5:突然に・・・
あの、楓二重面相事件以来、休憩室には行ってない。バイトの日は朝一でシフトを確認し、近くのレジじゃないか。休憩はかぶってないか。と細かく確認。一つでも要素があると、できるだけ忙しく動いてみたり、捕まる前に逃げたりした。
少しでもスキがあると遠くからでも「ノンちゃんせんぱぁ~~い!!」と、大声で叫ぶのだ。一斉にお客さんの目が私に向けられたこともあったなぁ。はぁ・・・。
「疲れたぁ。」
スーパーの裏にある従業員専用駐車場の一番奥。その角を曲がってすぐに木が立っている。かなり大きいんだけど、その周りだけが芝になっていて、休憩するには持って来いな場所。
ここだったら誰にも邪魔されずに休憩できる。
暑い外にわざわざ休憩に来る人なんていないだろうし。
店内に(資材置き場でも)いるかぎり、楓ちゃんが探してた。とか、楓ちゃんに聞いといてって言われたんだけど。とか、とにかく楓ちゃんの手下達でいっぱい。
正直最近うんざりしてきた。
木の下によっこらしょ。と座ると、持ってきたお茶を入るかぎり喉の奥へ流し込んだ。
「でも、なんでだろう。」
つい、口に出してしまった独り言。一昔前のお笑い芸人じゃないけど、でも、つい思っちゃう。
なんで、逃げてるんだろう。
付き合ってない。って、はっきり言ったんだし、蓮慈の情報くらい売ってやってもいいくらいじゃない。ってか、知ってるってほどの情報もないんだけど。楓ちゃんが聞いて納得するなら話してあげればいいことなんだろうけど。
なんでこんなに話したくないんだろう。
もちろん、なんで蓮慈のことに時間取れなくちゃ。と思うけど、なんで私に聞くの。と思うけど。それよりなにより、自分の心に引っかかてるのは、
私だけが知ってる蓮慈のこと教えたくない。
まぁ、確かに。そうだよ、自分だけが知ってる蓮慈の事なんてちょっとよ。片手くらいしかない。と思うし。
トラックの事だって・・・。たくさんの目撃者がいたけど。
パンツの事だって・・・。もしかしたらバイト仲間には話してるかもだけど。
トイレの事件だって・・・。みんなに変な形で知れ渡ってるけど。
・・・。
こう考えると私だけが知ってる蓮慈っていないんじゃ・・・。
「あら~?意外と私の勘違いかぁ~?」
教えられるほどの蓮慈を知らないから教えられなかったんだ。
脱力して芝生の上に倒れこんだ。下から見上げる木の葉の間からキラキラ眩しいくらいの太陽が時々私の目を掠める。
「わたしって馬鹿。最悪。もぅ、なんでだろう。」
眩しさをさえぎるように目を瞑り、手で覆う。その隙間から水が流れ出たのを感じてはいたものの、それがなんなのか確認したくなかった。
「何泣いてんの?」
突然上から降ってきた声に、一瞬からだビクッとなった。
この声は知っている。今まさに聞きたくない声。
次に視界をさえぎっていた腕をむりやり退けられ、一瞬瞑った瞼に光が当たり、また暗くなった。
今度は自分の腕じゃない。
「こんなとこで休憩?暑くないの?」
ものすんごく近くからの声。顔にかかる吐息に、私の目の前には蓮慈の顔があるんだと思い知らされた。
「何で、こんなとこで泣きながら休憩してんの?誰かにいじめられた?」
んもぅ。何なのよさっきから。質問攻めにしないでよ。
ってか、アンタのせいでこんなことになってんだから。そうよ、蓮慈のせいじゃん。
なんで、こんなに頭つかって悩まなきゃいけないのよ。そうだ。楓ちゃんには蓮慈から直接言ってもらおう。
決心がついた私は瞑っていた目を勢いよく開けた。
と、同時に私の唇に暖かいものが降りてきた。まるで、スローモーションをみるように、ゆっくりと。
逃げることも、避けることもできなかった。むしろ、待っていたかのように・・・いや、違う。反射的に目を瞑ってしまった。
ゆっくりと離れていく蓮慈の唇。そのあとゆっくりと開かれた蓮慈の瞳。私はすでに目を開いていて、その様子をじっくりと眺めていた。
目を開いた蓮慈は、少し驚いた顔で見下ろした後、ニッコリと笑って一言。
「王子様のキスでお姫様が目を覚ました。」