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第百話 迫る選択と後悔

寒空の下、アスファルトからの隙間風に身を丸ませながら三人で歩く。


「いやー、寒いですね!」


楓のお望みどおり映画館に向かって歩いている。

昨日はあのままソファーで寝落ちしてしまったので、いたるところがバキバキだ。


先頭を楽しそうに歩く楓はいつもと変わらず薄いインナーにスタジャン、ショートパンツにレギンス。

足元にはお気に入りのスニーカーを履いている。

辛うじて首元にはマフラーが巻かれているが出来れば季節にあった服装をしてほしい。

見ているこちらが寒く感じてしまう。


「・・・・・・・・・・・。」


俺の隣を歩く千夏さんはセーターとロングスカート、その上にはコートを着て首元にはマフラーと

楓とは対照的に着込んでおり冬に合った服装をしている。


そしていつもは結んでいる髪を降ろしており、

マフラーに巻かれている普段とは違う姿は新鮮でちらちらと視線を奪われてしまう。


「ひ・・くちっ!」


元気な楓だが体は正直な様で小さくくしゃみをしている。


「ったく・・・だからもっと着ろって言っただろ?」


前を歩く楓の元へ駆け寄り着ているダウンを脱いで楓に差し出す。


「ほら。」


小さい楓だがアウターはオーバーサイズを好む様で俺が来ても丁度よいサイズだ。


「すみません・・・。」


スウェットの下にもTシャツなどを着こんでいるので例えスカジャンに変わったとしても寒くはない。

交換したことでむしろ丁度いいぐらいだ。


「えへへ・・・龍穂さんの体温暖かいです。」


「きもいぞ。」


笑顔でダウンを着る楓の震えは止まり、また楽しそうに前を歩きだす。


「ったく・・・・。」


ついていくと汗をかきそうなので歩幅を狭ばせ千夏さんの横に戻った。


「・・元気ですね。」


「それが取り柄ですからね。」


朝ご飯を食べて身支度を済ませて、すぐに出てきたので未だに何を見るか決めていない。


「千夏さんは何か見たい映画ありますか?」


仙蔵さんの趣味である映画鑑賞を千夏さんも共に見ていたと言っていたので

映画には詳しいのだろうと千夏さんの方を向いて尋ねる。


「・・・・・・・・。」


だが目線を合わせることなく。むしろずらそうとマフラーで口元を隠す様に少し俯く。

寒いからなのか少しだけ見える頬は赤く染まっていた。


「・・映画館についてから考えますか。」


上映スケジュールすら見てこなかったが早い時間に出てきたので時間はたっぷりある。

選んでいる時間もまた一興だ。パンフレットでも見ながら考えようと思っていた時、


「・・・・?」


左手に何かが当たっていることに気が付く。

目線を落として確認すると千夏さんの右手の小指が触れているのが見えた。


先ほどまでは一定の距離を保っていたはず。

楓の元から戻ってきた時に近づいてしまったのかと距離を開けようと

歩く方向を少し変えようとしたが・・・。


「・・寒いです。」


千夏さんが俺の小指に左手の小指を絡めてきた。


「えっ・・・・?」


俺にしか聞こえないほどの小さな声で呟く。


「私も寒いです。楓さんは温かいアウターをいただいてずるいと思います。」


まるで昨日の楓と同じように駄々をこね始める。


「なので・・私の手を温めてくれますか・・・?」


依然と俺と目線を合わせてくれない。

いつもの千夏さんなら目を合わせて話してくれるが

こうした駄々をこねる所は千夏さんの素の部分なのかもしれない。


「・・いいですよ。」


そんな部分を見れて新鮮と言うか・・・嬉しくなってしまい千夏さんの手を受け入れる。


すると手を絡めてくるがその手はかなり冷たく、

このまま隙間風に晒されると温かくはならないだろう。

なので絡めた手ごとスタジャンのポケットに入れ、風から守ることで体温を感じられるようにした。


「・・・!」


俺の行動に驚いたのか、やっとこちらを見た千夏さんに笑顔を向ける。


「これなら温かいでしょう?」


小学校の帰り道、手袋もせずに雪遊びをする楓の手が

すぐに赤く悴んでしまうのでこうして温めながら帰っていたことを思い出す。

ポケットに入れた手はすぐに暖かくなっていく。これなら寒い思いはしないだろう。


「・・・・ええ、暖かいです。」


周りの目を考えると少し恥ずかしいが、

すぐに温まるので少しの辛抱だと思っていたが千夏さんは手を離す気配を見せない。

繁華街に入っていき人の眼が集まっていくがお構いなしだ。


「もう少しで付きますけど・・・あっ!!」


目的地である映画館が近づいてきたと報告しようとした楓が俺達に気が付く。


「ずるいですよ!」


すぐに俺の右隣へ近寄ってきて強引に手を掴みポケットに突っ込んで来た。


「お、おい!ダウン貸しただろ!!」


「いつも貸してくれるじゃないですか!

