7:あまのじゃく
「何をお悩みになってたのかな?」
「ちょっとしたことです。まったくたいしたことじゃぁ、ありやせん。」
蓮慈の手が私の顎を捕らえると、クッと動かした。蓮慈と私の距離およそ5センチ。
「たいしたことじゃないのに悩んでたわけ?」
今度は頭の後ろに手が回る。距離は4センチ。
「いやぁ~なんていうか、最近暑いからさ。頭もポーッとしちゃうっていうか。」
「俺は好きって言ったじゃん。ノンちゃんの気持ちは?」
距離、3センチ。
「またまたぁ、冗談でしょ?だって蓮慈もてるじゃん。現にたくさんの子から猛アピール受けてるし?私なんて、ただのどこにでもいる女だし。年増の女より若い子の方がピッチピチで食べごろだよ。」
「それ、本気で言ってんの?」
グッと距離が近くなる。おでことおでこがくっついてる。鼻だってくっついてる。きっと汗で油ぎってるのに。
自分の気持ちにはもうとっくに気が付いてる。
素直なら正直な気持ち、すぐにでも口にしちゃうのに。天邪鬼な自分が邪魔をして口から出ないように抑えてる。蓮慈の気持ちは痛いほど伝わってる。目が嘘じゃないって物語ってる。涙が出そう。ううん、現に頬を伝う暖かいものは涙だ。
ちゃんと言わないと。きちんと言わないと。本当に嫌われちゃう。それなのに、言葉が出てこない。もう少し勇気があれば・・・。
「乃夢。」
「好・・・!!?」
流れた涙と一緒に出た私の言葉は、蓮慈の唇によって一瞬にして消えてしまった。
乃夢“のむ”ってのは私の本当の名前。彼が私の名前をきちんと呼んでくれたからなのか、私の中の天邪鬼達は一瞬にして消えてしまった。そのせいで、出掛かっていた言葉が口から流れるように零れた。
「・・・っもう、長いよっ!」
ポカポカと蓮慈の頭を叩いてやっと唇を離してくれた。あやうく死ぬとこだったじゃない。
「わりぃ。つい、嬉しくて。」
「てか、あんた私の答えちゃんと聞いたの?」
最後まで言わせてもらえなかった言葉の欠片はまだ体の中に残っている。
「口開いたら塞いでやるとしか思ってなかったし、どっちでもチュウはしてたんだけどさ、でもちゃんと聞いたよ。最初の文字さえ判れば俺わかっちゃうもん。」
あっそ。
「好きじゃないって答えだったとしても?」
「えっっ??!!」
蓮慈の表情が一瞬にして固まる。ふふふっ、今までの仕返しにしばらく放置しといてやろうかな。
「乃夢?」
鳥肌が立っちゃうくらいゾクゾクする。名前を呼ばれただけなのに。
「嘘だよ。いつからかなぁ~、蓮慈のこと好きになってたみたい。」
まだ顔を見て上手く言えないから、俯いたまま思ったことを口にする。蓮慈が呼ぶ私の名前は魔法のように私の心を素直をにさせる。
クイッ私の顔を蓮慈に向かせると、あの子供のような笑顔を見せるとそっと耳に囁く。
「知ってたよ。俺、いつも乃夢のこと見てたから。」
抱きしめられたらまた泣いちゃう。こんな弱いの私じゃないのに。いつも反抗的で、蓮慈にはけんか腰なのが私なのに。
そのあと蓮慈は、私の思ったことがまるで伝わってるみたいに背中を擦りながら、俺の知ってるノンちゃんはいつもツンケンしてんのに、俺しか知らない乃夢は泣き虫で守ってやりたくなるよ。だってさ。