最終話 幸せな未来へ
「終わっ、た?」
荒い息を整えながら呟くと、頭の中にあの優しくて温かい声が響く。
――ありがとう。本当にありがとう。おかしくなってしまったノルネアは、無事に苗木へと戻ったわ。また長い時を経て育った時には、私が愛したノルネアへと戻っているはず――
その言葉は今までで一番柔らかく、そして歓喜に溢れたものだった。
「……もう大丈夫みたいだ。ティータビア様から感謝の言葉を伝えていただいたよ。ノルネア様は苗木に戻られ、長い時を経てまた俺たちを見守ってくださる存在になるって」
ティータビア様のお言葉をそのまま伝えると、皆は安心したように体から力を抜いた。
「そうですか……良かったです」
それからしばらく余韻が抜けずに呆然としていたけど、最後に受けた攻撃による痛みを思い出し、フレディが怪我をしていたことも思い出した。
「フレディ! 怪我は……」
慌てて聞くと、フレディは痛みに耐える様子ながらも笑顔を見せてくれた。
「腕を深くやられましたが、ヴィッテ部隊長が応急処置はしてくださいましたし、なんとか大丈夫です。それよりもフィリップ様のお怪我は……」
「俺のは大丈夫。全部掠っただけだから。それよりもフレディ、怪我は治癒しておこう」
「いえ、魔力をとっておいてください。それに治癒ならばフィリップ様を」
「ううん。酷い怪我は今は大丈夫でも後々大変なことになるから、治しておかないと。これは主人命令だよ」
少し強い口調でそう伝えると、フレディはまだ躊躇いながらも頷いてくれた。
そうしている間にマティアスたちもこちらに駆け寄ってきて、皆にティータビア様からのお言葉を伝える。
「無事に願いを叶えられて良かったよ……でもフィリップもたくさん怪我してる。早く治さないと。王都への転移板はあったよね?」
「一応緊急事態用に小さめのを持ってきてあるよ」
「じゃあそれで王都に帰ろう。魔法陣を発動できるだけの魔力がある人は、どれぐらいいるかな……」
マティアスが転移板に乗れる人数と発動できる回数を確認したところ、全員が王都まで移動するには何日も掛かることが分かったので、とりあえず怪我をした俺とフレディ、従者のニルスとマティアスだけが先に帰ることになった。
冒険者と騎士の皆は徒歩で帰還してくれるそうだ。
「皆ごめん、先に帰るよ」
「いえ、気になさらないでください。報告等、よろしくお願いいたします」
「任せておいて」
ヴィッテ部隊長、パトリス、そして他の皆にも手を振って、転移板を使い王都に戻った。
王宮の転移板が設置されている部屋に到着したところで、気が抜けたのか傷の痛みが増して疲れが一気に押し寄せてきた。
転移板を管理している騎士や文官たちが慌てて動き回る中、俺たちはなんとか転移板から降りて設置してあるソファーに腰掛ける。
「疲れた……」
「ここに帰ってくると安心しますね」
「二人とも早く治癒してもらわないとだね。僕が報告とか色々としてくるよ」
「私も同行いたします」
頼もしいマティアスとニルスに色々と頼み、俺はソファーで少し休もうと目を瞑った。
少し休むだけのはずがしっかりと寝てしまったらしく、目が覚めたら王宮の休憩室だった。起き上がると近くにはティナがいて、部屋の入り口に控えていたニルスがすぐに他の人へと知らせるために部屋を出ていく。
「フィリップ様……心配いたしました。目が覚めて良かったです」
涙目のティナを見て、首を傾げながら問いかけた。
「ただ寝てただけじゃない……?」
「二日ですよ! 丸二日も目を覚まさなかったのです!」
ティナの言葉を聞いて、衝撃を受けた。まさか二日も寝てたなんて……それは確かに心配する。俺も自分で自分が心配だ。
それだけ神による攻撃は負担が大きかったのだろう。
「目が覚めて良かった……」
「それはこちらのセリフです! 治癒をしても目を覚まさず、このままずっと起きられないのではと……!」
そう言ったティナは泣いている顔を隠すように、俺の手を強く握りながら顔を俯かせた。
ティナが俺のことでこんなにも心配してくれていることが嬉しく、思わず頬が緩んでしまう。空いている手でティナの頭に手を伸ばすと、ティナは顔を上げてくれた。
「心配かけてごめん」
「本当に、本当に良かったです。フィリップ様、あまり無茶はなさらないでください」
「うん、もうしないよ。ティータビア様によると世界は平和に戻ったみたいだから、この先は大丈夫」
そう伝えるとティナも詳しい話をマティアスから聞いていたのか、笑顔で頷いた。
「これからは、もっと幸せを感じられる国になるでしょうか」
「なるよ。というよりも、俺がそうしていくよ」
その言葉にティナが優しく微笑んでくれたところで、部屋の中に皆が雪崩れ込んできた。
「ファビアン様、マティアス、陛下、父上に母上、マルガレーテ、ローベルト、シリルまで」
「フィリップ、大丈夫なのか?」
「もう起き上がれるの?」
「お兄様、大丈夫ですか?」
「フィリップ様……! 心配いたしました!」
皆が次々と声をかけてくれて、こんなにもたくさんの人が心配してくれているということが嬉しく、なぜか涙が浮かんできそうになる。
最初にフィリップになった時には絶望したけど、もう今ではここが俺の大切な居場所だ。
「大丈夫みたい。心配してくれてありがとう」
俺のその言葉に、全員が安心したような笑みを浮かべてくれた。
これからこの国は――この世界は、どんどん良くなっていくだろう。そんな予感に頬が緩んだ。
―完―
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
フィリップの物語はここで完結となります。
最終章を残してしばらく休載してしまったこと、改めて申し訳ございません。
少しでも皆様の心に残る物語になっていたらいいなと願っています。
面白かったと思ってくださいましたら、ぜひ☆評価等をよろしくお願いいたします!
また私は他にも長編をたくさん書いておりますので、そちらも覗いていただけたら嬉しいです。書籍やコミカライズも多数刊行しておりますのでぜひ!
皆様、これからもよろしくお願いいたします。
蒼井美紗