指定席を取られてしまったのは痛いですが今回は片方で我慢してあげます!!」


無理やり突っ込んで来たので、

もう片方で手を繋いでいる千夏さん共々体勢を崩しそうになる。


「ちょっ、バカ!!」


「よいではないか~!!」


何とか転ぶことを避けたが、楓がこちらへ体を押し付けてきてフラフラしながらなんとか歩く。

人が多い中、迷惑にならないようにと気を付けているがそれでも楓はやめようとはしない。


「ふふっ・・えい!」


何と今度は千夏さんまでも俺の方へ体重をかけてきた。


「ち・・千夏さん!?」


「これで少しは安定するでしょう?」


ぐいぐいと両方から押され歩みが定まらない。


「おっ?やりますね千夏さん。ですが・・私の力に勝てますかな?」


千鳥足のまま三人で歩いていく。

昨日の事もあり、始めは少し緊張していた千夏さんの表情も和らぎいい雰囲気だ。


「こ、こら!ちゃんと歩けないから!!」


笑いながら映画館へ向かってフラフラと歩いていく。

戦いの日々がまるで嘘のように陽気に笑いながら、様々な人が通う大都会の中に足を進めた。


——————————————————————————————————————————————


映画館について上映時間を見た楓は悩んでいる。


「どれにしようかな~?」


恋愛、アニメ、ホラーなど様々なジャンルが上映されている。


「・・怖いのだけは勘弁してくれよ。」


八海には映画館が無く、少し離れた栄えている街まで楓と電車に乗って映画を見に行ったのを思い出す。


「映画に出てくる化け物より怖い奴らと戦っているんですから大丈夫でしょう?」


ちなみに楓が好きなジャンルはホラー。しかもサイコホラーからスプラッターと何でもござれだ。

年齢制限に引っかかり映画館では見る事はなかったものの、

楓の家に強引に連れ込まれ、よく見されられた。


あのわざとらしく煽る音楽に演出された場面は今でも脳裏にこびりついており、

それを見た夜は母さんの布団に潜りこんだものだ。


「千夏さんは見たい映画はありますか?」


仙蔵さんと共に映画鑑賞をしていた千夏さん選ぶ映画は単純に興味がある。

王道を行くのか、それとも乙な所を選ぶのか。

気になりつつ、映画館に飾られている宣伝ポスターを眺める千夏さんの様子を横目で伺った。


「これが・・・見たいです。」


指をさしたのは恋愛映画。テレビで頻繁にCMが流れている高校生活を舞台とした青春映画だ。


「恋愛映画はあまり見ないのですが・・・テレビで多く流れていたので気になっていたんです。」


年齢の高い仙蔵さんが選ぶ映画なので昔の名作が多かったのだろう。


「あっ!それ私も見ました!ちょっとおもしろそうだと思ってたんですよね~!」


話題の映画だと楓がたまに見るくらいで俺もあまり見たことが無い。

楓も興味を示していた。たまにはこういう映画を見るのもいいだろう。


「じゃあそれにしますか。席は・・・空いてるかな?」


券売機を操作し席が空いているのかを確認する。

あれだけ触れまわっていたのだから相当な人気なのだろう。

三人並んで座れる席を探したが中央をほぼ埋まっており、端の席が辛うじて空いているだけだった。


「ん~端に空いてますけど・・それでも大丈夫ですか?」


時間はまだたっぷりあり次の上映時間まで待てばマシな席に座れるかもしれない。


「私は大丈夫ですよ!千夏さんはいかがですか?」


「私も大丈夫です。」


二人とも早く見たいようで了承してくれる。

席が埋まったらまずいと急いで席を取り、ポップコーンと飲み物を買って指定された部屋に入る。


まだ上映までかなり時間があるというのに席はほぼ満席。

男女のペアの姿が至る所にあった。


(カップルがいっぱいだな・・・。)


