな・・・。」
「・・・・?」
兼兄が何かつぶやいたようだが良く聞こえなかった。
「本当に顔を見に来ただけなんだよ。まあ・・あとは軽い挨拶をな。」
全員が玄関に戻ってきたタイミングで竜次先生が真剣な顔で俺達に語りかける。
「龍穂の使命と俺達白の目的は合致している。だからこれから長い付き合いになると思う。
白の”現長”として、改めて龍穂達の協力をお願いしたい。」
そう言うと竜次先生は右手を伸ばしてくる。
白の長、ちーさん達やアルさんを束ねているのは竜次先生だった。
「・・ええ、こちらこそお願いします。」
このありがたい申し出を断る理由はない。
まだまだ底が見えない賀茂忠行の配下達と戦うためには背中を預けられる仲間は必須だ。
俺も右手を差し出し固く握手をする。
兼兄からの申し出はあくまで元白の長としてであり、これで正式に白との同盟を組むことが出来た。
「・・ありがとう。これからも頼むな。」
握手を解くと竜次さん達は外に出てこちらに振り返る。
「これで俺達の用事は終わりだ。色々大変だろうがせっかくの休みだ。ゆっくり体を休めてくれ。」
最期に良いお年をと言ってから三人は家を後にした。
「それにしてもすごい量だな・・・。」
リビングに戻るとお土産の山が俺達を出迎えてくれる。
既に青さんがいくつかの袋を開けており、中身の物色を始めていた。
「どれも絶品やで。あ、御節は別で注文してあるから後で届くで。」
まだ来るのか・・・。
簡単に食べきれる量ではないので、ひとまず生ものなどは一度冷蔵庫に詰めていく。
大きい冷蔵庫だがお漬物やお刺身、お寿司などでいっぱいになる。
これから食料の調達に行こうと思っていたが、
その必要はなくなるどころかむしろ食べきらなければならない事態になってしまった。
(まあ・・・楓がいるか。)
俺も食べる方だが、いざとなれば無尽蔵の胃を持つ楓が全てを食べつくしてくれるだろう。
お土産の中にあった茶菓子を開け、みんなでテーブルを囲んだソファーに座り一息つく。
「向こうは大変やったで。
血のつながっている者同士が集まったのにみーんな腹の探り合いを始めてな。
空気が悪くてすぐに帰って来たわ。」
純恋が茶菓子を頬張りながら京都での出来事を話し始める。
「そうだったのか。でもお父さんとは会えたんだろ?久々にあってどうだった?」
離れて暮らす娘を心配して呼ぶくらいだ。
すぐに帰ってきたが少しは家族との時間を取ったのだろう。
「・・・・・・・・・。」
俺の話しを聞いた純恋は手を止めると表情が曇っていく。
あまり触れてはならない話題だったのだろうか?
「・・まあ、楽しかったわ。相変わらず大変そうやったけどな。」
純恋の口からは表情とは対照的な、楽しかったという単語が飛んできた。
「純恋のお父さん京都御所に勤めててな。忙しいからなかなか会えないんや。」
京都御所と言えば皇が東京に移る前まで住まいとして使われていた場所であり、
現在では神道省の管轄内にある。
依然は皇が行う儀式の際に使われており、
緊急時の際にいつでも使えるように神道省職員が常駐し、守護されてきた。
「そうか・・・なるほどな。」
京都御所は神道省の中でも限られた者しか入ることは許されておらず、
そこに勤めているお偉いさんとなればその場からなかなか離れられない。
それこそ皇と共に訪れるようなことが無ければ会う時間さえ作れないのだろう。
「別に父さんの事は嫌いや無いで。あんま会えんけど頻繁に連絡くれるし・・・。
やけどもう少し話せればよかったかな・・・。」
皇族が集まればどうしても接待をしなければならない。
堅苦しい場が嫌いだから早く帰ってきたのもあるのだろうが、
父親と過ごせる時間があまりないことを悟り、いる意味が無いとこちらに戻ってきたのだろう。
「そうか・・・じゃあ————————」
母親の事を聞こうとした時、太ももに手が添えられる。
何だと隣を見ると、千夏さんが悲しそうな顔をして小さく顔を横に振っていた。
「・・じゃあこっちで楽しいことをしないとな。せっかくの冬休みなんだし。」
咄嗟に話題を変える。千夏さんのあの表情から察するに聞いてはならないのだろう。
「・・そうやな。私したいことあんねん!」
俺の言葉を聞いて純恋の表情は明るくなる。
純恋の母親の事は・・・あとで桃子に聞いてみるとしよう。
「おっ!したいことってなんだ?」
「明日なんやけど・・・初詣いかん?」
あまりに嬉しそうな顔をしたので、何か無茶ぶりが飛んでくるかと思ったが
意外と普通の内容が飛んでくる。
「初詣か・・・。ここら辺って神社在りましたっけ?」
都内に有名な神社はいくつかあるが、
人が溢れかえるほど集まってしまうので行く場所を選ばなければならない。
「少し遠いですが・・・日枝神社なんていかがでしょうか?
顔見知りがいますので少し融通が利きますし・・・”縁結び”の神社としても有名ですよ?」
日枝神社と言えば・・・東京五社に入るほどの有名な神社だ。
その神社に顔見知りがいるとは流石は徳川家のご令嬢。
人が多く集まる所は危険だが、千夏さんなら土地勘もあるだろうし
賀茂忠行も東京五社の一つを襲うなんてことは出来ないだろう。
「縁結びか・・・ええな。」
千夏さんの提案を純恋は気に入ったようだ。
「明日ってことは深夜に行くってことでいいんだな?」
「ああ、年が変わってから行ってみたいねん。」
深夜に出歩くなんてめったになかったのだろう。
せっかくこうして親元から離れたのなら、あまりできない体験をした方が純恋のためになる。
その後も大みそかからお正月の話しが飛び交っていく。
純恋達におかげで寝正月にはならなそうだ。
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