こういう恋愛映画はデートにぴったりだが彼女さえいない俺にはまだ早いと席へと向かう。


「壁際、もらいますね。」


二人が見やすいようにと壁際に座ろうと思っていたが、楓に先を越されてしまう。

それに続いて俺、そして千夏さんが座り二人に挟まれる形になった。


上映前の映画の予告を見ながら二人に伝わらない程度に辺りを見渡す。

映画の灯り以外の照明消されほぼ真っ暗。ここで襲われたら逃げ場もなくひとたまりもないだろう。


(得物・・すぐに取り出せるようにしておくか・・・。)


何かあってもいいようにどんな時でも札を持ち歩いている。

最低限六華を取り出せるようポケットに入れておこうとするが、

その手を千夏さんが触れるように止める。


「・・・!?」


隣で楽しそうに予告を見ている楓と同様、画面に集中していたと思っていた千夏さんの行動に驚き、

思わず横を見ると笑顔でこちらを見てくる。

そして耳元に顔を近づけてきた。


「・・雫さんが警戒してくれていますから今は映画を楽しましょう。」


小さく下を指さすと千夏さんの足元から手が伸びてきてこちらに手を振ってくる。

何か起きる前に雫さんなら対処してくれるだろうが傍から見たら

かなりのホラーな光景だと思ってしまった。


二人の配慮を見て札を元に戻し、背もたれに体重を預ける。

すると丁度映画の本編が始まり、舞台となる高校の校舎と制服を着た男女が映し出されていた。


魔術や神術が登場しない学校生活。戦いとは無縁の青春。

少し前は俺もこんな生活を送っていたのかと思い返すとともに、

俺の存在でそれが奪われてしまった人たちがいる事を再確認する。


全ては俺の遠い子孫である賀茂忠行のせいだという事は分かってはいるのだが

なんとも言えない気持ちになってしまう。


場面は進み男女の恋愛模様が様々な形で映し出されているが、

両者が思いを伝えるとキスをする映像が流れると共に、昨日の出来事が頭を支配する。


(・・・・・・・・・・・・。)


キスは・・・思いを寄せる相手にする・・・・ものだ。

千夏さんは俺のことが好き・・・なのか?

あの時は焦っていたので気にできなかったが・・・

千夏さんはあの時・・・お慕いしていますと言っていた。

古風な言いかただが・・・俺のことが好きだという意思表示だ。


(俺は・・キスを返そうとした・・・。)


俺は千夏さんの好意を受け取ろうとしたが楓が現れて・・・またキス。

楓も俺に好意があるという事か・・・。

そんな二人と恋愛映画を見ているという状況を理解した時、

今まで体験したことの無い変な気持ちになってくる。


焦りと申し訳なさが混じり今すぐここから逃げ出したい。

だがせっかくの休日で二人も楽しんでいるこの場から逃げるのはそっちの方が失礼だ。


(ど、どうしよう・・・・・。)


握っている手に汗が滲んでくるがその手を壁際の方から触れてくる感触が伝わってくる。


「・・・!!」


横目で確認すると楓が映画の画面を見ながら俺の手を優しく握ってくる。

考えているあまり映画をろくに見ておらず、どうやら一番感動的なシーンに差し掛かっており

反対側を見ると千夏さんも頬に涙を流しながら画面をじっと見つめている。


そしてこちらを向かないままもう片方の俺の手を握ってきた。

これは・・・どちらか選べという事か?


「・・・・・・・・・。」


千夏さんと楓。俺は両方から好意を寄せられており二人共から答えを求められている。


(俺は・・・・・・・。)


・・・選べない。両方の手を握り返し二人同時に答えを返す。


恐る恐る両者の様子を確認するが

映画に集中しているようでまるで俺が握り返している事が分かっていないようだ。


「・・・・・・・・・・・。」


千夏さんからの告白は受けたがうやむやになり答えは返していない。

それは楓にも言えるだろう。


だがもし二人から告白を受けた場合、答えを出さなければならない。

そうなった場合苦しいのは目に見えているが・・・その時はその時だろう。


(映画・・・見よう。)


苦しい選択は未来の自分に託し、クライマックスを迎えようとしている映画の画面に視線を移した。


———————————————————————————————————————————————


「・・龍穂さんが悪いんですからね?」


あの時、少しでも明確な答えを出しておけばよかったと後悔する。


「選ばなかった罰・・・しっかりと受けてもらいますよ?」


これは・・罰と言えるのか?いや、この二人が罰と言えば罰なのだろう。


「千夏さん。覚悟は良いですか?」


「・・・・・・ええ。」


目の前に座る二人を見て、俺はただ立ち尽くすことしかできなかった。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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